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血の匂い

 人を殺した血の匂いは洗っても落ちない。

 歩けば歩き方に、笑い方に、武器を取ればそれは濃厚に、血の匂いは滲み出る。


 きっとそれはなくなることはないのだろうと諦めていたが……隣に寝ている少女からそれを感じれば、少し思うところはある。


 可哀想という安い同情心か、あるいは抜けきらない汚れへの共感か、もしかしたら……ただの同族がいることへの安心かもしれない。


 触れてほしくないのだろうことは分かる。人を信用するとか信用しないとかの話ではなく、見られたくない自分の姿はあるというものだ。


 不意に、寝ていると思っていたネネの声が耳に入る。


「……ランドロス、お前は、人を殺したことがあるな」

「まぁな」

「……罪悪感はないのか? 人殺しの身でありながら、知らぬフリをして人と仲良くするというのは」


 トゲのある言葉だった。あるいはズシリと腹の奥底に響く言葉。

 その言葉に嫌な鋭さと重みがあるのは、俺の気分を悪くさせるためのものではなく、本気でそう思っているからだろう。


 ……あるいはそれは、俺に向けた言葉ですらないのかもしれない。


「……多分、みんな少しは気付いているだろ。少なくともカルアは、俺が人殺しをしたことがあることは分かっていて、それでも隣にいてくれている。匂いってのは消しても消えるものじゃないからな」

「……いい人と会ったんだな」

「他人事みたいに言うなよ。お前もだろ」

「……私は……もう、ダメだ。言えない。怖いから、嫌われるのが。だけど、隠して仲良く話すことも出来ない」


 何で俺にこんな話を……と、思ったが、境遇が似ているからだろうか。

 似ているのに……俺だけヘラヘラと笑っているから、こんな話を始めたのかもしれない。


「……俺の場合はシャルって子がいたからな。だから人を憎まずにいられた……いや、違うな。……お前さ、自分のことが嫌いだろ」


 返事はない。寝ているわけではないのだろう。


「自分を愛してくれる人物がいたから、自分は生きていていい存在なんだと思えたんだよ」

「……よく、分からない」

「メレクはお前のことをちゃんと見てるだろ? マスターも時々気にしていた。他の人とは俺もまだそこまで関わっていないから分からないけど、みんなお前のことを好きなんだからさ。あまり自分を卑下するなよ」

「……そんなこと、ない」

「そんなことあるんだよ。俺も、お前のことは好きだぞ」

「……そうやって、さっきの人間やカルアを口説いたのか」

「口説いてねえよ」

「……気の多い浮気男だ。安い口説き文句、つまらない慰め、馬鹿の説教」


 めちゃくちゃ罵倒してくるな。ネネはそう言ったあと、目を閉じる。


「でも、お前の隣は……眠くなる」

「……それは褒めてるのか?」


 返事が返ってこない。もう眠ったらしい。

 ほとんど悪口を言われただけだったな。……まぁ別にいいか。


 迷宮鼠はこういうギルドなのだ。他では受け入れられない傷を持った人達を受け入れるギルド。

 マスターが以前言っていたように、傷をゆっくりと溶かしていく場所だ。


 ……カルアとも仲良くしてくれればいいんだが、この調子だとその未来は遠そうだ。


 少しぼーっとして眺めているが、流石に手慣れた探索者のメレクが選んだ場所だけあって、全然魔物の襲撃がない。


 しばらく見張りを続けていると、ネネがゆっくりと不機嫌そうに身体を起こす。


「あれ、もういいのか?」

「ああ。お前も寝てこい。……カルアと変なことはするなよ?」

「いや、メレクの方のテントで寝る。……いや、やっぱり獣臭そうだから、もう一個テントを立てるか」


 こうもずっと明るいと時間の感覚がおかしくなるな。今は昼なのか夜なのかも分からない。

 よくギルドで昼間から酒を飲んでいる奴がいるが、こうやって時間の感覚が狂うからかもしれない。


 ……いや、単純にダメな奴が多いからな気がする。


 テントを組み立てていると、ネネが俺を見下ろしながらポツリと呟いた。


「……あまり、こんなことばかりをしていたらいつか刺されるぞ」

「……何が?」

「助言はした。部屋に忍び込まれて写真を撮られるのも、どうせお前が悪い」

「ええ……理不尽な。アレ、本気で怖いからな。帰ったらどうしようか」


 本当にカルア辺りに頼んで泊まってもらうべきか? いや、そもそもの話として、俺は私物を部屋に置いたりしないんだし、家賃の節約のためカルアに俺の部屋に住んでもらうのもありかもしれない。

 スペースは充分に空いているし、クウカ対策にそうした方がいいかもしれない。カルアもそう言っていたしな。


「……むしろ刺されろ」

「俺、お前に何かしたか……。そろそろ魔族汁出すぞ」

「勝手に泣いてろ」


 テントに入って目を閉じる。なんか起きている時間と寝ている時間がどれぐらいなのか分からないせいで結構きついな。


 迷宮探索というののしんどさはこれかもしれない。長時間気を張り続けるのも辛い。

 勇者のように野外でも盛れるぐらい図太ければいいのだろうが……と、思った瞬間、ピッ、と短い口笛の音が聞こえて外に出る。


 寝ようとした矢先のことで若干の気持ちの悪さを覚えながら、口の中を噛んで眠気を覚ます。


 ほぼ同時にメレクが出てきて、共に周りを見渡す。


「ネネ、何があった?」

「……遠くで雷の音が聞こえた」

「雷の音って……勇者か。……寝ている場合じゃねえな、ランドロス、カルアを起こしてくれ」

「ああ」


 俺はテントを引っ剥がす。カルアは丸まって寝ていて起きる様子がないので、そのまま毛布でくるんで持ち上げる。


「よし、とりあえず回収した。さっさと進むか」


 俺がメレクに言うと、メレクは頷いてネネに言う。


「今は斥候を出して慎重にいける場面じゃない。勇者と会うわけにはいかないから、危険はそのまま突っ切って勇者を引き離すぞ」

「……分かった」

「俺の空間把握の魔法を広げることにする。魔力をかなり使うから連続して一日とかは無理だが、半日程度なら余裕を持って使える」

「本当に便利だな」

「魔力が減ったら眠くなるから、次の休憩では寝させてもらうぞ」


 トン、と足で地面を蹴り、フッと息を吐く。魔力を吐き出すように、けれど散らないように留め、空間に神経を張り巡らせていく。


「……範囲内にそこそこ魔物がいるな。避けながら行くか」

「ああ……お前、それ背負っていくのか?」

「まぁ、起こすより早いだろ。起きても足遅いしな」

「それでいいならいいが……」


 毛布に包んだカルアを持ったまま走る。


「……むにゃむにゃ、だ、ダメですよ、ロスさん……私のストーカーはやめてください……」

「どんな夢見てんだよ」

「行くぞ」


 メレクに続いて走る。今思うと、これ、パッと見、貴族の少女を攫ってる感じに見えないだろうか。

 カルアは口を開かなければお姫様のようだし、包んで持ち上げて運ぶというのは……カルア以外は人間でないことも含めて、すごく人攫いっぽい気がする。


 いや、まぁ誰も見てないから大丈夫なんだが。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジゴロな人攫いが少女を担いで迷宮を闊歩す そっかー、ふるいに掛けられて生き残った(鋼メンタルな)娘達ばかりだから、多少の事には動じずランドロスから離れない訳ですね…
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