怪我をした鳥
行きは急げばいいだけだったが、帰りは勇者達とすれ違う必要がある。万が一にも勇者と鉢合わせになることがないようにゆっくりと慎重に進んでいく。
その間、カルアの表情はずっと暗い。
研究をすることも、迷宮のあれこれに目を輝かして触りまわることもない。
気にしていない素振りをするためか、俺に笑いかけたりするのが……妙に痛々しい。
俺がカルアの方を見ていると、斥候として前にいたネネが立ち止まっていた。
「……疲れた。休もう」
「俺が斥候代わろうか?」
「……寝る」
また急に……。と思っていると、メレクは仕方なさそうに俺の方を向く。
まぁ、俺は疲れていないが、斥候をしているネネは疲れも溜まるか。
物見台とテントを出して物見台に登ろうとしたとき、メレクがカルアとネネに声をかける。
「カルア、お前も寝てばっかじゃなくて、少しは見張りを手伝ってやれ。あと、ネネも疲れてるならちゃんとしたところで寝ろよ」
メレクが物見台の上に登ろうとしていたネネの首根っこを捕まえてテントに放り込む。
カルアはぼうっとしたままメレクの指示に従って、物見台の上によじ登った。
カルアの白い髪が風に流されてサラサラと揺れる。
いつになく儚げな笑みまでその風に流されてしまいそうに見えてしまう。
俺は気にしていない。そもそも貴族だろうとは分かっていたし、育ちの悪い俺には貴族と王族の違いなんて大したものではない。
しばらく、会話はなかった。いつものように研究の話を無理矢理聞かされることもなければ、無駄な話でヘラヘラと笑うこともない。
けれど、落ち着いた時間とも、退屈な時間とも言えない時間だった。
王族というのは大きなことだったのだろう、カルアにとっては。
ゆっくりと、振り絞るようにカルアの声が小さく響く。
「隠すつもりはなかった……なんて、言えないんです」
「……そうか」
「隠すつもりでした。ずっと隠していくつもりで……こんなに呆気なく暴かれるとは、思っていませんでした」
「別に、仲間だから何もかもを話しておかないとダメってわけじゃないだろ。俺も秘密ぐらいはある」
「えっ、あの開けっ広げに変態なランドロスさんにもですか?」
「……カルアの俺に対する印象おかしくないか?」
カルアはクスリと笑うが、それでもあまり元気になった様子はない。儚げなカルアの笑みが……美しいと思うより、悲しいもののように映る。
「……聞いてくれますか? 面白い話ではないですけど」
「ああ、カルアが嫌じゃなければな。別にずっと隠していても構わないぞ」
「えへへ。ランドロスさんは、優しいですね。……王女、などと言っても小国でして、しかも第三王女なので、あまり大したものではないんです。せいぜいが、政治に巻き込まれるか、政略結婚の駒にされるか……。といったところでして」
「そう言えば、許嫁がいたと言っていたな」
「ほとんど知らない人ですけどね。……まぁ、貴族や王族の娘なんてものは、おおよそそんなものなんです。家の結び付きを強めるために使われるか、見た目が良ければ装飾品代わりに連れて歩かされるか」
カルアの場合は容姿も整っているので、まぁ両方に使えるものだったのだろうとぐらいは分かる。
「……私の半生は、語るようなものなど、何もないんです。産まれてからずっと、生きるものに必要なものは無制限に与えられて、けれども不必要なものは何も持たない。学のある女は嫌われるそうで、最低限の教養を身につけさせて、あとは適当に貴族の子女とお茶会でもしていろ。みたいな扱いです」
「……そうか」
「それが不幸だとは思いません。死ぬ危険もないですし、飢えることも、怪我をすることもないですから」
カルアは手足をバタバタと動かして、ゆっくりと仰け反り、物見台の上に寝転がる。
「お茶会での会話の内容もつまらないものですよ。あそこの誰が結婚したとか、誰が格好いいだの、誰が浮気しているだの……女子供ですからね。そういう話が好きらしくて、ですね。上の空に頷いていたものです」
孤児院で見た笑顔はない、迷宮の中で見た瞳の輝きも、俺を励ますときの威勢の良さもなく、ただカルアはつまらなさそうに言葉を重ねていく。
「ある日ですね、その友人のひとりが……怪我をした鳥を拾ったんです。可哀想、可哀想と大騒ぎをしましてね。まぁ私も可愛らしい鳥さんの痛々しい姿には心を痛めて、手を尽くそうとしたんです」
「……鳥?」
「はい。鳥です。蝶よ花よと育てられたお嬢様にはとても刺激の強いものでした、今思うと、痩せていてあまり食いでがなさそうだと思うようなものですが、当時では怪我をした生き物なんて、そうそう見なかったものですから」
俺には想像もつかない環境だな。怪我をした鳥なんて見たら、運がいいと喜んで拾って締めるだろう。
カルアもそれを理解しているのか、微かに笑って当時のことを話す。
「……手を尽くした結果、無事に飛べるようになって、みんなで大喜びをしたんですけど。……その日の夜、パーティで鴨の料理が出たんですよね」
「……その鳥だったのか?」
「違いますよ……。まぁ、そのですね。……この料理の鳥と、私達が手を尽くした鳥では何が違うのかと……そう思ってしまったんです」
カルアの手が、俺の手を握る。
「いい思い出ではあるんです。助かって良かったとも、今でも思います。まだ飛んでくれていたなら嬉しいだろうと思いますし、もしその子がまた怪我をしていたら助けてあげたいとも思います。ただ……その時は、とても、不思議に思ったんです。鳥の心配をしている私を見て「優しい子だ」と大人の人は言いました。……嘘を吐いている、と、私は思ってしまったんです。周りの大人は、私に嘘を吐いていると」
カルアの体温が俺に伝わる。
「今なら大人の人の考えは分かるんです。子供には美味しい物を食べてほしいというのも本当で、小さな生き物を愛しんでほしいというのも本当であることぐらい、分かるようにはなりました。けれど、当時の私にはそれが分からず、大きな欺瞞があるのだと思ったんです」
「……欺瞞か」
「そんな勘違いから疑いを持った私は、大人の目を盗んでは本を読んで、大人達の話を盗み聞きして……と知識を付けていきました。まぁ、当時から利発なお子様だったんです」
当時とは言っても、今でもカルアはまだまだ子供だけどな。シャルやマスターより、ほんの少し発育はしているが、まだまだ大人の体型とは言い難い。
「……そして私は飢えた人がいることを知りました。それがこれからも続くことを知りました。このままでは減ることがないことを知りました。小さな小鳥から得た気づきは、いつのまにか、ゆっくりと、天命のようなものに置き替わっていきました。そして何より」
カルアの目が自分の指先を見つめる。
「私が……とても頭が良く、それこそ、世界を救えるのではないかと知りました。……だから、私は城を出たんです。世界を救えるなら救ってしまおうと」
「……急に話が壮大になったな」
「ランドロスさんもご存知の通り、私がとんでもない大天才であると知ってしまったんです」
「ええ……」
「まあ、実際に警備の厳しい城から思いつきで脱出して、そのまま着の身着のまま異国のこの街にたどり着くことが出来る程度ではありました。流石私という他ありません」
いや、凄いとは思うけども。自分でそこまで褒めるというのはどうなのだろうか。
いや、とてつもなく凄いけども。
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