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寂しかったら

 未来のことを考えると楽しみなような不安なような……。ひとりふたりならしっかり者のシャルがいるので大丈夫な気もするが、人数が増えるとそうはいかないだろう。

 ……まぁ、カルアぐらいの年齢になればある程度落ち着くと考えると一気にそんなたくさんというわけでもないから大丈夫か。


 と、思っているとカルアがぶんぶんと振っていた棒が手からすっぽ抜けて飛んでいく。


 ……大丈夫じゃない気がしてきた。


「それで、この階の何を探してるんだ?」

「鉱石……というか、石ですね」


 カルアは木の棒を拾い、ピシッとポーズを決める。

 ……今更だが、聖剣を持っているのに木の棒に反応するのはどうなのだろうか。まぁ聖剣はカルアの筋力だと振り回せないからかもしれないが。


「これからのことなんですが、まずお手本の一個を作って、それの理屈や使い方、作り方などをまとめた本を作って、あとは人任せにしようと思います」

「ああ、じゃあナーガ達に任せるのか」

「はい。あまり手間取ってトウノボリさんへの助力を減らすわけにも、ランドロスさんを構ってあげる時間を減らすわけにもいきませんから」

「はいはい。……あ、カルア、ちょっといいか?」


 軽くカルアを呼び寄せると、彼女は白い髪を揺らしながらパタパタと俺の元に駆けてくる。


「どうしました? その、ちゅーですか?」


 少女はうすらと頬を赤らめさせながら上目遣いで俺を見つめる。ちゅーという少しばかり、カルアの年齢としても幼い言い方。

 ……言葉遣いも上目遣いも、わざと俺を誘っているな。あざといと分かってはいても惹かれるものはある。


 だが、迷宮の中でそんなことに気を取られているわけにはいかないので首を横に振る。


「そうじゃなくてな。危ないからあまり離れるな。あと、少し風もあるし、髪をくくるか聞こうと思ってな」

「ん……そうですね。あまり埃っぽくなっても嫌なので、お願いしていいですか?」

「自分でしないのか?」

「お姫様なので……自分でしたことがないんです」

「いや、俺と結婚する前はひとりでやってたろ。知ってるからな」


 そもそも思いっきり一人旅の経験があるくせに何を……と思いつつも、髪留め用の紐を取り出す。


「えへへ、甘えたい日なんです」

「そうならそう言えよ。……ほら、後ろ向いてくれ」

「ランドロスさん、髪をくくったり出来るんですね。シャルさんにしてあげてたんですか?」

「いや、シャルは身嗜みとかに関しては「はしたない」という理由で見せてくれないからな」

「……あれ? じゃあ誰ですか?」


 カルアは「また浮気か……」とでも言わんばかりの視線を俺へと向けて、俺はため息を吐きながらカルアを前に向かせる。


「……母だ。俺が子供の時……5歳か6歳ぐらいの頃、時々頼まれてやらされてた。……かなり下手くそだったと思うがな」

「お母様ですか。……すみません、その……」

「いや、大丈夫だ。寂しかったからか、俺にべったりな人でな。子供も俺ひとりで家族がひとりだけだったし、気軽に出歩くことも出来なかったから普通の家庭よりもそういう触れ合いも多かったかもしれない」


 髪を結んでやると、カルアは少し照れながら「似合いますか?」と尋ねて、俺は当然頷いて可愛いと褒める。


「どんな人だったんですか?」

「……マザコンと勘違いされそうだからあまり言いたくないが、シャルに似てたよ」

「勘違いじゃなくマザコンですよね……? 寝てるときとかめちゃくちゃ甘えてきますよ?」

「……覚えがない」


 崖と洞窟のある場所に移動しつつ、岩や坂などでカルアが転けないように手を握る。


「シャルさんに似ている女の子って珍しいですよね。育ちの良い家系の娘さんが複雑な事情で修道女になったとか、そういう雰囲気です」

「まぁ……孤児っぽくはないよな。親が見つかったからもう孤児ではないが。今思い出すと、割とそういう宗教の規範とかは持っていたな」

「今思い出したら……って、今まで気がつかなかったんですか?」

「まぁ、宗教関連の行事や祈りみたいなのはしているのを見たことがなかったしな。シャルも俺に気を遣ってそういうことはしないだろ。でも行動の端々には高い貞操観念を感じさせたり、そういう宗教的な利他性は見えるだろ。それと同じ感じだ」


 今のシャルと同じように、信仰はしているものの、大切に思っている俺が半魔族であり、半分は宗教上の敵であることから、俺に気を遣って宗教を感じさせないようにしていたのだろう。


「……そうなんですか。会ってみたかったです。いつかお墓参りしてもいいですか?」

「……墓も用意してやれなかったから、どうにもな。もしかしたら町の人間が墓を作ってくれてるかもしれないが……帰りたくはないな」


 まぁ、嬲り殺しにした女の墓を立てているとは思えないが……それはいいか。

 あの街に帰って、俺の母を殺した奴等を見つけてしまったらどうしたらいいのか分からない。決して許せるはずもないが、だからと言って……四人も嫁がいて抱きしめてやらなければならない。この手を汚すことも出来ない。


 ただ憎しみと復讐心で苦しくなるだけだろう。

 暮らしていた家も残っていないか、もしくは別の誰かが住んでいるだろうしな。


 カルアは俺をじっと見つめ、小さく口を開く。


「……寂しくないですか?」

「毎日忙しいし、寝る時もみんな一緒にいてくれるからな。寂しくなる暇もない」

「……どうしても寂しかったら、ネネさんと赤ちゃん作ってもいいですよ? その、私達に手を出さないのは年齢の問題なんですよね。寂しさを紛らわせるためというと言い方は悪いですけど……」

「……いや、ネネはネネで子供っぽいしなぁ」

「歳上ですよ?」

「年齢の問題でもないだろ」


 体として大丈夫というのと精神として大丈夫なのは全く別のことだろう。

 今の罪悪感と使命感に呑まれている状況が治らないまま子供を育てて自分のことを後回しにしたら……もしかしたらそうしている間に過去との折り合いがついて上手くいくかもしれないが、そうじゃなく罪悪感に呑まれる可能性もある。


 カルアは洞窟を見つけてそこを指差す。


「……まぁ、ちゃんと考えてるから大丈夫だ。それより、見つかりそうか?」

「あっ、はい。もう見えてます」


 カルアはとことこと洞窟へと歩き、地表に露出している魔石の元に移動する。


「ほら、実際に魔石が産出している横にある石だったら間違いがないでしょう」

「ああ、まぁそうだな。……どれぐらい持って帰る?」

「私が作るのと、その予備ぐらいでいいです。あと、せっかくなんでクルルさんへのお土産に魔石も持って帰りましょうか」


 頷いて石やら魔石やらを適当に回収していき、満足そうにカルアが頷いたのを見てから洞窟の外に出る。


「他の階層に行くか?」

「あとは街で揃うはずなので、大丈夫です」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] その村人という名の賊たちは殺しても当然の権利として認められると思うが如何に? 嫁?も認めるんじゃない?
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