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シャルの慈悲とそれによる苦悩

 ……シャルは風呂に入っていて、カルアとクルルはギルドにいる。シャルは少し長湯気味に入ることが多いので、チャンスではある。


 ……いけるか。残り何分……いや、無理か? ……微妙なところだが……ここは、行くべきか……ここで諦めたら次はいつになるのかという話だ。それまでの間、三人にべたべたとされたり、カルアとキスをしたりしている間、我慢し続けることは出来ないだろう。

 俺が鋼の意思で何もせずにいても不意に爆発してしまいそうだ。


 よし、可能な限り早く……尚且つ満足感を得られるように……と考えていると、風呂場の方からシャルの声が聞こえてビクッと肩が揺れる。


「ランドロスさん、まだギルドに行ってないですよね?」

「お、おう」

「あ、よかったです。物音が聞こえないからもう行ったのかと」


 ……この距離で物音が聞こえるのか。

 シャルが今、服を着ずに風呂場で話していることを思うと変な気分になるのに……これ以上何もすることが出来ないことが辛い。


 ……出来ないものは出来ないのだ。気分を切り替えよう。


「置いていったりはしない。そう言えば、朝の間はどうしていたんだ?」

「朝ですか? 研究者の方が来まして、カルアさんが書いた本を持っていったぐらいですかね」

「……それかなり重要だよな」

「ん、聞こえにくいので、もうちょっとこっちに寄ってもらっていいですか?」


 こっちって……風呂場の方だよな。……まぁ、風呂場と脱衣所で扉が二枚あるので大丈夫だろう。

 脱衣所の前に立って、扉に背を向けながら話す。


「聞こえるか?」

「あ、良く聞こえます。えへへ」


 パシャリ、というシャルが動いた水音が聞こえて、殊更にシャルが風呂に入っていることを意識させられる。

 壁が二枚遮っているとは言えど、声が聞こえるような場所に好きな女の子が裸でいるという状況に心を揺さぶられる。


 いや、好きな女の子ではなく妻か。


「お部屋を変えたいということでしたけど、このお部屋と同じ間取りにするんですか?」

「……ああ、まぁそうだな。寝室は今までのままでいいが、着替えたり身体を拭いたりする場所がほしい」

「このマスターさんのお部屋のままじゃダメなんですか?」

「ネネが隣だと物音を立てたら怒られるからな。それに、一応は隠しているしな」


 子供三人を誑かして、しかもみんなから慕われているギルドマスターを恋人にしているとバレると非常にまずいだろう。

 そう思っているとパチャっとシャルがお湯から出る音が聞こえる。

 それからパシャパシャと水が跳ねる音が聞こえてきた。……足湯のようにして足を動かしているのだろうか。


「……多分バレバレだと思いますよ? ……マスターさんの視線、いつもランドロスさんの方を追っているので、少なくともマスターさんからの恋心はバレバレです」

「そうか? そんなに視線は感じないが」

「……明らかにメロメロな目をしてますよ。少なくともイユリさんはマスターさんがランドロスさんのことを好きなのには気がついてます」

「……気をつけよう」

「マスターさんもランドロスさんも隠し事下手ですからね」


 湯を蹴る音がなくなり、お湯を浴びた音が何度か聞こえたかと思うと、風呂場と脱衣所の間の扉が開く音が聞こえる。

 ……この扉一枚先に、シャルがいる。


 その事実に頭を悩ませる。煩悩よ消え去れ。シャルはそういうのが嫌いなのだから絶対にダメだ。

 いや、見られるのが好きなクルルが相手だったら覗きをしていいというわけではないが。


「ランドロスさん」

「な、な、なんだ?」

「……お風呂、覗いたりしてないですよね」

「していない。決して、全く」

「……焦りすぎですよ。……まぁずっとお話ししていて、脱衣所の外から声が聞こえていたので、分かってますけどね。えへへ」


 ……タチの悪い冗談だ。何度も誘惑に駆られていたせいで本気で焦ってしまった。

 ホッと息を吐いていると、シャルはクスリと笑う。


「そんなに慌てるって、もしかしてしようと思ってました?」

「お、おお、思ってない」

「……慌てすぎです。図星ですか」


 ど、どうやったら誤魔化されるだろうか。少し考えて、答えがでないことを悟る。


「い、いや……ご、ごめんなさい」

「いえ、覗いていないならいいですけど……。次からは二人でいるときには入らないようにします」

「……そうしてくれ」

「……そんなに我慢の限界だったんですか?」

「……そういうわけじゃないが」


 衣擦れの音を聞きながら項垂れる。何故俺はいつも……こう、欲望に負けそうになるのだろうか。毅然とした態度でいられないのか。


 頭を拭きながら脱衣所から出てきたシャルが出てくる。

 お湯としゃぼんの匂いに惹かれながらシャルの方に目を向けると、お湯で赤ばんだ顔で「うーん」と口に出して悩んだ表情をする。


「……マスターさんのを見ちゃダメというのはやりすぎでしたか? ……その、あまりそういうのはよくないと思ったんですけど……ランドロスさんを苦しめたいわけではないのです」


 いや、むしろ見た方が我慢をする量が増えるよな。

 いやしかし、このシャルの反応を見ていると、俺が見たいと言ったら見る権利をくれるのではないだろうか。


「うーん、でも、二人を放置していたらずっとそういうことに耽ってしまいそうですし……。でも、ランドロスさんにもマスターさんにも負担が……。あっ、私がいるときならいいということにしましょうか。それなら行き過ぎたときに止めれますし」


 ……つまり、ふたりでマスターのパンツを見るということか。……どういうプレイなんだ……?


「……いや、俺、我慢するから」

「いえ、この前のは僕が感情的になって一方的に決めてしまったので……今夜にでもマスターさんとも話し合って決めることにします」


 シャルはしっかりと頭を乾かしながら俺に言う。

 ……いや、俺の意見……見ると興奮してしまうせいでそれはそれで辛いような。


「……でも、見せてくれるからってマスターさんにばかり傾倒せず、僕のことも見てくださいよ?」

「えっ、見せてくれるのか!?」

「違いますよっ。パンツではなく、僕のことを見てって意味ですっ!」


 シャルはプンスカと怒ってから、唇を尖らせて俺の手を引く。


「あまりカルアさんを待たせるのも悪いですから行きましょうか」

「あ、ああ……」


 ……少しばかり欲求不満がたまり過ぎていて苦しい。……迷宮を一気に登って、運動で欲求不満を誤魔化そうか。

 一日迷宮にもぐって疲れたら、一緒に寝ても変なことをする余裕はないだろうしな。


 三人に手を出さずにいられる策として、丸一日迷宮に篭ることで疲れて何も出来ない状況を作り出すことに決める。


 明日から朝から夕方まで初代と一緒に迷宮に潜ろうそう決めた。

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