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終着駅の恋人 Ⅴ  作者: さつき けい


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5-1・小さな変化

お久しぶりのシリーズでございます。

いつもお待たせして申し訳ございません。

今回も短いですが、どうかお付き合いくださいませ。



主要人物紹介

イコガ・イクーツ……辺境地『ウエストエンド』の領主、幼い頃に巻き込まれた事件のために『白化』という病気を患っている。

セリ(セナリー)……中央都市セントラルの魔法学校でイコガの後輩だった好奇心旺盛な女性。現在は医療術者となるため修行中。



『ウエストエンド』の朝は早い。


いや、早いのは領主館の使用人たちだけで、領民はのんびりとしたものである。


まず第一に領主自身の朝が遅い。 遅過ぎる。


しかも、その日の彼の機嫌で左右され、起きれば良いほうで起きてこないことも珍しくはない。


それでも領主の側に仕える者としては、いつ、何があっても対応出来ることが望ましいため、早起きが必須なのである。


コンコン


「コガ様、お目覚めの時間でございます」


朝食の用意が終わった時点で領主の部屋の扉を叩いて起こすのは執事であるロクローの仕事だ。


コンコン


特別なことが無い限り、領主の部屋は許可がないと外からは開かない。 


邪魔くさい仕様だが魔物や敵が入り込まないための防衛策なので仕方がない。


 しばらくして扉が開く。 


「おはよう」


「へっ?」


目の前を、肩までの黒い髪を揺らし、整ってはいるが青白い顔の背の高い青年が通り過ぎる。


ロクローは、その背中を目で追い、呆然としながら見送った。


「……あり得ない、ヘッポコ領主が起きてる」


食堂がある中央棟へとその姿が消えると、少年執事は慌てて追いかけた。




 何の冗談だろう。


食堂には珍しくドクター・アーチーと護衛騎士ラオンも揃っていた。


ロクローは鍋をかき回していた家事担当のナニーにそっと近寄る。


「あれ、本物?」


魔物がイタズラで化けてたりする可能性があったりなかったり。


「まあ、うふふ」


ナニーは孫同然の領主に甘い。


起きて動いているだけで「偉い!」と褒めるので当てにはならないが、一応確認する。


「間違いなく坊っちゃまですよ」


食堂になど滅多に姿を見せない領主のイコガが朝食を食べ始めていた。




 その横でアーチーが薬草入りのお茶を置き、さらに薬包を取り出す。


「ねぇ、今日は体調が良いから半分にしてよ」


青白い顔をもっと青くしてイコガが文句を言う。


確かに、あれではせっかくの食事も不味くなるとロクローも思った。


「いやいや、ここ数日調子が良いからと気を緩めてはいけませんよ」


アーチーは真顔で答える。


 先日、サウスで例の女性に会って思いを遂げたらしいことは誰にでも察せられた。


そのあとのイコガは機嫌も体調も絶好調なのである。


アーチーとしては様子を見るためにニ、三日は病室に閉じ込めておきたかったらしいが、本人が元気そうなので薬湯くらいで我慢しているようだ。


あのアーチーも領主を弟のように可愛がっていて、対応がやや甘い。




「やっぱり、あの娘さんにはこの地に住んでもらえないか交渉すべきだな」


騎士ラオンが大きなガタイをなるべく縮めてロクローに話しかける。


ラオン自身の主は前領主で、その息子であるイコガは出来の悪い息子だと思っているようだ。


そして、出来が悪い子供ほどかわいいということらしい。


「はあ、無理でしょ。


ここは魔領といわれる『ウエストエンド』ですよ。


あの娘さんの身内が許すもんですか。


まあ、本人は物好きそうな女性でしたが……」


ロクローの言葉に護衛騎士は苦笑いを浮かべる。


皆、思っていることは同じなのだ。




 まだこの地に来て日の浅いロクローは思う。


領民は皆、イコガの家族のようなものだ。 一人残らず彼の幸せを願っている。


 二十年以上前。


ここには相思相愛の仲睦まじい領主夫婦と可愛い子供たちがいた。


姿形は異様でも穏やかな領民たちに囲まれた、平和な領地だった。


 しかし、その家族の日常は突然壊された。


あの日から毎日が歯がゆい。


誰もこの地を、彼を、救えないことが。


いつもの、あの申し訳なさそうな笑顔ではなく、心から微笑んでくれる日を待っている。


その日が来ることを祈りながら見守っていくしかないのだ。




 食事が終わるとそれぞれ自分の仕事に散っていく。


ラオンは領内の見回りに、アーチーは医療用の魔道具研究に、ロクローは領主補佐の執務に、ナニーは変わらず家事に勤しむ。


イコガは、何もすることがない、というか、いつも寝込んでいるので誰にも仕事を振られていない。


年下のロクローにヘッポコと呼ばれる領主である。


気ままにひとり、中央棟の尖塔に向かっていた。


 ぐるぐると螺旋らせん階段を上り、地上から約五階程度の高さに到達する。


この突端に魔鳥の巣があるのだ。


セントラルや、ごくたまに他の都市にも手紙を届ける魔鳥は魔法局所属である。


最近は、都市の上空では反魔法勢力に攻撃されることもあるそうで、めっきり数を減らしてしまった。


「今は留守か」


手紙は来ていない。


イコガは特別にしつらえた魔鳥の巣を覗きこんでため息を吐いた。




 窓枠に腰掛けて遠い空を見る。


耳に手をやり、赤い石に触れて目を閉じた。


『コウ』


優しい声が聴こえる。


愛しさに身を震わせながらイコガはセリの言葉を思い出す。


「被害者、か」


勝手に現れ、勝手に手を出し、心を乱す悪者にされた。


イコガは目線を落とし『ウエストエンド』の小さな町を見下ろす。


「ずっと俺たちは被害者だと思ってたけど」


『ウエストエンド争乱』で多くのものを失った。


イコガは、セントラルに行く度に自分が被害者顔をしていたことに気づいた。


だが、セリは若く、その事件の頃にはまだ産まれていない。


事情を知らない者から見れば、ただの自分勝手な悪者だったのだろう。


「このまま彼女の加害者になって、俺は何をしたいんだろうな」


尖塔の窓に腰掛けたまま、イコガはぼんやり考えていた。




「坊主」


足音もなく近づいた気配に、イコガはうつむいていた顔を上げた。


「ああ、駅長」


黒っぽいフード付きマントを引きずる小さな影。


「今は休憩中じゃ」


「ふふっ、じゃあいつものヤシでいいか」


「ああ、それでよい」


領民からは駅長と呼ばれているが、彼にも名前はある。




 ヤシは魔物だ。


イコガの親の親の、もっと以前の先祖の時代からこの土地に住んでいた。


あの日、己の魔力の限り抵抗し、この館を守った魔物のうちの一体である。


彼自身も多くの仲間を失った。


それよりも、ヤシはイコガの先祖と約束した、この土地の平和を守れなかったことを悔いている。




 一見ボロボロにしか見えないマントの下、フードの中は真っ黒な闇。


ヤシは闇に潜み蠢く種族の魔物で、特に人に害を与えるものではない。


長生きであるため代々の領主たちの教育係のようなものをしてきた。


保護者を失くしたイコガに、この領地の異形や魔物たちとの付き合い方や、イタズラ、敵となった人間を倒す術も、暴走した魔物を抑える技も教えた。


イコガが年頃になると魔物の道である闇を抜ける空間を使ってさまざまな場所へ連れ回し、娼館などの艶かしい場所まで教えてしまう。


ロクローの父親である執事長には睨まれたが、ヤシは反省も後悔もしていない。


「体調は良さそうだな。 久しぶりに競争しようか?」


フードの中に宿る闇が楽しそうな声を出す。


「えー、嫌だなあ。 ヤシは手を抜いてくれないから」


イコガは幼い子供のように唇を突き出した。


「当たり前だ。 だが、いつも通り、勝ったら何でも言うことを聞いてやるぞ」


「うーん」


イコガは少し考える振りをして腕を組む。




「じゃあー」


ダダダダダ……


次の言葉より先にイコガは階段を駆け下りていく。


「先に一階に着いたほうが勝ちね!」


「お、やる気だな」


ヤシがニヤリと笑ったような気配がした。


彼らは相手が領主であっても本気で相手をしてくれる。


イコガは途中で魔法を使って幾つも段を飛び越え、人間とは思えない速さで一階の玄関ホールに降り立った。


「あはははは、ほら、勝った!」


「ふふっ、身体は忘れていなかったか。 本当に体調は良さそうだな」


息が上がり、床に転がったイコガの顔をヤシがうれしそうに覗きこむ。


「ハアハア、何でも、言うこと聞いてくれるんだよね」


ヤシもイコガには甘い。


「ああ、魔物に二言は無い」


あははは、と大声で笑い合っていると、無言でやって来たドクターにイコガは診察室に引きずられて行った。



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