5-12・危険な捜索
セリはゆっくりと目を開けた。
どこかの部屋に放り込まれたことは分かる。
先ほどまで寝ていた部屋から乱暴に抱き上げられ運ばれて来たのだ。
周りに人気がなくなったことを確認して、そっと身体を起こす。
(ここはどこかしら)
案内された地下のあの部屋よりは広いが、ガランとした何も無い部屋だ。
階段を使った様子はなかったので同じ地下なのだろう。
セリはずっと意識はあったし、ここが同じ建物の中だということは分かっている。
(真夜中過ぎているわね)
ここまで来る間、人の気配はなかった。
セリは医療術者と呼ばれる魔術使いである。
部屋に持ち込まれたケトルに入った薄いお茶に薬物が混入していることにはすぐに気づいた。
「ごめんね、キシシュくん」
彼はまだ眠りの中だ。
同じように乱暴に置き去りにされている銀髪の少年の頭を撫でる。
すぐに危ない目には遭わないことを祈りつつ、彼には何も告げずに眠ってもらった。
天井付近にある小さな明かりが部屋の中を照らしている。
お世辞にもきれいとは言えない部屋の床や壁には、少し傷や血の跡があった。
セリは寒気を感じ、身体がブルッと震える。
多くの行方不明者の無事を祈らずにいられなかった。
立ち上がり、部屋の扉をそっと押すとスッと開いた。
鍵は掛かっていなかったようだ。
完全に眠らされて、今まで逃げるような者もいなかったんだろうと思う。
廊下は暗いが所々の壁にカンテラのような明かりがぶら下げられている。
セリはキシシュの側に戻り、お腹の辺りに手のひらを押し当てて魔力を込めた。
「んー」
薬が抜けたキシシュが身動きする。
でもまだすぐには動けないだろう。
セリはキシシュの耳元で囁く。
「無事に逃げてね」
そして自分は静かにその部屋を出て行った。
行方不明者が生きているならば、捕らえられているのはここではないのかもしれない。
どこかに集められているとすれば、セリたちをそこへ運ぶはずだ。
廊下のカンテラのある場所には必ず扉があった。
よく見ると、このカンテラは魔道具のようだ。
(魔力持ちがたくさん居るのかしら?)
おそらくだが、部屋に入るときに外して持ち込むために態々(わざわざ)カンテラを廊下に掛けていると思われる。
こんなにふんだんに魔道具を使えるのは上流階級の家以外では珍しい。
セリはその扉の一つに近寄り、耳を澄ませた。
物音がしないのを確認してそっと扉を開けて覗き込む。
セリたちが運び込まれた部屋と同じような部屋だ。
次々と扉を渡り歩くが、他の扉は鍵が掛かっていて中を見ることは出来ない。
ただの物置きなのか、扉に番号と『寝具』や『武器』など収めている物が書いてある部屋もあった。
やがてセリは廊下の突き当たりに着いた。
何もない壁だが僅かに魔力の気配がする。
セリはゴクリと息を呑んだ。
足元にある床と壁の間に隙間があり、そこから魔力が漏れ出ている。
罠なのか、この施設の管理が杜撰なのか、分からない。
カンテラを一つ拝借して、床に顔を付けて隙間を覗き込む。
当然、暗くて何も見えないが、微かに風を感じた。
(何かあるのは間違いないわ)
一旦身体を起こし、周りを見回す。
(あれ?)
突き当たりの正面の壁ではなく、廊下の右側の壁に不自然な傷を見つけた。
目の高さにある、薄く、上下に真っ直ぐな線。
大人の腕の長さくらい。
刃物で付けたにしては細くてきれい過ぎる。
(何の傷かしら)
セリは思わずその線を指でなぞった。
ガコン
と、音がして突き当たりの壁が開く。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
キシシュは虚に目を開けた。
確かにセリの声が聞こえたのに、部屋の中に人の気配がない。
「セリ……お姉ちゃん、どこ?」
ここはどこなんだろう。
部屋の入り口の扉が僅かに開いている。
キシシュは引き寄せられるようにフラフラと立ち上がり、扉に向かった。
薄暗い廊下に顔を出してみるが誰もいない。
部屋を出て、ふと気付くと廊下の壁に何かで書いた矢印がある。
それはかなり擦れているがキシシュの腰より下、低い位置に間隔を開けて連なっていた。
(こっちに行けばいいの?)
まだぼんやりとしたまま、キシシュは矢印に従って素直に歩き出す。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
サキサたちは宿の女将からセリたちの情報を得て、やはり本部が怪しいと考えた。
あそこが一番ガラの悪い騎士たちが多いからだ。
セントラルの軍務局宛に暗号文を送り、装備を整えて真夜中になるのを待って動き出す。
「……あなたがこんな事に使える人だとは」
サキサの言葉に護衛の男性が苦笑いを浮かべる。
足元に転がっている教会の見張りたちは皆スヤスヤと眠っていた。
「私は衛生兵なので患者を大人しくさせるのは得意なんです」
アゼルはサキサが怪我を負うことを一番に心配していた。
それ故に、赤の魔力持ちが多い軍の中でも珍しい白の医療術を使える者を護衛に付けたのである。
「お友達が心配です。
先に進みましょう」
男性の声に頷き、サキサは教会本部の裏口に足を踏み入れた。
建物自体はそんなに大きくはない。
信者は別棟の宿坊に泊まるため、本部はそれほど大きさを必要としないのだろう
さらに司祭たちも夜勤の者以外は動いていないようで人の気配も少ない。
サキサたちは慎重に廊下を歩き、扉を見つけるとそっと覗き込んで様子を見るを繰り返す。
そうして進んでいると護衛の男性が急に立ち止まった。
男性がサキサを呼ぶ。
「地下への階段か」
二人は頷き、足音に気をつけて下りて行く。
地下は思ったより広かった。
「狭い建物かと思っていたが、これは」
カンテラのぼんやりとした明かりの細い廊下が、まるで迷路のように広がっていた。
少し進むとすぐに通路が分かれる。
「無駄に歩き回ると迷子になりそうだな」
それでも動かなければセリたちを見つけることが出来ない。
慎重に進んでいると、自分たち以外の、微かな足音がした。
サキサは曲がり角の手前の壁に身を潜めて、角の先を覗き込む。
「キシシュ!」
思わず声を上げて駆け寄った。
フラフラと歩いていたキシシュが顔を上げる。
「サキサさん?」
抱きしめるサキサの顔を見て「セリは?」と首を傾げた。
周りを警戒しながら近寄って来た男性は軍の制服を着ていたので仲間だと分かる。
「僕たち捕まって、セリがどっかに」
まだハッキリしない頭を振ってキシシュは思い出そうとする。
「無理するな、とにかく無事で良かった」
一旦外に連れ出そうとしたが、キシシュが抵抗した。
「セリを探さないと!」
こんな子供相手に「一緒にいるだけで心強い」と言ってくれた。
二人っきりで列車に乗って、二人で岩山に登って。
きっとセリは何かに気づいたのだ。
「僕がセリを助ける!」
「しかし、こう複雑な迷路では探すのに時間がかかる」
顔を顰める男性に、キシシュは壁の矢印を指差した。
「あれを追って来たら会えた。
だから逆に行けば最初の部屋には戻れる」
キシシュは少し頭がハッキリしたようで、セリの手掛かりがある部屋への案内を買って出た。
「行こう!」
どれだけ時間が経っているか分からない。
もしもセリが危ない目に遭っていたら、と思うと気が焦る。
「矢印?」
どうやら魔力で書かれたものだったようでサキサには見えなかった。
「こっち」
キシシュの後についてサキサたちも歩き出す。
迷路のようになった地下通路は巡回の見張りもいないようで、サキサたちは警戒しながらも目的の部屋の前に辿り着いた。
「ここから移動したとすれば、矢印の反対側に向かったのだろう」
矢印は罠かもしれないとは思ったが、ここまで無事に来れた。
「おそらく魔力持ちの誰かが教会の目を盗んで書き残したのだろうな」
位置の低さは子供たちだけでも助けたかったということか。
きっとあのまま行けば階段へ、そして外に出られる道を示していたかもしれない。
サキサたちは薄汚れた床に目を凝らし、埃の上のセリの足跡を追う。
「ここまで騎士たちに会わなかったのが逆に不気味だ」
サキサの言葉にキシシュは顔を青くする。
「セリ、無事でいて」




