可愛すぎる店
目が覚めるとベッドの横にネネが立っていた。
寝たまま上からのしかかるようにべったりと俺に張り付いているクルルを見ながら俺を見下ろしている。
「……おはよう」
「お、おは、よう……。違うんです。これは、違うんです」
「……なんで敬語」
「……いや、本当、全然、手を出してないから」
「…………それに関してはツッコミたいところだが、まぁそれは後にして……。もう昼だぞ、メナに関して話すことがあってきただけだ」
ああ、なるほど。怒られるわけじゃないのか。
クルルを退かして……と思って持ち上げようとして、自分の状況に気がつく。
……クルルに腹の上にのしかかられているから、クルルのワンピースのスカートが被さって隠れているが、俺の俺がとてもまずい状況になっている。
「……ちょっと酔いを冷ましてから行くから先に行っていてくれ」
「いや、カルアの希望で菓子店で色々と食べながら話すことになっていてな。場所が分からないだろうからな。カルアと先生とメナとミエナは先に行っている」
「……菓子屋の場所をネネが知っているのか?」
ネネが場所を知らなかったら案内出来ないだろうと思って尋ねると、ネネは俺の顔の上に抜身の短刀を置く。
刀身の腹のため切れはしないが金属の冷たさはよく感じる。
「な、何故!? やめろよ!?」
「私が知っていたらおかしいか」
「何が!? 菓子のことか!? いや、店を知っているのか聞いただけだろう」
「……そうか」
ネネは短刀を回収して、俺はホッと息を吐く。
あまりのことに朝の生理現象は収まり、俺の上からクルルを引き離そうとして、クルルの目がパッと開く。
「あ、ランドロスぅ……えへへ、おはよっ」
俺の手から逃れてギュッと抱きついて、胸にすりすりと顔を擦り付ける。
「好き。好きだよ」
「く、クル……いや、マスター、今はちょっと……」
甘えん坊モードのクルルはめちゃくちゃ可愛いし、強く抱きしめ返したいが……視界にドン引きした表情のネネがいて抱きしめ返せない。
どうにかクルルを止めようとするが、クルルはネネの存在に気づいておらず俺と二人きりと思っているのか甘えるのをやめようとしない。
「ランドロスは私のこと好き?」
「い、いや、好きなんだが、今は……」
「好きって言って、ね? 私は大好きだよ」
俺が困っていると、ネネがとても微妙そうな表情でため息を吐く。
「……マスター、おはよう」
「……へ? あ、ネネ……?」
バッと俺の上から離れて「おほん」と咳き込む。
「おはよう、ネネ。ん、今日は朝からどうしたのかな」
「……いや、マスター。誤魔化すのは無理だと思う」
「……うん。……忘れて」
「……善処する」
三人ともネネのその言葉から何かを言うことはなく、黙々と身体を離して、着崩れた寝巻きを直す。
「……まぁ、うん。マスターが幸せそうでよかった」
「う、うん。幸せではあるよ。えっと……どうしたの?」
「……メナのことで話があるから、外のお菓子屋で。……私は部屋で待ってるから」
……まぁ、とっくにバレているわけだし……。
ネネは部屋から去っていき、俺とクルルだけが残される。
「……昨日の夜は、その……ちょっと興奮していたから全然気にしてなかったけど……。バレてたよね」
「そりゃな……。いや、実はもうちょっと前にバレていたんだが……」
「……今度、見つからない場所でしよっか」
「……見つからない場所?」
「ほら、あの宿とか……」
……クルル、一切宿の情報を得ないまま正解の使い方を見出したな。……才能があるんじゃないだろうか。
「とりあえず、着替えてくるか」
「あ、汗ベタベタだからちょっとお湯を浴びてくるね」
「……ああ、俺も後でそうするか」
「……い、一緒に入る?」
クルルが俺をそう誘った瞬間、隣の部屋からドンッと壁が叩かれる。
……ネネが近くにいる間は無理だな。
クルルと交代でお湯を浴びたあと、服を着替えてネネに連れられて菓子屋に向かう。
「ネネも別に菓子屋に行くのぐらい恥ずかしがらなくていいのに」
「……行ったことはない。場所を知っていただけだ」
「いや、こっちの方は来ることないだろ。冒険者向きの店なんてないし」
「……本当に行ったことはない。……店構えがアレでな」
くいっとネネが指差し、俺がそちらに目を向けると……他の店とは明らかに違う、なんというか明るい色合いの店構えをしていた。
全然違うが、なんとなくクルルの下着のデザインを思い出すような……隠す気がないような可愛らしさで埋め尽くされている。
ああ、あれは入れないな。俺には無理だ。今からでも引き返したい。
「わっ、可愛いお店。いいねっ。ねっ、ランドロス!」
「……いや、俺には可愛すぎる」
「……私にも、アレはキツい」
「えっ、なんで、可愛いよ?」
クルルはめちゃくちゃ喜んでいるが、ネネは難しそうな表情をしている。
……まぁ大人の女性であり、いつも肌の線を隠すような黒装束を身に纏っているネネには厳しいか。こんな探索者と暗殺者の間みたいな服を着ていたら絶対に浮く。
「可愛いのには抵抗がある。それに、私が行ったら空気が壊れるだろ」
「えっ? ネネは可愛いんだから、似合うと思うよ?」
「んっ、ゴホッ……何を言っている。マスター」
「可愛いの好きでしょ? 良かったら服を貸そうか?」
いや、絶対に入らないだろ。ネネは別に大柄ではないが、それでもクルルとは身体の大きさが違うし……それに、クルルが好んで着ているような可愛らしい格好はネネには……。
クルルに可愛いと褒められたネネは恥ずかしそうに赤面して、それを口布で隠す。
…………まぁ、似合わなくはないか。
「大きさが合わないだろ。……ネネが良ければなんだが、今度、メナの服をカルア達と一緒に服でも買いに行ってくれないか? マスターも一緒に」
「……なんで私が」
「いや、メナもこっちで生活するなら新しい服がいるだろうし……メナに限らないが、俺がいたら下着とか買いにくいだろうしな」
「……依頼なら、金を取るぞ」
「一緒に服を買ったら、その分も俺が出すって事でいいか?」
「……ふん、なんでもいいけどな」
ネネも可愛い服には興味があるようだし、女の子同士で集まって買いにいけば釣られて買うかもしれない。
意味のないお節介かもしれないと思っていると、クルルがちょいっと俺の服の裾を摘む。
「そ、その、下着は、一緒に買いにいきたいな」
「…………か、考えておく」
それは俺の意見を聞くとか、俺の好きそうな物を選んでくれて、そのあと着ているところを見せてくれるということでいいのだろうか。
ネネにガツンと殴られるが、妄想が止まらない。
俺の妄想が止まったのは……その可愛い店の前に着いたときだ。
……こんな、女子専門みたいなところに俺のような男が入って大丈夫なのだろうか。衛兵とか呼ばれないか?
……もし呼ばれたらネネが庇ってくれると信じよう。
そう思いながら入ると、早い時間だったからか、シャル達しか客がいなくて、ホッと息を吐き出した。
 




