ニキビ
「そんなに酷いのか? ニキビ」
「いえ……額に一つポツンと出来ただけで、ほとんど前髪に隠れる程度なんですけど、カルアさんは髪も白くて肌も白いので、少し目立ってしまってはいますね。顔がとても綺麗なので余計に……」
「はぁ……俺は別に気にしないが」
「わ、私が、私が気にするんです。好きな人にこんな姿を見られたくないですっ! 治すのに専念します」
「思春期だし仕方なくないか? というか、昼からデートする約束だったが……」
「そ、それは……その、ランドロスさんが目隠しをした状態でしましょう」
いや、出来なくはないけど、普通に顔を見たい。
俺がいないところで朝食を摂るつもりらしいし、俺以外には見せてもいいということか。
「……もう、夜に起きてランドロスさんの寝顔を見たり体を触ったりしません。不摂生な食事も避けます。ちゃんと治しますから、今日のところは……」
「いや、カルアの顔を見たいから出てきてくれよ。話したいこともあるしな。嫌いになんてなるはずがないだろ」
「うう……でも……」
「……ん、大丈夫だと思いますよ? ランドロスさん、全身を蜂に刺されていた僕に求婚してきたぐらいなので、それぐらい気にしないかと」
シャルの説得に納得したのか、カルアは珍しいしおらしい表情でゆっくりと部屋から出てくる。
いつもの通りの服装、白く細い指で額を隠そうとしているのがいじらしくて可愛らしい。
その手がゆっくりと離されて、白い髪の奥にほんの少し赤い皮膚が見えた。恥ずかしそうにしているカルアの頭を撫でながら前髪を退かすと、たしかにニキビが一つ出来ている。
「思ったより大したことないな。大騒ぎしていたからよほど酷いことになってるのかと思ったんだが」
「乙女には一大事なんですっ! ……うう、治らなかったらどうしましょう。増えたりしたら……」
「思春期だから仕方なくないか?」
「ランドロスさんも昔出来たりしてたんですか?」
「いや……カルアぐらいの年齢のときは森で暮らしていたからそれどころじゃなかったからなぁ。どうだったか……まぁ出来てたんじゃないか?」
カルアは恥ずかしそうに前髪を手で戻しながら、俺の言葉に苦笑いを浮かべる。
「ランドロスさんの昔の話は大概不幸が極まってますよね。……よくこの歳まで生きられましたね」
「まぁ……俺が一人でも生きられるようにって、母親が色々と仕込んでくれていたおかげだな。あ、体拭いてくるからちょっと待っていてくれ」
そう言いながらカルアから離れようとすると、カルアは俺の服を摘んで、顔を近づける。
「……何してんだ」
「ん、いえ、匂いが落ちる前に堪能しておこうかと」
「汚いから止めろ。……汗臭いだろ」
昨日はヤンと修行して、ダマラスと戦って、ギルドの仲間から逃げて……と、働いていないはずなのにずっと運動しっぱなしだった。
間違いなく汗の匂いが染み付いているはずで……なのにカルアは嬉しそうにくんくんとしている。
「……カルアって変な趣味あるよな」
「えっ? 何がですか?」
無自覚か……。なんかこそばゆいからあまり匂わないでほしい。
疲れた頭のまま自室に入り、一応天井付近にクウカがいないことを確かめてから服を脱いで体を拭く。
あー、さっぱりする。ほんの少し眠気も取れた。
カルアとシャルも待っているから早く拭き終わって着替えようとしたとき、どすどすと足音が聞こえて、カルアとクルルが慌てる声が聞こえる。
「っ! ランドロスっ! お前、私はお前の嫁になるつもりなどないと……! ……あっ」
突然扉が開いて、ネネと目が合う。
体を拭いている最中で服を着ておらず……ネネの顔が真っ赤に染まり、目をパチクリとさせたあと、無言で扉を閉じる。
……初めてネネを撃退したな。
手早く着替えて部屋の外に出ると、ネネがしゃー!っと俺を威嚇する。
「いや……ノックもせずに入って来たのはネネだろ」
「うるさい。こんな朝っぱらから体なんか洗うな」
「いや、昨日は徹夜だったしな。……ネネもだろうけど。悪かったな」
「そう思うなら、口を針で縫っておけ」
ネネは怒った様子で俺にそう言ってから去ろうとして、俺はその手を掴み止める。
「いや、そうじゃなくてな。いつでも助けられるようにしてくれていただろ? わざわざ徹夜してまで」
「……お前が変なことを言えば黙らせるためだ」
「そういう憎まれ口を言う必要はないぞ。俺はネネが優しいことをよく知ってるからな」
俺の言葉を聞いて、カルアとシャルは首を傾げる。
「ネネさんと何かしてたんですか?」
「いや……ギルドの人にクルルとの関係がバレてな。その説明を夜中の間ずっとしていたんだが、ネネが近くにいてくれたってだけだ」
「……くれたってなんだ、くれたって。私は何もしてないし、助かるつもりもなかった」
「本当にそうなら徹夜なんてしないだろ。猫の獣人なんだから睡眠時間は人間よりも長いんだし、しんどいだけだろ」
ネネの頭に手を伸ばす。逃げられたら諦めようと思ったが、眠たいからか逃げる素振りはなく俺の手にそのまま撫でられる。
獣人らしい耳に指が触れて、ネネの体が少し揺れる。
「痛くないか?」
「……そこまで脆い器官じゃない」
「そうか」
まぁでも、雑にしたら痛いかもしれないと思って出来る限り優しく撫でると、ネネは心地良さそうに目を細める。
今日は疲れているからかやけに素直だ。
いつもこうなら可愛いのに、と思ったが、いつものネネも可愛いか。
「ありがとうネネ。近くにいてくれて心強かった」
「何もしてない」
「いてくれるだけで嬉しいって、前も言っただろ」
ネネからの返事はなく、ポスリと俺を叩く。
「……優しくするな。私を嫌え」
「無理だ。というか、優しくするなとか嫌えとか言ってるネネが俺には優しくするし、俺のこと好きすぎるだろ」
「……そんなことない。バカ」
いや、あるだろ。




