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スターシップ・ガールズ  作者: こるほーず
5/8

Log5.負傷者1名、完治まで不明

今回は戦闘パートなしです

次は遅れないように頑張ります



2111年4月27日 午後3:34



艦橋のエレベーターが開き、中から作業着をところどころ油で汚した西村整備長が姿を現した


「副長、この間の戦闘で損傷したところの修理はあらかた終わったよ。はいこれ報告ファイル」


「ありがとうございます、整備長」


早速、端末に送られたファイルを開いて確認を始めた。


「しかし、わざわざここまで持ってこなくても艦内通信で送ってくれれば大丈夫ですよ?」


「いやー、艦内通信って基本有線でしょ?アタシの端末古いから繋げないんだよね」


「ああ、そういう…」


それはそれでいざというとき困るのではないか?そんなことを思いつつも書類に目を走らせていく

整備長はサバサバとした性格というのが私の所見だが、こういう書類と整備に関しては抜け目ない。


そしてその整備長の目は―空いた艦長席へ向けられている


「艦長、まだ立ち直れてないっぽいね」


「ええ、医療長も回復にはしばらくかかるだろうと…」




艦長が自分の椅子を空けてから、今日でちょうど一週間となる。

あの日―戦艦、クイーン・エリザベスの降伏勧告を拒否し、辛くも逃れた日


敵艦からの砲撃の一部が、整備課が修理を行っていた箇所に着弾し2人の負傷者が出た。


医療室から負傷者収容の報告が届いたとき、艦長はすぐさま艦橋から駆け出して医療室へ向かった。

私もその後に続き…追いついたときに目にしたのは、痛みに苦しむ2人の生徒とそれを見て茫然と立ち尽くす艦長だった。


その後艦長は近くの椅子に座り込み、ただ小刻みに震えながら小さな声で何かをボソボソとつぶやいていた。顔は青ざめていて、いつもの艦長とはとても思えなかった。


やがて医療長が現れ、艦長と少し話した後に艦長の部屋へと連れて行った。


翌日、艦長の件で話があるとのことで各部長が医療室へ集められた。

医療長、ジャスミン・サギリが言うには―


「神経衰弱と、極度の恐慌状態…早い話が精神疾患ね。それもかなりひどい」


「原因は、やっぱりあのとき負傷者を見たからでしょうか?」


私が手を上げて質問をする


「それもあるけど、前々から積み重なってきた精神的疲労、艦長としてのプレッシャー、睡眠不足等々…いろんな要因で精神が不安定だった時にあの光景で一気に倒れたって予測してるわ」


言い終わると、次に通信長のマリーさんが手を上げて

この場のだれもが抱いている疑問を口にした。


「艦長の治療の見込みは?」


「…治ることは治る。ただそれがいつになるかはわからないし、治ったとしても何らかのトラウマが残るかもしれない、服薬も続けなければならないわ」


その場の空気が一気に重くなる。

私たち乗組員を幾度となく危機から救ってきた艦長。その人が不在のまま旅を続ける…全員が不安を抱くのも無理はなかった。


「そんなに悪いんだ…」


砲雷長が不安そうな声を上げる


「精神、心の病気というのははっきりと症状が出るころにはとても重くなっているものが多いの。それに艦長はちょっと特殊でね…これを見てもらえるかしら」


そう言って医療用の端末がこちらに向けられる。

映っているのは艦長の医療ファイルだ


「これは学校の医療評価ファイルよ。それでここ、過去に被害妄想癖で通院歴あり…って書いてあるでしょ?私の診察だと、過去に克服したはずの被害妄想がまた出てしまっているのよ

艦長は今、かなり厄介な状況にあるとみていいわ」


「あのっ、今私たちに何かできることはないんですか?」


機関長が手を伸ばす


「うーん、こういうのは素人が下手に手を出しちゃダメなのよ…ついうっかりで口走った言葉がダメージを与えてしまう可能性もあるしね」


機関長はしゅんと小さくなった。


「とりあえず今は何もせず、一人にさせておいてみましょう。その方が落ち着くかもしれないし…服薬で突発的な行動に出ることは抑えられてるからその点は大丈夫だけど、かなーり長い目で治療する必要があるわね」




その後、ひとまず各部長で話し合って「艦長の復帰まで代理は副長(私)」と「副長の代理は通信長」ということは決定した


それから一週間、あれ以来大きなトラブルはない。負傷者の2人もすっかり治って整備の仕事にいそしんでいる。

だが、一人欠けた艦橋は言いようもない寂しさが漂っていた。

そして私も艦長の仕事が予想より多かったことに驚いている。


中にはほかの人に任せてもいい仕事まで…

艦長には申し訳ないがその仕事は手空きの電機長と砲雷長に任せておいた


改めて…艦長がどれだけ皆、そしてこの艦の支えになっていたか痛感する。

こんな状況で、また何か起こればどうなるのだろう?

不安が募るころ、情報長からメールが届いた。


内容は「本日の20:00に会議のため食堂へ集合」とのことだった。

おそらく艦長絡みか、とりあえずそれまでに仕事を片付けておくことにした。




「すみませんみなさん、こんな夜分遅くに…」


通信長が詫びながら、座った皆の席に飲み物を置いていく。

これは…紅茶か、香ばしい香りがあたりに漂う


「艦橋の部長らはともかく、私たちまで呼んだ理由は何でしょう?」


補給長のアンナさんが質問する。

非艦橋員の5人…整備、補給、機関、医療、そして主計課の各部長は前回の話し合いには呼ばれていない。なぜ呼んだかは確かに私も気になるところではあった。


「それについては…ジャスミン医療長から説明を」


「はいはい、まあまずはみんな紅茶でも飲んでリラックスしてちょうだいな。ここのところみんな気を張りすぎだから」


この紅茶にはリラックス効果がある、と医療長が説明してくれたので私も飲んでみる。

やさしい香りと程よい甘み、そして熱すぎないちょうどよい温かさ…喉を通ると同時に肩の力が抜けるのを感じた。


「この紅茶は主計課長が?」


気になったので質問すると、主計課長は無言で頷いた


「はい、私物品のニューアッサム製茶葉を使用した物です」


ニューアッサムといえばプロキオンで買えば一箱で5万はする超高級品だ。

そんな高級品だったとは、少しずつ味わって飲むことにしよう。


「実は食堂へ呼んだのはこれを飲んでもらうためだったの。じゃあ本題に入りましょっか…あ、紅茶は飲みながらでいいわよ。スコーンもあるわ」


手を出さまいか迷っていた机の中央の籠へ手を伸ばしスコーンを一つ貰った。


「艦長の容態だけどね…だいぶ落ち着いてきたわ。それこそベッドの隅で毛布被って縮こまっている時よりは、だけど

あともうちょっとってとこまでは来てるんだけど…やっぱり、部屋から出ようとすると取り乱しちゃうのよ。それで出れない自分に嫌気がさして、きっとみんなもそんな自分を責めているだろう。みっともない、情けない、艦長失格だ、って…

人と触れない期間が長すぎたのね、完全に免疫が無くなっちゃってるわ」


その場の全員が固唾を…いや紅茶を飲んで話を聞いている。


「そこでアプローチを変えることにしたわ。各部長から一日一人ずつ、艦長と面会してもらいたいの。ちょっとした会話とか…ゲームでもいいわよ、とにかく交流を図ってみてほしい。

ただ早く治してとか頑張れとかは絶対禁句だからね、追い込んじゃうから」


艦長が精神的休養ということは、各部長を除く生徒には伏せてある。なので私たちか…


「じゃあ、さっそく明日から…トップバッターは主計課長のアリスちゃんね」


茶を飲んでいた主計課長がむせる


「わ、私ですか。しかし私は口下手ですし…」


「そこはほら、私がアドバイスするわ。順番表はあとでみんなの端末に送信しておくからね。あと艦長に面会する前は必ず私のところに来るように、諸注意とかあるから」


そのあと、しばし紅茶をたしなんだところで解散となった。

私と言えば2杯ももらってしまった。


艦長はだいぶ安定してきている…暗闇の中に光明がさした気分だ。

また艦長と…杉菜さんと一緒に、艦橋に座りたい。そのために私にできることはなんでもやろう。

私の中に、一つの固い決意ができた。



2111年4月28日 午後1:58


コンコンコン、とドアがノックされる


「艦長、私よ。定期健診に来たわ。入れてもらえるかしら?」


医療長か。

そういえばこの一週間、ほぼ毎日来てもらっている。

彼女にも仕事があるだろうに、申し訳ない


無言でドアのロックを解除した。

医療長が目の前で座り込み、うつむいている私より下の目線で目を合わせてきた。


「はーい艦長、今日なんだけどね…艦長、しばらく私以外の人と会ってないでしょ?だからちょっとだけ、触れ合ってみてもいいかなぁって思って…一人連れてきたの。どう?会えそうかな?」


少しドキッとする。

こんな私を見られるのはイヤだ…だが、このままではいけない

わかっている、そんなことわかりきっている。


「もし無理なら無理って言ってくれていいわ、でも…ちょっとだけでも変わりたい、って思いがあるなら、会ってみても損はないと思う」


変わりたい…でも変われるだろうか。

今のままでいる不安と、変われなかった時の不安が心の中で激しく交錯し…


私は、必死に勇気を絞り出すことにした。


「…ぁ、の」


久しぶりに出した声は擦れている。

それでも精一杯口にする。


「わ、たし、会い…たい、です…」


「…無理はしてない?」


医療長の問いに大きく頷く


「そう…ならよかった。…頑張ったわね、艦長」


そう告げると医療長は部屋の外へ出て行った。


少し後に、再びドアがノックされる。


「あ、えー…艦長、主計課長のアリス、です…入ってもよろしいですか」


来たのは主計課長か

少し意外だった。それまであまり交流はなかったし…

待たしても悪いと思い、ドアのロックを解除した。


「えっと、失礼します…」


ドアを開けて入ってきた主計課長と目が合う。

私も彼女も何も言い出せず、しばらく沈黙が続く。


それを破るように主計課長が口を開く


「あの…お昼ご飯、食べましょう」




彼女が持ってきたトレーが2人分、机に置かれる。

主計課長とちょうど向かい合う構図で食べる配置だ


「艦長、蓋を…開けてみてください」


そう言われて開いてみる

開けると同時に、慣れ親しんだ香りが鼻を突いた。


「本日はカレーにしてみました。宇宙軍と言えばカレー、ですので…お飲み物はまずこちらを」


主計課長から蓋つきのマグカップが差し出される。

彼女が蓋を開けると、その中身は紅茶だった。


「しばらく声を発していないとのことでしたので、紅茶を入れてきました。喉を潤してくれます、まずは飲んでください」


指示されて一口飲んでみる。

乾いていた喉が潤される…それにほっとする味わいで、心が少し落ち着いたような気がした。


もう一口飲んだところでカップを置く。

しかし食べ始めるタイミングを見逃してしまい…固まっていると主計課長がおもむろに手を合わせた。

チラチラと飛ばされる目線は自分と同じようにしろと言っているのか、とりあえず私も手を合わせる


「では、いただきます」


「あ…いただき、ます」


彼女の動きよりワンテンポ遅れるようにスプーンを取ってカレーをよそう。

それだけの動作なのに、人前ということがあってかところどころもたつく

ひどくゆっくりした動きの後、カレーを口に含んだ


甘い…しかし甘すぎることはなく、スパイスの風味がしっかりと感じられる

そして何より、しばらくは何を食べても味を感じられなかったのに、このカレーはしっかりと味を感じられる。


一口一口噛みしめていくと、不意に涙が出てきた


「…あ!すみません、カレー、辛かったですか!?」


「…いえ゛っ、そういうわけじゃ…ありません。ごめん、なさい…」


泣いたら申し訳ないと思っているのに、涙が止まらない。

止めようとするほどに溢れてくる


そんな私を見かねてか、彼女は席を立って私の横に来た。


「大丈夫、ゆっくり食べてください…私のカレーは、冷めても美味しいので」


アリスさんの左腕が肩に回され、右手で私の涙を拭ってくれる。

そんな彼女の気づかいで、さらに涙が出てきてしまった。



流石に二口目となると泣きだすことはなく、かなり時間はかかったが完食することができた。


「ごちそうさまでした」


「ご、ごちそう…さまでした」


トレーに蓋をして、主計課長が2人分ワゴンへと戻した。

新しくカップに注いでくれた紅茶のみが机に置かれると、彼女が話を始めた。


「本日のカレーは甘めにしました。甘みの隠し味は何だと思いますか?」


「えっ!?えーっと、チョコ…ですか?」


「残念ですが不正解です。このカレーは色々と隠し味を入れていますが…甘さの決め手はコーヒーと牛乳、それを混ぜたものです」


コーヒーと…牛乳?つまりはカフェオレだろうか、でもそれにしてはコーヒーの風味はなかった気がする


「カフェオレではないんです、これはシュガーコーミル、と父はそう呼んでいます。大戦前は市販品があったそうで祖父がよく入れていたと…父はそれを再現しようと1年、努力したそうです」


今度、原液を持ってきますねと主計課長は言った。

そんな折、彼女の端末が鳴った。


「もしもし…カーラさん、どうしました?…わかりました、すぐに行きます」


昼食の片づけでトラブルが発生したそうで、彼女は二回ほど詫びながら私の部屋を出て行った。


私は再び一人になる…気を張っていたので疲れが来たのだろうか、食べたすぐ後だというのにベットに横たわってしまう。

だが、決して彼女と過ごした時間が退屈だとか苦痛というワケではなかった。それだけははっきりと言える。


その後医療長が来て、また明日も他の人が来るということを告げて行った。



その予告通り、翌日は電機長、メリーさんが来た。

彼女とは最初チェスをして過ごしたが、私が負けてばかりいるのを気にかけてか途中で音楽を聴こうという話になった。

電機長は20世紀末期のアメリカ地方音楽が好みらしい。なんでも父親の影響だとか。


気になったので父について質問してみると

「おやっちゃんですか?宇宙軍で航空隊やってます。たしかイントレピッド所属だったかな…

 あー、うんまあ面白い人なんすけど…親バカですね思いっきり、なにせ自分の隊に娘の名前付けちゃうような人ですもん」


彼女に最初に聞かされた曲はドラムとギターが激しい印象だった。

かなり昔に戦闘機の映画で使われた物らしい、イメージの映像でも大気圏内を飛ぶ戦闘機の様子が映っていた。

父親はこの映画の影響で宇宙軍航空隊に入ったらしい…たしかにこの映像を見ていると、私も飛びたいような気持ちになってくる。



その次の日は砲雷長だった。

彼女はこの学校に入るまで地球で過ごしていたそうで、いろんな話を聞かせてもらった。

地球と言えば青い海だが、彼女の住んでいたタラントでは海は真っ黒で、飲んだりしたら病院行きは間違いないらしい。

その他に、艦船の写真が何枚もあった。


それらはすべて水上艦、シロッコ級駆逐艦やトレント級ミサイル重巡洋艦などだと砲雷長が説明してくれた。

ただ写真の劣化具合からも分かるようにそれらはすべて祖父が撮ったものだそうで、この写真に写っている艦はほとんど大戦で沈んでしまったらしい。



そして翌日は整備長が来てくれた。

私はまず彼女に、整備課から負傷者を出してしまったことについて詫びた。

彼女は平然とした様子で


「あー…そう、それなんだけどね、負傷した2人…ニーナとサーシャだけど、もう治ったってのはサギリから聞いてるかな。あの子たち、元気に整備課で仕事やってるよ。

 それに『負傷者が私たちだけで済んだのも、艦長の指示のおかげだ』って…ほんと、いい子たちだよねぇ」


整備長の言葉を聞いた後、私はまた泣いてしまった。

私のせいで怪我をさせてしまったのに、恨むどころかむしろ感謝されるなんて。

申し訳なさと情けなさで心がいっぱいになる。


「あ、やっば…えーとほら、こっち見て!」


そう言われて、潤んだ瞳を整備長へと向ける。


「こう手をスーッと動かすと…ほら!親指が消えるマジック!」


整備長の優しさを感じるが、それ以前に丸見えな親指の全然成功していないマジックについ噴き出してしまった。


「あっ失敗してる!ちょっ、笑うなー!」



また次の日は補給課長が来て、一緒にパズルをした。

簡単なものから複雑なものまで…久々に脳をよく使った。


帰り際に、端末にパズルゲームのアプリを送ってもらった。

「時間を持て余したらやってみてください、結構面白いですよ」と言われてプレイしてみたが…

難しい。本当に難しい。クリアできるのか…?



翌日は情報長。

部屋に入って私を見るなり、「なんですかその髪は!?」と大声を上げて部屋を出て行った。

しばらくして戻ってきた彼女の手にはヘア関係の器具が色々。


この頃手入れが面倒で、縛るのもやめてボサボサのままにしていた髪を情報長が整備してくれる。


「せっかくいい髪質をしているというのに…!手入れしないと、すぐ痛んじゃいますから!」


「は、はい…」


「リンスは毎日してます!?」


「えっと、たまに忘れることが…」


「毎日してください!お風呂上りに乾かすのも鉄則です!間違っても濡れたままベットで就寝なんて言語道断ですからね!」


情報長にセットされた髪は、以前と同じでポニーテールに戻っている。

エレナに貰ったゴムも久々に使った。


以前までと見違えた姿に、今まであんな姿でみんなと会っていたことが急に恥ずかしくなる。


「髪は乙女の命ですから!手入れは毎日欠かさずに、いいですね!」


「は、はい!」



また翌日、来たのは航海長


唐突にギターを持って入ってきたと思ったら急に弾き語りを始めた。

いきなりで面食らっていたが、いつの間にか聞きこんでしまうくらいには上手な演奏だった。

曲自体がそれほど勢いがあるわけではないのと、航海長の普段の会話からは予想できないやさしい歌い方と声には正直に感動した。



その次の日は機関長だった。

機関長はなんでもマッサージが上手らしく、やらせてほしいとのことでやってもらった。


ベッドにうつ伏せで横になると、そのまま私の上にまたがり、肩から腰にかけてよくもみほぐしてもらった。

最近はロクに動いていないので、大層こっていたらしい。

終わってみるとなんだか体が軽くなったような気分がした。


「またしてほしかったらいつでも呼んでくださいねっ」と彼女は言い残して機関室に戻っていった。



そして8日目は通信長、マリーさんだった。

彼女が持ってきたのはホロプラネタリウムの投射機

部屋の電気を消してスイッチを入れると、辺りは森の中のようになった。

暖かな光が差し込み、鳥の鳴き声が聞こえる。一瞬、ここが私の部屋であることを忘れそうになった。


「この機械は、地球の自然を再現しているんだ。

まだ宇宙開発の初期だったころ、地球から離れて暮らす作業員たちはこのプラネタリウムに火を灯し、母なる星を思ったそうだ」


「そう…だったんですね、確かに、なんだか懐かしい気持ちがします」


この光景に見覚えはない。

ただ、安心するのとどこか懐かしい心地がする。


「艦長は、地球に行ったことは?」


「いいえ、ありません」


「私も同じだ。地球に行ったことはない、だからこの景色が本物の地球そっくりかはわからない。だが懐かしいような…そんな気持ちはする」


私たちの遺伝子とか深層心理とか、その奥に地球の景色が刻み込まれているんじゃないかな…と、そう言っていつの間にか持ち込んでいた、密閉容器のコーヒーの蓋を開けて通信長が一口飲んだ。


「まあその話は置いておいて、なんでもこういった景色には精神を落ち着かせる効果があるらしい。それで見せてやってほしいと医療長からそのプラネタリウムを持たされてここに来た次第だ

この装置は一晩ここへ置いておく、たまにはこういう中で過ごしてみるのもいいんじゃないか?」


私はまだ通信の仕事があるからと、通信長はプラネタリウムを置いて部屋を去った。



プラネタリウムを付けたまま、ベッドに横になる。

そのまま目をつむると鳥の鳴き声が耳に入ってくる

結構な音が出ているのにうるさいとは感じない、不思議な感覚だった。

そのまま、その日は眠り込んでしまった。


2111年5月6日 午後4:06


「医療長、艦長は?」


「起きてるわ、特に異常はなし…ところでそのカップは?」


「差し入れ、のようなものです。中身はコーヒーです」


「コーヒーか、まあ薬と競合しないし大丈夫よ。じゃあ私は仕事があるから失礼するけど何かあったらすぐ呼んでね」



医療長が去り、廊下に一人になった。

意を決し、ドアをノックする


「艦長、副長の南です。開けていただけますか?」


しばしの沈黙の後、ドアが開かれ私は中へ入った。

艦長は…正直なところ思っていたよりも元気そうだった。

いやしかし、そういうことは思っても口に出してはいけないと先ほど注意を受けた。

なんでも負担になってしまうとか


「副長…来てくれたんですね」


「はい、時間が空きましたので」


手に持っていたカップを机の上に置くと、艦長は椅子に座った。私は向かい側に座る


「コーヒーを淹れてきました。市販品ですけど」


「すみません、ありがとうございます」


外見ではいつもと変わりない艦長だが、声がいつもと少し違うような気がする。

やはり完全には治っていない。今はただ「調子がいいだけ」なんだ


「そうそう、実は面白いものを用意してまして…カップの蓋を開けていただけますか?」


「はい、こうですか?」


「ではこれを…」


湯気の立ち昇るコーヒーの上に、蓋をするように持ってきたあるものを置く。


「副長、これは…?」


「これは…お菓子です、ストロープワッフルって言うんですよ。あっ、まだ食べないでくださいね」


艦長に釘を刺しておき、2人分のワッフルの乗ったコーヒーが机の上に鎮座する。


私が話そうかと思った中、先に口を開いたのは艦長だった。


「あの、どうですか、艦の方は…」


下手に答えられない質問が来る。

医療長はこっちからその話題は出すなと言っていたが、聞かれた以上隠すわけにもいかないだろう


「今のところ、特に問題は起こっていません。みんな元気に働いてますよ!」


無難な受け答えをしておき…ここからは、ちょっと踏み込んでみる


「艦長は仕事をしすぎです、もっとみんなを頼ってもいいんですよ?」


「…すみません、みんなに迷惑かけちゃうかなって」


言葉遣いに気を付けつつ、私は、艦長に思っていることをぶつけていく

あくまで咎めるようにではなく、アドバイスのように


「艦長、艦は一人で動かすんじゃありません、皆で動かすんです。何人も集まって、自分の仕事をこなして。それで初めて艦は…船は動くんです。

自分じゃできなかったり、自分一人じゃ大変なことは他の人に手伝ってもらってもいいんです。他人を信じ、信じられてこそ船は満足に動きます

だから艦長も、もっとみんなを信じて欲しいです」


そう話している最中、艦長の顔は何か気づかされたような表情になり、話し終わると神妙な顔つきになった。


「あの、気分を悪くさせてしまったならごめんなさい…そうだ、ワッフル食べましょうワッフル!」


半ば存在を忘れていたワッフルをカップから取り、艦長に差し出す。


「艦長、割ってみてください」


「こう…ですか?」


艦長に合わせて私もワッフルを割く。

そうすると中から出てくるのは…あまーいシロップだ。


「そのまま、食べてみてください」


艦長がワッフルを口に運び…少しすると、途端に明るい表情になった


「甘い、ですね…」


「でしょう?コーヒーとよく合うんです。あ、ブラックで作ってきましたけど大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です……ん、確かに、よく合いますね」


艦長にもストロープワッフルの良さを理解してもらったようで良かった。

私は得意げに鼻を鳴らした。


冷めないうちに私も頂く。やはりこのお菓子はいい…

ワッフルを食べ、コーヒーを飲み、また食べる。甘さが苦みで消されるのでいつまでも食べられそうな気分だ。

この時間が続くよう、ゆっくりとこの動作を繰り返す。

やはりお菓子はいい。人類が生み出した文化の極み。


最後の一口を食べた後、程よく冷めたコーヒーを飲み干す。

至福の時であった。そう思いつつ艦長に目をやると、ちょうど彼女も食べ終わっていた。


「副長、ありがとうございます。美味しかったです」


「いえいえ、艦長が楽しんでいただけたなら幸いです」


端末を開くと、そろそろ当直の交代の時間が近づいていた。


「すみません艦長、そろそろ仕事があるので失礼しますね」


そう言いつつ、艦長と私の空のカップを手に取り立ち上がる


「あの、艦長…最後にちょっとだけ、艦長はあまり自分に自信が持てないかもしれません。でも…私は艦長のこと、尊敬してます!その、すっごく!」


急に切り出した言葉はどこかおかしい。

私は何を言ってるんだろうと思いつつ、湧いてきた恥ずかしさからそそくさと部屋を立ち去ろうとする


「では艦長!お元気で!」


無言でこっちを見つめる艦長に手を振ってドアを閉めた。





副長が出て行ってからおおよそ30分くらいしただろうか

部屋にはまだコーヒーの香りが残っていて、私は横になって無機質な天井を見つめている。


結構…手厳しいことを言われた気がする。

副長の言葉にはガツンと来るものがあった。


私がみんなのためを思って、わざと多めに仕事をやっていたこと。

それは他の人から見れば「艦長は自分に仕事を任せられない、自分を信頼していない」とも捉えられる行為だったのか。


そういえば、お父さんからも「お前は何でもかんでも一人で抱え込みすぎだ」と言われたことがあった。


「艦は一人で動かすんじゃない、皆で動かす…」


副長の言葉を口に出す。


正直なところ、艦のことは私が頑張らなくてはいけない…いや、私一人でなんとかできると思っていた。

しかしそれは壮大な誤りで。


私は核融合炉の起動方法なんて知らないし

航海に必要な物資を計算して正確に搬入する方法なんて知らないし

艦の壊れたりした所の治し方なんて知らないし

火器管制システムの運用方法なんて知らないし

毎日決まった時間に船員全員分の料理なんて作れないし

ハイパーレーン突入のやり方なんて知らないし

各種センサーの詳しい操作方法なんて知らないし

その時の状況に合わせて、素早く必要な情報を提供するなんて苦手だし

敵の通信を傍受するなんてできないし


結局、私はできないことの方が多いということに、今気づかされた。


でも…副長の言葉を解釈するなら、それは仕方のないことなのだと

どうしても出来ないことは任せていい。


「私、今まで無茶してたんだ」



それに気が付いた時、心が軽くなったような気がした。


備え付けの電話から医療室へ繋ぎ、出てくれた子に医療長を私の部屋に呼んでほしいと伝える。



今なら―今なら私は。

薄暗い部屋で医療長を待つ。


そんな中、艦は突然大きく揺れて、廊下の電灯の色が変わるのと同時に辺りに警報が鳴りだした。



おおよそ2か月ほど投稿が滞ってしまい申し訳ないです

次は遅れないよう可能な限り善処します

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