人嫌い
三人で食事を食べて、シャルと一緒にギルドの掃除をしているとギルドに商人がやってくる。
「あれ、旦那って掃除とかするんですね」
「ああ、いや、まあ……叱られながらだけどな」
「結構女の子には弱いですよね」
「そんなことはないと思うが……」
いや、割とそうかもしれない。シャルには逆らえないしな。
「あっ、ランドロスさん、道具片付けておいてくださいね」
「ああ……結構ギルドも広いんだし、あまり無理をするなよ?」
「ランドロスさんの方が心配ですよ。もう」
掃除をしていたモップなどを片付けてから手を洗い、商人から受け取った目の色を変えるガラス片を目に入れる。
それから三人でギルドから出て、近くの路地裏に入る。
「商人、カルア、着いたら俺から離れるなよ。帰れなくなるからな。特に商人」
「えっ、なんでアタシですか?」
「はぐれた後、探す気が起きないからだ」
「あはは、まったく、ランドロスの旦那は冗談がお上手で」
割と真面目なんだが。二人の方を見て、魔道具によって扉を発生させて中に入り、問題がないことを確認して手招きする。
「ほー、これは、これは……。まさしく迷宮の扉ですね」
「ふふん、でしょう。これが私達カルアーズの技術力です」
「……カルアーズ?」
「何驚いてるんですか、出資者さん」
いや……その名前のセンスのなさに。というか出資者か……いや、出資はしているが。
二人が扉を括ったのを見て扉を消してゆっくりと路地裏から出る。
「……ここ、迷宮なんです? 到底普通の街にしか見えませんが、旦那」
「上をよく見たら天井があるだろ」
「ん、あー、そうですね。はー、すごいですね。何か結構発展しているようですし。これが迷宮の階層……というか、アタシって今迷宮の超高階層にいるんですよね? 期待のルーキーですね」
「……面倒くさいから突っ込まないぞ」
カルアはカリカリとメモを取り続けている。
……やっぱりこの階層だと俺の出番はなさそうだな。
一応、空間把握でキミカが不在を確認してから、人間が多そうな区画に向かう。一応ここは魔族の区画らしいので、人間三人組の現状だと目立つ可能性がある。
「それで、旦那、アタシは何をすれば?」
「とりあえず、文化的なことを確認してほしい。なんとかして登りたいからな」
「まぁ、つまり割と自由に動いていいと」
商人は俺から数歩離れて歩く。
「……ああ、まぁそうだが……。お、おい、商人?」
「とりあえず明日の昼頃にでも、さっきの扉を出した路地裏にでも、また迎えに来てください」
元気よく手を挙げたと思うと俺とは別の方に移動していく。
「いや、危険かもしれないだろ」
「街行く人の表情を見た感じ、治安は迷宮国以上に良さそうですからね。カルアさんとは調べたいことも違うみたいなので、別行動でいいかと」
「……お前な……はぐれるなと言ったばかりで……」
「大丈夫、アタシ達はずっと心で繋がっている。そうでしょう?」
「…………いや?」
商人は去っていく。……まったく知らない街でよく一人になれるな……帰る手段も俺しか持っていない上にここで使える金もないのに。
カルアの方に目を向けると、メモも一区切りついたのか、俺の方を見て口を開く。
「あれ? 商人さんはどこに行ったんです?」
「勝手に調査するってどっか行った」
気がついていなかったのか。随分と集中していたらしい。
「ああ……商人さん、案外集団行動が苦手ですよね」
「そうか?」
「店舗を持ってるような人が一人でずっとウロチョロしてるんですから、筋金入りですよ。私ともほとんど話しませんし、相当一人が好きか、人が嫌いかだと思いますよ」
……あのウザ絡みしてくる商人が人嫌いとは到底思えないが……いや、金持ちなのに独身だしな。
確かにカルアが言う通り、そこそこの規模の店を持っているのに一人で行動することが多いし……。
「ランドロスさん、よくあの人と仲良くなりましたね」
「……カルアの中の商人の評価と、俺の中の商人の評価がめちゃくちゃ食い違っていて困惑しているんだが」
「ん、そうですか? 一人が好きで人嫌いでランドロスさんにウザ絡みする人ですよね?」
「まさかの食い違ってなかった」
人嫌いが俺にウザ絡みするというのは矛盾した特徴ではないだろうか。
俺がそう考えていると、カルアは俺の表情を読んだ風に話す。
「ランドロスさんは変わった人ですから。なんて言うか、ふにゃふにゃです」
「……ふにゃふにゃってなんだよ」
「ん、えへへ。素敵という意味ですよ。とりあえず、この街の文化を知っていくためにお散歩ですね。お店とかには入ってみたいですけど……お金とか持ってます?」
「そもそも、この街金とかあるのか? 小さな村とかなら金を使っていないこととか多いが」
「んー、それはあると思うんです。お店っぽいものはありますし」
そもそも働かずにも家や食料が潤沢にある街なのだから労働という概念があること自体が不思議だ。
俺がこの街に住んでいたら一生働かずに三人とイチャイチャしながら過ごすだろう。
「……ふむ、規模の割に文化レベルが高い……というか、【こういう階層】と思った方が良さそうですね。自分達で作った街ってわけではなさそうです」
「そうなのか?」
「家屋に補修箇所とかないですからね。迷宮が自動で直しているんでしょう。文化とかも用意されているものに乗っかっているんだと思いますよ。服装とか髪型とか面白いのが多くて可愛いですね。男の人のは地味ですし、やっぱり管理者さんは女の人です」
迷宮の外もそうだと思うが……言われて見れば歩いている女性の服の割に男の服はなんとなく単純な構造をしているように思う。
「……なんか目立ってないか?」
「そうですか? 普通だと思いますが」
男女問わず道行く人間にこちらを見られているような……。カルアは気にした様子がなく、不思議に思いながらカルアを見て気がつく。
可愛い。……そりゃ、こんな可愛い女の子がいたら目立つよな。……いや、というか……不味くないか?
今までこんなに可愛い女の子がいたのが、せいぜい千人程度しかいない街の中で噂になっていないはずがない。
今は単に可愛いから見惚れてしまった人が多いだけだが、いつか「あれ? こんな可愛い女の子いたか?」と思う奴が出てきてもおかしくない。
というか、普通他所ものだとバレるよな。そう思っていたが、話しかけられる様子はない。
「どうしたんです?」
「……いや、カルアは目立つ容姿だからな。普通、こんなに可愛い女の子が有名になっていないはずがないだろ。人口の少ない街なら尚更だ。他所ものだとバレかねないと思ったんだが……」
「ああ、そういうことですか。それは多分、あれだと思いますよ。迷宮内の生物は成体の状態で発生したりしてるじゃないですか。多分人間もそうなので、あまり違和感がないのかと」
……ああ……なるほど。突然知らない奴が出来てもおかしくないのか。
……とりあえず、カルアの可愛さはここでも通じてしまうようなので、ナンパとかされないようにちゃんと離れないようにしておこう。
カルアの小さな手を握りながら街を歩く。




