5-18・対立か和解か
あの火事から三日目の夜。
残骸は残っているものの、街の中はほぼ落ち着きを取り戻している。
教会は宿坊の一つを仮本部として巡礼者の対応を続けていたが、騎士隊は解散となった。
その後始末のため、アゼルが警備隊候補を引き連れてウエストへやって来る予定だ。
「ふむ。 セントラルの教会からも人員は送られてくるはずだが」
聖騎士が、サキサの後ろから手元の紙を覗きこんだ。
「きゃああああ」
驚いたサキサが女性の声で叫び、護衛兵が慌ててサキサの口を塞ぐ。
ここは一応、宿の一室ではあるが、男性しかいないことになっている。
それなのに若い女性の声がしたとなると、誤解されてややこしい事になりかねない。
「あふっ、ご、ごめんなさい」
謝りながらサキサは聖騎士の男性を睨んだ。
「ん-、そのアゼルって誰?」
「アゼル様は侯爵家子息で、軍務局の幹部候補ですよ」
護衛兵の情報に聖騎士は「へえ」と興味無さそうに答える。
「で、そのお貴族様のお手付きかなんかなの?、お嬢さんは」
彼の興味はサキサのようだ。
その下種な言い方にサキサも護衛兵も眉を顰める。
「そんなことはどうでもいいでしょう。
あなたのほうは報告はいいんですか?」
見かけはすっかり労働者風になっている聖騎士は、サキサの不機嫌さを見てもニヤニヤと笑っている。
「うちはいつも放し飼いなんで大丈夫。
まあ、お嬢さんが書いてくださったもので十分ですよ」
実質内容が全く同じ物を二通作成していた。
「あとはチョイと主観を入れて完成ということで」
どうにも彼は聖騎士らしからぬ軽い感じがする。
とりあえず、明日朝一で到着するアゼルに見せる報告書は出来上がった。
「でもセリのことはどう説明すればいいのか」
アゼルはセリにはかなり気を使っている。
それはやはり『ウエストエンド』に関係してくるからだろう。
サキサは、先ほどまでのように事情聴取や証拠探しに駆け回っていたほうが気楽だったとため息を吐く。
翌日早朝、アゼルの乗った列車がウエストに到着する。
サキサを宿に残し、護衛兵の男性が駅で出迎えた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。ご苦労様」
アゼルは疲れた顔の部下を労い、宿へと一直線に向かう。
その早足に食らいつくようにピッタリと隣を歩く護衛兵からは恨み言が聞こえる。
「女性だとは聞いていませんが」
下手に腕が立ち、兵士としても良く訓練されているので気づかなかった。
怪しいとは思っていても、若いからと曖昧にして済ませてしまっていた。
「どこかのご令嬢でしょうが、あまりにも無防備です」
「……分かっている」
アゼルとしても予想外の事だ。
救出に『ウエストエンド』が関係して来るかもしれないとは思っていたが、イコガがセリを拐って行ったとなるとまた別の問題になる。
(しかもセントラルの聖騎士だと?)
胃が痛くなる。
「その男はどうしてる」
途中で受け取った音声通信文は簡潔過ぎて判断出来なかった。
「はい、同じ宿に部屋を取り、自由に行動しております」
やはり直接話を聞かなければ、教会の干渉がどこまでか推測出来ない。
街中を抜け、裏通りにある宿に着いた。
アゼルは後ろに付いてきている数名の予備兵たちに部屋と食事の用意を頼んで話を打ち切った。
二階の二間続きの部屋は一つはサキサが、もう一つは会議用になっていた。
女性相手では勝手が違う、と護衛兵は別の部屋を取っている。
アゼルは会議用になっていた部屋を自分が使うことにして、食事と休憩を取った。
現在、アゼルの部屋の応接用の椅子には、アゼルと聖騎士が向かい合って座っている。
明るい金髪に青い瞳、整った容姿。
加えて、鍛えられた身体には適度な筋肉が付いた貴族らしい雰囲気を纏う青年。
対して、暗い金髪、切れ長の目は深い緑。
華奢に見えるが無駄の無い筋肉が付き、油断の無い気配りと身のこなしの三十代男性。
「セントラルの教会の意向をお訊きしたい」
「そこのお嬢さんの報告書、読まれたんでしょ。
こちらとしては無事解決していただき感謝しておりますですよ、はい」
聖騎士の男性は、軽そうな態度で明白にアゼルを挑発している。
アゼルは部屋の隅に大人しく立っているサキサをチラリと見た。
護衛の男性は部屋の外、廊下の扉の前だ。
セントラルの教会でも内偵はしていたはずだ。
とにかく、あと一歩踏み込めずにいたところにセリたちがやって来る。
飛びつくのは当たり前だ。
ウエストは本部といっても巡礼に関する部署が特化されていただけで、やはり教会の中枢はセントラルにある。
聖騎士もセントラルの教会に属している。
腹の探り合いに飽きたアゼルは踏み込むことにした。
「放し飼い、だそうだな」
聖騎士にも色々いる。
圧倒的な強さは元より、頭の良さ、判断の早さ、行動力。
神に忠誠を誓う故に高潔で無欲とされ、尊敬される。
だが、それだけでは聖騎士は成り立たない。
人間なのだから生きていくために欲はある。
だが、その人間臭い部分を監視し、明らかな違反者に対して粛清する内部機関が存在した。
「だいぶ前にどこかの教会の子供があまりにも魔力が高過ぎて、教皇の養子になった話を聞いた」
平民の親が、魔力が発現してしまった子供を持て余し、教会や施設に預けるのは良くある話だ。
施設ならキシシュたちのように普通の家庭に養子に入る場合もあるが、教会では聖騎士として育てられることが多い。
「確か、タツクとかいう名前だったはずだ」
無表情を装っていた聖騎士の顔が引き攣った。
「へえ、軍務局の侯爵家といやあ、引退間近な親が急いで息子を役職に付けようとやっきになってるんだってな。
そりゃあ失敗出来ないわ」
聖騎士タツクは目の前のお茶をズズッと音を立てて啜る。
「確か、親じゃなくて祖父だったかな。
父親はどうしたか知らないが、母親は亡くなったと聞いた」
カップをテーブルに戻しながら、上目でアゼルの様子を伺う。
お互いに相手が嫌がりそうな情報を漏らし、出方を見ている。
バチバチと火花が飛び散りそうな雰囲気にサキサは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
睨み合った後、アゼルが先に口を開く。
「教会の落とし所はどこですか?」
「早い話、行方不明者を全員、セントラルの教会に預けて欲しい。
悪いようにはしない」
イコガは救出した者を秘密裏にセントラルの教会を介して帰していた。
だが、全て返している訳ではない。
「今は帰りたいという希望者のみ引き渡されてる」
魔力がある者を拐っていた。
当然、その中には普段の生活で嫌な思いをしていた者もいただろう。
イコガは帰りたくないという者をどこかで保護しているらしい。
その帰らない者の家族が軍務局に訴えているのだ。
「俺は何とか保護しようとしたんだが、ウエストの司教はなかなか疑い深くてね」
本部内でうろつきながら自分の魔力を使い、地下通路に出口への矢印を付けたり、奥の部屋の鍵を調べたりして、彼なりに救出しようとしていた。
被害者がイコガの手に渡ってしまうと、もう教会側は手が出せない。
いくら聖騎士といえど『ウエストエンド』に攻撃すれば、あの悲劇を知る国民の反感を買うからである。
「なあ、お嬢さん。
あんたは黒の魔力をどう思う」
タツクは唐突にサキサのほうを向いた。
「黒、は、何でも出来て、やたら魔力量が多いとー」
「悪魔だとか、人型の魔物だとか言われてるんだよ」
サキサは息を呑んだ。
「俺もそうだった。
だけど聖騎士になったってだけで他人は掌を返す」
並外れた魔力に加え、容易に人々の中に入って周りに溶け込む才能。
教会の孤児だったタツクは、それを見込まれて聖騎士見習いとなり、教皇の秘密の仕事を請け負う身となった。
今では聖騎士『様』呼ばわりだ。
「何が言いたいかって言うとな。
あの領主様が『魔王』だと恐れられているうちはいい」
真剣な瞳がアゼルをじっと見る。
「あの慈悲深さに教会が目を付けたら、あれは『神』そのものになる」




