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大丈夫じゃない

 カルアに手を引かれてソファに戻り、座る前に頭を下げる。


「悪い、心配をかけた」

「えっ、あっ、いいですよ。心配はしましたけど……私が無理に追い詰めたのも事実ですし……。でも、心配なので、どうしても外に出たいなら私も連れて行ってほしいです」

「……いや、カルアに情けないところを見せたくなくて……」

「そんなの毎日見てますよ。夜起きたらだいたい誰かの胸にへばりついてますし」

「……えっ、いや、そんなことはないだろ。起きても普通に寝てるし」

「いえ、寝てる時はだいたい胸にへばりついてますよ。ちょっと恥ずかしいです」


 カルアは薄く頬を赤らめていて、その様子に嘘は感じられない。マジか? マジなのか? 俺、寝てる時に三人の胸にへばりついているのか?


 ネネは冷めた目で俺を見ながら自分の胸元を隠す。


「……そうか、それが狙いだったか。そう言えば、傷だらけでも反応していたな」

「いや、違うからな。そりゃあ、俺も男だからおっぱいは好きだが……それが目当てというわけでは」

「……まぁ不能だもんな」

「不能ではないからな」

「そ、そうですよ! ランドロスさんはいつも元気なんですからっ!」

「それはそれで誤解を招く表現だからやめてくれ。あと、ネネ、コートを返してくれ」


 俺が元気なのは好きな女の子が油断した姿を見せる時ぐらいのものである。

 ネネの方に手を伸ばすと、ネネはムッとした表情で俺から距離を取る。


「……洗って返す」

「いや、普通に気にしないからいいぞ。ほとんど着てないしな」

「……匂うだろ」

「匂わねえよ」

「……まだ寒いから、借りたい」


 部屋の中は風もないのでそんなに冷えないが……まぁ人種的な違いだろうと思って回収は諦める。

 気を取り直してカルアの方に目を向けると、カルアは少し申し訳なさそうな、あるいは心配そうな表情を俺へと向けていた。


「……あの、出て行く前に言ったのは、ランドロスさんのお母さんのことですよね?」

「……ああ、魔族との戦争中だったからな。魔族を愛してその子を産んだ母は……町人達によって殺された」

「それは……そ、その……」


 悲しそうな顔を俺に向けて言葉を探っているカルアに向かって首を横に振る。


「いや、大丈夫だ。今とは関係のない話だった。……時代も違えば場所も人も違うからな。理屈に合わないことを言った。悪い」

「……そういう、話では……」

「それに、カルアも父母とは離れ離れだろう。クルルも両親がいない。シャルも生き別れている。ネネもそうだ。……ここにいる奴の多くはそうなんだ。俺だけがどうこうという話でもない」


 だから大丈夫。そう言おうとした俺の耳に、ポタリと雫が落ちる音が響いた。

 雨……にしてはあまりに近く、すぐそこで聞こえてきた。


 ポタリと、ポタリと、雫が落ちて、カルアのパジャマのズボンが大粒の雫で濡れていく。


「えっ、あ、な、なんで泣いて……あ、あっ、もしかして、父母を思い出して寂しくなったとか……」

「……なんで、なんで貴方は……っ! いっつも、いっつもっ! 自分の痛みに鈍感なんですかっ!」

「えっ……い、いや、何を……怒ってるんだ?」

「他の人が痛ければ、貴方が痛くなくなるんですか!? 違います。全然、全く、当然違いますっ!」


 カルアが突然怒ったことに困惑していると、カルアの手が俺の胸を掴み、青い目がギリっと俺を睨みつける。


「な、何か失言をしたか?」

「言葉の問題じゃないですっ! 貴方の考え方について文句を言っているんですっ!」

「わ、悪い……」


 カルアが何に対して怒っているのか分からずに困惑しきっている。ボロボロと溢れていく涙を見て、強い罪悪感に負けてカルアの涙を拭おうとすると、バッと手を払われる。


「そういうっ! そういうところですっ! 私に向ける優しさのほんの少しでもっ、自分に向けたらどうですかっ!」

「え、ええ……いや、カルアが何について不満に思っているのかが、全然分からない」

「少しは自分に優しくしろと、そう言いたいんですっ!」


 いや……してるだろう。シャルやカルアと結婚しているし、時々甘えている。……どういうことなんだろうか。

 俺がそう思っているとカルアは息を整えて俺を睨む。


「……ランドロスさん、自分のことでお金を使うことありますか?」

「えっ、まぁ、服とか武器とか買うけど」

「それは必要なものだからです。不必要な物を買ったり使ったりしてますか?」

「……時々は酒とか飲んでるぞ」

「それは稼ぎの何パーセントですか」

「……いや、まぁ……いいだろ。別に。カルアと一緒にいる方が好きってだけで……」


 俺がそう言うとカルアは首を横に振る。


「……ダメです」

「ダメって……」

「ランドロスさんは、絶対いざというときになったら私のこと庇って死ぬじゃないですか」

「どういうときだよ……」

「例えば、私に向かって矢が飛んできたときとかです」

「矢ぐらい手掴みで止めれる」

「そうではなくて……とにかく、何でもかんでも私たちを優先しすぎなんですっ! それ禁止ですっ!

 禁止っ!」


 カルアは幼さの見えるような口調で、パジャマの裾をパタパタとしながらそう言い立てる。


「禁止って……シャルみたいなことを言うな」

「言いますよ。だって、ランドロスさん、自分の辛かったことまで「大したことじゃない」とか「大丈夫」とか言うじゃないですか。ダメです。辛いなら辛いって言ってくれないとダメです」

「……大丈夫なものは、大丈夫だって」

「大丈夫じゃないです」

「大丈夫だ」

「大丈夫じゃない」

「大丈夫だ」


 カルアはギュッと俺を抱きしめて、首を横に振る。


「……大丈夫じゃないです。顔、真っ青でした」

「……それは」

「ちゃんと弱音を吐くまで引っ付いてますから」

「……管理者との約束あるだろ」

「諦めます」

「……世界が危ないだろ」

「諦めます」

「……世界をか」

「世界をです」


 俺に抱きついているカルアを片手で押さえ、徐々に服が濡れていく胸の感触を覚えながら、小さく「はぁ……」と溜息を吐く。


「……まぁ、辛かったのは確かだけど、取り乱したのはそうじゃなくてな」

「……なんですか?」

「……ショックを受けた自分にショックを受けたというか……まだ乗り越えられていないことがな。……俺の弱さのせいでカルアの望みを叶えてやれていないというのが……」


 ……ああ、これか。カルアが怒っていたのは。でも仕方ないだろう。俺にとって俺は、あまり大切なものではない。

 せいぜい、俺の大切な人の大切な物という程度にしか思えない。

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