健気だね
「君の子孫も生きる世界だよ?」
「だから魔王として人間と敵対しろ? そんな馬鹿なことをしたら最終的に俺が負けて、俺の嫁も殺されるのは分かりきっているだろう。まだ世界が滅びる方が、いつか出来るかもしれない俺の子供が生き延びる可能性があるだろう」
女性はやれやれと首を横に振る。
どうやら、俺がただの夢だと思いたかったあの魔王との話は……真実だったらしい。
「……そうだね。じゃあこうしよう。今から君を殺す。カルアも殺す、シャルも殺す、クルルも殺す。どっちの方が長生き出来るかな?」
……ああ、コイツは殺そう。仕方ない。一瞬で手に持った剣を振ろうとした瞬間、カルアの声が道に響いて剣を消す。
「ハッタリです。ランドロスさん。その人の言葉はハッタリです」
「……試してみる?」
「理屈に合いません。何を頼まれているのかは分かりませんが、ランドロスさんが出来ることなんて戦うのか、荷物運びか、私達に興奮するかの三択です。頼むとしたら戦うことでしょうか。そんなランドロスさんを簡単に倒せる実力があるなら、自分で戦った方が手っ取り早く確実です。その人はランドロスさんと敵対はしたくないはずです」
カルアは長々と理屈を話しながら俺と管理者へと近づいていく。俺の制止を聞かずについてきたことに眉を顰めると、同じように管理者が眉を顰めていた。
「救世主じゃないの? 君は」
「詐欺師が何を偉そうに言ってんです。それに、今は救ランドロス主がメインで救世主は趣味ですから」
カルアはそう言ってから、啖呵を切るように口を開く。
「……あらためて、はじめまして。管理者さん。それとも創造主や神様とお呼びした方が? まぁ、何にせよ、私にとっては関係のない話です。下手な管理者、出来損ないの創造主、マヌケな神様。何でも構いませんが、ランドロスさんを苦しめるのは許さないですよ」
「これは手厳しいね。私は私で頑張ってるんだけど。クレーマー怖い怖い」
「そちらの頼みを断るだけで何がクレーマーですか」
ジリジリと睨み合う二人。明らかに敵意を向けているカルアに比べて管理者の方は飄々とした様子でそれを受け流す。
カルアがいるため、殺すわけにはいかない。
交渉をどう切り出すべきかと考えていたその時だった。
ピリッと頰に突き刺さるような強い殺気を感じる。その次の瞬間、管理者の背後に黒い影が降ってきて、白銀の刃が首に触れる。
降ってきた音もなく、風の揺らぎさえ感じない。まるで影が動き出したかのような静かで流麗な、美しい動作で刃が管理者の首に赤い線を入れる。
けれど、短刀には血が付くことすらなく、一見すると切れていないように見えた。だが、ぷつりと赤い線が広がっていき、血液が噴き出した。
あまりに一瞬のことで目を見開くと、管理者の身体がずるりと落ちて奥歯を噛み締めているネネ見えた。
「……は、ね、ネネ!? お前!」
俺が思わず言うと、ネネは悪びれる様子もなく俺に言う。
「……これはランドロス、お前やその嫁を殺すと言っていただろう。つまり敵だ。殺せるときに殺さない理由はない」
それは、そうだが……。
「大事になってから、マスターや先生やそこのヒモに危険が及んでからやっと動くのか? 後悔するだろう」
「っ、だが、ネネにやらせるようなことじゃ……!」
やるとしても、俺がやるべきだった。人を殺したくないのはネネも同じで……。俺の尻拭いをネネにさせるべきじゃなかった。
謝るべきだと思っていたときだった。ピクリと管理者の指先が動く。
「ッ! ネネ!」
俺はネネの方に飛びついて庇いながら地面を転がり、管理者から放たれた風の魔法を避ける。
「……ああ、痛いなぁ。とても、とても痛くて、思わず攻撃しちゃったよ。新しく作った服に血が付くのも嫌だったしね」
ネネが俺の腕の中で驚きに目を見開いた。
「……私は、間違いなく殺したはずで」
「いや、まぁ、これでも不死だからね。それぐらいじゃ死なないよ」
管理者はゆっくりと立ち上がり俺達の方を向く。
「ああ、別に思わず反撃しただけで敵意があるわけじゃないよ」
「ランドロス、何故アイツは死なない」
「おそらくは魔王と同じだ。聖剣やそれに類するもの以外では殺せないんだと思う」
俺の雷や、カルアの扱える聖剣なら殺せるかもしれない。
ネネを後ろに隠すようにしながら剣を握り、ゆっくりと後退して距離を取ろうとすると、管理者は俺達の方を見てへらりと笑う。
「……健気だね。君は。必死になって愛する人を守ろうとして」
「……何か勘違いしていないか。管理者」
「いやいや、全然」
まぁ迷宮鼠の仲間で友人だから隣人愛ぐらいは当然持っているが……。
「人殺しはしたくないのに、武器を構えて戦う。ああ、可愛らしいね」
完全に仲を勘違いされているな。ゆっくりと剣を構えつつ、空間把握の範囲を広げて、もしもの場合に対応できるようにする。
出来ればカルアの方も守りたいが……今は飛び出していきそうなネネを止める必要もある。
「愛する人が嫌うだろう人殺しを目の前ですることも辞さない。嫌われても助ける。滅私で自分が不幸を背負い込む」
「……何の話だ」
「私はね、そういうの結構好きだよ。人間らしくてね」
「……そりゃ、どうも?」
こちらに向かって管理者は話す。
「君にとっては魔王になるというものは都合がいいんじゃないの?」
「そんなわけないだろ。馬鹿なことを言うな。人をたくさん殺して、仲間を危険に落とし込んで、そして最後には負けるなんて運命を背負うなんてことの何が都合がいいというんだ」
俺が管理者に反論した瞬間だった。ネネの短刀が投げられて管理者に迫るが、容易に風で弾き飛ばされる。
「ああ、ランドロスに言ってるんじゃないよ。そっちの────」
強い殺気を背中に感じて全身が総毛立つ。
背後にいたネネが飛び出して、管理者の言葉を止めるように短刀を振るう。
「……ああ、好意を知られたくないんだ。どうしてかな。今までの関係でいられなくなるから? いや、違うね、それは目の前で人を殺したら関係性は変わるだろうしね。うーん、あー、なるほどね。分かった、困らせたくないんだ。そうだよね。人に甘いランドロスに「愛してる」なんてことがバレたら、ランドロスは困るだろうからね」
何を言っているのか分からなかった。ネネが振るった刃は薄く管理者の肌を裂いていくが、軽く不快そうに顔を顰めるだけだった。
「あの小さな女の子のことを「先生」なんて呼んで慕ってるフリをしてるのは、ランドロスとの関係を少しでも途切れないようにするためかな。結ばれることはないって分かっているのに」
ネネは短刀を振るいながら叫ぶ。
「──黙れッ!」
管理者はトンと脚で地面を叩き、その瞬間に大量の蔓草がネネの周りに生えて脚を封じる。
「……健気だね。ネネ」




