いい感じの棒
迷宮に来たはいいが、カルアにあまり血生臭い物は見せたくない。
あまり得意ではないがクロスボウを取り出してボルトを込めて弦を引く。
「あれ、どうしたんですか? 魔物がいたんです?」
「ああ、だが気にしなくていい。それより、どっちに行くんだ?」
空間把握で魔物の位置と風の風速と風向を把握し、それを考えに入れながら雷をボルトに込めて、息を止めて引き金を絞る。弦とボルトが風を切る音が耳に入り、クロスボウを下ろす。
外した……が、近くには届いたため赤い雷が爆ぜて魔物の表面を焼く。驚いて暴れ、警戒を強めたおかげかこちらに向かってくる様子はなくなった。
……やっぱりこういうのは苦手だな。
そもそも何の変哲もない矢や投石の効く魔族なんていないので、使う機会がかなり限られていたので不慣れもある。
「えっと、こっちですけど……ランドロスさん、もしかして一切近づけずに探索しようとしてます?」
「服汚したくないだろ」
「それはそうですけど、何をしているのか分からないと申し訳ないですね。その、どうにも守ってもらっている実感が湧かなくて」
「そういうのは別に必要ない。カルアの視界の範囲に魔物を入れないから安心しろ」
カルアはこくりと頷きつつ、俺の邪魔をしないようにか一歩後ろに下がる。
「いつのまにか、雷を使うのが上手になってますね」
「ん? ああ、まぁちょっと練習してな」
「相変わらず何でも出来て多芸ですし、やっぱりランドロスさんは頼りになります」
「弓が使えないから簡単なボウガンなんだが……。まぁ、弓の射程距離があっても空間把握が届かないからボウガンで十分というのもあるが」
弓矢というのは存外に難しい。
……というか、多分魔族の体には不向きな技術だ。
人よりも力が強いのは確かだが、それを保持して構えて狙うという一連の動作を行うには筋力の持久力が足りない。
一瞬だけ強い力を発揮する瞬発力はあっても、それを維持する持久力がないので弓矢を扱っても狙いを定めることが出来ないのだ。
やはり全体的に白兵戦向きであり、軍対軍という形では人間に大きく劣る種族だ。
カルアに連れられるまま、時々こちらに近づいてくる魔物を排除しながら進んでいると、先導していた少女が「あっ」と口を開いて木の方に駆け寄る。
「あっ、おい。いきなり走ると危ないぞ」
「すみません。見つけてしまったもので」
案外すぐに見つかったな。
木の下にあるってなんなのだろうか。コケとかキノコとかか?
そう思って見ていると、カルアは少し長く真っ直ぐな木の棒を上に掲げる。
「……木の棒? 何か珍しい性質でもあるのか?」
「へ? 何がですか?」
「いや、材料として。木材として使うにはあまり良くないかと思うが」
「あ、違いますよ。魔石を作る道具の材料じゃないです」
じゃあなんでそんな急いで取ったのかと思っていると、カルアはぶんぶんと木の棒を振る。
「……いい感じじゃないです? この棒」
つまり、特に意味があるわけではないがいい感じの棒だから欲しくなって拾ったと……。俺はカルアの言葉の意味を理解してからゆっくりと口を開く。
「……分かる」
確かにいい感じの棒である。なんか持っていると気分が良くなりそうないい形をしている。
「えへへ、でしょう」
「まぁそれはいいんだが……ちょっと貸してくれ」
「えー、仕方ないですね。後でちゃんと返してくださいよ?」
いや、別に欲しかったわけでは……と思いながらカルアから棒を受け取り、一度異空間倉庫に入れてからすぐに取り出す。
「んぅ? なんで一回しまったんですか?」
「虫とか付いてるかもしれないから、異空間倉庫に入れた。ほら、生き物は入れられないから除去出来るんだよ」
そう言ってからトゲなどがないことを確かめてカルアに返す。
カルアは俺に礼を言ってから意気揚々と棒を持ちながら歩き出した。
案外子供っぽいというか、少年っぽいところがあるな。それも可愛いが。
そもそも遠い迷宮国に来ようと思った時点で、少し男の子のような感性を持っているか。
「……そう言えば、入国の審査とかあったと思うけどよくパス出来たな」
「入国審査……あ、あれですか。基本的に男性にしか課せられないんですよ。そうじゃないと探索者の適正の低い女の子が国民になれなくて、男の人ばかりになるじゃないですか。そうなると結婚出来ない人が増えたりで次世代に繋がりませんから。シャルさんも戦わされたりしてないでしょう」
「あー、そういうものなのか」
「まぁ戦っても私は勝ちますけどね」
シャキンッと木の棒を構えながらカルアは言う。素人丸出しの謎の構えではあるが……カルアは本当にそれぐらい出来そうだからな。
「そう言えば……前に言っていた魔法の属性変換、空間魔法も再現出来るようになったのか?」
「あ、はい。ちょうど近くにサンプルがいてくれたおかげでだいぶ進みましたね。基本属性と空間属性はバッチリです。他の希少属性は使い手が見つからないと、なかなか再現が難しいです」
「希少属性って、別大陸に渡るのに大きく有利に働く魔法なんだよな。他にはどんなのがあるんだ?」
カルアは俺の問いを聞いて、木の棒で地面をトントンと叩く。
「希少で情報が少ないので全部把握出来ているわけではありませんが、私が知っているのは……空間、時間、氷、情報、風、重力、ぐらいですね。基本的に簡単に空を飛べたり、船上での生活に不便が出ないような魔法が増えないように制限を受けています」
「……制限って、大丈夫なのか? ……いつかの話にはなるが、俺達の間に子供が出来て、俺の魔法を受け継いでしまったら……」
「ん、トウノボリさんは知り合いには攻撃的なことが出来ないので大丈夫ですよ。それに、わざと増やそうとする分以外では気にもしないでしょう」
そういうものだろうか。
平民の子供の数は平均四人から六人ほどだから、普通の人のように子供を作っていったら二十人ほどの子供が出来ることになるが……。
ま、まぁ……全員が受け継ぐわけでもないし、嫁は四人とも魔法使いとしての適正が低いので大丈夫だろう。
一応、次に管理者と会うときには話しておくか。
……深く考えていなかったが、四人も嫁がいると子供の数がとんでもないことになるな。……家事などの手伝いをしてくれる人や乳母などを雇うのも考えるか。
あと、住居もだな……流石に今のような寮暮らしは出来ないだろう。




