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終着駅の恋人 Ⅴ  作者: さつき けい


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16/20

5-16・拐われた花嫁


 翌朝のイコガは部屋から出てこなかった。


だが上機嫌で体調も良く、薬も飲むのを確認したと朝食を届けたロクローが食堂で皆に話をしている。


キシシュはセリの心配をしたが、アーチーは「彼女は大丈夫だ」と町の治療院へ連れ出した。


「おはようございます」


アーチーと妻のメリサは一緒に住んではいない。


お互いに自分の仕事場を大切にしているためだ。


「ケガや病気は時間を待ったりしないからね」


アーチーは別居の理由をそう話し、キシシュを送り届けるとすぐに領主館へ戻って行った。




 その頃、領主の部屋ではセリがイコガに離してもらえずに困っていた。


「コウ、あなた、領主のお仕事は?」


自分の部屋で長椅子に座ったセリに膝枕をしてもらいながら、イコガは幸せに浸っている。


「ない」


無いわけではないが、ヘッポコなので誰にも仕事を振られないだけだ。


彼の一番重要な仕事はセントラルへ行くことだけなので、それ以外はのんびりとしている。


「えっと、ごめんなさい。


私、手紙を書きたいのだけど」


「ん?、俺以外に手紙を送るの?」


イコガにすればセリの手紙はそのまま恋文という認識である。


「友人と、家族と、アゼル様。


それからキシシュくんがこちらの治療院でお手伝いの仕事が出来るなら、その報告もしないといけないし」


それに治療と言って出て来たのだから、ウエストのサキサもセリの身体を心配しているはずだ。


「……分かった。 用意させる」


少し不満気だったが、イコガはロクローを呼んでくれた。




「ここでは書きにくいでしょうから、執務室のほうにどうぞ」


イコガの部屋には書き物をするための机が無い。


セリは頷いてロクローと共に中央棟にある執務室に向かった。


当然イコガもついて来る。


 部屋の中には仕事用机が三つ、領主用、執事長用とロクロー用が有った。


ロクローは一番小さな自分の執務机を貸そうとしたが、イコガが一番大きくて立派な領主用机に彼女を座らせた。


「え?、でも」


遠慮してもイコガの満面の笑みは変更を許さない。


ロクローは大きくため息を吐き、


「これをお使いください」


と、セリに筆記用具を差し出す。


セリは礼を言って用意されたペンや紙を確認する。


普段イコガが使っているものだが、新品同様だった。


「ありがとうございます」


セリは遠慮なくそれを使わせてもらうことにした。




 イコガは窓際の長椅子に寝ころんだ。


どうやらそこが、この部屋での彼の定位置らしい。


気を使ったのか、イコガから無言の圧力があったのか。


しばらしてロクローが立ち上がり、


「お茶を入れてまいります」


と、席を外した。


「そういえば、私、アーチーさんに奥さんがいるって知りませんでした」


まだ一度しか会ったことがないのだから、そんなことは知らなくて当然である。


「あー、んー」


セリは、歯切れの悪いイコガに目を向ける。


「アーチーは前任の医療術者の弟子で、十五年くらい前、こっちに来たんだけど」


医療を行う者は、医療者と医療術者に分けられる。


医療術者は魔力持ちで、アーチーも代々、医療術者を輩出する伯爵家の後継だった。


「アーチーは子供の頃から優秀で、将来、名医になるとかなり期待されていたんだって」


セリは、その話は誰から聞いた情報なのだろうと首を傾げる。


「執事長から聞いた話だから間違いないよ」


イコガはセリの表情から読み取ったようだ。


「その師匠がこんな辺境にいたから追いかけて来て。


結局、アーチーは領主の病気が治るまでここに残るって宣言して伯爵家を勘当されたんだ」


自分の病気のせいなのに、イコガに気している様子はない。




「メリサさんはまあ、使用人というか、代々伯爵家に仕える家系だそうで」


二人は仲の良い幼馴染だったが明確な身分の差があった。


「アーチーを説得しに来たのか、伯爵家に彼の様子を伝えるためなのか知らないけど、『ウエストエンド』には二年前に来たんだ。


彼女も相当優秀な医療関係者らしくてさ。


早くセントラルへ戻って来いってうるさいからって、こっちでアーチーと結婚したんだ」


それで諦めたのか、催促は治まったらしいが、イコガには良く分からない話である。


 でもセリは何となく二人の気持ちが分かった。


愛し合っていても自分自身ではどうにもならないことはある。


それでも行動出来る女性と、受け入れたドクターはきっと幸せだ。


セリの口元が少し綻び、再びペンを走らせ始める。




 うららかな暖かさだった。


『ウエストエンド』は魔力が膜のように領地を包んでいるらしく、魔素は溜まるが年中穏やかな気候である。


セリはロクローが入れてくれたお茶を飲んで一息いれる。


いつの間にかイコガは長椅子で眠ってしまったようで、毛布が掛けられていた。


 セリはロクローにも休憩を勧めてみたが彼の手の動きは止まらなかった。


「気にしないでください。 僕はこれが普通なので」


子供とは思えない速さで書類を片付けていく。


かなり優秀なのだという話はイコガから聞いていた。


その無駄の無い動きには感心するばかりだ。


セリはホウッとため息を吐いた。


「ここは穏やかで良いところですね」


少し空気がピリッとしたが、セリにはそれが何を意味するのか分からなかった。




 ロクローが手を止め、セリを真っ直ぐに見ながら口を開いた。


「私の父がこの領地に赴任して十五年になります」


ロクローが生まれてすぐのことだ。


「忙しい父の仕事を手伝うため、私は十二歳で執事となる資格を得て、この土地に来ました」


あれから三年、ロクローは父親である執事長から指示を受けながら懸命に働いている。


「二年前、メリサさんがやって来て、お二人はこの町で正式な婚姻の届を出されましたが」


ロクローのセリを見る目はかなり険しい。


「セントラルでは認められていません」


「えっ?」


「『ウエストエンド』で婚姻しても、他の都市では認められないのです。


何故か分かりますか?」


ロクローは自分の席を離れ、セリに詰め寄る。


セリは焦りながら首を横に振った。




『ウエストエンド』は長い間、他の都市とあまり交流のない独立した領地だった。


狭い土地、少ない人口。


年頃になった者の中には、出稼ぎついでに伴侶を探しに外の土地へ行く者もいた。


「その時、女性の多くは夫の土地に残り、逆に男性は妻を連れ帰ります。


でもここは魔領と呼ばれていたので、女性の身内からは『魔物にさらわれたのだ』という訴えがあったというのです」


『ウエストエンド争乱』の下地はそういった昔の噂話が元になっていた。


今、現在もメリサの周りの一部はそう言って騒いでいるらしい。


 ロクローは大きく息を溢す。


「どんなに愛し合っていてもセントラルの女性は妻には出来ない。


コガ様も諦めています。


どうせ、あなたも『拐われた』って言われるようになるから」


本人たちの想いなど無視した、事実を曲解した噂が『ウエストエンド』を未だに苦しめ続けている。




 セリではイコガの妻にはなれない。


ロクローはその明確な理由を話してくれたのだ。


「身分などではない、と」


セリにとってイコガは領主という雲の上の存在だった。


平民であるセリが相手ではイコガの周りから反対されると思っていた。


「はっきり言えば、女性の身分が高いほど噂は信憑性を増し、『ウエストエンド』への攻撃が強まります」


セリもメリサも平民なので、その点は安心だ。


「でも、それは昔のお話ですよね。


今は外から来る女性に関しては違うでしょう?」


チッと舌打ちするようにロクローは顔を背けた。


「聞いてなかったんですか、メリサさんは今でも認められずにいます」


それは、もし彼女が届を出そうとセントラルに向かえば、おそらく戻って来られないことを意味している。


そしてそれはきっとアーチーでも同じことなのだろう。


以前の『ウエストエンド争乱』は、貴族の令嬢を妻にした領主が領地を留守にした間に起こっている。


「あなたも巻き込まれないうちにセントラルに戻られたほうが良いと思いますよ」


ロクローは聞き耳を立てているだろうヘッポコ領主にも聞かせていた。



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