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英雄譚の第三章

 マスターに部屋の外まで見送ってもらい、軽く頭を下げてから自室に戻る。

 やはりマスターはいい。迷いが晴れることはないが、迷いすぎて変なことを考えるのはなくなっている。


 ……やはり、あの二人が幸せになれるかどうかが重要だ。色々と考えてはみたが素直に謝るなりしてちゃんと話す他にない。


 まだあまり眠くはないが、時間感覚のズレを直すために寝た方がいいだろう。明日の朝にでもカルアには謝っておくか。


 少し考えながら部屋に戻ると、ベッドにちょんと座ったカルアと目が合う。


「あ……ランドロスさん……失礼してます……」


 白い髪と青い目は暗い中でも目立つ。

 弱々しく微笑むカルアは、服の袖をパタパタと動かして、元気そうに振る舞う。


「……あー、朝は悪かったな」

「い、いえ……私も暴走してました。あの……すみません」

「いや、別にいい。……いや、なんだ……その……。すごく眠たそうだけど大丈夫か?」

「すみません……その、不安で眠れなくて……疲れてはいるんですけど」


 グッタリとした様子のカルアを見て、罪悪感がひしひしと湧いてくる。

 マスターの部屋でお茶を飲んだはずなのに、いつの間にか喉が乾いていた。緊張を誤魔化すために唾液をコクリと飲み込み、カルアに言う。


「……散歩にでも行くか」

「えっ、大丈夫なんですか?」

「夜なら人もいないからな。この街を散歩をするなら丁度いい。それに目の色も見えにくくなるしな。出れるか?」

「あっ……は、はい」


 カルアはパタパタと立ち上がって、二人で寮から出て街を歩く。涼しい夜風が吹いて、湿った俺の吐息をさらっていった。


 人が寝静まった街は、それでも人の生活の匂いが染み込んでいて、昼間とは全く違う景色だというのに同じ街であることを示していた。


 上手く言葉が纏まらず、風の音ばかりの道に足音だけがゆっくりと音を立てていく。


 ほんの少し後ろを歩く少女の足音の方が少しだけ数が多く音が小さい。ゆっくりと歩くことを意識しながら、乾いた喉を誤魔化すように唾液を飲み込んだ。

 何かを言おうとしては言葉を考え直し、まとめた言葉を吐こうとしては緊張で喉が乾く。


 第一声を発するのには、馬鹿みたいな時間がかかった。


「……カルアの言う通りだった」

「えっ、あっ、な、何がですか? 大抵のことは、九割九分十厘のことは私の言葉が正しいと思いますが!」


 相変わらずだな。と、思いながら、その自信に溢れすぎている言葉も、嫌いにはなれない。

 いや、それを含めてカルアのことを好きになっていた。


 ドクリ、ドクリ、と強すぎて不快な心臓の音を気にしないように【ノアの塔】を見上げる。


「……ああ、カルアの言葉は、全部正しかったよ。今の所はな」

「そ、そうでしょう。……あ、あの……全部というのは……その、今朝、寝る前のことを覚えていて、言っていますか?」

「……ああ、むしろ、それを指して言っているつもりだった」


 足音が聞こえなくなったから振り返ると、カルアは顔を俯かせてて、ギュッと手を握り込んでいた。

 それは嬉しそうという様子ではなく、照れているのでもなければ、怒っていたり、悲しんでいたりする様子でもない。


 ただ純粋にカルアは「よかった……」と言葉を漏らした。


「……よかったのか。……俺は、二人も同時に好きになるなんて、浮気性で最悪だと思っていたが」

「好きな人に好きになってもらえてたなら、それが一番嬉しいに決まってます。……シャルさんには、申し訳ないですけど」

「……本当にな、どうしたものかと考えているんだ。どうしたらいいんだ?」

「……それを私に聞くのは本当にどうかと思いますよ? 私はランドロスさんから離れるつもりはないですからね。私のことをフったらストーカーが増えると思ってください。世界を救って、世界を救ったことで得た権力を用いてランドロスさんを手に入れます」

「……冗談だよな」


 カルアは顔を上げて、にこりと笑う。


「……この道、初めて会ったときも一緒に歩いた道でしたね」

「……そのエピソードを出されると、カルアの目的に対して一直線なところを思い出して怖いんだけど。冗談だよな?」

「ランドロスさんはその時から優しかったですよね。自分たちが嫌われているところを、知らない人にわざわざ見せるために、嫌がらせをされながら歩くなんて」

「いや……だから、冗談だよな? 増えないよな、ストーカー」

「今度は隣じゃなくて、後ろを歩くことになりそうですねー」


 あ、この子本気だ。

 怖い。可愛いのに、このままでは最恐のストーカーになってしまう。


「……いや、普通に隣でいいからな」

「ふふん、分かったらいいのです。……クウカさんにはこんな話してないですよね?」

「俺をなんだと思ってるんだ」

「同時に複数人の女を好きになる変態ロリコンストーカーです」

「……カルア、本当に俺のこと好きなのか?」

「好きですよ? むしろ、ランドロスさんは私をどう思ってるんですか」

「大言ヒモ毒舌姫」

「……ランドロスさん、本当に私のこと好きなんですか……?」

「好きだけど?」


 後ろから背をトンと叩かれる。カルアはクスリと笑いながら、再び歩きはじめる。

 いつもよりも明るく笑うカルアの笑顔に見惚れていると、カルアは不思議そうに俺の手を握る。


「どうしたんです? もしかして、私に見惚れちゃってましたか?」

「……ああ」

「んっ!? あ、あの……はい」

「とりあえず、シャルが来るまではあまりな、こう……身体的な接触は避けてほしい。意識してしまうから罪悪感がすごいことになる」

「……まぁ、それぐらいならいいですけど」

「悪いな。色々と……」

「いえ……では、約束の迷宮探索はしばらく後回しですね。まぁ、しばらく纏めたいところでしたし、話したい人も出来たので丁度良かったですけど」


 話したい人? と俺が疑問に思ってカルアを見ると、カルアはやれやれ、とばかりにジェスチャーをする。


「すぐにヤキモチを焼くんですね。大丈夫ですよ、女性の方ですから」

「いや……ヤキモチじゃなくてな。カルアには珍しいなと思ってな」

「ほら、ランドロスさんが迷宮に侵入するときに使ったドアノブを作ったハーフエルフのイユリさんです。……一応、構想としては私も持っていましたが……。構想程度で、本当に出来るとは思っていなかったので。技術者として欲しいと思いまして」


 ああ、あのめちゃくちゃ魔力を吸う謎のドアノブか。

 確かにあれはすごいな。感覚やノリで魔法を使っている俺にはない『技術力』というものを感じる。


「私は魔法が使えなくて、魔法の技術者が必要ですから。元々はいつか育成するつもりでしたけど。いるなら協力したいです」

「まぁ同じギルドの仲間だしな」

「はい。……一度迷宮にも潜りましたし、そろそろ本格的に……世界を救いにいこうかと」


 カルアの決意に満ちた横顔を見て、ポリポリと頬を掻く。

 俺も置いていかれないようにしないとな。……闘技大会……か。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] カルアの想いは、一応「成就した」と言えるのかな 彼女が新たなストーカーと化す未来が訪れません様に…
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