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スターシップ・ガールズ  作者: こるほーず
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Log6.不可視の死神と導く天の光


2111年5月3日 午前9:59 アルファ・ケンタウリ星系内 方面艦隊司令部


腕時計の時間表示が10:00を表すと同時に、薄暗い会議室を照らすように一斉に人型のホログラムが浮き上がる。


艦隊司令部内の通信会議室、この部屋で生身の人間は俺と副司令官のみであった。


「通信強度問題なし…では、これより第3回、臨時対策会議を始めたいと思います。司会は私、アルベート・マッケンゼンが務めさせていただきます。よろしくお願い申し上げます」


総司令部副官のマッケンゼン中将が挨拶をした。

この会議は相変わらず錚々たる面々が揃っている。アルファケンタウリ方面軍の指揮官である俺を含む、地球、アルタイルの各方面軍司令とその副官。

また各居住区の長官と総司令部の長官…一般的に言う総司令官とその副官、宇宙省長官、現職の地球政府大統領、それに宇宙軍の情報部長官も居る。


「では議題に入る前に…アルタイル居住区長官、アンドリュー・ランドルフ殿、先日報告のあった反政府勢力の件について報告をお願い致します」


司会からの指名で、ランドルフ長官が立ち上がる。


「はい、先日…つい4日前に、アルタイル居住区内で何やら不審な団体が活動しているとの報を受け、詳しく調査したところそれが反政府的な活動をしていると判明し、本星政府に報告したことは皆様記憶に新しいかと存じます。

 そして昨日、警察隊が一斉摘発を行ったところ、これに成功しましたことをこの場で報告させていただきます」


数人が感嘆の声を上げ、話は続けられる


「その反政府勢力は自らを『自由革命連邦』と名乗る武装組織でありまして、アルタイル居住区内で反乱を起こそうと企んでいた模様です

 詳しいことについては調査中ですが、現在警察隊に戒厳令を敷き、厳重警戒に当たっております」


流石は長官だ。ことこういう非常時にあっては抜け目ない。


「ランドルフ長官、報告ありがとうございます」


「ふーむ…情報部のギアリング中将、これをどう思うかね」


大統領が質問を飛ばした。


「…現時点では、情報が少ないために具体的なことは申し上げられませんが…先のプロキオン、シリウスとの通信途絶と何かかかわりがあるやもしれません。今後はその線で調査をしていくべきでしょう。

 治安維持局とは現在情報共有を行っておりますので、詳しいことが分かり次第調査、報告を行っていく所存です」



「プロキオン、シリウスと来てアルタイルか…やはり今回の件は地球政府全体を狙ってのものでしょうかな」


口にしたのは宇宙省長官だ。


「そう判断するのは時期尚早でしょう。通信途絶事件を受け、地球政府が動揺している隙を狙うつもりであった可能性も否定できません…今はとにかく情報を集めなくては」




情報部の中将の後も会議は続いていき、司会はアルファ・ケンタウリの長官を指名する


「アルファセクター、カルデリ長官。アルファケンタウリの近況についてご報告願います」


長官が立ち上がって報告を行う


「はい、現在は惑星内でも調査と警戒を行っておりますが、特に変わった様子はありません。ですが万に一つということもありますので、警備体制の強化を命じております」


「妥当な判断だな」


大統領は話を続ける


「現在、アルファケンタウリは地球以外で唯一の居住惑星を抱えるセクターだ。重要度が高いというのは君も分かっていると思う。引き続き警戒を続けてくれたまえ」


長官はお任せくださいと大きく首を振る。


「では再開しまして…アルファ・ケンタウリ方面軍司令官、アントニー・マカロフ大将。派遣を開始した調査艦隊について報告を」


司会から呼ばれ、立ち上がって手元の資料を見ながら発言をする


「はい、まず調査艦隊の編成についてはお手元の資料でご確認ください。艦隊は先週抜錨し、つい昨日、トーチ基地からのセンサー範囲外へと出ました。

 プロキオンへの到達は5か月後と予想されています」



「現状、彼らが唯一の希望というワケか…」


全員が資料を眺める中、宇宙軍総司令のフランチェスコ・ミクローシュ元帥が口を開いた。


「そうなります。ですが派遣にあたっては宇宙軍でトップの精鋭たちを選びました。彼らを信じましょう」



「…中世の大航海時代、探検家を送り出す時もこういう気持ちだったんでしょうかな」


宇宙省長官がつぶやく


「プロキオンにはたしか学生の艦もありましたね、そちらも無事であると良いのですが」


続いてランドルフ長官も不安を口にした。


学生の艦―ライカ星立女学校所属の駆逐艦2隻は、奇しくも連絡が途絶えた日に演習航海へと出航する予定であった。

乗員の学生らはいくら軍学校の所属とはいえ、未だ未成年。つまりは子供である

本来なら、俺達大人が導いていくべき存在…彼女らの教官はうまくやってくれてるといいが。


「これで、私からの報告は以上です」


そう言って着席する。


「では、次に―」


司会が会議を進める横で、俺は漠然とした不安を抱えていた。




2111年5月3日 午前10:13 駆逐艦サミュエル・B・ロバーツ艦内 


「情報長、損害報告!」


警報の鳴り響く艦橋でズレた帽子を治しながら声を張る。


急に敵弾接近の警報が鳴ったかと思えば、対応する間もなく着弾して艦は大きく揺れた。


「おそらく魚雷です!艦前方の左舷に被弾!損害は軽微で航行に問題ありません!」


ひとまずまだ大丈夫


「センサーには…何も映ってないっす!敵も味方も!とにかくなんにも!」


「そんなはず……本当です!メリーさんの言う通りセンサーにいかなる艦の反応ありません!」



「センサーに映らない艦…!?」


いくらこの艦のセンサーが旧式とはいえ、ただの一つの艦影も映らないというのはまずありえない

それに、現在宇宙軍で使用している魚雷の射程はこの艦のセンサー範囲より短く、探知できない距離から撃ったとも考えにくい。


とにもかくにも原理は不明だが、敵はセンサーに映らないステルス性を有しているとしか考えられない。


見えないのではいかなる反撃も回避もしようがない、とにかくここは隠れることを優先すべきと私は判断した。


「艦長代理!前方に本艦を隠すことのできる小惑星帯があります、そこに身を寄せてはどうでしょう!」


ちょうど同じことを考えたのか通信長が報告をする


「ええ、そうしましょう!航海長!」


「あいよっ!」


機関が最大出力を出すとともに、回避運動をしながら前方の小惑星へ駆け抜ける。


「…!魚雷接近、10時の方向より数3!」


センサーを見張っていた電機長より報告が飛ぶ


「砲雷長!」


「対空防御始めっ!メリーちゃんシールド!」


「わかってるよ!シールド左舷へ集中展開!」


主砲と機銃群による対空砲火が開始され、しばらくして1つの爆発が艦橋から視認できる。

しかし、発射された魚雷のうち2発は迎撃できずにシールドへ突っ込んだ。


爆発の衝撃で艦が揺れる。

先ほどのより小さいとはいえ結構な振動が艦橋でも感じられた


その魚雷に続き、また新たな影がセンサーに映る。

しかしそれが当たるよりも早く小惑星の裏へ入ることができ、放たれた魚雷は後方の、別の小惑星に着弾した。



ひとまず安全を確保したが、未だ艦橋には緊迫した空気が流れていた


「あっぶなー、シールド耐久値ギリッギリっすよ今…」


モニターに映る耐久値のバーは赤く、残り僅かなことを示している


「…機関に問題はなし、だが…どうするよ、艦長代理」


「八方塞がり、だな…」


航海長に続き、通信長が呟く

敵艦がこのまま諦めるとは考えにくい、岩陰から出てくるのを待っているか、それともとどめを刺しに近づいてくるか…


追い詰められた状況で、どうやって起死回生の一手を見つけ出すか

それも数十人の命を背負った状態で、である

そのプレッシャーはとても重くのしかかる


艦長はこれに耐えてきたのか。通りであんなになってしまうのも無理はない


艦長がいかに偉大な存在であったかを今になって強く再認識した


しかし、この状況で最も悪手なのは何もしないこと

指示を待つ乗組員たちにとにかく何か声を掛けないとと考えている時、艦橋のエレベーターの開く音がした



静まり返った艦橋で振り返った全員が目を丸くした

エレベーターの出口から出てきたのは―艦長、杉菜 美晴だった


「艦長…!君、もう大丈夫なのか?」


マリー通信長が驚嘆の声を上げる


「ええ、艦長はもう常務に復帰しても大丈夫よ。この医療長のジャスミンが保証するわ」


そう言うと、出てきたところで立ち止まっていた艦長の背中を押す医療長

申し訳ないと思っているのか、俯きながらも早足で艦長席に向かい

机の前に立った彼女は顔を上げて話し始めた


「みなさん…まず最初に、艦長の席を長い間はずれてしまったこと、謝ります。でもそれと一緒に、ありがとうと言わせてください…今までこの艦を動かしてくれたことと、落ち込んでた私を励ましてくれたこと」


全員は黙って聞いている


「私、頼りないかもしれません。皆さんに負担だって掛けてしまいました。でも…でも、もう一度、私に艦長をやらせてくれませんか?」


彼女の問いを受けた乗組員たちは互いに顔を見合わせアイコンタクトを取り合う

全員、「もう答えは決まっている」という目をしていた


私は向き直って声を張り上げる


「決を採ります!杉菜美晴候補生が艦長に復帰することに賛成の者は?」


手を上げないものは一人もいなかった


「では!満場一致ということで、艦長職に杉菜氏は復帰します!」


杉菜さんに歩み寄って預かっていた帽子を差し出す


「ありがとうございました、副長」


「私はできることをやっていただけです。艦長、これからもよろしくお願いします」


帽子をかぶりなおした彼女の顔は、もうすっかり、出会った日の強いまなざしを持つあの顔に戻っていた




「…以上が、現在の状況になります」


「ありがとうございます、情報長」


メイリン情報長が今までの経緯を艦長に説明し終えた


「ふーむ、見えない敵艦…」


「艦長ちゃん、実はそれなんだけど調べてたらちょっと引っかかるものがあったよ」


砲雷長のニコさんがそう言うと端末から情報をアップロードした


「これ、数か月前のミリタリー情報誌なんだけどさ?宇宙軍で試験用の艦が就役したって記事が載ってるんだよ。ここのページね」


上部、そして机のモニターに記事が表示される

記事の見出しは「ついに就役、最新鋭の実験艦。その性能はまるで潜水艦?」との見出しが載っていた

内容は宇宙軍のその実験艦についてまとめたもので、開発者のインタビューと取られた写真からの分析を行っている


その中で目を引いたのは、この艦の特殊能力に触れたものだった


「…開発者によればこの実験艦は光学迷彩を搭載しており、周囲の風景に溶け込むことができるという。また最新のセンサーでも発見の難しいほどのマルチステルス性能を有しているとのことだ。…武装について明確な答えは得られなかったが、この艦影から想像するに、主砲等は搭載せず魚雷を主兵装としているのではないか。と軍事アナリストのコルベール氏は分析する

 氏によればこの艦は「宇宙仕様の潜水艦」というべき物ではないか…ということだ。そのステルス性能を持って、シールドを展開していない艦を奇襲したり、また宙間建造物への破壊工作などを実戦レベルで行えるか。ということを確かめるためにこの艦は建造されたのではないかと氏は分析する

 …宇宙軍の広報担当に伺ったところ、この艦はプロキオンの実験部隊に送られ、そこでテストをするとのことだった。…続報が入り次第、特集記事を組む予定である」


「いうなれば潜宙艦ですか、こんな艦が居たとは予想外…保存しておかないと」


情報長は艦の情報を打ち込み始めた


「んじゃあこいつが今の魚雷撃ってきたやつってことすか?」


「その可能性が高いということだな。しかしそうだとしたら厄介な相手だ」


メリー電機長に返答した通信長の言う通り、相手が潜宙艦なら非常に厄介だ

そのような艦との交戦マニュアルはなく、どのように戦うかなどまったくわからないのだから

戦えないとなると逃げるのが賢明な判断だろうと、操舵手に声を掛ける


「サラ航海長、パイパーレーンに突入して離脱はできませんか?」


航海長は首を横に振った


「レーンに入るためには加速する必要があるが、そのためにはこの小惑星を出なきゃならん。出れば当然敵の魚雷攻撃にさらされるが、この艦はシールドと粒子展開が同時に出来ない。そこに魚雷を貰っちまったら一発アウト、リスクが高すぎる」



「…やはり艦長、ここは腹を括って戦う以外ないようだ」


「情報長も同意します。相手は人が作ったもの、なら弱点も必ずあるはず」


通信長と情報長が交戦を提案した

他の乗組員にも確認を取り、結果は…戦うべきとの結論が出た



「艦長の杉菜です。現在本艦は敵と思わしき新型艦と交戦状態にあります。本艦の状況、敵艦の特性から判断して、艦橋では敵艦を攻撃。安全を確保した後に離脱することを決定しました!よって皆さんは戦闘配置のまま待機!戦闘に備えてください!」


艦内放送では久しぶりに聞く声が流れていた


「艦長…!戻ってきましたか」


「だから言ったでしょアンナ、あの人は絶対戻ってくるって」


「…今日のメニューは艦長の好物にしておきましょう」


各部員に炊き出しを行っていた主計課長と整備を行っていた整備課長、物資の受け渡しをしていた補給課長たちは

艦長の帰還に安堵するとともに、もうあの人を悲しませてはならないと言葉には出さないが意気込んでいる



「さて、戦うとは言ったもののどうするか…」


戦闘開始からすでに30分程度、艦橋で中央に出した会議机の前で副長が全員の疑問を口に出す


ひとまずここは安全地帯である、というのは確かなので、攻撃方法はリスクの高いシールドを展開して強引に魚雷を防ぎつつの砲撃戦よりも

遠隔誘導の効く魚雷攻撃を行うというところまではいった


問題はその魚雷の誘導である


センサーでも見えない相手にどうやって誘導するのか。敵が居そうなところをしらみつぶしにする?それでは魚雷の方が先に無くなってしまうし敵の行動を活発化させる恐れがある


行き詰っていた会議で、電機長が何かに気づいた声を出すとともに「いい考え!いい考えがあります!」と言った

副長に「発言は挙手をしてから」と言われると慌てて手を上げて意見を述べる


「ありました!あるんですよ誘導方法が!」


「電機長、それは?」


通信長が聞く


「LLBRG方式のレーザー誘導ですよ!知ってるでしょ、対戦車ミサイルとかが使ってるやつ!」


彼女の言うレーザー誘導、それは不可視タイプのレーザーを目標に対して照射、その反射から目標の地点を読み取って、発射されたミサイルなどの誘導弾はそのレーザーが当てられた地点に向かう。というのが大まかな原理だ


LLBRG方式というのは第三次世界大戦中に発明された技術のこと。通常のレーザー誘導では、レーザーを吸収するコーティングなどをされていると目標の座標が認識できず誘導できない、という欠点があった

そこで開発されたのがこの方式、これはリミテッドレーザー波という反射を必要とせずに読み取りができるレーザーを使用しての誘導技術で、

これを使用すれば、相手がレーザーを吸収するように施されていても誘導ができる


というのが情報長の引っ張り出した資料に書かれていた


「なるほど、原理はわかったがそれをできる機材はあるのか?」


マリー通信長の質問に情報長が端末を開いて確認する


「補給課のリストによれば…個人携行型のLLBRG対応のレーザー照射器が現在3つ、艦内にあるそうです」


「決まりっすね艦長、あいつと戦うにはこれしかありませんよ」


上機嫌な電機長が話すが、砲雷長は不安を口にする


「確かにこれは有効そうだけどさー、ちょっと危険じゃない?照射するレーザー光は可視タイプオンリーだし、射程限界もあるんでしょ」


その不安に対し電機長は口角を上げてこう返した


「大丈夫、私にいい考えがあります」




「ユニット1、座標B2へセット完了。続いてユニット2、3も目標地点に到着、固定完了です」


情報長が画面から読み取った情報を、通信の相手

船外活動中の電機長に告げる



「…繰り返しますけど本当に気を付けてくださいね。強制回収装置と救難装置の確認はしましたか?」


「だーからさっきもしたって伝えたし今もしたけど問題ないって、んもうメイリンちゃんったら心配性ー」


こちらの心配をものともしないような声が艦橋に響く中、副長がアナログの腕時計から目を上げて私に呼び掛けた


「艦長、作戦時刻になりました」


「了解、これよりメリー・カニンガム電気課長提案の作戦、「Dangher Spot」作戦を開始します!各員交戦に備え!」



彼女の作戦はこうだ

まずLLBRG方式の最大の弱点は照射元が探知されやすく反撃を受けやすいということである

これをカバーすべく、3つの照射器すべてを離れた位置の小惑星上に、3角形を描くような形で設置。操作は船外で、メリー電機長が有線で行う

次に敵艦の探知だが、こちらは無人機を使って行う。そう、先日ヴィットリオ・ヴェネトの残骸宙域で敵のコルベットを発見したあの無人機だ


とはいえこの無人機で敵艦が探知できるかは不明。なのでこの機はあくまで「囮」として使うのだ

宙域を飛び回る無人機に対し、敵艦が発砲すればそこから探知できる。敵艦が攻撃しなくとも、無人機が敵艦に近づけば近づくほど発見の確率は高くなる


かなり根気の必要な作戦となるが、最も艦が安全であることは間違いない作戦だ

ただ、有線コードの長さが足らずに電機長が船外での活動を行わねばならなくなってしまったが…万が一というときには彼女の宇宙服に取り付けられた強制回収装置のワイヤーが

掃除機のコンセントを巻き戻す要領で回収してくれる



「無人機の接続アーム分離を確認、エンジン出力上昇させる」


無人機の操作は通信長、マリーさんが行う


「通信強度問題なし、無人機の操作に支障ありません」


代わって通信の役割を行うのは副長

無人機は問題もなく飛んでいる、少なくとも今のところは




横目を無人機が隠れていた小惑星から出て、通っていくのが見えた


「へー、マリーさんもなかなか運転上手いじゃん…」


小惑星の岩石の上で宇宙服を着こんで伏せている私の周りには何もなく、手には照射器の操作装置と双眼鏡が握られているだけだった


「さてさて、どこにいますかね…」


低い倍率に設定した双眼鏡で無人機の後を追う。特に問題はなく、巧みに浮いている岩石を避けつつ順調に進んでいる


攻撃をすれば必ず場所は割れる。わざわざリスクを冒して目先のハエを落とす気があるかはあの艦の艦長次第だろう

まあ、あたしだったらしないかな。


そう思った矢先、双眼鏡の左端から白い航跡を出しつつ無人機に接近する魚雷が見えた

無人機は回避運動を取るが間に合わずに直撃して四散した


「―ッ!」


すぐにノートパソコン型の照準器操作装置を開き、ジョイスティックを立たせて照射地点を設定する

メイリンちゃんの作った予測艦影データと合わせて…おそらくここか

合わせた照射器の割り出した座標を見れば、そこに見えない何かがあることは明らかであった。


ありがと神様、あいつにリミテッドレーザー派が有効なのとあの艦の艦長がぶっ放してくれるようにしてくださったこと感謝するよ

心の中でそう念じつつ残り2つの照準器は動いたときに備えて同一地点と微妙にずらした地点に設定する


「こちら電機長!目標捉えました、座標送ります!」


目標座標を艦へ転送する


「ありがとメリーちゃん!…魚雷1から3番座標入力完了、発射!」


発射管が開かれて3本の魚雷が飛翔する

航跡が私の頭上を通過していき、1つは途中で岩石にぶつかって爆発する。

残った2発は飛翔を続け、1発は外れてしまったが残りの1つが着弾した


何も見えなかった空間に、煙が晴れると黒く焦げて穴の開いた舷側が見えたので直撃したと確認する


「こちら電機長、着弾を確認。有効射です!」


「艦橋了解!次弾の発射準備はできています、修正座標の転送を!」



副長の要請にこたえて、移動を開始した敵艦に照準を合わせようとスティックを動かすが反応がない


「ハァ!?こいつこんな時に壊れ…いや、さっきの魚雷の破片で有線通信が切れたんだ…!」


上を見ると操作しようとしていたL1の照射器と操作装置をつなぐワイヤーが切れて宙を漂っていた


「んじゃあL2の照準器を使うしか」


操作設定をL2に移した瞬間に自分の左の方から爆発の眩しい光が差し込む

一瞬だけ視界の端を通った魚雷の航跡から、敵は照射器に対して攻撃を始めたのだと理解した

ワイヤーは寸断されて画面は砂嵐を映している


「…やっぱついてないわ今日」


少し考えて、まだ生きている照射器…L3へ向かった

アレで誘導することはできるが、照射を再開した瞬間に狙われるのは確かだ


それにまだ照射を開始していないのに的確に照射器を狙ってきたということは、さっきの照射の時に位置を割り出していたのだろう

あえて攻撃させ、それを受けて反撃することで確実に敵の反撃の芽を潰す。そういう考えでやったのかは定かではないが相手の艦の艦長は決してマヌケとかじゃないのは確かだ


なら私もちょっとばかし覚悟を決める必要がある

操作器につながれていたワイヤーをたどってL3へと向かう間に上の方で爆発が起き、L1がやられたようだ


「今日やっぱついてるな」


L3にたどり着いた私はワイヤーを取って代わりに操作装置を照準器に取り付ける

しかし腕にワイヤーが絡んで取れずに悪戦苦闘していると通信機から副長の声が聞こえた


「敵魚雷が接近中です!今すぐそこから離れて!」


顔を上げるとおよそ8メートルほどだろうか、それほどまで近づいた魚雷が真っ直ぐこちらに向かっている

私は凍り付く身体を強引に動かしてジェットパックのスイッチを入れるとともに岩石の地面を蹴り上げた!



爆発の瞬間、一瞬意識が遠のいたがすぐに回復した

衝撃で回りながら宇宙空間を飛ばされているのはすぐに理解でき、たしか制動装置があったはずとジェットパックのスイッチを色々と押す

4つ目のスイッチあたりで制動装置が作動して回転は止まった。ただ移動は止まらずに飛び続けている


だがこれでいい。照準器のスイッチを入れて宙間内に浮かぶさっき開けてやった黒い穴を標的にレーザーを照射する


「あんたの主兵装は魚雷っぽいけどさあ、はたして秒速何キロで飛ぶ人間と照準器は狙えんのかねぇ…!」


照射元は固定されていないので当然照準はズレ続ける、それを手動で調整しながら艦に通信をつなげた


「艦橋、魚雷発射して。設定はセミアクティブレーダーホーミング。誘導はあたしがやる」


いつものような声ではなく、今はかなり低い方の声で話してるので驚いたかあっちの反応が遅れたが返答が返ってくる


「りょ、了解!セミアクティブ…メリーちゃんのレーザー照射点に向かって魚雷が飛ぶように設定したよ!弾着まで照準を外さないようにお願いね!」


「あいよ、頼んだニコ」


その後「発射!」の声が向こうから聞こえた


私は今、敵艦の上方向に飛ばされてるっぽいのは周囲の景色と目標を見ているとわかる

こちらから見える敵の穴も見えづらくなっていく


「なる早で頼むよ…!」


魚雷は誘導地点に真っ直ぐ向かってはいるが、私が動くスピードが速すぎてついに目印の穴が見えなくなってしまう

よくゲームとかに出てくる光学迷彩は「なんだこいつちょっと見えにくいだけじゃん」と思いがちであまりいい印象はなかったのだが

こいつに限っては話は別だ。周りが黒いのもあって本当に見えない、光学迷彩の名に恥じない奴だ


それでも気合と予測で修正を続ける

照準器のモニターの下あたりに魚雷が写り…


着弾した

続いて2発目、3発目も着弾。それと同時に光学迷彩が解除されてグレーの船体がはっきり見えるようになる

その次の瞬間、敵艦は大爆発を起こして四散した


死を覚悟した私の戦いは終わったと思うと肩の力が一気に抜けた

そうだ、もう一度ジェットパックで制動を掛けないと。こんな速度で何かにぶつかったら大変


腕に付けられたスイッチを押そうとした瞬間だった。後ろにあった何かに叩きつけられて意識が飛んだ




「…電機長!電機長!応答を!応答してください!」


副長が通信機に呼び掛け続けている


「クソッ、強制回収装置はダメか!?」


苛立ちを隠せない航海長に私は画面を見せる


「ワイヤーが寸断されてます。回収チームを派遣しないと…」


航海長は乱暴に頭をかき上げた


「艦長、分かってると思うが彼女を回収するまで艦は出さないぞ」


「もちろんです、航海長」


席に戻った航海長と入れ替わるように、情報長が端末を持って私に近づいてきた


「艦長、回収チームの編成が完了しました」


「ありがとう。整備課と医療課の子と……ちょっと待って、メイリンさんあなたも?」


彼女を見ると、下を見ながらソワソワした様子で理由を言い始めた


「はい、あの、私情になってしまいますが…どうしても心配なんです。メリーさんのこと」


それでも、お願いしますとこちらを見つめてメイリンさんは言った



「…わかりました、この編成案を承認します。情報長は直ちに準備を!」


「ありがとうございます!引継ぎはすでに情報課の副長を呼んでありますので彼女に引き継ぎます、それでは失礼します!」


そう言うと走ってエレベーターへ向かい、出てきた情報課の副長とぶつかりそうになって謝りながら降りて行った


「情報長があそこまで、心配なんですね」


「いつも小言ばかり言われている印象だったが…いや、それほど気にかけていたということか」




「どうです情報長さん、見つかりましたか」


通信で整備課の子が呼び掛けてくる


「いいえ、まだ…」


救難信号は機器のエラーか発せられておらず、最後に彼女から通信があった地点を元に

3人に分かれて探している

辺りには砕け散った岩石が漂っているだけで彼女の影はない


「情報長!シェリーちゃん!見つけた、見つけました!こっちです!」


医療課の子から通信が入って私たちはすぐに向かった


メリーは、直径3メートルほどはありそうな岩の傍で意識をなくしていた

かなりの勢いでぶつかったのは背部の機器はひしゃげ、ヘルメットにも傷がついている


「ナナさん、電機長の容態は?」


「呼吸、脈拍共に以上ありません。ただぶつかったなら後頭部に外傷を負っている可能性もあるかも」


今のところ命に別状はないでしょう、という医療課の子の言葉でひとまずは安心した

ナナさんの指示に従って慎重に岩石帯から運び出し、艦内へ収容した



そうしたのが2時間ほど前で、すでにハイパードライブで戦闘のあった宙域は離脱済み

私は情報課の副長にそのまま当直を引き継いでもらい、今は医療室で電機長の傍に座っている


彼女はまだ目を覚まさない。

命に別状はないとは言われたが、いつまでも目を閉じて沈黙する彼女を見ていると心がざわめいて仕方がない


「…いつも小言ばっかり言って、ごめんなさいね」


自分で何を言っているのだろう、と思ったが呟いた言葉は止まることがなかった


「前に私のこと、メイリンちゃんって呼んでくれた時…嬉しかったんです。私ってどうしても他人行儀になりがちで、みんなからも情報長とか肩書で呼ばれることが多かったのに…あなたはそうじゃなかった」


彼女の顔を見ることはできず、視界に入るのは肘を足について指を組む自分と真っ白な床だけだ


「別に肩書で呼ばれるのが嫌ってわけじゃないんです。ただその…よくはわからないんですけど、嬉しかった。詳しい理由はわからないんですけどね」


とても小さな声で呟かれる独白は外にいる医療長にも聞こえないだろう。彼女が起きていても聞こえるかわからない


「だから…あなたがいないと寂しいんです。あの時死んじゃってたらどうしようって、本気で考えて、怖くて…」


そこで言葉は止まる

のどが痛くなってきて、続きを言うことができずに固まっていた



ただ下を見つめ続ける私の頭に、そっと誰かの手が置かれた


「心配性だなー、メイリンちゃん」


顔を上げると、メリーは意識を取り戻していた


「……もうっ、本当に、貴女はっ…」


思わず椅子を立ってメリーに抱き着く


「わわっ、メイリンちゃんちょっと積極的だね今日」


「しょうがないじゃないですか、嬉しいんだから!まったくあなたは人に心配かけて…!」


結局目を覚ました彼女はいつもの通りで、私の心配などどこ吹く風のように飄々としていた






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