もう一人の
「えへへ、他愛もないことでも文字にすると恥ずかしいですね」
「嬉しそうに見えるけどな」
「嬉しいのと恥ずかしいのは同時に感じますよ。クルルさんもそうじゃないですか」
いや……クルルの俺に見せつける趣味と文通は一緒ではないだろう。
カルアはベッドの上で四つん這いになり、白紙の本を手にカリカリと書いていく。
「……こういうのやると決めても、結構果たせていないこととかあるしなぁ」
「そうですね。結局、一ヶ月ほど迷宮で研究するというのもまだ果たせてないですし」
「……その約束まだ生きてたのか……。嫌なわけではないけど、クルルやシャルやネネを置いて一月も籠るのは……」
「冗談ですよ? もう迷宮の研究をするのに籠る必要はなくなりましたしね。……ランドロスさんが行きたいなら、新婚旅行として行ってもいいですよ?」
「……新婚旅行なら五人で別のところがいい。迷宮は危ないだろ」
ふとカルアの方に目を向けると、ベッドで四つん這いになって文字を書いている体勢のため、白いワンピースのパジャマに覆われたお尻が俺の方に向いていることに気がつく。
……柔らかそうだな。薄手の寝間着のために形を隠すようなことは出来ておらずはっきりと見て取れる。
微かに揺れているのが俺を誘っているように見えてしまう。
思わず生唾を飲み込んで凝視してしまい、うすらと見える下着の線に目が引かれる。
「いいですね。みんなで旅行も」
「まぁ……少なくともシャルの両親を呼び寄せてからにはなるな」
「どこに行きたいですか?」
「……国外は無理だからかなり近場になるな……いや、もういっそ管理者に魔物が出てこないように頼んで迷宮の中の方がいいか」
一つの町しかないこの国で国内旅行なんて、ほとんど近所に泊まりに行くだけである。
それはそれで楽しそうと思わないでもないが……何というか、ハーレムプレイをしに行くみたいな感じになってしまいそうだ。
「迷宮の中……ですか?」
「ああ、管理者は魔物を操れるし、頼めば近寄らせないぐらいはしてくれるだろうしな。ある程度高層にいけば探索者もいない。キャンプをするとか楽しそうかと」
「あー、なるほどです。楽しそうです。でも、新婚旅行って感じじゃないですね……」
「まぁそうなんだが……俺の種族上、国外はな……あー、でも獣人とかエルフの里なら……」
「獣人はともかく、エルフの里って大陸の極西ですよ。私の母国を通り過ぎますよ。遠いどころじゃないです」
「行くとしたら東以外だよな。あっちはまだ戦火の名残があるし、管理者の言っている化け物まで出現してる」
こう考えて見ると、今までエルフに会ったことがなかったのは自然だな。
俺が向かっていた魔族の生息域は東で、エルフは西だ。しかも数が少ないとなれば会わない方が自然だろう。
「んぅ……案外いいところがないですね。まぁ旅行したとしても旅行にかこつけて引っ付くだけなんで、普段の生活と変わらないんですけど」
「何かにかこつけて迫っている自覚はあったのか……。まぁ、そうだな。旅行先に行っても観光する気にはならない気がするな」
現在もカルアのお尻から目を離さないでいるし、旅行先でもメロメロになってしまうだけな気がする。
もぞもぞと動いて掛け布団を膝にかけていると、カルアが「あっ」と声を出す。
「そういえば、この国って温泉があるんですよ。そこに浸かりに行くのはどうですか?」
「……別にいいが、俺ひとりだけ別になるのがな」
「家族風呂ってあるんですよ?」
「……じゃあ、カルアとシャルがヘタレて別になるな」
「もしかして、この前のこと根に持ってます?」
「持ってない」
カルアは日記を書き終えたのか、少し読み返して迷ったような表情を浮かべる。
「どうしたんだ?」
「……いえ、書き直そうかなぁと」
「何でだ?」
「えっと、今日は魔石作りの研究だけではなく、シルガさんの残したレポートの整理もしていたんで、そのことも書いたんですけど、他の男の人のことを書いたりしたらお気を悪くするかと」
「そこまで狭量じゃないから大丈夫だ」
カルアから交換日記を受け取り、俺の寝顔が可愛いとかそんな訳の分からない取り留めもないことから始まり、そのシルガのレポートのところに目を進める。
『──シルガ・ハーブラッドのレポートを読んでいたが、これがたった二年での成果というのは信じられない。シルガは考察や洞察力、観察力の優れた研究者であることは既知であったが、それ以上に正確な研究データを算出することやその研究の準備の的確さに驚くばかりだ。おそらく、グライアスのような治癒魔法による睡眠の短縮によって人よりも多くの時間を得ていたと思えるが、それでも百人が十年をかけてようやく得られるほどの成果を二年の独力で得ているのは驚嘆に値する。しかも白兵戦の訓練も積みながら、迷宮を攻略しながらというのだから、異常としか言いようがない。一つ、気になる点としては空間魔法のレポートがあることである。先日の災害時に迷宮国の上空に空間魔法の技術である迷宮の扉を大量に召喚していたため自然なことと思えるが、迷宮82階層にいる人類達は完全に管理者トウノボリ・チヨによる管理を受けているため空間魔法の因子を持っていないはずである。シルガが空間魔法を使えたとも思えない。誰か協力者がいた可能性がある。──』
途中から日記じゃなくてレポートの考察になってるな。いや、研究者気質なところのあるカルアと言えばカルアらしいが。
「……怒ってないですか?」
「いや、怒るような内容じゃないだろ。……空間魔法使いの協力者……管理者じゃないか? 空間魔法は使えないだろうが、知識はあるだろうし」
「ん、それはないと思います。裁く者を貸し出すのぐらいならまだしも……破滅主義的かつ非常に優秀で行動力のあるシルガさんに空間魔法なんて教えたら厄介どころじゃないですから。トウノボリさんが協力したら最悪……いや、かなりの高確率で数ヶ月でトウノボリさんよりもシルガさんの方が強くなりますよ。シルガさんの頭の良さは、私未満イユリさん以上ぐらいで、行動力や戦闘能力はランドロスさん未満ミエナさんとメレクさん以上と……ちょっとおかしいぐらい才能に満ち溢れてますから。それはトウノボリさんも理解していたでしょうし」
空間魔法を使える魔法使いか……。
頭の片隅にルーナの遺体のことを思い出す。あれを持ち込むのには特別な技能が必要という推理をした。
……空間魔法の異空間倉庫なら簡単である。いや、しかし……隠すつもりならずっと異空間倉庫に入れていればいいしな。
いや、違うな。異空間倉庫にずっと入れっぱなしに出来るのは俺であって空間魔法使いじゃない。
俺の魔力量はずば抜けて多いからそういうことが可能なだけで、それほどでもなければ異空間倉庫の容量は少ないだろうし、入れっぱなしというわけにはいかないはずだ。
……いや、それはそれでおかしいか? 迷宮内ではなく国外に……。いや、今は国外に出たら戻るのが面倒か。俺は衛兵に顔パスでいけるが、多くはそうではないわけだし迷宮内に捨てに行くのはおかしくないか。
「どうかしました? やっぱり怒ってます?」
「……いや、惜しいと思っただけだ。もう少し、誰かが優しくしてやれば、優しさを感じることが出来ていれば……と」
……シルガと繋がりがあり、ルーナを殺した奴の仲間の空間魔法使いがいる可能性が、高いような気がする。




