ネネキック
俺の腕の中にいるクルルが身動ぎをしたからその動きで俺が少し起きて目を覚ましたのか、それとも俺が身動ぎをしてクルルの睡眠を妨げたからクルルも身動ぎをしたのか。
あまりにもべったりとくっついていたせいで、どちらが先に動き、目を覚ましたのかが判別出来ない。
それほど俺の近くにいたクルルは目を覚ましてすぐに俺の顔を見て「にへー」と緩んだ笑みを見せる。
「ん、ランドロスの手、えっち」
言われて……自分の手がクルルのふとももに触れていることに気が付きゆっくりと離そうとするとクルルは嬉しそうに俺のこと胸に頭を押し付ける。
「おはよ」
「ああ、おはよう」
ペタペタとクルルの小さい手が俺の頬を触り、俺も同じように触り返す。かわいいなと思っていると、じとーっとした目が向けられていることに気がつく。
「……ランドロス」
「ああ、リミ。おはよう。……変なことはしてないからな。単なるスキンシップだからな?」
リミは不思議そうに小首を傾げ、キョロキョロと周りを見回す。
「お母さんは?」
「シャルか? 物音がするから、多分裁縫か何かしてるんだと思うが」
「ううん。アホの方」
「ああ、カルアか。今ぐらいの時間なら、師匠……イユリとギルドじゃないか? あと、人にアホって言ったらダメだぞ」
それにしても、シャルじゃなくてカルアを探しているのは少し意外だな。シャルはベッタリと面倒を見ているし、リミもシャルを信頼しているように見えたんだが……と思っていると、パタパタとベッドから起き上がってシャルの方に走っていく。
何か楽しみになるような約束でもしていたのだろうか。
「……別に問題はないんだけど、俺は呼び捨てなんだな」
「まぁ……うん、お父さんって呼ぶように言おうか?」
「いやいい。親というものは分かってらみたいだし、リミも何か思うところがあるんだろうしな」
血縁上の親でもなければ、まだ育ての親でもない。
なんか部屋にいるおっさんぐらいの扱いをされているが、事実としてそうだろう。
「思うところ?」
「あー、まぁ、リミには初対面のときに刺されたしな。仲良くするとそのことに罪悪感を感じてしまうから……とか、意識的にではなくとも思っているんじゃないか?」
「えっ、刺されたの?」
「あー、いや、まぁ、いやいやだろうし、怯えていたからあんまりどうこうは言うつもりはないけどな。今はそういうことをしそうにないし」
クルルは少し考えた様子を見せてから頷く。
「……ちゃんと見てないと危ないね」
「ああ。武器とかなくとも、腕力だったらシャルよりも遥かに強いだろうしな。ネネかクウカかミエナ辺りに一緒にいてもらおうと思ってるし、慣れるまでは部屋で過ごしてもらうつもりだ」
まあ……滅多なことは起こらなさそうだが。
基本的にはジッと過ごしていて、シャルが家事をしたりしながら様子を見たり、色々と話しかけたりという具合だ。
そのおかげかシャルにはよく懐いていて、わりとベッタリと一緒に過ごしている。
食事に関しては多少偏食……というか、おそらくあの施設で食べていたもの以外の物は微妙に苦手らしいがちゃんと食べているようで血色は良くなっている。
順風満帆というわけにはいかないが、少しずつ慣らせばギルドの他の子供と一緒に遊ばせたりも出来そうだ。
まぁ、力加減とかを覚えたらの話だが。
「……正直、シャルが怪我をしないか心配ではあるんだよな。悪気はなくとも種族差は大きい」
「んー、何か力加減の訓練とかさせようか?」
「そうだな。……色々とバランスが難しいな」
大人しくしている今は大丈夫だが、慣れて遊んだり走ったりワガママを言えるようになったらシャルの怪我に繋がりかねない。
だが、慣れること自体はいいことだし、今の落ち着かない精神状態でストレスのかかる訓練はさせたくない。
どうにもあっちを立てればこっちが立たずという具合で……。
「……積み木とか作ったら遊ぶかな」
「んー、もうそんな年齢じゃないんじゃないかな。お絵描きとかどう?」
「ああ、今日はちょっと色々用意してみるか」
朝食を食べてから、部屋に布を引いてその上に木材とナイフを並べる。
珍しく部屋にいるネネはソファのうえで毛布に包まって丸まりながら怪訝そうな表情で俺を見ていた。少し格好つけた手つきでナイフを弄ると「フッ」と笑われる。
……作るか。
空間把握を使って正確な形を捉えながら木をそれらしい形に切り、怪我をしないように角を削っていく。
ひとつひとつ並べていくと、シャルのところにいたリミがやってきて不思議そうに俺を見る。
「それはなに?」
「積み木だ。ほら、こうやって積んで遊ぶおもちゃ」
いくつかの出来上がった積み木を積んでみせると、リミはやはりよく分からなさそうな表情を浮かべる。
「楽しい?」
「ああ、楽しいぞ」
「そっか、よかったね」
リミはそう言ってとててっといった感じでシャルのところに戻っていく。
……ちゃうねん。俺が楽しいわけじゃないんだ。
積み木を握ったままネネの方を見ると、ネネはソファに顔を埋めるようにして肩を震わせていた。
「おい、ネネなに笑ってるんだ」
「わ、笑って、ない」
「ネネがそんな笑い方してるの初めて見たぞ……」
くそ……積み木はやっぱりウケが悪かったか。
まぁいい、次はまた別のものを作ろう。……人形とか好きだし、木で何かいい感じの像でも作って気を引くか。
そう思って作業を再開しようとしていると、ネネの耳がピクリと動く。
「どうした? かわいいアピールか?」
「違う」
「なら単にかわいいだけか……。それで、どうしたんだ?」
「後で叩く。……下で、ヤン達が騒いでる」
「……昼間からか……まぁ、気持ちは分かるぞ。やることがないと気を紛らわせることも出来ないしな」
ネネの足がとすとすと俺を蹴る。
「違う。そういう意味じゃない。……ヤンがギルドを辞めるとか言ってるようだ」
「…………ああ。まあ、そうか」
俺が納得して頷くと、ネネは少し意外そうな表情を浮かべる。
「驚かないのか?」
「まぁ、少ししか教えてはいないが、一応剣の師ではあるしな。多少事情は知っている。惚れた女が名家のお嬢様だから、それに釣り合う格がほしいんだろう。元々カルアの侍女をしていた女性だし、この国に戻りたがっていそうだったからそこの都合もいい」
「……ヤン程度で成り上がれると思うか」
「ヤン程度って……厳しいな。……カルアの兄弟の一人が席を用意すると俺に声をかけていたし、ヤンにも声をかけたんだろう」
俺がナイフを手に取って猫の木像を作ろうと削っていると、ネネは俺の表情を探るようにジッと見てくる。
「……引き留めにいかないのか」
「話しているところ見たことないけど、仲良いのか?」
「ほとんど話したこともない」
「そうか。あー、まぁ、そうだよな。留めには行くつもりだぞ。今の話が終わった後、出ていくよりも前にギルドマスターのクルルのところにも来るだろうし、その時にでも」
「それはヤンを引き留めにではなくて、マスターを慰めにだろう」
「まあそうだが。……正直なところ、ヤンが惚れてる子、そんなに特別いい子には見えないし、今ヤンを慕ってる子はいい子ばかりだからそっちにしとけよって思わなくもないけど。まぁ、俺が引き留められる立場でもないしな」
「……女にしか興味ないか」
「やめろ……。リミが聞いてるかもしれないだろ。……まぁ、行ってほしくはないけどな」
けれど、引き留めるのは俺ではなくて……ヤンのことを好いている奴がちゃんと止めるべきだろう。あ、ミスった、作り直すか。




