生温い幸せ
ネネは俺から来られるのが苦手なのだろうか。
分かりやすくたじろぎ、俺の腕から逃れようともがく。
「別に襲おうとしてるわけでもないだろ」
「そ、そっちの方が幾分かマシだっ!」
「えっ、襲ってほしいのか? いや、今は流石にそういう気分にはなれないし、シャルも隣にいるし……あー、その、なんだ……帰って少ししてからでいいか?」
「襲われたいという意味じゃないっ! 甘い言葉を囁くな変態と言いたいんだっ!」
「あんまり騒ぐとシャルが起きるぞ……」
バタバタと叩きつつ、ネネは少し悔しそうに俺を睨んだ。
「自分の嫁を人質に使うのか……」
「いや、そうじゃなくてな。ネネは案外子供っぽいと思ってな」
「……お前には言われたくない」
「まぁ、俺と同じであまり人と関わらずに生きてきたわけだし、仕方ないか」
「一緒にするな」
「境遇はそこそこ似てると思うけどな」
ネネは不満そうに俺を睨みながらげしげしと足で俺を蹴る。
俺はベッドから落ち、ゆっくりとベッドの上に戻りながらネネに言う。
「……ゆっくりやっていこうと思っていたけど、よくよく考えてみたら、ネネはギルドにやってきてかなり年月経ってるよな。それなのにマトモに会話してるのは、俺とクルルとシャルと、面倒見のいいメレクとミエナだけだろ」
「お前も似たようなものだろ」
「いや、カルア、イユリ、ヤン、それにヤンの友人とも多少の会話をしてるし、稀にだがメレクの飲み友達とも酒呑んだりしてるわけだから、ネネより倍は仲良くしてるぞ。……何年もかけて、相手から話しかけてくれる人以外関われないって……ほっといたら一生進まないだろ」
俺がそう言うと、ネネはじとりと俺を見る。
「……祖母が亡くなった当日によくそんな話が出来るな」
「いや、それはそうなんだが……。こう、ネネに慰められているうちに心配になってきた」
「私のことはいいだろ……今は」
「……まぁ、帰ってからか。冷静になったら……今、クルルはギルドの奴に、俺とシャルがいない理由を話してるだろうし……その流れでネネがいないことも、一緒に来てることもバレるんだよな」
「…………」
ネネは考えていなかったのか、驚いた顔をして慌て始める。
「俺が仲良くしてるギルドの女って、既に交際や結婚がバレてる三人を除くとネネとミエナとイユリぐらいなわけで……。それでイユリはクルルと交際していることで俺に怒りまくっていたから除外されるし……察しが悪い奴でも、気づくだろ、これ」
「……た、たまたま出掛けた時間が被ってしまったことに……」
「いや、台風なのにネネがいなければみんな心配するだろうから、クルルが俺と一緒に来てることを説明するだろ。……まあ、その……なんだ、いずれはバレていたんだし、いい機会だと思おう」
必死すぎて気がついていなかったが、まぁ……どうしようもない。一応まだミエナに恋人のフリをしてもらうという作戦が取れないわけではないが、ややこしさが限界突破するし、ネネはその方法に気がついていないようなので黙っておく。
「つ、付き合っていない」
「付き合ってすらいないのに頻繁に同衾するのは問題だろ。……諦めろ。まぁ、結局いつかは俺の嫁になるわけなんだし、遅かれ早かれだろ?」
「遅いか早いかで雲泥の差があるっ!」
「あ、嫁になるのは否定しないのか」
「っ……違う。そんなこと期待してない」
「……まぁ、善意でここまで来てくれたのに悪いとは思うが……俺にはどうしようもない。諦めて結婚してくれ、幸せにする」
ネネは俺の言葉を聞いて、目をグルグルさせながら頭を抱える。
「ど、どうすれば……するしかないのか、結婚。関係がバレて、いつ結婚するとか、子供産まれるのかとか、聞かれることを想像するだけで胃が痛くなってくる……」
「まぁ、三人と違ってネネは俺よりも少し歳上だしな。ギルドのお節介焼きのおじさんおばさんから、早く子供の顔を見せろと急かされる可能性もある」
「い、嫌だ……。そんな個人的な人生のあり方を人に押し付けられるのは嫌だ……」
「……いや、ネネは不幸になりたいんだからいいんじゃないのか?」
「そういう生温い幸福の中に感じるちょっとした嫌な場面みたいな不幸じゃないんだ……」
塩梅が難しいな……。不幸ソムリエか、コイツ。
「まぁ、でも嫌なことに違いはないわけだし」
「……なんだかんだ絆されて子供を可愛がって幸せになってる未来が見える」
「めちゃくちゃ面倒くさいな……」
「子供を急かされるのが嫌みたいなタイプの不幸ではなく……こう、例えば……過去に殺した人間の関係者が復讐に来て殺されるとか……」
「いや、そんな奴が来ても俺が返り討ちにするぞ。正当性があろうとなかろうと、ネネに危害を加える奴は許さない」
「……天罰が起きて事故で死ぬとか」
「初代がギルドに帰ってくるようになったし、俺も回復薬を常備してるんだから即死でもなければ無理だろ。そんなの早々起きないしな」
もう諦めてくれないか? と期待を込めた目でネネを見る。
俺に好かれたのが運の尽きだ。
「……逃げるか」
「俺がネネを追いかけるせいで、三人が可哀想なことに……」
「人質を取るのをやめろ」
「いや、まぁ本当に逃げたら追いかけないわけにもいかないだろ。というか、カルアがいるのに逃げれるわけないだろ……。獣人なんてただでさえ目立つのに」
「あのヒモめ……」
ネネは探索者としては優秀な方ではあるが、圧倒的に強い俺と理解出来ないほど賢いカルアを相手にして逃げられるはずがない。
「まぁ、今はまだ悲しいのが抜けてなくて頭が働かないからあとで考えよう。まぁ、子供を急かされるのは俺も嫌だな……」
カルアに急かされているので気持ちはよく分かる。
「……あ、思い出したらきつくなってきた。やっぱり、他の人の様子見に行っていいか?」
「……自分の気持ちを誤魔化すために人の世話を焼こうとするのはどうかと思うぞ。今のやりとりも私の世話を焼いた方が気が楽だからだろ」
「まぁ、いや……そうかもしれないが、心配なのは事実だしな」
「自分のことを後回しにせず、ちゃんと気持ちと向き合え。泣くのを我慢しながら人の心配をするのは、見ていて痛々しいぞ」
……そうかもしれないが、それはネネが言えることだろうか……。盛大に自分のことを棚に上げている気がする。




