Log4.鉄の女王
薄暗い会議室、そのなかで輝く机の液晶に全員が釘付けになっている。
「では、先日ヴィットリオ・ヴェネトより回収した航海記録の再生を開始します」
情報長がそう告げるとともに、液晶からホログラフが表示される。
航海記録は宇宙港に停泊しているところから始まった。
停泊地の6番ベイには本艦と、ヴィットリオはもちろん他駆逐艦2隻の姿も見える。
「ヴィットリオ・ヴェネトが出航したのはここ、9:46の時点ですね。まあ、これはもう皆さん知っていると思いますが…」
先日の会議でその報告は受けている。
私と副長が着くまで待機中だった艦橋で、情報長が事細かに記録を取っていてくれたのはありがたい。
「出航の指示を出したのはヴィットリオ・ヴェネトのマッケンゼン艦長です。それに従って実習艦のジャーヴィスと通常艦のブリスカヴィカが護衛として出航しました」
そしてその後は全艦ハイパーレーンに突入し、プロキオン星系から離脱した。
「じゃあメイリンちゃん、なんで私たちは置いて行かれたんすか?」
メリー電機長が不意に質問を口にする。
たしかにそれは私たち全員が抱いていた疑問だ。
「情報長と呼んで…いや、大丈夫です。
あの、それなんですが、当時私は司令部へのアクセスに必死で…」
話の途中で情報長が大きく頭を机にぶつかるほどのところまで勢いよく下げる。
「通信機器のセットアップを済ませておらず!通信を受けているにもかかわらず!何の応答も返さなかったことから!出航不能と判断されて置いて行かれたと思われます!ほんっっとうに申し訳ありませんでした!」
…これは立派なヒューマンエラーだ。しっかり者であると思っていた情報長だったがゆえに意外だった。
「この度は責任を取って情報長並びに通信長を辞任し、後任は副情報科長に…」
「…副情報長は現在心労にて医務室で休養中です」
情報長の辞任届提出は副長によって妨害される。
それに私としても、一部素行に問題があるとはいえ、その能力の高さは優れている…というのは今までの航海で十分わかっている。
「メイリン情報長、その件は今回、特例で恩赦に…できると思います。一応厳重注意としますが、辞任せずに残っていただけるとありがたいです」
落ち込んでいた情報長の顔が、驚いた表情に変わった後明らかに明るくなった。
「か、艦長命令とあれば!このヤン・メイリン不束者ですがこれからも当艦サミュエル・B・ロバーツのため尽力したいと思います!」
「おーっ。おめでとう、でいいのかなこれは。それで航海記録はどうなったのさ?」
砲雷長の指摘で軍法会議から作戦会議へと戻る。
一時停止した航海記録は再び再生され、地点はレーンアウト直後、プロキオンより4光年のところが写る。
「この3隻は巡航速度が本艦よりちょっと速いので、少しずつ距離が広がってますね…それでここの座標にて敵と思われる艦隊と交戦に入ります」
この時ヴィットリオ・ヴェネトは機関不調で整備をしていたらしく、シールドも展開せずに補修を行っていた。
そしてそのわずか10㎞に敵艦隊が出現する。
敵は巡洋戦艦リシュリューを旗艦とし、他巡洋艦6と駆逐艦6で構成されている。
ヴィットリオ・ヴェネトは反撃を行うも多勢に無勢。また敵旗艦リシュリューの集中砲撃を機関部に受けたのが致命傷となり…戦闘開始から15分後に総員脱出命令が下る。
「駆逐艦2隻の必死の妨害により、脱出艇の90%は離脱に成功。残りは敵艦に回収されたと思われますね
その後、2隻は緊急ドライブにて離脱します。レーンアウト地点は不明ですが」
この戦闘を最後に航海記録は終わっている。
就役から9年、政府軍の艦船としてヴィットリオ・ヴェネトは2111年4月18日にその生涯を終えた。
この名前は3代目。初代はイタリア王国の戦艦、2代目は同共和国のミサイル巡洋艦であった。
「果敢に戦ったヴィットリオ・ヴェネトの乗組員に畏敬の念を示します…それで、この航海記録からはかなり有益な情報が得られましたね」
情報長が端末を操作しホログラフが切り替わる。
表示されたのは敵艦隊、戦艦リシュリューとその随伴艦たちだ。
「この艦隊と、先日交戦したコルベットはすべて共通した未知の国籍コードを使用しています。名前まではわかりませんでしたが、今後このコードを使用する艦は敵とみなしてもよいかと」
「りょーかい。後で照準装置の設定を弄っとくね」
「センサー表示の設定も変えときまっす」
「情報長、この艦隊の元の所属はわかりますか?」
「あ、はい。えっと…シリウス駐留の第5艦隊内、第2戦隊所属の…というか第2戦隊そのままですね。リシュリューに矢矧、フェニックス、ドレスデンにヨルクと駆逐艦6隻は元からですが、
新たに巡洋艦キーロフ、リアンダーが増強されています」
「全艦とも探知能力と速力に優れているため、小規模でバラバラに逃げ回る私たちの追撃にはピッタリですね…」
艦船に詳しい副長が付け加える。
「そうそう、プロキオンで入手した情報の中に人事に関するものがあったんですが、それに第2戦隊の提督についてのものもありました」
情報長が再び端末を操作するとともに、ホログラフにある人物の写真とその経歴が表示される。
「エリー・リコリス・クラインツ。年齢は89歳で性別は女性。前大戦で北海同盟海軍に所属していました。同対戦中の第2次ユトランド沖海戦にて、身体の約6割を欠損する大怪我を負いますが
機械化治療を受けて回復。大戦終結後は宇宙軍に所属し、2110年4月より第2戦隊提督となりました」
「89歳!?全然そんな風には見えませんが、本当なんですか?」
副長の疑問ももっともだ。
私から見ても…30くらいだろうか?顔にはしわもなく髪も真っ直ぐでツヤがある。
「大戦時の機械化治療で寿命が大幅に伸びただけでなく、顔の方もかなり機械化されたそうで。ただしその治療の副作用で好戦的な性格だそうです。
またシミュレーターでの記録も4位ときわめて優秀です。おそらく…我々の大きな脅威となるでしょう」
彼女のシミュレータースコアが表示される。
3位とは僅差であり、また備考でも「攻撃的だが優秀」「攻撃戦ならば1位にも匹敵する」とまで書かれていた。
未だ目的地までは数か月ある。
彼女が追撃部隊の指揮官である以上、また交戦する機会があるかもしれない。十分に警戒しておこう。
「これらが、今回の接触とそれに基づく推測等によって得られた情報です。情報長からは以上となります」
「ありがとうございました、メイリン情報長。では、これにて会議を終了します。各員持ち場に戻ってください」
会議も終わり、私は一人艦長席で端末を眺めていた。
「やっほー艦長、何見てんのー?」
「あ、砲雷長」
「こういうときはニコでいいよ、みんなそう呼んでるし」
ニコ…?と一瞬考えたが、なるほど名前のイニーゴからとってニコか、と一人で納得した。
「じゃあ、ニコさん…でいいのかな」
「なんかちょっと距離を感じるけど…まあいいや、んで何見てんのさ」
「副長から敵艦の情報を貰ったので確認してるところです」
ほら、と砲雷長にも見えるように端末を傾ける。
今閲覧していたのは敵旗艦、リシュリューのページだ
「リシュリューかあ、最新鋭戦艦が敵になるとは厄介だよねー」
「詳しいんですか?砲ら…ニコさん」
「まあそこそこ。レナウン級の3番艦でしょ?主砲は38.4㎝3連装を5基で副砲は20.3㎝連装砲を2基。レキシントン級と比較して主砲が1基増えたにもかかわらず速度は向上。だけどその分防御力が削られちゃってる」
そこそことは一体何だったのか…ページは特に進めていない、にもかかわらず性能をほとんだ把握しているところからしてもしや副長と同じ口ではないかと思う。
「さすがは…というべきでしょうか。詳しいですね」
「えへへ、どーも」
褒められてうれしいのか、少し照れている。
その幼く見える外見と合わさってかわいらしい。
「なんなら他の艦についても教えるよ、敵を知り己を知ればうんたらかんたらって言うし」
「あ、じゃあお願いします」
その後、20分ほど砲雷長の特別艦船講座が開かれた。
ただ文字列が並んでいる書類では理解しきれないところがあったが、砲雷長のかいつまんだ説明はかなりわかりやすかった。
しばらく暇を持て余していると、艦橋に通信が入った。
艦内から私に対しての発信だ。端末を操作し通信に応じる。
「艦長、こちら医療室です。先日回収した救助者の方が目を覚ましました。会話もできるので来ていただけますか?」
「わかりました。今行きます」
医療室のドアを開けると、さっそく医療課の子が出迎えてくれた。
案内に従い、仕切りのカーテンの中へと入る。
中には医療課の人と、ベッドに座り込んでいる子が一人。その顔はつい先日見たばかりの元要救助者だ。
今は医療着を着せられているが、特に具合が悪そうな様子はない。
「貴方が艦長か」
「はい、艦長…候補生の杉菜美晴です」
私が名乗ると、急に手をがっしりと両手でつかまれた。
「この度は、私を助けてくれたことに深く感謝する…いや、感謝してもしきれない。本当にありがとう、杉菜艦長!」
身を乗り出して顔を近づけてくる彼女。
ものすごい勢いで感謝の言葉を述べられる。話し方と相まって、まるで漫画とかで出てくる武士のようだ。
「い、いえ!助けたのは私だけじゃありません!ほかの人達の協力があったからこそ、救助できたんです」
「おっと、それもそうだな…取り乱して済まない。申し遅れたが、私の名前はヨードル・マリー、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします。マリーさん」
ひとまず、医療課の子が席を外して空いた椅子に腰をかける。
「すみません艦長、遅れました」
副長が合流し、自己紹介を済ませたところで早速私は事情を聞き始めた。
質問は私が行い、記録は副長が録る
「それでマリーさん、貴方の所属と階級をお願いします」
「ああ、所属は…航宙駆逐艦ジャーヴィス、の通信長。階級は候補生」
やはり、同じ実習艦であるジャーヴィスの乗組員であった。
では次に気になるのは、なぜヴィットリオ・ヴェネトの艦内に居たのかだが…
「ヴィットリオ・ヴェネトの艦内に居たのはなぜですか?」
「それは…たしかヴィットリオの機関が事故を起こしたとかで、負傷者の回収作業を手伝っていた。ヴィットリオは急な出航のせいで医療物資を載せてないとかでウチの艦に移す必要があったからだ」
「なるほど…では、なぜ取り残されたのですか?」
マリーは急に黙り込み、うつむいてしまった。
あの暗い艦内を思い出しているのだろうか…あの中で味わった恐怖は言うまでもなく大きかっただろう、黙り込んでしまうのも無理はない。
「あの、もし辛かったら無理をしなくても大丈夫ですよ、また落ち着いたら聞きますから」
「いや、大丈夫だ。南副長……あの時、私は回収作業を手伝っていて…急に警報が鳴ったと思ったら、船が大きく揺れたのは憶えている。気が付くと艦内は真っ暗になっていて、私は小部屋の中に居た。救助の為に着ていた宇宙服のおかげで窒息死は免れたが…ドアが壊れていたせいで外に出ることはできなかった。
他の乗組員が必死にドアを開けようとしていたが、びくともせず…私は、私を置いて脱出するように言った」
マリーさんの顔が苦虫を嚙み潰したようになる。
「彼女たちにはつらい選択をさせてしまった…もう一度会えた時は何としても謝りたい。それで、その後はあなたたちの知る通り救助されたというワケだ」
「…なるほど、ありがとうございました、マリーさん」
「失礼します」
ちょうど聞き取りも終わったころ、主計課長のアリスさんが料理を手に入ってきた。
「丸一日何も食べていないと聞いたので、少し早いですが夕食を持ってきました」
主計課長が蓋を開けると、辺りにいい香りが充満する。
今日のメニューのメインは肉じゃが。そういえば、昔お父さんがよく作ってくれたのを憶えている。
「おお!おいしそうな料理だな!早速頂こう!」
「勢いよく食べたい気持ちも分かりますが、最初に水を飲んでからゆっくりと食べてください。急に食べると胃腸が驚いて調子を崩してしまうかもしれませんから」
主計課長に言われたとおり、ゆっくりと食べていくマリーさん。
一つ食べるたびに「おおっ!」とか「うまい!」とかリアクションをするので、見ているこっちまでお腹が空いてきた。
「では、私は夕食の用意がありますので。トレーは後で回収に来ます」
そう言って出ていく主計課長。私たちもそろそろ戻るべきか。
「すみません、そろそろ私たちも失礼しますね。マリーさんはゆっくり休んでください」
「ああ、時間を取らせて申し訳ない。では、また会おう」
カーテンを開けて外に出ると、書類をまとめていた医療長がこちらに気づいて向き直る。
「あら艦長、こうしてお会いするのは初めてね。私は医療長のジャスミン。姓はサギリよ、よろしくね」
そういうと医療長はハグをしてきた。
一瞬何事かと慌てるが、たしかアメリカ地方の挨拶だっけ…と思い出し冷静になる。
「わわっ…よ、よろしくお願いします。私は艦長の、杉菜美晴です」
あくまでも挨拶なのですぐに離してくれた。
「怪我や病気の診断、治療だけでなくメンタルのケアも担当してるわ。何かあったら、遠慮なく相談してね」
私より一回り位大きいが、さっきのハグはとても柔らかいものだった。確かに身体も性格も包容力がありそうだ。
もし落ち込むようなことがあっても、心の支えとなってくれる人がいるのはありがたい。いざとなったら頼らせてもらおう。
医療室を後にし、艦橋へと戻ってしばらく経った。
電機長がジュースを買いに行ったので、センサー見張りは副長がしているが…それ以外に特に変わったことはない。
空いた今の時間を使い、航海日誌を書き進めていく。
こういうのは一日づつコツコツとやっていかないと、後で痛い目を見るというのはこれまでの学生生活でよーくわかっている。
そんなことを思いつつも書き忘れていた昨日の物を今書いているのだが…
内容がちょうどコルベット撃沈の辺りに差し掛かったころ、一休みに背伸びをしている時だった。
「艦長!センサーにレーンアウト反応!何者かが現宙域に侵入してきています!」
副長からの警告で慌てて端末内の航海日誌のウィンドウを閉じる。
「そ、総員戦闘配置!副長、出現位置は!?」
「本艦より2時の方向、右舷側!粒子反応なおも増大…あと9秒でレーンアウト完了します!」
「はいはい今戻りました!なんかヤバいことなってますね!?」
エレベーターから電機長が転がり込み、席に座ると同時に右からまばゆい閃光が差し込む。
大きい…おそらく戦艦クラスであることは間違いない。
「情報長!」
「はい!所属識別……なんてこと、リシュリューと同じ、暫定的な敵艦隊のものです!」
よりにもよってここで…!
敵艦との位置は数kmほど、砲戦は避けられない。
「航海長、緊急離脱!」
「無茶言うな!緊急ドライブは昨日使ったばっかりなんだ、粒子貯蔵量は微塵もないぞ!とりあえず、機関最大!」
艦が大きく加速するが、距離はさほど開かない。
こうなれば、やられる前にやるしか道はない。そう思い魚雷の発射を命じようとしたところで敵艦が先に動いた。
「敵艦発砲!」
情報長がそう叫んでから数秒もしないうちに、艦が大きく揺れる。
シールド展開は間に合わず直撃したか。被弾を知らせるアラームが大きく鳴る。
「情報長、損害報告!」
「右舷の魚雷発射管大破!誘爆の危険性はなし!」
「敵弾まだ来ます!衝撃に備えて!」
再び艦が大きく揺れたと思うと、モニターに表示される艦の速度が落ちていく。
「機関部に損傷!両スラスター停止!」
「両方停止って、とんだラッキーショットじゃねえかクソ野郎…!」
航海長が怒り、操作盤を殴るがそれで機関は治らない。
この艦は反撃もままならず、また離脱もできない。
万事休すか……そう思ったとき通信が入った。
「…艦長、敵艦より通信です。つなぎますか?」
一体何の目的?訝しみつつも、応じることで少しでも時間が稼げると考えた私は情報長に答えた。
「はい、繋いでください。でも映像回線は開かず、音声通信のみで」
「了解しました。敵艦との回線開きます」
艦長席と上部のモニターに、「SOUND ONLY」の文字だけが表示されたウィンドウが開かれる。
そして聞こえてきたのは…若い男性の声だった。
「こちらは自由革命連邦軍所属…航宙戦艦、クイーン・エリザベスである。貴艦の所属を述べよ」
「…こちらは地球政府宇宙軍所属、航宙駆逐艦、サミュエル・B・ロバーツです」
学生の艦と悟られると舐められるかもしれない。ここは取り合えず嘘をついておく
「ではサミュエル・B・ロバーツに告ぐ、直ちに機関及び全武装を停止し降伏せよ。さもなくば撃沈する」
中途半端な攻撃で、沈めなかったのはこれが目的か…
理由は不明だが、敵はこの艦を拿捕しようとしているらしい。
とはいえこういう状況では、どうするのがベストだろうか…?一旦通信をミュートにし、副長に助けを求める。
「ふ、副長、どうしよう…」
「そんなこと言われましても…と、とりあえず話し合うとか言って時間を稼ぎましょう」
ひとまずは副長の案に従うことにし、回線のミュートを解除する。
「私の一存では決めかねます。一度全員で話し合うので15分ほどの時間をください」
「よかろう、では15分後に連絡を入れる」
「どうしよう…どうしよう…本当に」
ひとまずは窮地を脱したものの、未だ危機的な状況であることに変わりはない。
そして突き付けられた2つの選択…降伏か、さもなくば死か。私はこういった選択に弱い。
いや、さっきも言った通り私の一存で決めるものではない。ひとまず全艦に通信をつなぎ、今までの状況を説明した。
「そういうわけで…クイーン・エリザベスに降伏するか否か、多数決で決めたいと思います。各部長は5分話し合い、結果を報告してください」
今まで経験した人生の中で、最も重苦しい5分が流れた。
まず機関部を最初に、続々と報告が入る。
「こちら機関課です。機関は…私たちは全員一致で降伏に反対ですっ。現在、急ピッチでスラスターの回復に努めていますっ」
「医療課だけど…話し合った結果賛成も反対もなし、中立ってことでお願いするわね」
「整備課だ。うちらも全員降伏反対。んで今魚雷発射管を修理中だ」
「補給課、反対5名、賛成5名…あ、私も入れて反対6名です」
次に艦橋員からの報告が入る。
「航海課は全員降伏はイヤだってさ、もちろん俺もだぜ」
「情報課は賛成3名、私含む残り4名は反対です」
「砲雷課だけど、全5名みんな反対だってさ」
「電機課、私以外みんな反対だそうでーす…」
「副長、南七瀬。降伏には反対です。艦長は…どうされますか?」
私か、私は…
考え込んでいると、不意にエレベーターの扉が開いた。
「失礼。ヨードル・マリー、反対の意見を表させてもらおう。そしてここには何か力になれないかと思い参った次第だ」
今のところ反対派が有利。確かに、降伏すれば今死ぬことはない。
だが、その後で何をされるかわからない…捕虜となる可能性だってある。
ここが決断の時か。
「私も、反対です」
「決まったようですね。艦長」
「はい副長。…全艦に通達!本艦は、敵艦の降伏勧告を拒否します!総員、戦闘配置を維持!損傷部の修理急いで!」
意見が決まったところで、ひとまずどうやって敵艦から逃れるかを話し合うことになった。
残された時間は9分。長いとは言えない、一刻も早く決める必要がある。
「しかし艦長、どうするんだ?緊急ドライブは使えない。離脱は難しいぞ」
「そこが問題ですね…」
そこへ情報長が全員の端末に情報を送ってきた。
「敵艦の情報送りました。セラシェ級戦艦の3番艦、クイーン・エリザベス…特徴としては、宇宙軍創設後初めて作られた航宙戦艦。つまりはかなりの老朽艦であり、シールドを一切積んでおらず防御を装甲に頼っている点が挙げられますね。兵装も火薬式の実弾中心です」
「なんだ、よぼよぼの婆さんじゃん」
「油断してはいけませんよ、メリーさん。旧式とはいえこの艦からしたら大きな脅威です。シールド発生装置も故障中ですし」
情報長の言うとおり相手は戦艦だ。
そして頼みの綱のシールドは使えない。一発の被弾が命取りとなる。
「機関長、スラスターの調子は?」
「はい、あと4分時間をください…たぶん、いや復旧できますっ!」
通信をつないだ機関長の心強い返答が返ってくる。
そうだ、みんなこの艦のために努力している。
それに報いるためにも、最適な選択をしてこの苦境を何としても脱するほかない。
「緊急ドライブが使えない以上、通常の航法で離脱するしかないわけだが…その時、敵艦に追いかけられたら困る。敵の足を止めることを第一目標としてはどうだろう?」
マリーさんの冷静な意見は筋が通っている。
「そうですね、マリーさんの言う通りです。敵の機関を停止させている隙に離脱しましょう」
「じゃあ魚雷の出番だね!最新のMk10魚雷なら、あの艦の装甲なんか紙同然だよ!」
「でも、右舷の発射管は使えないですよね?」
「大丈夫だよ情報長、後部の発射管は使えるはずだもん」
あれこれ意見を出してくれたので、これをもとに頭の中で作戦を考える。
しばらく試行錯誤を重ねつつ…ある程度まとまったところで考えた計画を口に出した。
「これまでの話をまとめて作戦を考えると…まず回頭して、敵艦に艦尾を向けつつ魚雷を発射。敵の足が止まったところでそのまま離脱する。という流れで行ける…と思います。みなさんどうでしょう?」
「副長、異議ありません」
「異議ないっす」
「問題なさそうだな」
「賛成するよー」
「異議はありません」
「妥当だが、良い判断だ。さすがは艦長だな」
全員の意見がまとまったが、残った時間はあと5分。
成功するかどうか…いや、成功させなければならない。
「こちら機関部、修理完了しましたっ」
「整備課より艦橋、悪いんだけどシールド発生装置はまだ直せそうにないよ。ごめーん」
「後部発射管問題なしっと、信管調整もオッケー!」
「メリーさん、敵弾はそこまで早くありません。センサーとリンクさせれば対空砲でも迎撃はできるはず」
「確かに出来なくはないけど、当たる保証はないっすからねメイリンちゃん…」
期限まで残り3分を切った。
各部員は最後のチェックを行っている…
これは今まで経験してきた中で最も危機的な状況だ。しかし備える時間はある、無事に脱出できればいいが
「艦長…と情報長、少しいいだろうか」
「マリーさん、どうしましたか?」
「私に通信をやらせてもらえないだろうか?ジャーヴィスでは通信長を経験したこともある。それに兼任は大変だろう」
「それはまた…願ってもないことと言いましょうか、とにかくありがたいです!すみませんがお願いできますか?」
「任せてくれ」
そう言ってマリーさん…改め通信長が空いていた椅子に座る。
「レーベレヒト級は徹底した少人数化のせいで兼任が多くて大変」というのはよく情報長も口にしていた。
情報と通信、この2つは艦においてとても重要である。両方こなしているメイリンさんはすごかったのだ。
そうしているうちに時間は過ぎ、期限の15分となる。
騒がしかった艦橋も落ち着いて、ただ静かに皆が待っている中敵艦からの通信が入った。
「時間だ。答えを聞こう」
「通信長、返答を」
「了解であります、艦長…クイーン・エリザベスへ、私はサミュエル・B・ロバーツ通信長、ヨードル・マリーである。我が艦の返答は…」
堂々とした名乗りの後に一呼吸置き、より強い口調で返答を述べる。
「沈められるものならやってみろ、せいぜいその古ぼけた艦でな。…以上である。理解できないようなら復唱するが?」
「…よくぞまあ子供が舐めた口を利ける。いいだろう、死んで後悔するんだな!」
そう怒鳴った後に通信は切られる。
「いやー言ってやったっすね通信長、敵さん顔真っ赤ですよ」
「父上から紳士的な煽り文句を学んでいた甲斐があったよ」
「ともかく、これで道は決まりましたね、艦長?」
副長からの確認に、私は力強い命令で答える。
「はい…機関始動!離脱作戦を開始せよ!」
「了解!機関始動、最大船速!同時に取舵一杯、回頭始め!」
航海長の号令と共に艦は加速し、敵艦から離れる進み方をする。
「敵艦の機関始動を確認!増速しつつあります!」
「情報長はそのままモニタリングを!それで砲雷長!」
「はいはーい!後部魚雷最終確認オッケー!全4門、一斉射!」
敵艦に向けられた艦尾の発射管から魚雷が飛んでいく
1つは迎撃されるものの3発が敵の機関部を正確に打ち抜いた。
「魚雷命中を確認!敵艦の増速停止します!」
「やったー!さあ早く逃げちゃお!」
「副長、敵艦の射程外に出るまでにかかる時間は?」
「最高速でも、およそ7分程」
あの艦がやられたまま黙っているとも思えない、5分…短いようで長い時間だ。
「敵艦、発砲!」
クイーン・エリザベスを監視していた情報長が声を上げる。
先ほど確認した情報によると主砲は41cm3連装砲を4基12門。当たれば損害は避けられない。
「航海長、回避運動!」
「今やってる!」
「対空砲、迎撃始めるよ!」
センサーに敵弾の影が映る。
そのうちのいくつかは途中で消えるが、残った弾は容赦なく艦に襲い掛かった。
着弾の衝撃が艦を大きく揺らす
「艦尾に被弾!後部発射管大破!」
アラームが鳴り響く中で損害を報告する情報長。
「速度落とさないで!回避運動継続!」
「了解だ!」
航海長に指示を飛ばしつつ液晶を確認する。
艦尾のブロックが赤く表示されている。着弾したのは副砲の20.3㎝砲弾
幸いにも機関に影響はなく、速度は依然として変わらないままだった。
「主砲弾は迎撃しやすいものの、副砲弾は高速かつ小型なので対処が…」と副長が説明する
「敵弾来ます!衝撃に備えて!」
またもや艦が揺れるが、さっきよりも衝撃が大きい。
「艦側部、右舷発射管付近に着弾しました!現在隔壁閉鎖中!」
情報長の報告に一瞬固まる。たしかその付近では整備課の子が修理を行っていたはずだ。
無事であってほしい…そう祈りつつ正面に向き直る。
「副長!敵艦の射程からはあとどれぐらい!?」
「残り4分で離脱!」
4分もか、と思わずにはいられない。
敵の射撃は思っていたよりはるかに正確だ。あと4分も打ち続けられたら…
しばし考え込む…こういう時こそ冷静に。
危機的な状況下で最も大切なのは冷静な判断、そうお父さんも言っていた。
少々危険だが…脱するためのプランが一つだけ思いついた
「…航海長、左舷に大きく回頭してください」
「なんだって?そんなことしたら敵に腹を晒すことになるぞ!」
「それでいいんです。砲雷長、そうしたら残っている左舷の発射管より魚雷を全問発射、敵艦付近のところでこれを爆発させてください」
「…なるほど!射程外でクイーンには当てられないけど、爆発で敵のセンサーをかく乱させるんだね!」
それで稼げる時間は短い、だが脱するには十分な時間が得られる。
「航海長、次の敵弾を回避するのと同時に回頭を!」
「あい分かった!」
そう言ったと同時に敵弾がセンサーに映る。
「敵弾来ます!」
「一か八かだ、回頭はじめッ!」
勢いよく操縦桿が引かれるのと同時に体が慣性で左へ引っ張られる。
センサーの敵弾は急速に接近し…本艦と重なる
しかし衝撃はない、回避には成功した。
「回頭完了!撃てニコ!」
「待ってました!魚雷行くよっ!」
魚雷特有の白い航跡は糸を引き、敵艦へ伸びていく
しばらくして激しい爆発が起こり、クイーン・エリザべスの姿は爆煙に包まれ見えなくなる。
その煙を割くように41㎝の砲弾が飛んでくるが…皆目見当違いの方向へ飛翔していく
「どこ狙ってんだか、奴さんのセンサー完全に潰れてますよ!」
電機長は一旦こちらが優勢になるとすぐ煽り始める
「主舵一杯、艦首戻すぞ!」
今度は右へ体が引かれ、進路は元に戻される。
その後数度の射撃があったが、未だセンサーはかく乱されているようで先ほどより少し正確になった程度の砲弾が飛んできただけだった
しばらくして、もう砲弾も飛んでこなくなった頃。
「艦長、敵射程外への脱出、成功しました…作戦、成功ですね」
副長の言葉に肩と…全身の力が抜けて席に座り込む。
今回も、無事に生き残ることができた。
一体こんなことがあと何回あるのだろう?
それを考え出すと思考は悪い方へと行ってしまうのでなるべく考えないようにしているが、とても考えずにはいられなかった。
会議室入り口の端末に手をかざし、ロックを外してから中へ入る。
中では、もうすでに各部隊の司令官たちが集まっていた。
中央の通路を抜け、前方の高台へと上る。手持ちの端末を接続してスクリーンの電源が入ったのを確認すると、早速話を始めた。
「えー、すでに君たちが集められた理由は聞いていると思うが…任務の説明と合わせて再確認しておきたい」
端末を操作して画面を切り替える
「プロキオン基地が連絡を断ってから1か月、情報部が血眼になって調査しているも未だ原因は不明だ。そこで、これ以上受け身で調査をしていても進展は見込めないと判断し、司令部へ調査隊の派遣を提案したところ…先日許可された。
ここまで言えばわかると思うが、諸君らにはその調査隊を率いてもらいたい」
集められた司令官3人の顔を見る…動揺は見られない、ただ真っ直ぐな目で正面を見ている。さすがは第3艦隊の精鋭たちだ
「派遣するのは君たち第2、第4、第5航宙水雷戦隊だ。編成はそのまま巡洋艦2、駆逐艦4。ここまでで、なにか質問は?」
そう聞いたところ中央の女性、第2航水戦の司令官が手を挙げる。
「マクミラン中佐、言ってくれ」
「司令長官、機動部隊は派遣しないのですか?調査、捜索ならば空母は適していると思うのですが」
「それなんだが、大型艦はリスクが大きいとのことで派遣を認められなかった。すまないが小型艦艇のみで行ってもらうしかない」
「なるほど、了解しました」
他に質問をする者はいないのを確認し、次へ進む。
「次に、この派遣の具体的な目標について説明する。
今回の目標、まずプロキオン、シリウス基地に向かい、何が起こっているかの調査は言うまでもないが、第2目標として両基地から出航したはずの輸送船団の捜索及び合流を設定したい。
そして第3目標だが…これを見てほしい」
端末の画面を操作して新たな画像を出す
「これはプロキオン基地の、軍女学校所属の艦だ。君たちから見て右はミハイル級駆逐艦ジャーヴィス、左はレーベレヒト級のサミュエル・B・ロバーツだ。
この2艦は一か月前、ちょうど基地が連絡を断ったのと同じ日に候補生を載せて実習航海に出る予定だった。第3目標は候補生の乗った実習艦の捜索、及び保護とする
そして最後に、この派遣の期間は11か月が想定されている。当然だが、損害等を受けた場合の帰還は許可されているから安心してほしい
以上の内容について、質問はあるか?」
「はい」
今度は第4航水戦の司令官が手を挙げた。
「リアン少佐」
「長官、もし敵対する勢力と遭遇した場合、火器使用は許可されますか?」
「そうだ、火気使用についてだが…」
確か許可書類に載っていたなと思い、念のため端末を開いて司令部からの書類を確認する
「各自の判断に基づき、無制限に許可される…とある。つまり敵と判断した場合は撃っても構わないということだ。
もちろん、通信での確認など最低限の手順は行うように」
これ以上、質問を行う者はいなかった。
これで作戦内容はすべて伝達したことを確認し、スクリーンの電源を切って彼らの方を向いた。
「これはかなり危険な作戦となる。こちらとしてもできる限りのサポートを行うが、諸君らも気を引き締めて臨んでほしい。出航は10日後、それまでに準備をしておくように
…会議は以上だ、解散してくれ」
そう言って会議室から出る。
各司令がそれぞれの部隊へ戻っていくのを尻目に、私は紅茶を飲みに執務室へと戻った。