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俺はもう人を殺せない

 カルアはヤバいやつだが、優しいしかわいいのでセーフではなかろうか。

 可愛いなら全てが許されると思う。


「あと、紹介する場所か。あっちの方に廊下があってギルドマスターの部屋とか細かい会計や作業をする部屋、応接室とかあるな。まぁ使うことはないと思うが」

「ギルドなら依頼とかはないんですか?」

「救助依頼ならあるが……俺が来てからは溜まった依頼も解消したし、復興のこともあってそもそも潜っている探索者が少ないからほとんど来ないな。ああ、最近は雑用みたいなのもくるようになったが」


 掲示板の方を指差すと、管理者は微妙そうな表情を浮かべる。まぁ……助けて命の恩人になったりしたらマッチポンプ感が強いよな。

 俺は別にいいと思うが。


「う、うーん、誘ってもらってあれだけど、加入はしないかなぁ」

「そりゃあな」

「えー、でも、管理者さんがいたら迷宮内の死亡率や怪我率をほぼゼロにして子供もご老人もみんな楽しい施設に出来ますよ?」

「それはもはやアミューズメント施設だ」

「そんなに入り込まれたら普通に困るかな……魔力的に環境を整理するのにも限界あるし」


 カルアは不満そうにするが、俺としてはある程度適切な距離感でいたい。


「それにね、私と仲良くするのは避けた方がいいと思うよ」

「何でですか?」

「……世界を滅ぼすからね。再生もするけど。止めたくなるだろうし、罪悪感もあるでしょ」

「……私が救いますよ?」

「無理だし、もうね、ランドロスを魔王にするのは諦めて手は打ったよ」


 手は打った? 落ち着き払いながらそう言った管理者の言葉に思わず目を見開く。


「……どういうことだ?」

「私は自分のことがよく分かってるよ。怠惰で、感情的で、情に負けやすい。だからね、妥協したよ。……もう、邪魔しないでくれるよね」


 ……妥協?


「強さを求めなければ人間に恨みを持っている魔族なんていくらでもいるからね。都合よく、不死を殺せる聖剣もこっちにあるみたいだしさ。強さも何もなくていいから、人を殺せる魔族を魔王にさせたよ」

「……は、あ? お前、それは!」


 思わず立ち上がると、管理者は寂しそうな顔を俺に向ける。


「私を責める?」

「責めるも、何も……! まだカルアとの話の前だっただろうが!」

「それはカルアの方にも言ってよ。交渉を有利に進めるためのことぐらい、お互いして当然でしょ? それに、ランドロス達に損はないよね。関係ないところで、関係ない人同士が殺し合うってだけだよ」


 そういう問題じゃ……と思うが、だからと言って俺達に損害はなく、むしろ家族を守るには都合が良い。化け物の脅威が減るのだから。

 だが……いいのか? いや、良いはずだ。知らない奴がいくら死のうと、俺の嫁が生きていてくれるならそれでいい。


 ゆっくりと席に着く。シャルが心配そうに俺の顔を見つめて背中を撫でてくれる。


「……そう、か」

「もちろん。シャルの案にも協力はさせてもらうよ。計画を同時進行してはいけないなんてルールはないしね」

「……ああ」


 いいのか? という疑問は湧き出てくるが……。これで俺の周りは少し安全になるわけで……安全な時間があればカルアの望んでいた子供を設けることも、シャル達との披露宴も出来るし、良いことしかない。


 ここで管理者と揉めて、俺の身に何かあれば……カルアやシャルやクルルはどうなるのだ。今は昔とは違う。守らなければいけない人がいる。


 受け入れろ。受け入れろ。

 口の中をガリ、と噛み締めて頷く。


「……分かった。そうしよう。俺は……関わらない。聖剣も回収していい」

「ありがとう。ごめんね」

「いや、教えてくれたのは誠実だろう。……隠していた方が都合もいいだろうしな」


 先に言うなり、カルアとの話し合いの後にするなりすべきだとは思ったが。

 ゆっくりと椅子から立ち上がる。


「……少し、散歩してくる」


 俺がそう言うと、シャルがパッと立ち上がる。


「ぼ、僕もいきます!」


 そう言って着いてこようとしたらシャルの手をカルアが握って止める。


「シャルさんは、行かない方がいいです」

「な、何でですか? 話はよく分かってないですけど、ランドロスさんは悲しそうで……!」

「……あー、いや、別に来ても大丈夫だぞ。そこまで頭に血が登ってるわけでもなくてな」


 ただ、自分の無力さに嫌気が差してきただけだ。

 結局は何も出来なかったし、何もしないのが一番良かったのかもしれない。始めからシャルを守ることに注力していれば、アブソルトと管理者が上手いことやっていて、俺はその邪魔をしただけだ。


 カルアも俺と結婚などしない方が研究に集中出来ていただろう。

 シャルが俺の手をきゅっと握り、仕方なく座り直す。


「……割り切るのが苦手なだけで、異存とかはない」

「うん。割り切れないなら……私と仲良くは出来ないよね」

「……ああ、今はな。好きになれそうにはない。責める気にもならないが」


 水をちびちびと飲んで深く腰を落とす。

 こうなるなら……無理矢理にでも早めにシャルの両親を連れ戻す必要があるな。

 多少の猶予はあるだろうが。


 あとは商人達……は、この国に近い街だから大丈夫か。


 あと、もしものために食料とかは今のうちに買い溜めておくか。異空間倉庫の中なら腐らないしな。

 まだ半年と少し程度しか経っていないのに……また戦争か。残った魔族、アブソルトが命を賭して守ろうとしていた奴等は……多分ほぼ全員が死ぬだろう。


 シルガや俺のような魔族混じりも同様か。


 人間の方への被害も大きいだろう。働き手が減っているのにまた戦争に駆り出されれば作物を育てることもままならないだろうし、食料は不足するだろう。


 飢餓と戦争と、それに化け物……。それが、大部分の人間を滅ぼすまで続くのだ。


「……シャル」

「な、なんですか?」

「いつか、大人になった時……こんな選択をした俺を、恨まないでくれるか?」

「恨まないですよ。分からないですけど、ランドロスさんのこと、大好きですもん」


 真っ直ぐに俺を見つめてくれるシャルを見て、心底……安堵してしまう。


 以前にあった強い攻撃性、魔王にも通じた自分ことを鑑みずに戦える精神は、クルルに絆され、カルアに止められ、シャルに抱きしめられたことで溶けるようにして消えてしまった。


 幼い少女の手は暖かく、だから、気がついてしまう。


 俺はもう……人を殺せない。

 以前のような戦士としての振る舞いは、もう出来ない。

 世界がどれだけボロボロになろうと……彼女の元からは離れられないだろう。


 愛を、優しさを知りすぎてしまった。


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