貴方となら不幸になりたい
「……恋人ではなく妻だ」
堂々と宣言すると、心配そうに様子を見ていたギルドのおっさんが渋い表情をする。……なんかすごく心配されているので邪険にしにくいが……初めてあった父親の後ろに見知った顔のおっさんがいると絶妙に気が散るな……。
めっちゃ目が合うので軽く視線を下に向けると、父親はゆっくりと口を開く。
「……エルフ混じりの俺の血が入っているからまだ幼い子供かもしれないと思っていたが……立派な大人になってたんだな」
「……立派かどうかは、微妙だと思うけどな」
正直、あと何年経とうともシャルや院長のようになれるとは思えない。メレクのように案外気が回ったりもしないし、クルルのように人を見る目があるわけでも、ネネのような高潔さも持っておらず、商人のように物事を上手く進めることも出来ない。
欠けてばかり、足りないものばかり、そう自覚しながら……けれども顔を上げる。
「……父さ……親父? ……ダディ」
「ランドロスさん、混乱しすぎて変なところに着地しましたね。普通にお父さんでいいと思いますよ」
シャルにちゃんとしなさいとばかりに見つめられながらゆっくりと口を開く。
「……生きていて、良かった」
色々と思うところはあるが、けれども、もう一度ゆっくりと口にする。
「生きていて良かった」
父親は少し驚いたような表情を浮かべ、俺たちの様子を伺っていたおっさんが椅子を動かして俺たちの机の前に置いてから感動したように涙を流す。
「よかった……よかったなぁ。坊主。生き別れのお父さんと再会出来て……」
親父より先に口を開くなよ。親父も知らないおっさんが泣いてるからって椅子を動かして場所をちょっとずらすな。俺の正面におっさんが来てるだろ。
おっさんが生き別れの父親みたいな感じになっちゃうだろ。
「ほら、親父さんも何か言ってやって」
やめろ。若干助かるけどやめろ。
「……アイツは……俺を恨んでいたか?」
「俺がランドロスって名前を名乗っているんだから、分かるだろ。親父が付けたんだろ」
「……そうか。……ランドロス……ランドロスはどうだ?」
「そんなもん、考えなくても分かるだろ。恨んでるに決まってるだろ」
親父は強面の顔を情けなく歪ませて、ゆっくりと頭を下げる。
「……置いていって、すまなかった。事情があった……は言い訳にもならないか」
「母さんには墓すらない。俺が産まれてからは、本当にほとんど誰とも話していない孤独な人生だった。……人生の三分の一以上がそれだ」
「…………ああ」
父の方を見て、それから思いっきり息を吐き出す。
「っ…………ああ、ああ……でも、母は、こんな結末になると分かっていたのに、これからの人生には不幸しかないと分かっていたのに。親父との短い時間を選んだんだよ。そうしたんだ」
ゆっくり背をもたれさせて、自分の顔を手で押さえる。
「……そうしたんだよ。……俺がどうこう……今更恨み言を言っても情けないだけだろ」
「…………そうか。……そうか」
親父は俺の言葉を噛み締めるようにそう口にして、ゆっくりと、ゆっくりと、俺の方を見る。
「幸せだったんだろうよ。……傍目からは、そう見えずとも。……だから、もうこの話は終わりだ」
「……ああ」
「あ、俺腹減ったんだけど親父さんもなんか頼むか? まだ飯食ってないだろ?」
……なんかおっさんがすごく自然に話に入ってくる。
「ああ、ランドロスも何か……」
「いや、俺は部屋で子供と食べるから」
「ああ、子供と。……子供?」
親父はシャルの方を見て、俺の方を見て、それからもう一度シャルに目を向ける。
「ら、ランドロス……そ、それはダメだろ。いや……そりゃ、俺も燃え上がるような恋をして駆け落ちしたわけだから、恋やらなんやらに口出しする資格はないと思うが」
「……父親の口から燃え上がるような恋という言葉は聞きたくなかったな」
「ダメだろ。子供は……」
「……いや、義理のな。というか、親父が用心棒していたところの獣人を預かってる感じだからな。そこのところも後で話してもらうからな」
親父は微妙に言葉に詰まったような表情を浮かべてから口を開く。
「……今日じゃなくていいのか?」
「会ったばかりで、喧嘩にしかならない話題は触れない方がいいだろ。明日以降めちゃくちゃ責め立てる予定でいる」
「あー、おう。……じゃあなんか明るい話をしたらいいのか? ……ランドロスが別嬪さんと幸せそうで嬉しいよ」
「……ああ」
「……あれ? でもランドロス、猫の獣人を探してなかったか? てっきり、そっちがそういう仲かと」
「……ネネもシャルも、俺の嫁だ」
親父は驚いたように目を開き、それ以上にギルドのおっさんが「ええええ!? あのネネと!? マジで!?」と驚いていた。……そういや、ギルドの中でも一部しか知らないもんな。
「そ、それは……どうかと思うぞ。いや、まぁ……今日は、その……そうだな。責めるような話はよそう」
「あと、あそこで様子を見にきている灰色の髪の子と白い髪の子もだ」
「……ランドロス、怒られるのを回避するために、さっさと悪事を消化しとくかって感じになってないか?」
「…………」
微妙な空気が流れると、その空気を掻き消すようにおっさんが話に入ってくる。
「まぁまぁ、ほら、ランドロスが入ってからうちのギルドも色々と明るくなって、ギルドマスターもよく笑うようになったし、な?」
「……そうか。立派にやって……いや、どうなんだ。……どう考えても幼い少女達でハーレムを作っているのは良くないことだよな。いやしかし……今更俺が父親面していいのか。いや父親じゃなくとも苦言を呈するぐらいは……」
「……親父も、相当年下の母さんと駆け落ちしてるわけだから人のこと言えないだろ」
「……いや、それはな、その……」
親父は目を逸らし、誤魔化すように水に手をつける。
シャルは俺の方を見て小さな声で呟く。
「……ランドロスさんのお父さん。こう……その、締まらなさがランドロスさんに似てますね」
「嫌なところだけ似ないでほしかったな」
……こう、あまり揉めそうなところにお互い触れないようにしているから終始グダグダだなと思っていると、親父はゆっくりと立ち上がる。
「飯とか食っていかないのか?」
俺が尋ねると、親父ではなくおっさんが俺に答える。
「ほら、もうちょっと空気読めよ。親父さん、お袋さんのことでひとりで泣いてきたいんだよ」
「ああ、なるほどな」
「あの……僕もそういうことだと思いましたけど、お義父さん本人がいる前で言うのはやめた方がいいと……」
親父の方を見ると、親父は誤魔化すように咳き込んでから立ち去っていった。……図星だったか……。




