絶望ともう一つの雷
あまりにも時間がかかりすぎた。
ネネがそう簡単に負けるとは思えないが、こちらの攻撃が通じないのならばジリ貧だろう。
三人についてくるように言いながら走ろうとした時、ペタリ、ペタリと足音が聞こえた。
「……ああ、あれ、裁く者が壊れてんな。俺でも勝てなかったんだが……それが仲間の力ってところか?」
「……えっ、シルガ……? いつの間に帰ってきて……」
一部を除いて、シルガのやらかしたことは秘匿されていたため、ミエナは驚きながら白髪に近づき、その手が引きずっているものを見て足を止める。
「ネネ!? な、なんで、シルガが、ネネを……!?」
シルガピクリとも動かないネネの髪の毛を掴み引きずってヘラヘラと俺の方に目を向ける。
「……なんだ。言いふらされているのかと思ったら、そうでもないんだな」
メレクはシルガを見て、拾った剣を向ける。
「……どういうつもりだ。シルガ。怪我をしているネネを運んできた……というようには見えないが」
「ああ、そうか。そんな感じの雰囲気で話しかけりゃ良かったのか。……まぁ、隙を突くのは面白くないから、別にいいか」
ネネの髪が離されて、べたりと地面に落ちる。
怒りで沸騰しそうな頭の中、どこか冷静でいる俺はシルガの様子を観察するように考える。
だが、身体はその冷静さに従うことがなく、シルガに突撃し、剣を振るっていた。
シルガの手にはネネの短刀が握られており、それが俺の剣を受け止める。
「……シルガッ!」
「もうお前はどうでもいい。ランドロス」
「ふざけるな!」
再び打ち合おうとした瞬間、先程のメレクの姿が思い浮かぶ。力尽くが、最適解のこともあるか。
拮抗した鍔迫り合いの中、足を一歩前に踏み込ませて、短刀ごとシルガを弾き飛ばす。
遅れて駆けてきたイユリがネネの身体を触る。
「い、生きてるっ! まだ息をしてるっ!」
俺は急いで背後に回復薬を大量に出しつつ、シルガに剣を振るう。
「コイツが、シルガが、今回の元凶だ!」
「元凶ね。まぁ、否定はしないがな……」
シルガは裁く者の破片を拾い上げて剣のようにしてそれを振るう。
混乱する三人を庇うように前に出て、シルガに刃を当てて、その脚を斬り落とす。
「……俺を救う神はいない。人間の神は魔族を敵として、魔族の神は人間を敵とする。……人間には人間を救う神がいる。魔族には魔族を救う神が、獣人やエルフにもいるんだろうよ。……だから、俺は神には祈らない。お前はどうだ? ランドロス」
「神に祈ったことなんかねえよ!」
「だろうな。そうだろうよ。……そうなんだよ。神すら俺を愛さない。全ては俺の敵でしかない。じゃあ、滅ぼすしかないだろうがァァ!!」
パキリ、と音が鳴る。パキリ、と音が鳴る。パキリ、と音が鳴る。
シルガの背後から三体の【裁く者】の腕が這い出てくる。
「ッ!! お前のために、泣いてくれる奴がいただろうがッ!!」
「敵だ。敵だ! みんな、みんな敵なんだよッッッ!! 周りにいる奴らはみんな敵だ! 俺から飯を奪う、寝床を奪う、俺は何もかも持っていないのに、飯も、父も母も、寝床も、名前だって、学だって、仲間も、友達も、何もかもがないッ! お前らは、持っているのに、なんで俺だけ何もないんだよォ!!」
「お前が捨てたんだろうがッッッ!! 今も、昔も、裏切りやがって!! あんな小さな女の子を、泣かせやがって!!」
六つの金属の腕が赤く光る。
一体ですら勝てなかった相手だというのに、それが追加で三体……加えて、シルガまで……無理だ。無理だが……ここは退けない。
「……メレク! 全員連れて逃げろ!」
裁く者の攻撃を防ぐために俺の目の前に神の剣を生み出して壁にする。爆発音が聞こえるが、流石にこの大きさの剣を貫くほどの威力はなかったらしく、怪我はない。
「時間稼ぎぐらいは出来る。だから、早く!」
「……了解」
メレクはそう言いながら俺の横に立つ。
「話を開いていなかったのか!」
「聞いていたよ。しっかりな。ミエナ達は逃げてもらった。……だが「全員」だろ。それはお前もだ。ランドロス」
「そういうことじゃ……」
と、口論に発展しそうな状況だったが、一瞬でそれどころではなくなった。
「来るぞ、ランドロス! 構えろ!」
「……クソ! 絶対に勝てないだろうが!!」
そこからの戦闘は酷いものだった。……あるいは、それは戦闘と呼べるようなものではなかった。
こちらの攻撃はただの一つとして通らない状況。共に庇い合い、致命傷となるような攻撃は避け続けていたが、体力が無限に続くわけではない。
徐々に身体の動きが鈍り、メレクの脚が裁く者の攻撃をかすってしまい、深く肉がえぐられる。
回復薬で治せる範囲ではあったが……赤い光がメレクに向いていた。
「死ねよ! 死んじまえ! 全て、メレク、お前もだ!!」
シルガの怨嗟の声が響く。
何か考えがあったわけではない。ただ、メレクが死ぬのが嫌だという、冷静さも合理性も何もない、子供のような感情の発露だった。
いつの間にメレクの前に飛び出していて、メレクを庇うように立ちはだかっていた。
「──ランドロスッッッ!!」
赤い灼熱の線が迫る。既に防ぐような方法はなく……後ろにいるメレクごと焼け溶けるのがせいぜいだろう。
ああ、死んだ。そう理解した時だった。
聞き覚えのある声が、走馬灯のような曖昧さで頭の中に響く。
『……半魔。お前は生きろと……そう、言っただろう』
何も考えずに俺の手が前に出て、魂の奥底から湧き出る赤黒い魔力が身体を伝って手から放出される。
雷鳴に似た破砕音が発生する。
目の前に現れた紅い雷が、俺とメレクを殺そうとしている熱線もその奥にいた裁く者も粉々に破壊していた。
「……魔王?」
俺が問うも、言葉が返ってくることはない。
けれど……手には紅い雷が纏わり付き、心臓の奥から、ドクリ、ドクリ、と……俺のものとは違う魔力が発生していた。
全てを破壊する力。紅い雷。……破壊する力なのに、壊すための力だというのに……それは、とても荒々しいのに、守ろうとする意思と優しさを感じた。




