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悪い想像ばかりが現実的な思考ではない

 チョコレートを鞄に片付けたシャルは再びペコリと俺に頭を下げる。


「ありがとうございます。大したことは出来ませんが、僕に出来ることがあれば何でも言ってくださいね」

「……ああ」


 結婚してほしい。まぁ、困らせたくないからこれ以上は言わないが、結婚してほしい。


「……俺は、シャルからもう充分に貰ったからいいんだよ」

「え、えっと……何か、渡しましたっけ……? その、果物ぐらいしか覚えていないんですけど……」

「……それが、嬉しかったんだ。まだ、そのお礼を返しきれていないと思っている。だから、無理にお返しとかは考えなくていい」


 ずっと、俺はあの時の思い出を胸に生きてきた。あれがなければ、俺はとっくに生きる希望や理由を失くしていただろう。

 今の俺があるのは全てシャルのおかげだ。あの果物の味を忘れた日は一度として存在しない。


「……あの、でも……その、大したことはしていないです」

「……アレは俺の人生の中で一番のことだった。だから……大したことがないとかは、言わないでくれ」

「す、すみません」

「……まぁ、そうなんだろうけどな。シャルからしたら特別なことじゃないというのはよく分かっている」


 ずっと人に譲って、人を助けようとしてばかりだ。俺もその助けようとした人の中の一人でしかなく……。

 俺にとってはシャルが特別でも、シャルにとって俺は特別ではない。


 改めてそれを思い出させられると、ズシリと腹の底に負の感情がのしかかる。魔族汁が出そうだ。


「……あ、そうだ。これ、受け取ってください」


 シャルは鞄の奥から小さな髪留めを取り出して、俺に両手で手渡す。


「……これは?」

「あの、僕の両親が戻ってきたときにあげようと思って作っていたんです。手作りであまり出来は良くないんですけど……。いつ会ってもいいようにずっと持っていて」

「……それは、親に渡した方がいい」


 俺はシャルの手に押し返しながら言う。

 そうか……孤児院と言っても、親が戦争から帰ってくる可能性がある子供もいるのか。


「いえ、いいんです。……もう、五年も前のことなので。一年で戻ってくると言っていたのに……それに戦争も終わったのに……だから、多分……もう……」

「……シャル」


 俺は彼女の手を手繰り寄せて、小さな身体を抱き寄せる。柔らかい身体、軽い体重、甘い少女の匂い、あの時と変わらない暖かさ。


「えっ、あ、あの……」

「あまり……無理をするな。大人ぶって、希望を捨てたりはする必要がない」

「……でも、その……僕は、孤児院の中ではお姉さんですから……その、お母さん達が迎えにきてくれるなんて夢を見ていたら……。ちゃんと、現実を見て、頑張らないと」


 震える少女の声。シャルの物はほしい。けれど……幼い少女から両親のための物を奪う気にはなれなかった。


 人間達に嬲り殺された母を思い出す。暖かく、優しい人だった。

 だから俺もそうありたいと思って、そうであった……シャルに憧れ、恋をしたのだ。


「俺は、悪いこと、悪いもの、そればかりを見ることを現実的だとは思わない。……俺は、シャルと再会することばかりを考えて旅をして、戦って、生きてきた。その間に死んだかもしれない、シャルと再会出来る可能性は低かっただろう。けれど、再会出来た。それが現実で、死んだかもしれない未来も、会えなかった未来も、現実ではない」

「……生きていると……信じてもいいんですか?」

「当たり前だ。だから、これは持っておいた方がいい」


 シャルの手に髪留めを置いて、それを上からシャルの手を握って握らせる。


「あ、ありがとうございます……」

「いや、ありがとう。くれようとした気持ちだけは貰っておく。本当に嬉しかった」


 ポロポロと涙を流すシャルを見て、俺は慌てる。


「お、おい、悪い、な、なんか変なことを言って身体を触ったりして……」

「な、泣いてる訳じゃないです。これは、人間汁です。人間は定期的にこの液体を目から出します」

「そ、そうなのか!?」


 俺が慌てながら尋ねると、シャルは涙を流しながらもいたずらげに小さく笑う。


「嘘です。えへへ。でもこれは、悲しいときに流れる涙じゃないんです」


 シャルは服の袖でグシグシと涙を拭う。

 良かった……と思っていると、後ろからちょいちょいと突かれて振り返ると、呆れたような表情をしたカルアが言う。


「……良かったんです? ……その、孤児院の問題が解決しても……親の帰りを待つなら、孤児院に残ることになるのでは……」

「…………あっ」


 考えてなかった。……自分を抑えて我慢しているシャルを見たら不憫で色々と言ってしまったが……よく考えたら、その通りである。

 ……失敗した。いや、分かっていたとしても言っていた気がする。


 俺ってもしかして馬鹿なんじゃないだろうか。

 ……まぁ、シャルが少し明るくなったからいいか。……髪留めも欲しかったけど。


 少し話をしていると、ミエナが戻ってきてシャルはそちらの方に行ってしまった。

 まぁいいか……と思いながら、シャルのいた方を見て……見つける。カウンターの上に細い髪の毛が落ちている。


 これは、間違いない。間違いなく、シャルの髪だ。


「お、おお……」


 神の恵みだ。と思ってそれを取ると、横から手が伸びてきて髪を掴んで捨ててしまう。


「な、何をする!」

「普通に気持ち悪いですよ。それは」


 気持ち悪いだろうか……。


「少し見直したと思ったら、またドン引きです。……本当にこの旅を終わった後が憂鬱になってきました……」


 なんでこの子は自分で提案したことで憂鬱になっているのだろう。そこまで俺は気持ち悪いのだろうか。

 ……と、落ち込んでいると、シャルが戻ってきて俺に笑顔を見せてくれる。


 ……俺、気持ち悪くてもいいや。



 ◇◆◇◆◇◆◇


 煌びやかな装飾品で着飾った小太りの男がギルドハウスの中に入ってくる。

 このギルドハウスに入ってくる人間は少なく、マスターとカルアとシャルぐらいのものだ。


 あとは間違えて普通の人間のギルドと思ってやってくるやつと監査の人間ぐらいだが、それらは露骨に不快そうな顔をして出ていく。


 こんなズカズカと遠慮なく入り込んでくる人間は珍しいようで、商人に視線が集まる。


「やあ我がベストフレンドのランドロスさん。迎えに来ましたよ」


 商人が言った言葉でギルドの連中が「ああ、ランドロスの関係者か、納得」などと言って視線を元に戻す。

 いや、何で俺の関係者なら変人で納得するんだよ。


 お前らも大概やばいやつだからな。特にそこのエルフ、お前マスターの部屋に忍び込んで怒られてただろう、昨日の夜。


「……とりあえず、準備はしているから大丈夫だ。ああ、こっちのは同行するギルドメンバーのカルアだ」

「カルア・ナグシャです。これからよろしくお願い申し上げます」


 カルアが丁寧にお辞儀をすると、商人が名乗る。


「おお、これはご丁寧にありがとうございます。私はランドロスさんの義兄弟の盃を交わす予定の商人でございます」

「そんな予定はない。……あまりのんびりとしている時間もないし、さっさと行くぞ」


 ギルドハウスの近くにある商人の馬車に乗り込み、街を出る。

 門の前は相変わらず人が並んでいるな、と思ったが……思ったよりも人が多く、喧騒の声が聞こえる。


 馬車が通りにくく、商人も困ったように馬をゆっくりと歩かせていく。


「何があったんですかね」


 カルアが首を傾げた瞬間、男の怒声が響く。


「だーかーらー! 俺は勇者だって言ってんだろうが、通達したのより数日早く着いただけだっての! いいから通せってんだよ!!」


 その声は嫌に聞き覚えがあるものだった。

 カルアが「勇者を騙るなんて変な人がいたものですね。あんな風に怒鳴る方が勇者なはずがないというのに」と言って困ったように笑うが……俺は笑えない。


 あまりにも間抜けな場面に遭遇してしまったせいか、それともシャルが同じ馬車の中にいるおかげか、トラウマによる震えはないが……刺された傷の痛みを思い出した。


「……いや、アレは、本物の勇者だ。勇者シユウで……間違いない」


 時間ぐらい守れよ。列ぐらい並べよ。そう思いながら馬車の中で隠れながら勇者を見る。既に解散したのか、勇者以外の姿は見えなかった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。


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[一言] カルアさん、本当に容赦ねぇ…
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