5ー11・聖騎士の顔
女性店員さんに案内されて廊下を歩いていると、若い司祭の男性がやって来た。
「そのふたり?」「うん」
砕けた言葉で会話しているところを見ると親密な仲のようだ。
「ではこちらへ」
司祭は少し周りを見回して人気がないことを確認して手招きする。
今はちょうど食事の時間で全員食堂に集まるため、廊下には誰もいなかった。
連れて行かれたのは階段を下りた地下の部屋である。
「後で食事を運んでくる。 狭いが数日ならゆっくりしてくれて構わない」
「本当にありがとうございます」
セリとキシシュはホッとした表情で感謝を表す。
「では」
司祭の男性は女性店員と二人で部屋を出て行った。
どこかソワソワしていたのでこれからイチャイチャするのかもしれない。
まあ、あの女性店員さんはキシシュにも色目を使っていた気がするが見なかったことにする。
セリは部屋の中を見回した。
木の机が一つ、椅子が一つ。
少し大きめのベッドが一つに、部屋の隅に水がめと洗面台がある。
その隣にある扉はおそらくお手洗いだ。
確かに狭い。 その上、宗教施設とは思えないほど汚い。
誰かが聞いているかもしれないので姉弟設定で会話をする。
「キシシュく、えっとキシシュ。 清潔を使いますので」
「うん、お姉ちゃん」
下手くそな演技である。
キシシュが廊下に出て、その間にセリは部屋の中に魔法を掛けて清掃する。
みすぼらしい服を着たお年寄りの信者が廊下に立っているキシシュを見つけて声を掛けて来た。
「おや、どうしました?」
おそらく司祭の男性に頼まれたのだろう。
その手には堅そうなパンと飲み物が入っているらしいケトルを持っている。
「あ、すみません。 姉が、その、今、掃除をしていて」
「ああ、もしかして魔法を?」
近寄って来たお年寄りがキシシュにこそっと小声で訊いた。
「あ、はい」
キシシュは俯いて、小声で返す。
「キシシュ、終わったわ」
扉を開けたセリは、お年寄りに気づくと驚いた顔をして頭を下げた。
「も、申し訳ありません」
「いやいや、大丈夫だよ」
そう言って三人で部屋の中に入り、お年寄りは食事を机の上に置く。
「ほお、きれいになってるな」
感心したようにウンウン頷いてお年寄りは出て行った。
「うまくいくといいですね」
キシシュは自分の荷物からカップを取り出し、ケトルから薄いお茶を注ぐ。
堅いパンは食べる気がしないので荷物の中に放り込んだ。
「うふふ、私、演技が上手くなった気がするわ」
建物によっては盗聴など声が聞こえる仕様もあるため、二人は部屋の中でも小声である。
「そーですねー」
浮かれている姉役に仕方なく同意したキシシュは、もう一つのカップにもお茶を入れてセリに差し出す。
作戦ではセリとキシシュは魔力持ちのためにセントラルから逃げて来た一般人の姉弟の設定だ。
サキサが探しているのを利用して、訳ありを装っている。
そのほうが内部に食い込めると考えた。
セントラルでは年々、中産階級と呼ばれる労働者が力を付けてきている。
魔力を持たない彼らは上流階級に反発し魔力持ちを警戒していた。
しかし、実際には魔力持ちの一般人を差別したり嫌がらせをするようになっていったのだ。
「いくら大昔に魔法で弾圧されたからって僕らには関係ないのに」
「そうね。
彼らが怖がっているのは私たちではなく、魔力という得体の知れない力だわ」
この辺りの会話は聞かれても構わない。
「僕たちだってこんな力欲しかった訳じゃない」
演技なのかは分からないが、悔しそうな顔のキシシュをセリはそっと抱きしめる。
「だけど、こんな私たちでも何か世の中の役に立てることがあるはずよ」
セリは涙を拭う振りをしてから、キシシュと共にベッドに入った。
「疲れたでしょう。
ここまで来ればきっと大丈夫よ」
「うん、お姉ちゃん」
明かりの消えた部屋に、やがて小さな寝息が聞こえ始める。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、サキサと護衛の兵士は一軒の食堂を兼ねた宿屋に居た。
「ちょうど良かった。
ついさっき二人連れが出たばかりで、上等の部屋が空いてる」
逞しい身体付きの宿屋の店主が歓迎してくれる。
「助かる」
サキサとしても二間続きの部屋はありがたい。
部屋に入ると広さも調度品も、宿の外観からは予想出来ないほど上品だ。
店主は、今まであまり使う者がいなかった高級な部屋が埋まるので上機嫌で説明を続ける。
「食事は宿賃とは別だが、下の食堂は宿泊客には安くしてるぞ」
「ありがとう、後でいただこう」
護衛の兵士が宿代を先払いする。
サキサは女装にしか見えない服をいつもの男性にしか見えない服に着替えた。
一階の食堂は賑やかだ。
二人は夕食を頼み、小声で話し出す。
「気づいたか?」
サキサの問いかけに護衛の兵士は考える。
「んー、教会の怪しさですか?」
「いや、教会の騎士たちのことだ」
サキサは彼らのガラの悪さが気になった。
教会を守る騎士は、その礼儀正しさや高潔さから聖騎士とも言われる。
「どう見てもそんな風には見えなかった」
身に付けた装備は教会の物に間違いはない。
しかし、剣も鎧も手入れされてはいなかった。
宿の食事は見た目は雑だが味は確かに美味しい。
サキサはゆっくり味わっていたが、連れの男性は夢中で食べていた。
「それに、態度も最悪だった」
サキサたちを国の軍務局の者だと知った上で見下し、乱暴に追い出した。
「どういうことですか?」
アゼルが貸してくれた護衛の兵士は、サキサが貴族であるため年下でも丁寧に扱ってくれる。
「あれはおそらく本物の騎士ではない」
サキサは完全に食事の手を止めた。
サウスの警備隊では年に一度、国軍の兵士と交流会という名の対抗戦をやっていた。
それはこのウエストの騎士団でも同じはずだ。
お互いに鍛錬し、共に力を合わせて国や街を守るために都市間で決められている行事なのである。
「あなたは、あの騎士たちの中に見覚えのある顔はありましたか?」
兜までは被っていなかったから一人一人の顔は見ることが出来た。
「いや、ないな。
でも、たまたま知り合いがいなかっただけかもしれない」
対抗戦に出る兵士は精鋭なので参考にしようと見学する兵士たちも多い。
「あれだけ何時間も本部に出入りする者を見ていたのに、見覚えのある顔はなかった、と」
見逃すようなことはないと思う。
護衛の兵士は食べ終えて、改めてサキサの言葉の意味を考える。
「騎士の質が低下して、精鋭がいない。
ウエストに巡礼に来た女性や子供が消える……」
「行方不明者を扱った事件を調べた中に似たようなものがあった」
食後のお茶を女将に頼んでいた兵士がギョッとした顔でサキサを見る。
「セントラルでの事件を?。
行方不明関係だけでも大量にありましたが」
サキサは頷き、話を続ける。
「傭兵崩れのならず者たちが子供を拐う事件があった」
「ああ、ありましたね。
でもあれは魔力のある子供を狙った事件ですよ」
サキサは目の前の男性をじっと見つめる。
「ウエストの行方不明者が魔力持ちだったら?」
兵士がガタンと音を立てて立ち上がる。
「おやおや、お口に合わなかったかね」
料理が残されたサキサの皿を見て女将が嘆く。
「昨日セントラルから来たっていう若い姉弟には美味しいって気に入ってもらえたんだが」
セントラルへ連絡を取るために部屋へ戻ろうとしたサキサに、女将の声が耳に入った。
「女将さん!」
サキサは大柄な女将の肩を掴む。
「もしかしたら、その姉弟は亜麻色の髪の女性と、銀髪の美少年の二人連れか?」
「そうだよ。
お客さんの知り合いかい?。
二泊分払ってくれたのに、ついさっき出て行っちまって」
先払い分の払い戻しは出来ないと言ったが、構わないと慌てて出て行ったそうだ。
サキサと護衛兵は頷き合う。
「良かった。まだ無事のようだ」
しかし慌てて出て行ったのなら、もしかしたら手掛かりを掴んだのかも知れない。
「危険であることには変わりありません」
連れの男性の言葉にサキサは大きく頷いた。
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