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これからの孤児院

 ネネとは気が合うような、合わないような。

 俺もネネも自分を後回しにする方が気が楽な性格のせいでどうにも噛み合わない。明らかに両想いではあるが……まぁ、うん、帰ったらでいいか。


 ネネと会話をしているうちに、疲れが出てきて眠たくなってきた。……最近、睡眠時間がめちゃくちゃだからな……。


「……ネネ、俺の望みなんて好きな奴と幸せに生きるってだけだ。だから、人の心配をする」

「……なら、もう勝手にしろ」

「怒るなって……ちゃんと寝るから」

「自分と歳の変わらない男の寝かしつけをするなんてもう懲り懲りだからな」

「人を子供みたいに言うなよ……。不満の話なら、俺も上に乗られたらしたくないからな? よく乗ってくるが」

「えっ……嫌だったのか?」

「いや、まぁ……そんなに気にはしてないが……」


 いや、普通は気にするものか。

 まぁ……仕方ないと思って目を閉じて眠りに着くのを待つ。台風の音は少しずつ小さくなり、ネネの声は聞こえなくなる。


 別のことに意識を向けていたら、院長の死を誤魔化せる。だから、こうしていると……どうしても向き合わなくてはならず、腹の中に穴が空いたかのような痛みがある。


 誤魔化すように歯を食いしばれば、少しネネが咳をして「あ、あー」と声を調整しはじめる。

 それから、ネネは俺の方を見て慈しむような表情をしながら歌いはじめた。


 あまり上手いとは言えない、リズムも音程もめちゃくちゃだ。

 聞き馴染みのない歌詞。獣人の里に伝わる歌なのだろうか。子供を寝かしつけるようなもので……思わずクスリと笑う。


「……笑うな」

「いや、ごめん。嬉しい」

「もう歌わない。下手なのは分かってる」

「いや、そうじゃなくて……」


 と俺達が話していると、扉からノックの音が聞こえる。


「旦那、ランドロスさん、いますか?」

「……商人? ああ、今シャルが寝てるから話なら廊下で聞く」


 ネネに目を向けると、商人の方から来る分には仕方ないと思ったのかコクリと頷く。

 人と話すのも許可制になるとは……結婚する前なのに尻に敷かれてるな……。シャルも厳しいし、自由はなくなりそうだな……。


 俺はネネの頭を撫でてから立ち上がって廊下に出る。

 若干目元が腫れている小太りの男、商人を見て頬を掻く。


「……葬儀のことか?」

「ええ、まぁ……野外でするので、台風が明けるまでは取り行えないので準備だけになるのですが……用意をするのも、ランドロスさんに断っておいた方がいいかと」

「勝手にしろ。……と、言いたいが……台風が明けてから考えてもいいんじゃないか? 明けてすぐってわけでもないだろ。足場もぐちゃぐちゃだ」

「そう……ですね。いやぁ、お手数かけました」


 商人はヘラヘラと笑ってどこかに行こうとして、俺は引き止める。


「なんですかい、旦那。アタシはこれでも忙しく……」

「忙しくはないだろ。お前、数ヶ月店を空けていても普通に回ってるようだし、そもそも台風だと客なんて来ないだろ」


 どうせ、俺のところに話に来たのも何もしなければ死に向き合わなければならないとかで、苦しくなったから仕事に逃げようとしただけだろう。


 まったく、商人も俺も……いい歳した大人だというのに、悲しむことさえ上手く出来ない。ちゃんと泣けるシャルの方がよほど立派だ。


「……葬儀のことは後でいいが、孤児院の子供は大丈夫なのか?」

「ええ、まぁ……院長さんは前から弱っていたので、実務はアタシが別に雇ったので」

「信用は出来るのか?」

「そこについては……ランドロスの旦那の基準が分からないので」

「まぁ、院長ぐらいの人が早々いるわけもないか」

「基準が天空にありましたね。見えないぐらい高いハードルって初めてみましたよ。……まぁ、悪さするような人はいませんよ。子供達の中には新しい先生達みたいに孤児院で働きたいって子もいますし、人気はあるみたいですよ」


 なら問題はないか。


「……昔、シユウ達と街に隠れているときに、協会付き孤児院のシスターらしき人に売春を持ちかけられたことがあってな。……その時はシユウが衛兵に連絡していたが……。万が一がないとは言えないし、一応警戒してる」

「えっ、仲間に通報されたんですか?」

「ぶん殴るぞ」


 深くため息を吐いてまぁこの様子だと間違いなくないと分かるが、健やかに育つかの心配はある。


「まぁそういうことはありえませんよ」

「教育とかは……流石に望みすぎか?」

「文字の読み書きや算術や簡単な常識程度なら……でも、あの院長先生ほどは教会の教えや上流階級のマナーなどは教えられないですね」

「……一般的な識字率とかはどれぐらいなんだ?」

「この国では一割以下でしょうね。商人や何かの長か、もしくは貴族に仕えでもしない限りはそこまで重視されないので。アタシはあったほうがいいとは思いますが。迷宮国だと九割方文字が読めていそうでしたが」


 ……じゃあ、教育に関しては充分か。

 というか、そんなに少ないのによく教えられる人間を集められたな……。


「ですが、この街の孤児なども拾ってきているので、一人一人に割ける時間などは減ってきているので、商人などを目指さず、農業や職人など、あるいは誰かとの婚姻を目指したがる子供には手が回らなくなるかもしれませんね。流石に人手には限界はありますし」

「まぁ……そういうのは多少仕方ないか。傭兵や兵士を目指すものはいないのか?」

「それは元々が教会付きの孤児院だったのもあって、ほとんど……。この街にいた孤児にはそういう子もいるようですが。何かお考えが?」

「いや……まぁ、そういうのは少ない方がいい」


 いずれ、管理者が魔王の不死を譲渡した、魔族の残党達との戦争が再び起きる。その時、死にやすいところに行ってほしくはない。


 ……まぁ、代わりに別の奴が死ぬことになるだけだが……別に俺は聖人というわけでもないしな。


「それよりランドロスの旦那」

「なんだ」

「後ろで奥方が怒った表情で立っていますが、大丈夫ですか?」


 商人の言葉を聞いて振り返ると、目線の下からネネの手が伸びて俺の顔を掴む。


「ま、待てネネ! 商人が訪ねてきたから話をしていただけで……!」

「わざわざ引き止めていただろ。そうか、そんなに私と一緒にいるのは嫌か」

「そうじゃなくて……」


 一応は友人である商人がフラフラしていたら引き止めはするだろ。

 ネネに顔を掴まれたまま引っ張られて部屋の中に連れ込まれる。


 目線で商人に助けを求めると、商人は「子供の教育に悪いので、声は抑えてくださいね」と言ってから扉を閉じていってしまう。

 助けろよ! 見捨てていくなよ!


 床に倒されて、腹の上にネネが乗っかる。


「……話していいって言ったじゃんか……」

「ペラペラ長話はするな。寝ろ」

「ええ……」


 まぁ、寝不足が続いているのは確かだけど……強引すぎる……。他者との関わりが下手すぎるぞ、ネネさん……。

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