5-14・炎の中の結末
セリは突然現れたイコガに驚いた。
「コウ?」
イコガの口元が嫌らしく歪む。
「やあ、セリ。 お邪魔してもいいかな?」
軽い言葉にセリの顔が綻ぶ。
「ふふ、ほんとに悪役みたいですよ?」
イコガはシャツもズボンも黒で、おまけに黒いマントを羽織っていた。
「えー、セリが前に悪役っぽいって言うから、それらしくしたのに」
『ウエストエンド』が近い土地のせいか、イコガはいつもの無口な先輩ではなく、子供っぽい領主様だ。
二人が笑い合っていると声が掛けられた。
「何だか良い雰囲気のところ悪いが」
蛇の下半身を持つ女性が二人に呆れている。
「あはは、すまん」
イコガが朗らかに笑い、セリは真っ赤になった。
シャリッと足元の骨を踏みながらイコガはセリに近づいて傍に座る。
「コウ、どうしてここに?」
少し落ち着いたセリが不思議そうにイコガを見た。
「それはこっちが聞きたいよ」
イコガの手が伸びてセリの頬を撫でる。
その手から魔力が溢れ出て、セリの身体を癒していく。
イコガは、セリが自分自身を癒すことに魔力を使いたがらないことを知っていたのだ。
「どうやら知り合いのようだの」
「ああ」
イコガは蛇の女性に答える。
「詳しいことは後にしよう。
先にあんたを『ウエストエンド』に送る」
「おや、もうワレはお役御免かな」
イコガと蛇の女性との間には何か約束があったようだ。
「ヤシ」
イコガの影からボロボロのマントにフードを深く被った小柄な姿が現れた。
その姿にセリは見覚えがある。
「あ、の、『ウエストエンド』の駅の」
ローブの奥の闇がセリに笑い掛けた、気がした。
「蛇の異形の彼女を俺の館の地下へ案内してやって欲しい」
「分かった。
しかし、わしはてっきりそちらの人間のお嬢さんを拐うのかと思っていたがな」
少し揶揄うようにローブの影が揺れる。
「あー、そっちは俺が自分でやるよ」
イコガが真面目な顔でヤシに告げると、ローブの頭が「そうか」と頷いた。
「では、我々は先に行く。ここはどうするのだ?」
「ちゃんと後始末はするさ。俺は列車で帰ると伝えておいて」
セリが訳も分からずポカンとしている間に、灰色のローブと蛇の女性の姿が闇に消えた。
「さて、俺たちも行こうか」
イコガが手を貸してセリを立ち上がらせる。
セリが少し不満気な顔をしているのを見て、イコガはその頬に口付けをした。
「ちゃんと後で説明するから」
耳元で囁かれセリは腰が砕けそうになる。
「ちょっと危ないから、こちらに」
イコガはセリを自分のマントの中に入れると上に魔力を放った。
ガラガラと天井の一部が落ちる。
「しっかり掴まって」
セリは頷いて、イコガの痩せた腰に腕を回して抱き付いた。
イコガもセリの身体を片手でしっかり固定すると、天井に開いた穴に向かって飛び上がる。
その瞬間、ボワッと大きな炎が生まれ、床に散らばった骨を舐めるように広がっていく。
セリを抱えたイコガが穴から飛び出すと、そこにはキシシュやサキサがいた。
他に二人ほど男性もいたが、彼らの足元に何故か中年の司教が倒れている。
「セリ!」
泣き顔のキシシュとサキサが駆け寄った。
「危ないから離れろ!、ここは直に崩れる」
イコガは叫んだ。
黒髪に黒マントのイコガを警戒していた男性たちが顔を見合わせた。
地下から大量に吹き出した炎で建物自体が壊れ始めている。
「こっちだ」
騎士姿の男性の指示に従い、全員、外に向かって走り出した。
「火事だぞー、逃げろー」
大声を出しながら、わざと大きな足音をさせて走る。
そして、全員が無事に外に出た後、建物が崩れ落ちた。
火事は本部の建物だけをあっという間に焼き尽くしたが延焼は無さそうである。
しかし、建物の中で逃げられなかった者がいたかもしれないと思ったセリが暗い顔をしていると、イコガがケガ人の山を指さした。
あの中年の司教もいる。
いつの間にか助け出していたようだ。
「治療したい?」
セリはホッとした顔をイコガに向けつつ、首を横に振った。
「ここには医術者として来た訳ではないので」
命の危険がなさそうなら、この街の診療所に任せたい。
「お前は何者だ!」
セリたちを見つけたサキサがイコガに詰め寄った。
冷静な外面になったイコガがサキサたちを見回す。
「その装備は国軍だな、それにそっちは聖騎士隊か。
ここは人が多い。場所を移そう」
火事で混乱する街中を抜けて、イコガはセリたちを連れて駅へと移動した。
駅舎内のベンチにセリを座らせると、キシシュがイコガを睨みつつ盾になるようにセリの隣に座る。
イコガは苦笑しながら、セリとキシシュに教会から回収した荷物を渡す。
「あの建物内には私の知り合いも多く出入りしていた。
ケガ人や荷物を運び出してくれたのはそいつらだ。
まあ、以前から拐われた者がいた場合は助けに入っていたんでね」
囚われた者が姿を消しても神が贄として受け取ったと勘違いしてくれるのでバレたことはない。
「今回はさすがに驚いたけどな」
イコガとセリの視線が甘く絡む。
その視線を切るようにサキサが二人の間に立つ。
イコガがサキサの顔をじっと見て言った。
「お嬢さんの顔は見覚えがある。
サウスの夜会でお会いしたな」
「へっ?」「えっ?」
サキサを女性とは知らなかった護衛兵と聖騎士が固まる。
顔を赤くしたサキサは「お前など知らない」と言い掛けて、止まった。
「まさか、アゼル様のお身内」
「『ウエストエンド』領主、イコガ・イクーツだ」
アゼルの侯爵家と『ウエストエンド』の縁は、セントラルの者なら知っている者も多い。
「そして私の医療研究の協力者よ」
セリが情報を追加する。
イコガはまだ混乱している彼らに、
「詳しいことはアゼルに直接報告する」
として、一度帰ると言った。
「それでは、セリは私が預かって『ウエストエンド』で治療させる。
この街の治療院はしばらく満員だろうからな」
もうすぐ夜明けの一番列車が出る。
駅舎の端に黒い無骨な車体が見えた。
「僕も行きます」
キシシュは紫の瞳に強い決意を滲ませてイコガを見上げた。
「いいだろう、歓迎する」
領主であるイコガが頷くと、サキサも当然のように一緒に行こうとした。
しかしその行動は護衛兵によって止められる。
「な、何を」
「我々、国軍は『ウエストエンド』には入れません」
「えっ」
イコガは口元を歪めて笑い、セリは申し訳なさそうに頷いた。
『ウエストエンド争乱』
あの日から、『ウエストエンド』にとって国軍は敵になった。
「軍内の一部の暴走だとは言われていますが、大勢の罪なき領民が亡くなったのは事実なので」
軍は嫌われていて、あの土地に足を踏み入れることが出来ない。
例え休暇中でも、例えアゼルでも。
「アゼル様も?」
サキサが驚いてセリを見ると彼女も頷いている。
「軍が『ウエストエンド』に入るのは、領主に謀反の疑いがある時だけです」
護衛兵は真っ直ぐにイコガを見て、軍式の礼を取った。
しばらくの沈黙の後、サキサは「分かった」と項垂れる。
セリとキシシュが列車に乗り込む間、サキサはずっと黒いマントのイコガを睨んでいた。
「アゼルによろしく伝えてくれ」
イコガは護衛兵にそう言って乗り込む。
朝靄の中、『ウエストエンド』行の列車はウエストの駅を出た。
暗い金の髪に切長の目をした聖騎士が、悔しそうなサキサの肩に手を置いた。
「いやあ、兵士にしては線が細いとは思っていたが」
サキサの肩がブルッと震える。
「さて、お嬢さん。
私たちは自分たちの仕事をしようじゃないか」
調査の報告書作成の仕事が待っている。
「いや、私は特に何もしていない」
冷や汗を浮かべ、サキサがその場を誤魔化そうとしたが聖騎士の目は笑っていなかった。
「一緒にやれば早いと思うんだが、どうかな?」
この聖騎士は書類仕事が苦手らしい。
護衛兵とサキサの顔を見ながら、
「隠しているのだろう?。
女性であることは黙っていてやるから、よろしくな」
と、押し付ける気満々である。
「……分かった」
護衛兵が諦めたようにため息を吐き、サキサを促して街の中へと歩き出した。




