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迷宮内へ

 部屋から出て、カルアの方に目を向ける。


「一応、全階層の階段付近に移動出来るようにはしているけど、そこからは歩くことになるから、その格好だと少しアレだな」


 カルアの服装はいつも通りのドレスに近いような華美なもので、こうやって街を歩く分には問題がなくとも足場の悪い迷宮内を歩くには少しばかり不利に働くし、汚れてしまいやすいだろう。


「着替える場所もないですしね。一度ギルドに戻るのも……。でも、服を汚したらシャルさんに怒られますし……」

「上着でも羽織るか?」

「……汚れたりしませんか?」

「まぁ、歩くだけなら大丈夫だろ。何か採取しようとすれば汚れるだろうけど、俺がすればいいしな。でも靴は履き替えた方がいいな」


 たまたま異空間倉庫の中にはカルアの足の大きさにぴったりな冒険用の靴があるのでそれを取り出して見せる。


「……別にいいんですけど、なんでランドロスさんが私の足に合う靴を持ってるんですか?」

「たまたまだ」

「たまたま靴を持っているなんてありますか?」

「……いや、まぁ……前に渡そうかと思って、俺の装備のついでに買ったんだが……。シャルとクルルは迷宮に潜らないからこういうのは必要ないだろ。でもカルアにだけプレゼントするのは贔屓しているみたいになる。代わりに何か渡すというのも考えたが、それはそれで……」


 カルアにだけ実用的なもので、二人には愛を伝えるためだけのプレゼントというのも微妙な気がする。


 俺がそう言っているとカルアは俺から靴を受け取り、周りに人がいないことをキョロキョロと見回してから靴を履き替えようとしたので、かがみ込んでそれの手伝いをする。


「そんなこと誰も気にしないと思いますけど」

「いや……シャルはかなりナイーブだからなぁ、その辺りは。表には出さないだろうけど。……性的なことに積極的なのも、カルアとクルルへの対抗心だしなぁ」


 ネネ以外の三人はそういうことに積極的だが、その内実は三人ともバラバラである。


 クルルは単純な性的な欲求であり、カルアは俺が落ち着くようにと……あとはおそらく実家の王家と縁を切ったことが目に見えて分かるものが欲しいのだろう。シャルの場合はそんなふたりに俺が焦りながら対応しているのを見て、それで俺の関心を引けるのならばといった具合だ。


 シャルは他の三人とは違って独占欲もあるし、一番に好かれたいと思っている。


「ん……でも、せっかく買ってくれたのなら、もったいなくないですか? 無駄使いはシャルさんに怒られちゃいますよ?」

「それはそうなんだが……平等に渡そうとしたらな……」

「ハーレムも大変なんですね。てっきり、ランドロスさんは「ゲヘヘ、美少女に囲まれて最高だぜぇ。みんな孕ませてやるぜぇ」などと考えているものかと」

「カルアの中の俺のイメージそんなのなのか……。いや、まぁ……好きな女の子達に囲まれているのは素直に幸せなんだが、一応色々と気を遣ってはいるぞ」


 カルアは珍しく感心したような表情を俺に向けて、それから少し気まずげに頰を掻く。


「……す、すみません。今も気を遣わせてますよね。昨夜のことがあったばかりなのにデートさせてますし」

「いや、嫌がるカルアを無理矢理連れ出したのは俺だろ」


 カルアに靴を履かせ終わり、おれの外套を頭から被せて頭を撫でる。もぞもぞと俺の外套を羽織り終われば、ドレスの上にゴツイ男物の服、足元はゴツイブーツという妙な格好になる。


 けれどもカルアの容姿の良さからか、妙に決まって見える。

 それに元お姫様ながら今は迷宮国にいるという経歴も見て取れて俺の目には可愛らしく映った。


「……でも、これからはワガママもほどほどにします」

「本当に別にいいんだが……。甘えられるのも好きだぞ」

「えっ、じゃあ……い、いえ、そんな悪魔の唆しには引っかかりませんっ! だいたいですね、ランドロスさんの好みの女の子って、シャルさんみたく小さくて控えめな女の子じゃないですか。そんな甘言にたぶらかされて調子に乗ったが最後「えー、こんなワガママ娘かわいくなーい」とか言って捨てるつもりでしょう」

「何の得があるんだよ……そんなことをして」

「……私だって、いつも自信満々にいられるわけじゃないんです。特に対人関係は昔から不得手です」


 軽く抱き寄せながら店から出て、路地裏に向かう。


「特に……その、あの……自分からしつこくお誘いして、途中で怖くなって逃げたりして……。ランドロスさんもそんな風に拒否されたら気分が良くないでしょうし……。その上、あれしてほしいとか、これがほしいとか、そんなことを言ってばかりだと……」

「まぁ……少し落ち込みはしたが……」

「……ですよね」

「予想通りではあったしな。カルアも気にしなくていいぞ。その欲しい材料は何階層にあるんだ?」

「……えっ、予想通りって……へ?」

「……何階層だ?」

「えっと……12階層かな。あっでも、確か13階層側の階段が近いはずです」


 カルアはそう答えてからゆっくりと俺の方に目を向ける。


「……あの、どういうことですか? 予想通りって」

「いや……二人とも恥ずかしがり屋だし、カルアは臆病だし、まぁ順当にそうなるかと思っていた」

「え……ええ……この救世主を前にして、よくもそんなことを……いえ、まぁ……ヘタレたわけですが」

「……カルアは自分が思ってるより普通の女の子だからな。まぁ……俺も欲望に負けて誘いに乗ってしまったけど、これで良かったと思ってる。シャルはもちろん、カルアにもまだ早い」


 カルアは反論しようとして口を開けるが、何も言わないままゆっくりと閉じて、俺の服をちょこんとつまんでから小さく弱々しく口を開く。


「ランドロスさんが、落ち着いてきたので……私もそれでいいです。でも、我慢出来なくなったら襲ってもいいですからね」

「……いや、まぁ……ああ」


 襲わないと言おうとしたが、あまり自信はなかったので頷いておく。……いや、するつもりはないが、けれども人の欲望というのは恐ろしいものだ。カルアの手を握りながら路地裏で魔道具を使って迷宮へと移動する。


 空間把握で周りに魔物がいないことを確認して、カルアの手を引いて扉から出す。


「んー、久しぶりですね。迷宮も」

「そうか? カルアも時々連れてきているが……」


 ……いや、年齢の差の問題か。俺も昔は一日を長く感じていたしな。十三歳と二十歳なら感覚は違って当然だ。

 節々で年齢の差を感じる。歳の差があると色々ズレがあるし、時間については気を遣った方がいいか。

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