チョコレートと魔族汁
旅の準備は終わった。俺の魔法があると、色々と精査する必要もなく適当に突っ込めばいいだけなので非常に楽だ。
……家でも買って持って運べば便利そうだな。
まぁ……そんなに金はないか。いや、迷宮で日帰りではなく連続して潜れるようになるから、むしろ買った方が金を稼げるか?
入り口から遠い魔物の方が高いし……俺なら大量に持ち帰れる。
……まぁ、それはカルアと相談して決めるか。
カルアは基本的にギルドで難しい本を読んでいるか何かを書いているかで、決まった席にいるので探しやすい。
カルアを見つける前にシャルの姿を見掛けて、何て話しかけるか迷う。話しかけたいが話題が思い浮かばない。
声をかけられずにいると、シャルが不意に俺の方へと振り返りニコリと笑みを浮かべて小さく手を振る。
とても可愛い。
小さく手を振り返して満足してからカルアの方に行く。
「カルア、家を買おうと思うんだが、どんなのがいいと思う?」
「家……ですか? さあ、好きにしたらいいと思いますけど……何で私に聞くんですか?」
「住むだろ? 意見は聞いておこうかと思ってな」
俺の言葉を聞いたカルアは一瞬理解出来ないように俺の方を見つめてから、バッと口を開く。
「……す、住みませんよ! 昨日、他の女の子にフラれたばかりの人が何言ってるんですか!? 節操なさすぎです! マスターにも甘えてますし、人間の子供だったら誰でもいいんですか!? 性癖が歪みに歪んでます!!」
「……いや、ダンジョンに篭るならそれ用に有った方がいいと思ったんだが……そんなに悪い考えだったか? 俺の空間魔法なら家ぐらいなら何も問題はないんだが」
俺の話を聞いたカルアはパチパチと瞬きをさせてから、顔を赤らめる。
「し、失礼しました。て、てっきり、プロポーズをされたのかと……」
「そんな仲でもない奴に突然求婚なんてするわけないだろ。常識で考えろよ」
俺の言葉にギルドハウス内がざわつく。……そういえばしてたな、ほぼ初対面の人間に求婚。
しかもその求婚相手がすぐ近くにいたよ。
「おほん、まぁ……ランドロスさんに常識を説かれるのは非常に不服ではありますが、まぁ確かに早とちりをしてしまったようですね。……家、ですか。考えてもいなかったですね」
「試したことはないが、まぁ空間魔法には普通に収納出来るからアリだと思うんだ。魔物が多いから見張りはいるにしても、ある程度ゆっくりと休める空間はあった方がいいだろ」
「そうですね。旅の間にでも考えましょうか」
シャルの方に行きたいが、会話が持つとは思えない。どうしたものかと思いながら、とりあえずそのままカウンター席に座る。
カルアは俺の方を見てから少し顔を赤くして、ぶつぶつと何かを言う。
「……よ、よく考えたら、人間の幼い女の子が大好きの人と二人で一月も生活というのは……ま、まずかったかもです。迷宮の中でなんて抵抗できないですし……」
「何か言ったか?」
「い、いえっ……」
カルアは俺から距離を取りながらぶつぶつと言う。
「……嫌いというわけではないですし、割と美形だとは思うんですが、どうにも三枚目というか……おもしろ枠の人に見えて恋愛感情は湧かないですし……。浪費家ですし……。ミエナさんに影響されて部屋がマスターってますし……。ないですね。この人はないです」
「……カルア?」
「……あの、私のことは好きにならないでくださいね」
「ん? ああ、よく分からないが分かった」
「家の件ですが、持ち運びに適した迷宮に向いた家なんてないので、自作するしかないですね」
自作か……まぁ、そもそも俺達のギルドが職人に頼むなんてこともそうそう出来ないので仕方ないか。
「私が色々と考えて設計図を書くので、組み立てるのは頼みますね」
「材料は商人にでも頼むか。あまり頼りたい人ではないが」
それだけ話して会話が途切れる。微妙な気まずさを感じていると、カルアは元の読書に戻ってしまう。
このままここにいるのは不自然だろうか。しかし、立ち上がって別の席に移動するのにシャルのところに行かないのも不自然だよな。
しかし、フラれたばかりのせいで顔を合わせにくい。好きだし。じっくりと顔を見たいが……それで嫌われるのは嫌だ。まだ結婚は諦めていないしな。
今日はマスターも仕事でいないし……自室に戻って武器の整備でもするか。
そう思って立ち上がろうとしたとき、隣にストンと人が座る音が聞こえる。
「しゃ、シャル。どうかしたか?」
「いえ、何をお話しされているのかな、と……プロポーズとか聞こえたもので」
「大した話じゃないぞ」
「……僕には言えない話なんですか?」
シャルは不思議といつものような温和な声ではなく、ほんの少しトゲを感じる声で俺に尋ねる。
何か怒らせるようなことをしたかと考えても、思い当たる節はない。
「……あ、そ、そういえば、シャルに渡したいものがあったんだ」
「えっ、い、いいですよ。そんな……」
俺は異空間倉庫から商人から買ったチョコレートの箱を取り出して、シャルの前に置く。
彼女は申し訳なさそうにしながらそれに手を触れさせて、クンクンと匂ったあとそれをジッと見つめる。
「……こ、これは?」
「チョコレートという菓子らしい。女子供に人気があるそうだ」
「き、聞いたことがあります! 甘くてほろ苦くて、口に含むととろけて、天にも登るような美味しさだと!」
「そうか。……喜んでくれるなら良かった」
「はい! きっと孤児院のみんなも喜んでくれます!」
「……ああ、うん。そうだな。……よかった」
シャルは嬉しそうにクンクンと嗅いだあと、鞄の中にしまおうとする。
泣いてない。俺は泣かない。
俺が目を逸らして顔を伏せていると、カルアがシャルに言う。
「あー、シャルちゃん……人からプレゼントとして贈られた物を他の人にそのまま渡すのは失礼というか……ランドロスさんが可哀想だから食べてあげて? ほら、ランドロスも魔族汁を拭いて」
「えっ、し、失礼だったんですか? す、すみません、そうとは知らず……。産まれてこの方プレゼントなんてされたことなかったので」
「いや……その、食べてくれると嬉しい」
「は、はい……で、では……」
シャルは仕舞おうとしていたチョコレートの箱を机に戻して、ゆっくりと箱を開ける。
黒い粒に目をパチパチと瞬かせ、その匂いを吸って幸せそうに笑みを浮かべる。
「いただきます」
白い指先がチョコレートに触れて、ちょこんとつまむ。そのまま口の中に入れ……シャルは何度も繰り返し瞬きをした。
焦ったように手を机の上に置いて、忙しなくキョロキョロと周りを見る。
「お、おおお、美味しいです! これ、甘くて、口の中が天国です! 天国はここに……ここにあったんです……」
そんなに美味いのか、この黒い菓子……。
シャルは暫くその余韻に浸るように顔をあげて、目を閉じて口をモゴモゴと動かす。そのあと……何故か泣き出す。
「だ、大丈夫か!? どうしたんだ!?」
「いえ……この美味しさを孤児院のみんなにも分けてあげたくて……。僕だけがこんな良い思いをして許されるのかと、思いまして」
「分かった、買ってくる、買ってくるから。人数分」
「そ、そんなわけには……お返しも出来ないので……。で、でも……この残りはみんなに持って帰ってもいいですか…….?」
本当はシャルに食べてほしかったが……シャルがそこまで言うなら仕方ないか……。
……プレゼントもマトモに出来ないのか、俺は……。……商人に相談してみるか。シャルに良さそうな贈り物について。




