調査
シルガ・ハーブラッドについて、あるいは、その手口について。
マスターに尋ねるのが一番手っ取り早いだろうが、それをしたら、マスターに俺がシルガを疑っていることを気が付かれてしまう。
何よりあまり思い出させて傷をほじくり返したくはない。
……当時のことをよく知っているとしたら、二代目……先代のギルドマスターだ。
二代目のギルドマスターについては、二年前から所属しているギルド員なら知っているだろうが、万が一にもマスターに二代目について調べていることをバレたくない。
聞くとしたら口止めもしやすいミエナだが……昨夜とか今朝のことを尋ねられたらどうしよう。
マスターとベッタリとひっつきながら寝てしまったことを気取られてしまったら殺されかねない。
……思い出したら、また思考がブレてくる。
今、ミエナに会いに行ったら近くにマスターがいるだろうし……ギルドハウスに行きたくはないな。いや、けれどそんなに時間もあるわけでもないので……。
「……いや、ネネがいたな」
「ネネさんがどうしたんですか?」
「いや、ちょっと調べたいことがあったんだが……ギルドの内情に詳しくて、口が固そうな奴から話を聞きたいと思ってな」
「ネネさんって、そんなに詳しそうですか? それより、何について調べたいんですか?」
ベッドから立ち上がりながら、カルアの方に目を向ける。白い髪がさらさらとしていてとても綺麗だ。
「……何か視線が元の感じに戻ってきましたね。ねちっぽいです」
「そうか? ……まぁ、ネネはああ見えても結構周りを見る性格だからな。人と関わるのは苦手だが、いや……苦手だからこそ……か」
「……えっと、私も一緒に行って大丈夫ですか?」
「ああ、いや、というか、むしろ来てくれ。俺だと分からないことや理解出来ないことも多いだろうからな」
「何について聞くんですか?」
カルアは立ち上がりながら首を傾げる。
「先代のギルドマスター。迷宮鼠の二代目ギルドマスターについてだ。まぁ、二代目に聞きたいことがあるから居場所を聞きたいだけだが」
「先代?」
「ああ、後で道すがら教える」
カルアと共にギルドに行って天上を見ると、柱に座っているネネが一人でパンを食べていた。
ネネは俺に気がついたのか、不愉快そうに顔を顰めてこちらを見て、すぐに目を背ける。
「おーい、ネネー、ちょっといいか?」
「……よくない。帰れ」
「いや、ここが帰ってくる場所なんだけど」
俺がネネと話そうとしていると、彼女は渋々といった様子で降りてくる。
「……何だ?」
「なんだかんだで話を聞いてくれるからいい奴だよな」
「あんなに騒がれていたら目立つだろ。……それで、何の用」
近くにギルドマスターや他の人がいないことを確認してから、小声で話す。
「二代目のギルドマスターについて知っているか?」
「……二代目? まぁ、知ってはいるけど」
ネネは俺に合わせて小声で返す。
コイツ、案外そういうところは気を使うよな。……マスターもそういうところを買っているのだろうか。
「少し話を聞きたいことがあってな。居場所を知っていたら教えてほしい」
「……マスターのこと?」
「いや、別件だな」
「別件……? ……分かった。うん。……ついて来い」
ネネはそう言って先導する。場所を教えてくれるだけでよかったんだが……まぁ、ネネがいてくれる方が助かるか。
ギルドから出て少し歩いてから、ネネは早い歩調を緩めて、俺の隣にくる。
「何で、シルガのことを?」
「察しがいいな」
「普通分かる。……シルガを見たの?」
「いや、俺は顔すら知らないしな。……ただ、少し気になっていることがあって」
歩きながら、先ほどカルアにしたのと同じ推測を話すと、ネネはゆっくりと首を横に振る。
「……違うと思うのか?」
「違っていてほしいだけ。……でも、可能性がないわけじゃないのは確か」
そう言ったネネが足を止めたのは、俺が迷宮からクウカとネルミアを運ぶために足を踏み入れたこともあるギルド……【泥つき猫】だった。
……どうしよう。めちゃくちゃ近寄りたくない。クウカがいたら嫌だ。
俺のそんな様子を無視してネネはスタスタと歩いていってしまい、後ろからカルアに押される。
少し近所すぎるだろう。いや、迷宮鼠に所属していたのならだいたいは亜人だし、亜人が所属出来るギルドなんて限られているから近所にいてもおかしくはないんだが……。
ネネは近くの男に「レイはいる?」と尋ねて、頷いたのを見て軽く礼だけ言ってズカズカと中に入っていく。
俺が中に入ると微妙な視線が向けられる。獣人を受け入れるギルドだからといって、魔族混じりが好かれるわけでもない。
まぁ人間だけのギルドよりかは幾分か敵意もマシではあるが……。気にしないようにネネの後ろを歩いて、関係者しか入らないような扉を開ける。
廊下を歩いていると入り口近くの酒場のような空気ではなく、インクと紙の匂いが混じり出す。
それからネネが廊下の側面にあった扉を開けると数人の男女が書類仕事をしていて、ひとりの男がネネの姿を見て声を上げた。
「ネネ? あと、そちらのふたりは……迷宮鼠の新入りのふたりか。どうしたんだ? 急に」
「こっちのふたりが、マスターに話を聞きたいらしいから、案内しにきただけ」
「……案内って、ネネがか? はぁ、ずいぶんと変わったな。ああ、それと、僕はとっくに迷宮鼠のマスターじゃなくなっているよ」
事務員然とした格好の男は少し驚いたような顔を俺達に向けながら、書類を置いて廊下に出てくる。
「すぐに終わる話かな?」
「まぁ……長い時間を取らせるつもりはない」
「じゃあ、ちょっとこっちで聞くな」
先代は慣れたように別の応接間のようなところに俺達を通す。
「ああ、お茶も出そうか。……いや、ネネがいるならやめておいた方がいいかな」
「……構うことはない」
何でネネがいたら出さないんだろうか。……猫の獣人だから猫舌なのか?
俺達が椅子に座ると先代は「それで」と口にする。
「ああ、初めまして、最近、迷宮鼠に入ったランドロスとカルアだ」
「うん。噂はかねがね聞いているよ。昨日も迷宮鼠が強豪を倒して本戦に出場したと聞いて、飛び跳ねて喜んでしまってね」
先代は少し小柄な身体を、落ち着いた表情で揺らしながら俺達の方を見つめて微笑む。種族は……犬に近い生き物の獣人だろうか。
「ああ、いや、君からしたら知らないおっさんだよね。ごめんね。二年経ったといっても、迷宮鼠にいた三十年近くの癖は全然抜けなくて」
「……いや、簡単な事情はマスター……クルルに聞いていたからな」
隣でカルアが首を傾げる。そう言えば、道中に説明すると言っていたのに、説明し忘れていたな。思っていたより大分近かったから。
「そっか。あの子に信頼されているんだね」
「……それはどうか分からないけどな。まぁ、先代のことは単なる別のギルドの人とは思ってはいない」
途中で仕方なく辞めさせられたのだから……心残りがあったり、まだ迷宮鼠が気になるのは仕方ないだろう。
そう思っていると、先代は「はは」と力なく笑う。
「そう言ってもらえると、嬉しいけど、反面……恥ずかしくもあるよ。……僕が愚かだったばかりに、あんな小さな子に全ての尻拭いをさせているんだからね」




