5-17・報告するモノ
アーチーに送ってもらい、キシシュはメリサの治療所に着いた。
「いらっしゃい、キシシュくん」
「おはようございます」
挨拶を交わしていると、キシシュはここで働いているもう一人の女性を紹介された。
「リーリ」
体格はキシシュとあまり変わらない、口数の少ない少女だ。
黒い髪に金色の目が少し変わっているなと思ったら、髪の毛と同じ色の猫のような尻尾があった。
緊張すると体が変化する異形で、たまに猫耳も出たりするらしい。
キシシュは好奇心を刺激されたがぐっと我慢して無関心を装う。
「彼女は医療者というより家事の手伝いなの」
メリサの家は自宅と小さな治療室の二つの棟が廊下で繋がっていた。
自宅のほうをリーリが、診療室のほうをキシシュが手伝うことになる。
ここで寝泊まりする患者はいないそうで、必要なら来てもらうか、往診をすることにしているそうだ。
「とりあえず、ここの住民はだいたい自分たちで何とかしちゃうのよ。
魔力持ちが多いからだと思うけどね」
だからあまり仕事はないとメリサは笑った。
「だからね、考えたの。
あなたさえ良ければだけど、私は医療関係の勉強を教えてあげられるわ」
暇つぶし程度だけどと言ってくれたメリサに、キシシュは驚き、感謝した。
「ありがとうございます。 よろしくお願いします!」
そして、まずは治療室内の器具の名前や使い方を教わることになった。
「少し休憩しましょう」
キシシュは初日から長時間、あれこれと質問攻めしてしまっていたことに気づいた。
「す、すみません」
「いいのよ、私も暇だから」
メリサは気にした様子もなく、キシシュにお茶を淹れてくれる。
「メリサ様、またご自分で淹れて。
ちゃんと私を呼んでくださいって言ってるでしょ」
何故かリーリに怒られている。
キシシュがきょとんとしていると、リーリが慌てて言い訳を始めた。
「メリサ様はアーチー様の奥様だから使用人を使うのが普通だって」
館の少年執事ロクローが教えてくれたそうだ。
「だって、メリサ様は伯爵家の奥様だし」
キシシュがお茶のカップを片手に首を傾げる。
「うふふ、リーリは真面目ねえ。
『ウエストエンド』では身分なんて関係ないのに」
そういえば、医療術者は上流階級出身者が多いってセリに聞いていたことを思い出す。
「アーチーさんは伯爵様だったんですね」
何となく納得したキシシュだった。
サウスの施設にいたキシシュは銀髪に紫の瞳をした美しい少年である。
彼の容姿から、どこかの上流貴族の血を引いているだろうことは分かっていた。
しかし、サウスではそういう身元は不明でも、無下に扱うことが出来ない孤児が少なくなかったのだ。
「貴族なんてたいしたことないよ」
キシシュはボソッと呟いた。
別に捨てた親を恨んだたことはない。
顔も見たことはないのだから。
メリサはキシシュの曇った顔を見て、どこかホッとした様子だった。
「いきなりセントラルから来たって聞いたから心配してたけど、キシシュくんはしっかりしてるわね」
「そんな、僕はー」
キシシュは顔を少し赤らめて俯いた。
「うふふ、いつまでここにいるのかは分からないけど、よろしくね」
メリサに改めて挨拶され、キシシュは唇を噛んだ。
(そうだった)
キシシュの去就はセリが決める。
セリと、領主だというヒョロ長の青年の関係がこの先どうなるのか気がかりになる。
「領主様ってどんな方ですか?」
メリサとリーリは顔を見合わせて笑う。
「ロクローくんにヘッポコなんて言われてるけど、とても領民思いなのよ」
メリサが言うと、
「はい、ヘッポコだけど根はいいやつですよ」
と、リーリが付け足す。
二人の評価によると、あまり敬われてはいないようである。
領主館の執務室で作業を終えたセリは、イコガと共に食堂へ移動した。
ナニーが簡単な昼食を用意してくれたのだ。
「ウエストへの手紙。
サキサというのは騎士の、あのお嬢さんか」
「ええ、そうよ。
彼女は今、家出中なので男性の振りをしてるけど」
仲良しなので心配させているのではと気になって仕方がない。
「ウエストなら近いし、ちょっと行って説明してこようかと思って」
セリの言葉にイコガは眉を寄せて黙り込んだ。
昼食は堅いパンに煮込んだ肉を挟んで、しばらく染み込むまで時間を置いたものだ。
「美味しいです」
セリはナニーに満足を伝える。
「ごめんねえ、まだ若いお嬢さんに出すしゃれた料理なんてここにはないから」
「いいえ、十分です」
セリは、どんな豪華な料理より親しい者たちと楽しく食事するほうが美味しいと思うのだ。
イコガと共に食事が摂れるのは、あと何回だろう。
ふいにそんなことを考え、セリは悲しげな表情になる。
「どうしたの?」
イコガの心配そうな声でセリは我に帰った。
「あ、いえ、ウエストの、あの事件のことで」
とっさに誤魔化したが、行方不明者のことが心に引っかかっていたのは間違いない。
「ああ」
「コウは救出していたのよね。 では助け出された人々はどこにいるの?」
イコガはセリから目を逸らし、チラッとロクローを見る。
今、食堂にいるのはイコガとセリの他は給仕をしているナニーと執事のロクローだけだ。
ナニーは何も知らないのか、無関心でこちらを見ていない。
ロクローがセリの視線から目を逸らしたのを確認する。
「もしかしたら、この町に何か関係あるの?」
「あー、うーん、無いとはいえないかな」
「そんなに知りたければ」
ロクローが食器を片付けるために席を立つ。
「ご案内しますよ。いいでしょう?、コガ様」
「あー、そうだねー」
食後の薬湯を一気に飲み込んだ苦い顔のまま、イコガは宙を見つめていた。
「ごちそうさまでした」
ナニーに挨拶をして、セリたちは食堂を出た。
そこへ騎士ラオンもやって来る。
「やっとお嬢さんに説明する気になったのか」
「ああ」
そう答えたイコガはセリの手をギュッと握る。
中央棟の玄関ホール奥には上に階上がるための広い階段がある。
その階段の脇に扉がいくつかあって、その一つをロクローが開くと下への階段が現れた。
ロクローを先頭にセリとイコガが並び、後ろにラオンという形で歩き始めた。
階段は何度か折り返したり、曲がったりで、真っ直ぐ行けるようにはなっていなかった。
その奥にあるモノを何かから守るように。
「あの蛇の異形は元々『ウエストエンド』の住民でね」
彼女もまた『ウエストエンド争乱』で生き残った者の一人だった。
イコガの声だけが、壁に掲げられた魔灯火のように暗く長く揺れている。
「俺が助け出すことになっていた」
やがて階段が終わり、次は長い通路を歩く。
微かに水の音が聞こえてくる。
通路の先に光が見えて来て、やがて広い場所に出た。
「わあ」
天井も高く、壁から滝のように水が落ち、壁や天井に光る物が嵌め込まれている。
土壁は苔が生えているが、地下とは思えない明るさと清浄な空気。
そこにいたのは。
「おや、お嬢さん。無事で何より」
ウエストの教会本部の地下で出会った、異形の女性だった。
そして、その周りに数名の女性と子供が居た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
サキサたちは宿の部屋で報告書を作成していた。
何故か切れ長の目の聖騎士も一緒である。
教会本部で司祭として寝泊まりしていた彼は焼け出されたので仕方がない。
仕方がないのだが。
「いやあ、助かる」
聖騎士の装備を脱ぎ、司祭の振りも止めると、彼は宿の食堂に出入りする出稼ぎ労働者にすぐに溶け込んだ。
食堂で飲んで食べて、馬鹿騒ぎをしている。
「あれ、本当にセントラルの聖騎士なの?」
サキサの疑いの目に、護衛兵は興味なさそうに書類をまとめている。
「そんなことより、早くセントラルに戻りたいですね、私は」
サキサが女性であるという秘密を知ってしまったせいか、落ち着かない様子だ。
そんな三人のいる宿に二通の手紙が届く。
一つは『ウエストエンド』のセリから。
そしてもう一つは、アゼルがウエストに向かっているという軍務局からの連絡だった。




