世界千年前仮説
朝食と呼ぶべきなのか、あるいは夜食と呼ぶべきなのか半端な食事を終えたところでイユリがやってきたので、カルアがイユリに事情やら何やらを伝えて作業を交代する。
それから遅れてマスターとシャルがやってきて俺達を見て驚いたような表情を浮かべる。
「おはようございます……。お二人とも、ずっと起きてたんですか?」
「あ、おはようございます。ん、ちょっと事情がありまして……。ランドロスさんを巻き込むつもりはなかったんですけど」
そういえば、カルアの元々使っていた部屋は今空き部屋になっているのだから、ギルドではなくそちらでまとめていたら俺の護衛は必要なかったのではないか。
マヌケな俺が気がつかないのは仕方ないが……カルアがそれに気が付かないのは妙だ。もしかして俺と一緒にいるために気が付かないフリをしていた……というのは、俺にとって都合の良い妄想だろうか。
不釣り合いという恐怖から逃れるために、好かれているという証拠を集めたがっているだけのような気がする。
晴れない気持ちを抑えながら、頭の使いすぎでフラフラとしているカルアを支えながら部屋に入り、カチャリ、と鍵をかける。
半分眠っていたカルアはその音に少し首を傾げて俺を見た。
「あれ、ランドロスさん。鍵なんてしたら、あとからシャルさんやマスターが戻ってきたとき入れなくなりますよ?」
「……あ、ああ、そうだな」
俺が再び鍵へと手を伸ばすと、カルアの手が俺の手を握る。
「……邪魔をされたくない、ということですか?」
ゾクリ、と、背筋に焦燥感が伝う。
いたずらげに笑うカルアを、その表情を、その可愛さを、その心を、その体を、自分だけのものにしたいという暴力性の混じった衝動に駆られる。
カルアをベッドの上に寝かせて、押さえつけるようにその上に乗しかかる。
「……あ、あの、えっと……マスターにしたのと同じことをってお願いしましたけど、こ、こんなに強引な感じだったんですか?」
真っ赤に顔を染めたカルアはブツブツと「ま、まぁ、マスターは被虐趣味があるみたいですからこういうのが嬉しいのかもしれないですけど」と言いながらも、カルア自身も嫌がる様子はなく、拘束のされ具合を確かめるためにモゾモゾと動くだけだ。
「えっと、一応、服にシワが寄るので着替えてからというわけには……。ちょっ、ちょっと、に、臭いとか気になるんですけど、幾ら私が完璧な美人さんであろうとも、汗の臭いからは逃げられないですし……」
カルアの言葉をスンスンと匂ってみるが、カルアのいい匂いがするだけだ。首元に顔を近づけて匂っていくと、手足をバタつかせて逃げようとする。
「ほ、本当にマスターにそんなことしたんですか!?」
「……してない。これは、俺がカルアにしたかったからしてるだけだ」
「し、してもいいですけど、着替えたり身体を拭ったりさせてほしいと言いますか……か、顔怖いですよ?」
「……カルア、好きだと言ってくれないか?」
俺の言葉に、カルアはキョトンとした顔をする。
「え、えっと……好きですよ?」
「……もう一回、頼む」
「好きですよ、ランドロスさん」
カルアは仕方なさそうな表情を浮かべた後、にこりと俺に微笑みかける。
「夜中、ずっと不安そうな顔をしていたと思ったら……こんなことだったんですか? 怖い夢でも見たんですか? それとも嫌なことでも誰かに言われました?」
「……カルアとの差を見せつけられると、いつかフラれるのではないかと思って、怖かった」
「……私からランドロスさんに言い寄ってたのに、なんで私が手離さないとダメなんですか。絶対にそんなの嫌ですよ。というか、ランドロスさんは臆病すぎです」
理解している。自分の臆病さぐらいは。
俺がそれでも手離したくないと力を込めると、カルアは「いたっ」と声を上げる。ゾクリ、と自覚をする。
俺にはこの子を力づくで好き勝手することが出来るだけの力があると理解する。
「……ごめん」
「まったく、仕方ない人です。このまま寝てしまいましょうか。着替えたりする元気もないですし……汗の臭いをランドロスさんに擦り付けるマーキングと思いましょう」
カルアを抱きしめながら横になるが、組み伏せた興奮と罪悪感のせいで目が冴えてしまっている。カルアはそんな俺を見て、ポツリと口を開く。
「……寝物語を聴かせたりするのは、シャルさんの役目だと思うのですが……そうですね。そういう話は私も詳しくないので、ランドロスさんには理解出来ない難しい話をすることで寝かしつけてあげましょうか」
白い髪が揺れて俺の首にかかる。「期待してるみたいですけど、えっちなことはお預けですよ」と言いながらもすりすりと俺の身体に身体を擦り合わせる。
「……そうですね。私とランドロスさんがいずれ作る赤ちゃんのお話をしましょうか」
「……育て方の話か?」
「いえ、私独自で考えた理屈です。スーパーカルア理論です。……おほん、まずですね。オスとメスで交尾をしますと、当然その双方の形質が混ざった子供が生まれるわけです。……それで、交尾をしたときに何か変なのを出すそうじゃないですか、その、そこから」
何の話だろうかと思いながら頷くと、カルアは話を続ける。
「多分、確かめるのは難しいことなんですけど、交尾をすることでオス側の情報をメスに伝えることで混ざった子供が出来るんだと思うんです」
「そりゃそうだが……」
「それで、じゃあ、はじめは誰ですか? 初めの男女はどうやって発生したんですか?」
「……神が作った?」
「そうですね。……実はこの世界……神が作ったとしか思えないんです」
……それは、カルアにしては珍しい言葉だった。
「まず、昔、私はたまたま人が産まれた物だと思っていたんです。元は猿みたいな物だったのが、ちょっとずつ頭の良いものが残って繁殖した結果人間が生まれたのだと。……その仮説は、棄却されました」
「……猿?」
「よりその環境に有利なものが生き残ることで、少しずつ生物が変化をしていく、と考えるのが自然なもので、おそらく数百年後の学者の間ではそれが定説になるはずです。ですが、それは理屈に合わないんです」
「……よく分からないな」
宣言通りのよく分からない話のせいでかなりまぶたが落ちてくる。小難しい話は分からないので、とりあえずカルアと繁殖したい。
「……半魔族が産まれます。半エルフも、半獣人も。どの種族が交尾しても、子供が産まれます。……先の戦争で多くの半魔族が発生しました。他の戦争でも混血は産まれますし、仲良くしていても混血は産まれます。狭い環境の中で住んでいるんですから、長い時間をかければかけるほどに多くの血が混ざり合うのが自然ですし、そもそもエルフだの魔族だの人間だの獣人だのと、種族として分岐をする前に合流するのが当然です。あるいは長い歴史で淘汰されるか。……その猿から人が産まれたという仮説では、全然違う別の人種がいることと矛盾が生じるわけです」
「……どういうことだ? 難しすぎてよく分からないんだが……」
「……この世界は、多分……千年ほど昔に作られたんです。国も文化も、何もかも、最初から用意されている状態で配置された」
「……千年? いや……もっと長く続いている国はあるだろ」
俺がそう言うと、カルアは首を横に振る。
「違います。この大陸で一番続いている国は千五百年の歴史を持ちますが、おそらく千年前に「五百年の歴史がある国」として発生したんです」
「……意味がよく分からないというか……」
「……この世界は嘘で出来ているんです。……難しい話だったでしょう。眠くなりました?」
「……いや、カルアの胸が気になって、全然……」
少し険しい表情をしていたカルアは表情を緩める。
「……えっちな人です。まったく、もう。……また、迷宮に行きましょう。……私は、知りたいです。この世界の虚構を」




