クルルとのデート
クルルは俺を慰めた後、用意してくるから待っててねと言って部屋から出ていく。
まだやっと朝日が出るような時間だが……部屋で待っていればいいのだろうか。まだ普通の店も空いていないような時間だし、ちょっと早くはないだろうか?
モゾモゾとベッドの上で動きまわるシャルとカルアを横目で見つつ、まだ起きないようなので服を着替えて書き置きをしておく。
手に花束を持って待つ。……いや、もしかして気が早かったか?
あくまでも朝食も一緒に食べにいこうという感じのものだったら……いやギルドも朝食の下準備を今から始めるような時間だし、朝食にせよ早すぎるか。
朝日は見えるような時間だが……反対側の空はまだ暗く、これではマスターもまだ来ることはないだろう。
……デートのことを考えすぎて気がはやってしまっていた。
落ち着こう、浮き足立ちすぎだ。普通に考えて、こんな朝早くから出かけるはずはないだろう。
店も何も空いていないような状況で何をするっていうのだ。
そう考えて花束を戻そうとしたとき、トントンとノックされて心臓が飛び跳ねる。
急いで扉を開けると、後ろに手を回したクルルが少しおめかししたような格好で、顔を赤らめながら立っていた。
いつも可愛いが、今日はそれに輪をかけて可愛い。
クルルのオシャレをしてきた格好に心臓が何度も何度も繰り返し馬鹿みたいな速さで鳴り続ける。
「ど、どう……かな?」
「か、か……可愛い……と、思う。すごく、とても」
「えへへ、よかった。あの、これ……」
クルルは後ろに隠していた手を前に出して、手に握られていた花束を俺に渡そうとして……俺の手に握られている花束を見る。
……被った。やることが完全に被った。
花束も同じところで見繕ってもらったのか、完全に花の内容や盛り方がだだ被りしている。
同じ花束を交換するという謎の儀式を行う。
無言である。クルルは終始顔を真っ赤にしながらその儀式を終えて、パチパチと瞬きをしてから俺と目を合わせる。
「……ランドロス、これ、剣刃の洞の近くのお花屋さん?」
「……クルルもなのか。……ああ、昨日……ほとんど同じ時間に買ってたんだな」
「買ってるときに鉢合わせなくてよかった……。い、いや、むしろそのときに気がついていた方が良かったのかな……えへへ、お揃いだね」
「……そうだな。お揃いだな」
微妙な空気だが、なんとなく二人で笑い合う。
あの本では男の方が渡して女の子は花束を受け取るだけだったが、実際にはこうなることもあるんだな。
とりあえず、部屋に花束を二つ置いてから、軽くカルアを揺さぶって寝ぼけているカルアに「クルルとデートに行く」と伝えてから廊下に出る。
これからどうしようか。まだ店が空いているような時間ではなく、朝焼けが目に入ってしまうような時間だ。
予定していた、詩人が弾き語りをしていたり、大道芸人が芸を披露したりしている広場に行くには早すぎる時間だ。
もしかしたらクルルに案があるのかもしれないと思って目を向けると、クルルは俺から隠れるようにして小さな紙を見ていた。
「ランドロスは、音楽と劇ならどっちが好きかな?」
「……いや、どっちも行ったことがないな」
俺が答えるとクルルは自信満々に歩いていき……まだ誰もいない広場にたどり着き、絶望の表情を浮かべる。
そりゃ、そうだろ……と思いながら苦笑する。
「……ご、ごめんね、ランドロス。そうだよね、こんな時間にいるわけないし……。あ、ご飯食べに……あ、開いてないよね、まだ……」
クルルはオロオロとうろたえて、目線を泳がしていく。慌てた様子が可愛らしく……少しだけ安心する。緊張していたのは俺だけではなかったらしい。
近くのベンチに座り、サンドイッチをクルルに渡す。
「あ、あり、ありがとう……。ご、ごめんね、こんなグダグダで……」
「いや、それを言うなら俺も一緒だしな」
「……ちゃんと勉強してきたんだけど、上手くいかなかった……」
「……もしかして、その勉強ってこれか?」
俺は異空間倉庫から書店で買った本を取り出すと、クルルは明らかに動揺する。
「な、なんで、それを……。か、隠してたのに、ランドロスが持ってるの?」
「俺も買ったんだよ。俺が計画していたことと、クルルがやろうとしたことが被ってたからな。……花とか、同じところで買ってたしな」
「……そ、そっか、ごめんね。その、上手く出来なくて。私、ギルドマスターなのに……」
「今はマスターじゃなくて、ただのクルルだろ。歳上の兄のような存在として、頼ってくれ」
「……お兄ちゃんは、こんなデートなんてしないと思うけど」
俺は堂々と胸を張り、サンドイッチを頬張りながら考える。
緊張は解けた、本を頼りにして上手いことやろうとするのはもうやめにして、ふたりで楽しめそうなことを探すか。
「よし、ちょっと歩いたあと、この前やったボードゲームでも買いに行くか」
「う、うん。でも、やっぱり早すぎたよね」
俺はクルルの小さな手を取る。
「……人がいたら、こんな風には手を繋げないから……俺は嬉しいな。クルルは嫌か?」
「う、ううんっ! 全然嫌じゃない! 嬉しいっ!」
可愛いな。
……そもそもクルルが俺を朝早くから連れ出そうとしてエスコートしようとしたからと11歳の女の子にデートを任せようとしたことがおかしかった。
緊張のせいで受け身になりすぎていた。
それからふたりでボードゲームを買いにいき、喫茶店でそれを指して遊んだり、ふたりで書店に寄って、恋愛指南の本を見て笑い合ったり、探索用の武器を買ったり、クルルの服や髪留めを買ったりとして過ごした。
デートが始まる前は「こんな長時間どうやって間を保たせたらいいんだ」などと考えていたが、始めてみればずっと楽しく、予定よりも長くデートをしてしまう。
クルルもずっと笑顔でいてくれてとても充実した時間だった。
だから……そんな楽しい時間だから、この数分後に、絶望が待ち受けているのなどと、考えもしていなかったのだ。
夕方になり、そろそろ帰ろうかと思っていたとき、クルルは一軒の店の前で脚を止める。以前にも入った……剣刃の洞の近くの連れ込み宿だ。
「きょ、今日は、もう遅いし、と、泊まっていかない? ランドロスも、歩き疲れたよね? わ、私も、もう眠いから」
「……い、いや、これは、まずいだろ」
俺が首を横に振るとクルルは小さな身体に見合わない力で強引に俺の手を引く。
紅潮した頰は、完全に性欲に捉われているように見えた。
「ら、ランドロス、ね? いいでしょ? その、ちょっとだけ、ちょっとだけだから。み、見せ合いっこするだけ、ね? お、お願い」
「い、いや、そ、それは流石に……」
クルルが余裕のない表情で俺にねだる。
俺がなけなしの理性を振り絞って断わるが、クルルは俺の手を握ってぐいぐいと強引に宿の方に入ろうとする。
「じゃ、じゃあ、入るだけだから、何もしなくていいから、ボードゲームをして遊ぶだけだから、ね?」
「い、いや、クルル、そういうわけには……」
「ランドロスもそのつもりでここまで来たんじゃないの? お願い、その、ね? 嫌がることはしないから」
これはまずいだろう。俺もクルルとエロいことがしたくて仕方ないが……流石に、完全に手を出してしまうのは……許されない気がする。
俺とクルルが宿の前で入るだの入らないだので言い合いになっていると、背後でドサッとかばんのようなものが落ちる音が聞こえる。
「ま、マスター? ……こ、こんなところで、何を……」
ギルドでよく聞く女性の高い声が聞こえる。それは、驚いたような、困惑したような、あるいは絶望や怒気を孕んだものだった。
顔を性的な興奮で赤らめていたクルルの顔がみるみるうちに青白くなっていく。
「み、ミエナ、こ、これは……」
ああ、俺……死んだな。これは、死んだ。間違いない。死んだ。
 




