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掌の上

 飲み物を受け取った俺はため息を吐きながら席に戻る。

 そういえば、マスターに夢中のミエナは、同じ年頃のシャルを好きになったりはしないのだろうか。


 そう思いながらミエナを見ると、別に大した興味はないらしく、カルアのときと同じような子供に対する態度だ。


 マスター一筋の変態なのか。


「……そういや、メレクはまだ寝てるのか?」

「ん、迷宮に行ってくるみたいだよ。もしものときのために、少しお金は貯めておきたいって」

「あー、そうか」


 アイツがいたらアイツと話すフリをしてシャルから離れられたんだけどな。

 ……話していると辛いし、嫌われるのは怖い、傷つけたくもない。今までのように写真を見ながら、抱きしめてもらう想像をしているぐらいが身の丈に合っていたのかもしれない。


「んぅ……どうかしましたか?」

「……いや」


 俺の方に微笑むシャルを見る。しっかりはしているが、まだ子供なのは間違いなく……俺の恋愛感情を知っていてもこういう対応だ。


 多分、意味は分かっていても実感はないのだろう。ただひたすらに欲しいと思う熱情を、理解してくれていないのだ。


 多分、彼女の中で俺は『いい人』と分類されたのだろう。最初の方の警戒していた様子はなくなり、ニコニコと俺を見ている。


 きっと人として好きになってくれたのだろう。……まったく、嬉しくはなかった。

 異性として、男として好きになってほしかった。


「あ、ランドロスさん」


 ニコニコと笑う少女が欲しい。どうしても、諦めきれるものではない。


「……なぁ、シャル。……孤児院のことがどうにかなったら、少しは考えてくれるか?」

「え……えっと……」

「考えるだけでいい」


 シャルはよく分からないといった風に小さく頷く。

 ……そうか、孤児院のことがなんとか出来れば、俺はシャルに異性として認識してもらえるのか。


 ……少し無茶もしてみるか。


 立ち上がって再びカルアの方に向かう。


 人間の貴族なのにこのギルドにわざわざ参加する変わり者で、新入り同士でまだそんなに話したことのない奴だが……このギルドの中で、一番賢いことは間違いない。


 カルアのところからでも俺達の会話は聞こえていたのだろう。

 カルアは「はー」とため息を吐いて、呆れたような視線を俺に向ける。入ったあとからドンドンと俺に対して遠慮ない態度を見せるようになってきた。


「男の人って馬鹿ですよね」

「……急になんだよ」

「いえ、てっきり潔く諦めるのかと思ったら、そうでもなく必死に繋ぎ止めようとして……。どれだけ交尾したいと思ってるんですか。正直なところ引いてます」

「……交尾とか言うなよ。知恵を貸してくれ」


 カルアは仕方なさそうに俺を見る。


「交尾をするための手伝いをするのは嫌ですけど、多少はお世話になっていますからね。口を出すだけならいいですよ」

「交尾と言うなよ」

「交尾」


 子供か。


「まぁ、難しいようで難しくない。難しくないようで難しい話ですね交尾」

「……どうにかなるのか?」

「意思決定権が一人にあるわけじゃないですからね。そして上の方にいる全員が全員、孤児院の取りつぶしに賛成というわけではないわけです交尾」

「……そうなのか? とりあえず交尾は止めろ。もう迷宮に付いて行かないぞ」

「当然です。今まではどんなに赤字になろうとも孤児院を存続させていたわけですからね。そもそもとして、天神教は弱者の救済を是としていますから。街中に元孤児院の孤児が行き倒れていたら信心が離れていきますよ」


 そんなものなのだろうか。

 俺がよく分からないまま頷くと、それを見透かしたように俺を見ながらカルアは続ける。


「それに、孤児院にいるからと完全な孤児とも限りませんよ。戦争のために行ってきた兵隊さん達の子供が預けられていることもありますしね」

「……まぁ、それは孤児院がなくなる一年以内までには帰ってくるんじゃないか?」

「戦争に勝ったといっても全滅させたわけじゃないんですから、見張りということを……まぁ少なくない人間は残りますよ。まぁ、つまりは短期的な金銭的な問題以外は孤児院を存続する方が得なんですよ。治安が悪くなると教会に寄付してくれる人なんていなくなりますしね」

「それなら孤児院を維持する流れにならないのはおかしくないか?」

「おかしいですね。……なので多分、近々揉めて分裂します」

「分裂?」

「孤児院維持派……というか、教えを維持する派と現状に沿って変える派です。なので、その維持派を主流にすることが現状、最も可能性の高い方法になりますね」

「……それはどうしたら?」


 俺が尋ねると、カルアは首を横に振る。


「私には何とも言えないかな。あまり知らないから。でも、詳しい人はいるでしょう」

「……シャルか?」

「いや、ただの孤児がそんなに詳しいわけないでしょ。……そのシャルに現状を少し教えた人かな」

「……孤児院の院長か? ……聞きに行くにしても話を聞いてもらえるとは……」

「間違いなく聞いてもらえますよ」


 何でそんなことを確信を持って言えるのだろうか。院長と知り合いというはずもないしな。

 カルアはミルクをこきゅこきゅと飲んでから、ツン、と俺の額を指で突く。


「普通に考えて、孤児に教会の内部事情を話すわけないでしょ。孤児から話がバレて市中に出回ったら困るのは教会や孤児院のわけで、普通は隠しますよ」

「じゃあ、何で隠さなかったんだ?」

「それはランドロスさんに現状を伝えるためではないですか? 孤児にベタ惚れをする変人で、大量の金を定期的に寄付するお金持ち、けれど正体は不明となると……もしかしたら正体を明かさないほどのかなりの有力者かも、程度には思うでしょうからね。ランドロスさんがベタ惚れのシャルちゃんを寄越すことで、シャルちゃんの口から助けを求めさせることが出来ます。まぁ、現状のランドロスさんはその院長先生の掌の上ってことなんで、遠慮なくタップダンスを踊ってればいいってわけです」


 ……あくどいな。そして、それを簡単に見透かすカルアはなんなんだ。


「……でも、俺が人間の街に入るのは難しくないか?」

「目を隠せば問題ないですよ」

「……いや、全体的に間ぐらいだからバレないか?」

「バレないと思いますよ。ツノ生えてませんし」

「そういう問題か?」

「そういう問題です。ほとんどの半魔族はツノ付きですから。……あれ? もしかして半魔族なのに知らないんですか?」


 俺が「何を?」と尋ねると、カルアは不思議そうに話す。


「普通は半魔族はツノが生えてるんです。というか、母親が魔族ならツノが生えてて、父親が魔族ならツノが生えないんです」

「そうなのか? まぁ俺以外の半魔族なんて会ったことないからな。……というか、魔族の方が母親のことが多いのか」


 俺がそういうと、カルアは口の周りに牛乳を付けたまま言う。


「そりゃそうですよ。数十年の間、魔族が負け続けたんですから」

「……戦争に負けるのと魔族の方が母親なのは関係あるのか?」

「ええ……純粋すぎません? そりゃ、村とか街を蹂躙して占領した兵士はやるでしょ」

「やるって何を……」


 俺が尋ねると、カルアはあっけからんと言い放つ。


「交尾に決まってるでしょ。交尾ですよ、交尾。そこらへんの魔族の町娘や村娘と」

「……は、いや……嘘だろ」

「嘘なんて吐きませんって。実際、人間が長いこと占領している街なんて半魔族めちゃくちゃいますよ」


 嫌悪が湧き上がる。不快さを誤魔化すように飲み物に口を付けて、感情と共に飲み下した。


「……そうか」

「案外純粋ですね。ランドロスさんは」


 そんなことはない……つもりだった。

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