ネネ
カルアは悩んでる俺の様子を見て、ゆっくりと首を傾げる。
「……やっぱり、難しい感じですか?」
「……いや、正直なところ、どうするのが正解かが分からない」
「てっきりランドロスさんなら女の子大好きだから飛びつくかと思いましたけど……」
「話せば話すほどカルアの中の俺のイメージがとんでもない気がするんだが……本当に俺のこと好きなのか?」
「大好きですよ?」
それならいいんだが……。
「……カルアは嫌じゃないのか? 勝手な想像なんだが貴族や王族の側室ってあまりお互いの関わりは多くないだろ? でも俺のところは関わりが多いどころか一緒に寝てるだろ?」
「まぁそうですね。何かしらの機会がないと会うことはないですね。……まぁ、確かに言われてみると違うかもです」
「ネネと一緒に寝るのに抵抗とかないか?」
「……いや、もしネネさんが結婚してもそんなに私達ほどデレデレにはならないと思いますけど」
デレデレなネネを想像して見ると若干恐怖だ。いや、今まで怒られたことと暴言しか聞いていなかったからで、慣れれば案外大丈夫なのだろうか。
「……現実問題、シャルとクルルにはなんて説明したものか……」
「……隠してもいつかバレますし、会議を開きますか。話し合って方向性を決めましょう」
「まぁ……勝手には決めれないよな」
「ちょっと呼んでくるので、覚悟をしておいてください」
マスターの仕事があるのでクルルは遅くなるだろうから、来るのはシャルだけだろうと思いながら一人で待ちつつ、机の上のお茶を片付けてカップを三つ用意すると、空間把握に三人の反応があったので急いでもう一つ出して机の上に並べる。
「あ、ランドロスさん、マスターも時間があったみたいなので来てもらいました」
「あ、あー、ああ……そうか。説明は……」
「軽くですけど、道中でしてきました」
恐る恐る、怒られるのを覚悟してシャルの方に目を向けると、彼女は仕方なさそうな表情をして俺の方を見ていた。
……いや、違うんだ。俺はハーレムを作ろうとしているわけではないんだ。
「ランドロスさん、あの、ネネさんのことも好きになったということでいいですか?」
「いや、そういうわけじゃなくて……。……ネネに好かれていることが分かってな」
「お嫁さんにほしいってことですよね」
「いや……なんというか……。上手い手立てがないかというか……」
俺が言い訳にしどろもどろになっていると、カルアが二人に座るように促しながら俺の隣に座ろうとしてシャルと一瞬だけ席の取り合いになりジャンケンをして負けたカルアは悔しそうに俺の前の席に移動してクルルの隣に座る。
それからカルアはゆっくりとシャルとクルルに説明する。
「単刀直入に言いますと、ネネさんはランドロスさんと同じで過去のことで深い心の傷を負っていまして、そのこともあってクウカさんみたいにフったらちょっとアレかもしれないということです。……マスターはネネさんのことよく知ってますよね?」
「うん。まぁ……とてもいい子だよ引っ込み思案で素直じゃないところはあるけど。……昔のことでとても傷ついてるのも……うん」
そう言えば……ネネはマスターがシルガのことを思い出していたとき、とても親身になっていたな。心の傷がという話もしていた。
あれは……自分の経験もあってのことなのかもしれない。
自分が動いている間は嫌な顔を忘れられたから、クルルもマスターの仕事をしていた方が気が紛れると思っていたのだとしたら……俺はもっと前に気がついてやるべきだった。
「えっと……あの、マスターさん、その、僕はあまりネネさんと関わりがなくて、ランドロスさんの上に座ってることが多い人という印象しかなくてですね」
「……俺も、あまりネネのことは知らない。アイツは自分のことを隠したがるからな。……聞いていいか?」
クルルはスカートの端を押さえながら、ほんの少し迷ったように目を伏せる。
「……ネネは人に知られるのは、嫌がると思う」
「……直接聞く方がいいか?」
「……知らないとダメかな」
「深く関わるなら、知らないとな」
適当に大丈夫かと思ってフるのや、適当なことを言って口説くのはよくないだろう。
クルルは隣の部屋の方を見て呟く。
「ネネ、自分の部屋にいるんだよね。……ふた部屋隣だけど、多分ここでの会話は聞こえてると思うから……。止めてないなら、いいのかな」
クルルはそう言ってからポツリと口を開く。
「…………ネネは、人から嫌われるのをとても恐れているから、絶対に、絶対に、嫌ったりしないでね。……人と関わろうとしないのは、嫌われたくないからだから」
俺達が頷くと、クルルは緊張を誤魔化すようにお茶に口をつけてから話し始める。
「ネネの正確な生まれは自分でも分からないらしい。多分、以前人間と魔族の戦争に巻き込まれて、家族がバラバラになって、孤児として生活をしていたらしいんだけど……人に拾われてね。暗殺者として育てられたらしいの」
「……暗殺者、というのは」
「忍び込んで人を殺すということをしてたらしい。子供は小さいし警戒されにくいからね。音を殺して歩くのが得意な猫の獣人なのもあって、とても優秀だったんだろうね」
……ネネの潜入能力や忍び込む力、あるいは偵察する力はとても優れていて俺も評価していたが……。
優秀か。暗殺者として優秀……それは、とても悲しいことだな。
「老若男女問わず、指示されるままに殺していたそうで……。当時は褒められるのが嬉しくて、頑張って腕を磨いたんだって。多分、カルアぐらいの年齢かな」
「……まだ子供だろ」
「子供だから、使いやすかったってことだよ」
シャルの方を見て、少し手を握って温めてやる。
「……それである時、ネネの師匠の恋人が殺されたらしい。ネネはそれはどうでも良かったんだけど、師匠は当然深く深く悲しんでね。それを理解出来なかったネネは人が死んだら何故悲しいのかを調べて、学んで……」
クルルは言う。
「後悔した」
後悔……。それは人を殺したことをだろうか。それとも、大切さを知ってしまったことをか。
「それから師匠の元から逃げ出して、流れ着いたのがここってわけだね。……今でも殺したことに強い罪悪感を抱いている。訳の分からないまま利用されていただけなんだけどね。……ネネは優しいから、どうしても自分が許せないみたいで」
クルルはそう言ったあと、壁の方に手を伸ばして言う。
「でも、そっか……。好きな人、出来たんだ。それは、よかった」
その優しげな目つきと口調は、ネネがクルルのことを心配していた時のものとよく似ているように思った。




