天才
ウィルノーと名乗った男を席に案内して、シャルが写本した教科書を渡す。
男は軽く礼を言ってからパラパラと本をめくっていく。
「喉が渇いたり腹が減ったら言えよ。食堂も兼ねてるからな」
「ん……これ、買いたいと言ったら幾らになる?」
カルアに目を向けると不思議そうに首を傾げた。
「無料でお譲りしますよ? というか、もとより渡すためのものですし」
「……これをか? 随分と酔狂な学者がいたのだな。いや、これを人に伝えようとすること自体がおかしいが……」
「世のため人のためということですよ。お金が払いたいなら適当に好きな額を払って行ってください」
ウィルノーは本を読み進めながら何度も繰り返し頷く。
「……師匠、アイツはどうなんだ? 天才らしいが」
「うーん、天才なのはいいね」
「ふむ、早速天才が来てくれるのは幸先いいですね」
俺とイユリとカルアが話していると、シャルが「えぇ……」と口にする。
「……自称ですよね? いえ、別に否定する訳ではないんですが」
「天才って自分で言ってるなら天才なんじゃないか? カルアも自称救世主だし、実際に救世主だぞ」
「……いや、カルアさんの場合はそうなだけで、普通はただの大口ですよ。僕が世界一かわいいなんて自称しても「は? 何言ってんだコイツ」ってなるでしょう」
「実際にシャルは世界一かわいいぞ」
「……そ、そういうのはいいですから。とにかく、自称と事実が一致しているとは限りませんよ」
あんな難しい内容の本をあの速さで読み進められるだけで相当賢そうではあるが……。
と思っているとそれから数人の男女が入ってくる。
その人達にも教科書を配ってからカルアが前に出てペコリと頭を下げる。集まった人達は不思議そうな表情を浮かべてカルアを見つめる。
「ん、こんにちは。今回の植物魔法の使い方とその応用についての講義を行わせていただきます、カルア・ウムルテルアです。ああ、いや、驚くというか、不審に思うのも分かりますが、必要なのは知識と割り切っていただけると助かりますね」
まだ幼さの見える少女が前に出てくるとは思っていなかったのか困惑の表情が見て取れるが、カルアは気にした様子もなく、ポスリと椅子に座って自分の作った教科書を開く。
「本日、教えさせていただくことは、順番に『植物魔法とは何か』『魔力の変換方法について』『植物魔法の使い方』『植物魔法の応用方法』についてですね。もっと根本的な『魔力とは何か』や『何故変換出来るのか』という部分に関しましては、本日の講義では触れることがないのでご留意ください。細かい部分に関しましては目次の方をご覧ください。途中退席などもお好きにしていただいて大丈夫ですので。ああ、質問も大丈夫ですし、お腹が空いたら食べながらでもいいですよ。私のおすすめはポテトです」
カルアは「では」と切り出して話を始める。
俺はシャルと二人で余った本を持ってカルアの話を聞く。
みんな始めは訝し気にカルアを見ていたが、すぐにその視線の色が変わる。困惑や不信感から、丁寧に話の内容を説明をしていることへの感心、それから徐々に驚愕の色へと変異していく。
理解したのだろう。カルアが代理で話しているわけではないことを。
色々な問いが投げかけられてカルアがそれに答えていくのを見ていると、シャルがこそこそと話しかけてくる。
「カルアさん、こうしてるとカッコいいですね」
「あー、まぁ、いや、俺との初対面もこんな感じだったからなぁ。普段とは違ってキリッとしていてね」
「へー、そうなんですか。普段からは信じられないです。……この講義が終わって、ひとりでに技術が動くようになったら、しばらくはゆっくり出来ますかね」
「……いや、カルアの最終的な目標は魔物の制御だからな。今は少し横道に逸れているだけで」
それから質問に答えているカルアにも疲れが出てきて、一度昼休憩をすることになる。
カルアは椅子を持ってバタバタと俺の方にきて俺の隣に陣取る。
「あー、疲れました。しんどいです」
「お疲れ、何か食うか?」
「んー、食べますけど。それより、あの、やっぱり私も少し寂しかったみたいで……」
くいくいと袖を引かれて、カルアの青い目が外の方をチラチラと向く。人のいないところでイチャつきたいのだろうと理解して立ち上がろうとしたとき、天才のウィルノーが俺達の前にくる。
「君が共同研究者なのか?」
いや、と、否定しようとするとカルアが口を開く。
「まぁ、そんなところですよ。出資者でもありますが。どうかなさいましたか?」
「ふむ……いや、僕もランドロス氏の多少の武勇などは聞いているからな。多才だと思ってな」
「いや、金を出してるだけで研究なんかしていないぞ」
「こんな一見すると荒唐無稽な計画を信用して出資をするほどの知識があるのだろう」
いや、ない。単純にカルアのおねだりに負けただけである。
ウィルノーは何度か頷き、俺に言う。
「ふむ、君達を僕のライバルとして認めてあげようじゃないか」
「えっ、あ、どうも」
「どうもです」
ウィルノーが俺達の席の前に座ったことで離席することが出来なくなり、カルアの手が俺の袖から離される。
「えっと、何か質問ですか?」
「ああ、いや、まぁ質問ではあるんだけどな。魔法に関してのことではなくこれで金を稼いだ場合、取り分はどうするのかな、と」
「あー、まぁお好きにしてくれたらいいですよ。こんな感じで希望者には幾らでも教えるので、大儲けとはいかないと思いますけど。魔力も必要ですしね」
「それは幾らでもやりようがあると思うけど」
「それならそれでいいですよ。別に人が儲けるのが嫌というわけじゃないですし。むしろ、大規模化してくれて飢える人が減ったりノウハウが出来る方がありがたいですよ」
カルアは聖人のような答えを言うが、十倍にして返すという話はどうなったのだろうか。いや、別にいいけど……本当に金を気にしないな。
ウィルノーは不思議そうに頷く。
「……まぁ、面白そうな魔法だから色々試してみるよ。教えてくれてありがとう」
……悪い奴ではなさそうだな。イユリはどう思うのだろうか。




