引っ越し
一通り自室の物を異空間倉庫に仕舞って運べばいいだけだと思っていると、シャルが掃除道具を取り出して待機していた。
ああ、掃除はしないとダメか。
「僕がお掃除するので、運ぶのと設置するのは任せていいですか?」
「ああ別にいいが、どこに何を置くとかのこだわりはないのか?」
「事前にカルアさんと話していたので大丈夫です」
シャルの言葉に頷き適当に部屋の中にあるものを異空間倉庫に片付けていく。
たった半年ほどの付き合いだが……結構な思い出が詰まっている部屋だ。
マスターに慰められながら添い寝したり、シャルと交際を始めて一緒に寝たり、カルアと一緒に寝たりと……。あれ、女の子と寝るばっかりだな。
まぁ狭い部屋だから寝るぐらいしか出来ないしな。
そう考えてみると、この部屋がひどく不埒なもののような気がしてきた。……いや、不埒なのは俺なのだが。
ほんの少し寂しい気持ちを抑えながら片付けていくと、シャルも寂しそうにしていた。
俺の方に目を向けて、ゆっくりと微笑む。
「やっぱり、少し思い出があると辛いですね」
「……俺も顔に出ていたか?」
「出てますよ。えへへ、でも、これからまた、新しいお部屋で思い出を作りましょうね。……その、また、ちゅーとかして」
コクリと頷いてから荷物を一通り片付ける。空間魔法があれば一瞬で、余韻を十分に味わうこともできない。
掃除をシャルに任せてカルアと二人でクルルの隣の部屋に向かう。
間取りは同じで、短い廊下と四部屋ある。クルルはそのうちの一室を半分に仕切って脱衣所と風呂場にしていて、残りの三部屋のうち一つを寝室、一つをリビング、もう一つを物置のようにして使っている。
……どういう風に分けるつもりなんだろう。一部屋を共用部屋にして、残りを俺とカルアとシャルで分けるとかか?
「……シャルとはそんなに細かく話し合ったのか?」
「いや、ううん。まぁでも、方向性は聞いていたのでバッチリですよ」
「それならいいが……」
カルアはピシッと一番奥の部屋を指差す。
「まずあそこは寝室です。大きなベッドを設置してみんなで寝ます」
「ああ、そうなるよな」
「次、私とシャルさんで使う部屋です。基本的には荷物を置いたり身体を拭いたり着替えたり、後はランドロスさんには秘密のお話をするぐらいですね」
「秘密のお話?」
「それで、ランドロスさんのお部屋です。ランドロスさんが着替えたり身体を拭いたり、そういうことをする部屋ということになりますが、ランドロスさんが籠るようなら乗っ取りますけど」
俺の自由はどこに……カルアやクルルの誘惑に勝つために一人でしたいことがあるのだというのに。
「最後の部屋は?」
「普通にソファとか机とか置いてリビングですね」
「ああ、そりゃそうか」
「じゃあ、大きい物から順に置いていきましょうか」
カルアの指示に従って家具を異空間倉庫から取り出して置いていき、普通に持ち上げて微調整をする。それからカーテンや絨毯を置いて、陽当たりの悪い部屋には照明と魔道具を取り付けておく。
「あ、私が元々使っていたベッドはランドロスさんのお部屋にお願いします」
「ベッド? なんでだ?」
「えっ……あっ、そ、それは……その、必要じゃ、ないですか?」
「……えっ、三人で寝て、俺は別のところに寝るのか?」
「い、いえ、そうではなく……。そ、その、子供を作るのに……流石に、見られながらというのは……」
カルアは顔を真っ赤にしながらそう言う。
「……いや、やっぱりな、まだやめておこう。……せめてあと一年待ってくれ」
「……今しても一年後になりますよ? 産むのは」
「いや、そういう意味じゃなくてな」
「……じゃあ、一年後にしてくれますか?」
「……場合によっては」
発育による。今のままの体格だと不安だし……。
「……ランドロスさん、私、多分これ以上はほとんど身長伸びないですよ? 数センチは伸びるかもですけど。ネネさんやミエナさんほどにはならないです」
「身長の話じゃなくてな。流石に体つきが……」
「……我慢、出来るんです? その、私は不服ですけどいいとして、ランドロスさんが我慢出来ないかと……」
「……我慢はする。大丈夫、たぶん、きっと」
「…………あの、我慢出来そうになさそうですけど。口だけになりません? いや、私は我慢出来ないのは歓迎なんですけど」
カルアは俺の言葉に納得したわけではないだろうが、どうせすぐに我慢出来なくなって手を出すだろうと判断したらしく頷く。
「まぁでも、とりあえず、たぶんすぐに手を出してくると思うので、ベッドの設置はお願いします」
「……我慢出来るから大丈夫だ」
「ランドロスさん、んっ」
カルアは目を閉じて俺の方に向かって唇を尖らせる。
……話の流れとして我慢出来るかどうかの話だから、ここはしないのが正解か?
……いや、でも、しばらくカルアとキスをしていなかったし……キスで子供は出来ないからな。
これは誘惑に負けたわけではなく、単純に夫婦のスキンシップとして、と言い訳をして口づけをする。
唇同士を触れ合わせるが、昼という時間やシャルにも掃除をしてもらっているので、あまり深く舐り合うようなことはせずにすぐ離す。
カルアの手が俺の手を導いてカルアのお腹を触らせる。
「……一年、我慢、出来ます?」
「……ああ、大丈夫だ。頑張れば不可能ではない。我慢出来る可能性は残されている」
カルアの手が俺の手をゆっくりと動かして、胸の膨らみの下のはあたりで止まる。
「我慢出来るんです?」
「……1%でも、0.001%でも、俺は、可能性がある限りは諦めない!」
「いや、我慢出来る可能性が1%もないなら諦めましょうよ」
いや、諦めない。決して諦めない。
カルアの甘言を振り切って荷物を出していこうとして、カルアに袖を引かれて「んっ」と唇を向けられる。
「い、いや、シャルも掃除しているわけだしな」
「……ちゅー、しましょ?」
甘えるような声色に負けて、カルアの唇にキスをしていく。ダメだ。ずるずると理性を崩されてしまっている。
キスぐらいならセーフ、添い寝ぐらいならセーフ、身体を触るぐらいならセーフと、今までも自分に都合の良い線引きをしていた。
そのせいで欲望が余計に出てしまって、以前のように舌を入れてカルアの口内を弄りたいと思ってしまっている。
このままグダグダとキスをしていては作業が進まないし、シャルにも悪い。それに性的な欲求も強くなってくるから我慢出来なくなってしまいかねない。
「ランドロスさん」
と、カルアに名前を呼ばれてまたキスをして、荷物を置いて、キスをしてと交互に繰り返してしまう。
……欲望に対して弱すぎる。それにカルアは俺のそんな特徴を分かってて誘ってきている。
もしかしてこれ、勝ち目がないのだろうかと思いながらも、カルアの舌先が誘うように俺の唇に触れて、我慢しきれずに、あの夜の散歩のときのようにカルアの身体を抱きしめながら、カルアの唇の間を無理矢理開かせるようにして舌を入れて……としていた時、扉がパッと開いた。
「ランドロスさん、掃除終わりまし…………。あの、ランドロスさん? カルアさん?」
バッとカルアから顔を離して、扉の方に目を向けると、シャルがプンスカと怒ったような表情を浮かべていた。
「見たところ、全然進んでいないようですが。……へえ、そうですか。僕がお掃除をしていたときに、お二人はちゅーを楽しんでたんですか、へー、そうですか」
……お、怒ってる。いや、そりゃ……怒るよな。うん。普通は怒る。




