冷たいマスター
さっさとやるべきことを終わらせるべく国中をひたすら走り回る。
早く終わらせたいというのもあるが、それ以上に喜びすぎてジッとしていられないというのが実情である。
……シャルは悩んでいるし、それは俺も心を痛めているが……それはそれとして、長年の夢であるシャルとの結婚だ。
生きててよかった。母が街の人に嬲り殺されてから何度も死を考えたが……そんな悲しみや憎しみを超えて生きてよかった。
相変わらずエロいことは禁止にされそうだが、それはそれとしてめちゃくちゃ嬉しい。
気持ちのままにひたすら走り続けていると昼過ぎには予定していたところを回ることが出来た。
元々、ある程度瓦礫の撤去も終わりが見えてきていて今日回る予定だった場所が少ないのもあるが、それにしてもかなり早い。
鼻歌を歌いたいような気分だが、歌えるような歌が子守唄ぐらいなので諦めながらギルドの扉を開ける。カルアとシャルの姿を探すと、二人を見つける前にマスターの姿が見えて手を挙げて挨拶をする。
「マスター、おはよう。いや、もう昼過ぎだな」
「……あ、うん」
マスターは俺を一瞬だけ見た後目を逸らしてミエナの近くに行ってしまう。
…………えっ、気のせいだろうか。すごくマスターが冷たかったような……。
いや、気のせいだよな。あの優しいマスターが俺にそんな冷たい態度を取るはずがない。
……恐る恐るとミエナとマスターのふたりがいる席に近づくと、マスターがミエナの後ろに隠れる。
「ま、マスター?」
「……な、何か用かな」
「い、いや、用って言うか……」
何故、こんなに冷たい態度を取られているのだろう。
マスターは俺に優しい天使のような女の子のはずで……も、もしかして、喧嘩していたのを思い出して怒っているのか。
俺とマスターがミエナを間にしておどおどとし合っていると、ミエナがマスターを抱きしめてキッと俺を睨む。
「ランドロスっ。マスターが嫌がっているけど、何かしたの?」
冷静にではあるが怒っている。……色々と覚えがある。シルガのこと、いつもベタベタと甘えていることや、ミエナの撮った盗撮写真を俺が持っていること……。多すぎるな。
俺が何と答えるべきかと思うと、マスターはミエナ拘束からモゾモゾと抜け出しながら話す。
「い、いや、別に揉め事ってわけじゃないよ」
「じゃあどうしたんですかマスター。ランドロスが何か変なことをしてきたら私が代わりに怒りますよ」
「いや、ランドロスはミエナほど変なことは……時々しかしてこないから」
「怒っているわけじゃないなら、なんで避けて……き、嫌いになったのか? 俺のこと」
マスターはブンブンと首を横に振る。
「ち、違うよ! 違うから! ランドロスには本当に感謝しているし、嫌いなんてことは絶対にないからっ!」
「じゃあ、なんで俺を避けて……」
「避けてるわけじゃ……いや、避けてはいるかもだけど……そ、その、しばらくは放っておいてくれると」
「……いや、それは……かなり気になるんだが」
マスターはミエナの後ろに隠れたまま、首を横に振る。
「後で笑い話になるようなつまらないことだから、気にしないで」
「笑い話になるようなことなら尚更聞きたい。……マスターも俺が相談しなかったことで怒っただろ。……相談せずに怒られた俺が言えたことではないが」
「……ん、んぅ……そう言われると……その……」
マスターは困ったようにミエナの後ろから顔を出し、俺を見て顔を赤らめた。
一体何がどうしたのだろうと思うと、マスターは首を横に振る。
「やっぱり、その、心配されるようなことじゃないから……」
「じゃあ、この前の【何でも】の報酬まだ使ってなかったし、それで教えてもらってもいいか?」
「えっ、ランドロス! それは私に譲ってよ!」
「マスターの悩みを解決するのに使うんだ。文句は言うな」
俺がそう言うとマスターは首を横に振る。
「そ、それはそういうものじゃないからっ! ランドロスのために使うための権利だし、そもそも物品とか金銭とかそういう方向の……」
「俺のためだ。マスターが悩んでいるのは、俺には耐えがたい。……いいだろ。聞かせてもらっても……」
マスターは俺の押しに対して「うぬぬぬ」と唸る。
「……それにこれから何かあった時にマスターに相談するのも迷うぞ。マスターは何かあってと話してくれないんだからな」
「…………わ、分かった。で、でも、この場じゃ話せないことだし……えっと、カルアかシャルも一緒にいた方がいいかな。他言無用だからね」
「ああ、そんな簡単に流布したりはしない」
マスターは赤く染まった顔を押さえながら、ミエナの後ろから出てくる。
ミエナが着いて来ようとするのを手で制して「後でナデナデしてあげるから、待てる?」とミエナに言い、ミエナは嬉しそうにコクコクと頷く。
……俺が言えた言葉ではないが、その態度は大人としてどうなのだろうか。
一人で研究をしていたカルアの元に向かうと、カルアは俺を見て笑みを浮かべる。
「あっ、おかえりなさい。早かったですね」
「ああ、ただいま。……シャルは?」
「厨房の方でお料理を習っていますよ。……あっ、今のナシで、ランドロスさんを驚かせるって張り切っていたのを忘れてました」
「あー、じゃあ、声はかけない方がいいか。……そうか、手料理か」
思わず頬を緩ませてしまう。ちゃんと驚けるかは不安だが非常に嬉しい。
「シャルさん、不安なこともあるみたいですけど、すごく浮かれてましたよ。ぴょんぴょんベッドの上で跳ねたりしてました」
「……すごく見たかったな、それ」
「シャルさんはランドロスさんの前だとお姉さんぶりたがるので難しいかと……。マスターさんはどうしたんですか?」
カルアは俺の後ろに立っていたマスターを見て、白い髪を揺らすようにこてりと首を傾げる。
俺の服の裾を掴んでいた手がピクリと震えて、何か様子がおかしいことに気がついて代わりに話す。
「ああ、何か悩みのようなことがあるみたいで、人のいないところで話をしようと。カルアも来てくれないか?」
「……悩み? いいですけど」
カルアは本を閉じて紙とインクとペンを持って立ち上がる。
話をするのは……まぁ俺の部屋でいいか。マスターの部屋の隣はネネなので、もしネネが部屋にいたら話が筒抜けになってしまう。
三人で俺の部屋に入ると、マスターは狭い部屋にベッドがドンと二つ並べられている光景を見て頰を掻く。
「あ、狭いんだったら、私の向かいとか、もう片方の隣とかも空いてるよ?」
「俺もそうしようかとは思っていたんだが、どうにも狭い方がいいらしくて」
俺としてはふたりが着替えたり体を拭いたりするたびに外に出されるのが少し面倒くさいので広い部屋にしたいが……まぁ仕方ない。
椅子を置くような場所もないのでベッドの上に座ってもらうと、マスターはぺたりと内股に座りながら、恥ずかしげに顔を赤らめながら話を始める。
「あ、あの、まず、その……誤解なきように先に言っておくと、どうしたいとか、どうなりたいとかそういう話じゃないし、そもそも私自身はずっと話すつもりがなかったというか、まぁその……全然大丈夫だから」
よく分からないが頷くと、カルアは俺に尋ねる。
「どういう話なんですか?」
「……どうにも最近マスターに避けられていて、その理由を聞こうと思って」
「…………ら、ランドロスさん、マスターにも変なことをしたんですか?」
「してない、してない! なぁ、マスター、何もしてないよな!」
焦ってマスターに助力を求めると、マスターは予想していなかったことをする。
ふりふりと首を横に振って、恥ずかしそうに赤く染まった顔を隠す。
……えっ、何かやったか。俺。身に覚えはあるが……。
次話からの数話にR18描写の疑いがあるため改稿するまで一時的に削除させていただきます。
変更が終わるまでご不便をおかけしますが、18歳以上の方は下記URLの方で読んでいただきたく思います。
https://novel18.syosetu.com/n0382gm/




