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スターシップ・ガールズ  作者: こるほーず
3/8

Log3.逃げる者と追う者


西暦2111年 4月19日 12:34―プロキオン星系基地より、約2光年の地点


「艦長、超光速航法の準備が完了したぞ」


サラ航海長がモニターを確認しながら報告する。

ルーベック粒子の再充填が終わったようだ。


「では、さっそく超光速航法―ハイパーレーン突入の用意を」


「了解。こちら艦橋、機関室異状ないか?」


「こちら機関室…異常ありませんっ。いつでもどうぞっ」


機関長の相変わらず舌足らずな声が艦橋に響く。

シャルロ機関長は半ばこの艦の癒しキャラになりつつあった。実際癒される。


「了解、機関出力上昇、ルーベック粒子展開初め!」


スラスターの出力が上がっていく音が艦橋にも聞こえ、慣性で体が後ろに引っ張られる。

これで2度目の超光速航法…1度目ほど緊張はしない。


「ルーベック粒子、船体への塗布完了!突入臨界速度まであとわずか!」


モニターのスラスター出力値が120%の値に突入し、艦は最高速度に到達する。


「ハイパーレーン…突入!」


航海長の声とともに、艦橋は光に包まる。

その後、目を開くと…艦は未知の空間を進んでいた。


これが、ハイパーレーン…通常空間とは違う、いわば超空間。

ここでは、通常空間では不可能な超光速移動が可能であり、僅かな間で

数光年を移動することができる。

しかし、このハイパーレーンへ入るには「ルーベック粒子」が必要不可欠である。


ルーベック粒子はハイパーレーンにいる最中、常に展開していなければならない。

その都合上、ルーベック粒子貯蔵量の少ない小型艦は自然と移動距離も短くなる。

さらに、この艦ではルーベック粒子の精製におよそ20日もの月日を要する。

そのため、目的地のトーチ基地まで約5か月もの航海が必要となるのだ。


そしてこのルーベック粒子…これには、重力に引かれて剥離しやすいという欠点がある。

そのため、惑星やブラックホール、恒星などの高重力物体の近くでは

ハイパーレーンに突入することができず、突入していれば引きずり出されてしまう。

これを利用した航海妨害装置も作られているとか聞いたこともある…が、どうなんだろう。


十数分間、いささか眩しいハイパーレーンの中を進んでいた。


「ルーベック粒子、まもなく展開終了!」


私もモニターを見ると、粒子残量があともう少しで0%になる。

もちろん粒子がなければハイパーレーンの中にいることはできない。

だがこの間で2光年も移動したんだから大したものだ。


「通常空間…復帰!」


超空間を脱し、見慣れた宇宙空間へと出る。

一息ついたのも束の間、電機長から思いがけぬ報告が届く。


「センサーに反応!前方に大型艦の艦影!」


「情報長、艦種識別!」


「識別信号…ありません、画像認証で解析します!」


上部のモニター、そして各席の端末に不明艦の画像が表示される。

しかしその艦の側面には大きな穴が開いている…電気等も付いておらず、行動を停止していることは明らかであった。


「艦影照合。前方の艦船はレキシントン級航宙戦艦、その3番艦、ヴィットリオ・ヴェネトです」


ヴィットリオ・ヴェネト…たしかプロキオンにて、私たちの艦と同じ6番ベイに寄港していた

艦のはずだ。

出航の際に姿が見えなかったのは先に離脱していたからか。


「熱源はなし…映像で確認できる損傷から推測するに、撃沈されたのでしょうか?」


副長が端末の操作盤を叩きつつ分析する。


「はい、装甲板の変形等から分析するに、これは陽子砲による攻撃だと思われます」


「電機長、付近に他の艦船は?」


「いないっす。センサーもあの艦のものっぽい破片が映ってるだけですし」


「解析の結果、脱出ポッドはすべて射出されてますね。付近には残ってませんし、

おそらく他の艦が回収したと思われます。…最もそれが敵か味方かわかりませんが」


特に救助の必要はなさそうだし、付近には敵がいるかもしれない。

一刻も早く離脱するべきだろう。


「情報長、轟沈位置を航海記録に残しておいてください。本艦はこのまま航行を―」


「あ、待ってください艦長!ヴィットリオ・ヴェネト艦内より、救難信号が発せられています!」


メイリン情報長の急な報告に、いささか驚愕した。

ということは、取り残された乗組員がいるということか。

脱出ポッドに乗り切れなかったか、あるいは乗り遅れたか…いずれにせよ

対応を決めなくてはならない。


「艦長、どうしますか?罠という可能性もありますが…」


副長の心配ももっともだ。

敵が何であるかわからない以上、救難信号を偽装してのだまし討ちという可能性もありうる。


「いえ、本当の救難信号であるという可能性も捨てきれません。救助要請を行っても、

応じる艦船がいるかどうかわからない現状、本艦が救助すべきです!

機関停止!念のため、周辺警戒を厳として!」


「了解しました、艦長!」



しばらくして、副長と救助要員の編成が完了した。


「整備課から3名、補給課、医療課からそれぞれ2名…そして、現場指揮は艦長自らが…ですか」


「はい、救助作業には各部長が必ず一人は付くようにとマニュアルにありますし…それに、

この艦に何があったのか、自分の目で見ておきたいと思ったからです。副長、艦をお願いします」


「了解です。艦長、くれぐれもお気をつけて」


副長が私の手を両手で包む。

私を見つめるその目には、不安が見て取れた。


「分かってます。じゃあ、行ってきますね」



艦長帽を席に置き、エレベーターを下る。

その後、ハッチの付近で救助要員の子たちと宇宙服に着替えて集合する。


「えーっと、全員いる…のはいいけど、整備課長と補給課長…いいんですか?」


そう、整備課と補給課から送られた人員の中には、それぞれの部長が参加していた。


「海のモンは仲間を見捨てない…それが親父の言葉だったしね、

居ても立っても居られなかったんだ。ま、何かあっても副長がちゃんとやってくれるから大丈夫さ」と西村整備長


「あの艦には、以前艦内公開で乗船したことがありますから。

それに、何かこっちに持ってこれる物資があるかも…」とアンナ補給課長…


どちらも私情が混ざっているような気がするが、ちゃんと業務は引き継いであるようなので

たぶん大丈夫だろう。



「ヴィットリオ・ヴェネトに接近した。ハッチのロックを解除するぞ」


放送機から航海長の声が聞こえたので、隔壁を閉鎖してからハッチを開ける。


側面に空いた大穴がよく見える。

辺りは小さな破片だらけで、注意して進む必要がありそうだ。


「私が先導しますので、皆さんついてきてください」


そう告げて、ハッチの端を蹴って宇宙へと飛び出す。

船外活動の演習では失敗して遥か彼方へ投げ出されることが多かったが、今回は慎重に。


「艦長、どこから入る?」


整備長からの通信が入ったので、辺りを見回して入れそうなところを探す。


「艦側部の穴から入りましょう。尖った破片に気を付けて」


ゆっくりと船体に近づいていき…穴の中へ入る。

ライトをONにしてどこか艦内へ入れそうなところを探す。


「艦長、そこのハッチから入れると思います」


補給長の見つけたハッチに近づき、端末で開けられないかやってみる。


「…ダメですね、電源が落ちてるせいでロックが解除されない…」


「ならちょっと手荒にいくよ、艦長は下がって」


すると整備長はおもむろにレーザーカッターを取り出してハッチに近づく。

なるほど、焼き切るのか。


レーザーの当たった面から火花が飛び散って辺りを照らす。

しばらくして、楕円形の人一人が少ししゃがんで通れるぐらいの穴ができた。


整備長の後に続き、私も艦内へ入る。


「救難信号はこの先です。急ぎましょう」


艦内は真っ暗で空気もない。要救助者が宇宙服を着ていることを祈るばかりだ。





「ルッキーニちゃーん、ミッション23が攻略できないんだけどー」


「あー、そこはハードだと敵の動きを予想して機首を向けとかないと、いくらミサイル撃っても当たんないよ」


艦長たちが戦艦へ行った後、艦内では暇を持て余した電機長が戦闘機のゲームをやっている。

砲雷長はかなり上手なようで、さっきから電機長のアドバイスをしているが…

電機長はゲームオーバーしてばかりだ。


「あーもうやめやめ、難しすぎんのよこのゲーム…」


そう言って、ゲーム用の端末を机に置く電機長。

確かに、私も前にそのゲームを少しプレイしたが、あまり慣れていないのもあってイージーでも

最後のミッションが攻略できず積んでしまった。

…と、そんなことを思い出している場合ではない。


「電機長、艦橋でのゲームは禁止ですよ。ちゃんとセンサーを見張っててください」


「えー、いいじゃないっすか副長ー。どうせなんか映ったらアラームが知らせてくれますし、よそ見してても大丈夫ですって」


「そうは言ってもですねぇ…」


「まーまー、当直終わったらあたしが一緒にやってあげるから、その時まで我慢しよ?」


砲雷長が仲裁に入る。

始めて見た時はただ元気な子なのかと思ったが、面倒見もよさそうだ。


「今戻ったぞー」


エレベーターが開き、航海長が出てくる。


「みんなの分買ってきたぞ。メリーはカフェオレでよかったよな?」


先ほど、航海長が自販機にジュースを買いに行くと言った時、電機長が自分の分を頼んだのを

きっかけに、砲雷長も注文して…結局みんなの分を買ってきてもらってしまった。

航海長が席に戻るついでに、電機長へボトルに入ったカフェオレを渡す。



「お、ありがとうございまーす」


早速蓋を開け、ゴクゴクと飲み始める電機長。


「はいよ、副長の分」


「ありがとうございます」


私と情報長はいいと言ったのだが、結局買ってきてもらった。

貰って貰いっぱなしは悪いので、代金を支払おうと思い、ポケットから端末を取り出す。


「今代金を送りますね…っと」


「ん、別に俺の奢りでもよかったんだけどな」


「そういうわけにはいきませんから、ありがとうございました」



「じゃあ航海長、私のは奢りってことで…」


「メリー電機長、ちゃんと払わないとダメですよ」


「うへー、メイリンちゃん厳しー」


「マナーですもの。あとちゃん付けはやめてください」


「えー、なんでさ」


「その…慣れてないので」


情報長と電機長はまさに凸凹コンビと言った感じで。

2人にとってはただ会話しているだけなのだろうが、はたから見ると仲がよさそうに見える。


和気あいあいとした艦内…しかし、今この艦は救出活動中ということを憶えているのだろうか?


「まったく、この中に艦長たちの心配をする人はいないのでしょうか…」


大きくため息をつく…今のところ、救出隊からは何の連絡も入ってきていない。

何もなければいいが…



「艦長、次の角を左に曲がってください。そこは要救助者に最も接近する場所です」


「了解…ここですね」


補給長の案内に従って、艦内を進んできた。

この付近にいるはずだが…


辺りを確認する…と、開きかかったドアを見つけた。

数センチほど空いてはいるが、電気が止まった影響だろうか、そこから開くことはない。


通信で誰かいないか呼び掛ける。


「こちらは航宙駆逐艦、サミュエル・B・ロバーツより派遣された救助隊です。

救難信号を辿ってきました。誰かいませんか?」


応答はない。

もう息絶えてしまっているのだろうか?最悪の想像が頭をよぎる。


「…あ!艦長、あそこの壁!ほら見て!」


医療課の子から声がかかり、壁を見てみる。

すると、開きかかったドアの隙間から、ライトらしき光が差し込んで壁に映っていた。


しかもその光は点滅している…明らかに人為的なものだ。


「整備課長、あのドアを開けてください!要救助者はあの中です!」


「はいよっ、今行くからね!」


お願いだから生きていてほしい…レーザーカッターの青白い光が照らす中、私は祈った。




「間違いないか、副長」


「はい、あの艦…間違いなく女学校の艦です」


赤い、戦闘時用のライトが艦内を照らす。


モニターとにらめっこしている副長が、先ほどから停止している艦の識別を終えた。

監視を続けて数時間、いい加減飽き飽きしてきたところにちょうど羊がやってきたというわけか。


「では…敵ということになるな」


「それにしても、女学生の艦ですか…少し気が引けますね」


「油断するな、あの艦はすでにわが方の航宙機を2機撃墜している」


そう、あの艦は敵だ。乗っているものが誰であろうと関係はない。


「副長、『エイラート艦隊』への連絡急げ。本艦はこのまま監視を継続、手出しはするな」


「はっ!発光信号での連絡、開始します!」





「副長、あそこ見てくださいよ」


いい加減私も暇を持て余しつつある中、電機長が急に私を呼んだ。

指さした方向を見てみる…が、特に気になるものはない。


「あのあたり…がどうかしたんですか?」


「なんかさっきピカピカって光ってたんすよ…ほら、また光った!」


確かに、何か光が点滅している。だがその正体まではわからない。


「うーん、気になりますね…」


「それなら、ドローンを出してみますか?」


と情報長が言う。


「ドローンって…ああ、確かありましたね。後部格納庫の中に」


「はい、カメラも付いてますし偵察なんかにはうってつけですよ」


艦長もまだ戻りそうにないし…ま、ちょっとした暇つぶしにはなるだろう。


「じゃあ、ドローンを出してみますか。操作は誰が―」


「あ、はいはい!やりたいっす!はいはーい!」


電機長が急にはしゃぎだした。今まで見たことのないテンションだ。


「電機長以外にやりたい人は…いませんね。ではお願いします」


「やったー!」


このはしゃぎようである。まるでおもちゃを前にした子供のような…

操縦主が決まったところで、情報長が電機長に近づく。


「まあ、本来は電機長がやるものですしね…では、この画面をこうして…」


詳しく知っているらしき情報長が、電機長のモニター席を操作する。すると画面が切り替わり

ドローンのカメラが電機長のモニターだけでなく上部モニターにも表示される。


「操作方法は私が教えます。くれぐれも、壊さないようにお願いしますよ」


「分かってる分かってる!早く飛ばそー!」



結局、後部のハッチを開けて発艦するまでに5分もかかり、危なっかしい操縦に度々情報長の悲鳴が響きつつも、なんとか無事に飛ばすことができたようだ。

艦橋からもドローンの噴射が光って見える。青白くてなかなか綺麗だ。


「もうそろそろ、発光してた物体の予測地点に着きまーす」


情報長の熱心な指導のおかげか、電機長は操縦にもう慣れ切っている。

上部のモニターを眺める…ドローンは、ちょうど岩石を旋回してすり抜けたところだ。

そしてその岩石の向こう―何かが見えた。



「艦長、切断終わったよ!」


「わかりました、行きましょう!」


切断されたドアの破片をどかし、部屋の中へ入る。

差し込んでいたライトの光、その元には人がいた。


「要救助者発見しました!医療課急いで!」


「はい!」


医療課の子と一緒に、要救助者の元へと駆け寄る。

近づいてよく見てみると、宇宙服からその人は私たちと同じ実習生だとわかった。

しかし、ヴィットリオ・ヴェネトは実習生艦ではない…なぜ?と思ったが今はそれどころではない。


その子は目を閉じたまま動かない。先ほど点滅していたライトは、

ただ調子が悪かっただけのようだ。


「大丈夫?死んでたりしないよね…」


「それは大丈夫です。脈拍、呼吸共に異常はありません。意識がないのも、

おそらく寝ているだけかと」


医療課の子の報告に、私たちは胸をなでおろす。


「よし、じゃああとはその子を連れて脱出だね。ニーナ、サーシャ!運び出すから手貸して!」


整備課長がほかの整備課の子に呼び掛ける。


「くれぐれも慎重に。服に穴が開いたりしたら大変ですから」


これでひと段落か…と、私はあることに気が付き、その子の携帯端末を探した。

その子の手に握られていた端末を拝借し、救難信号を解除する。


そして、私の端末もチェックする。

もうこの艦の中で救難信号は発せられていない。要救助者はこの子だけだったようだ。


「あれ、艦長、補給課の子たちは?」


要救助者を他の子に預けてきたらしき整備課長が私に尋ねる。


「航海記録の回収に艦橋へ行きました。なので帰りは別ですね」


「はいよ、じゃあ私たちは戻るとしようか」


整備課長に続き、部屋から出る。とその時。

艦が大きく揺さぶられ、私はその衝撃で壁に強く体を打ってしまう。


「痛っ!」


「艦長、大丈夫!?」


「ちょっとぶつけただけです、大丈夫!それよりもさっきの衝撃は?」


困惑しているさなか、母艦より通信が入る。

回線を開くと、情報長の慌てた声が聞こえた。


「艦長、緊急事態です!先ほど不審な発光を目撃したので、確認にドローンを出したところ

 攻撃を受けました!

 あとそちらにその艦の発射した魚雷が着弾しましたが、大丈夫でしたか!?」


「こっちは大丈夫です!それより攻撃してきた艦の詳細は!」


「えーっと…アゾレス級コルベット、19番艦の対馬です!識別信号は政府軍の物ではありません!

艦長、危険ですので直ちに艦に戻ってください!」


「わかりました、すぐ戻ります!」


艦のみんなが心配だ、一刻も早く戻らなくては。

救出部隊員と共に来た道を急いで戻りつつ、艦橋へ向かった補給課の子たちに連絡を入れる。



「アンナ補給長、聞こえますか!?」


「はい艦長、さっきの衝撃は一体―」


「現在、所属不明艦の攻撃を受けています!直ちに艦に戻ってください!」


「了解、こちらも航海記録の回収が終わりました。直ちに帰投します」


入ってきた穴が見えたのも束の間、また艦が揺さぶられる。

補給課の子たちが心配だ…無事を祈ろう。


「一人ずつ出てください!出た人から急いで艦へ!」


要救助者を抱えた整備課の子が、一番最初に出ていく。

私は4番目だが、列を外れて後ろの整備課長に道を譲った。


「私は一番最後に出ます。みんな急いで!」


「悪い、艦長!」


いつ敵の魚雷が、この付近に着弾するかわからない…焦燥感が募るが、ここで焦るのはダメだ。

最後の子が穴を出たので、後方を確認した後に私も艦の外へ出た。




「まさか偵察機を出してくるとはな、完全に予想外だった…!」


本隊が到着するまで、このまま監視を続けるつもりだったが、完全に予定が狂った。

ならばいっそ沈めてしまおうと発射した魚雷は、照準システムの不調で6発ともすべて外した。


「艦長!魚雷の再装填が完了しました!」


「よし、今度は外すなよ!…魚雷発射!」


艦首の発射管が開き、魚雷が飛んで行く。

迎撃はなく、照準もブレていない。着弾は確実だ。


しばらくの飛翔の後、魚雷が炸裂した。


「着弾を確認!やりましたね、艦長!」


副長が喜ぶ。だが私は違和感を感じる。

着弾予測よりも数秒速い爆発だ。つまり…


「いや、まだだ」


爆炎が晴れ、敵艦が目視できるようになる。

予想通り、船体には傷一つない。


「て、敵艦、依然として健在!」


「シールド展開の方が速かったか…こうなると、もう本艦では手が出せんな」


コルベット単艦の火力なんぞたかが知れている。

この艦は奇襲と偵察が主任務の艦だ。駆逐艦には逆立ちしても適わない。


「敵艦発砲!」


艦のすぐ横を、陽子砲の閃光が駆け抜けていく。

位置はとっくにバレている。それに一発でも当たれば致命傷は避けられない。


「機関全速!回避運動」


「艦長、離脱しないのですか?」


「本隊はもう間もなく到着する。それまで時間を稼ぐぞ」


この艦と、そのクルーの一部は教導隊として4年間もの間働いてきた。

その中でも回避運動の腕は政府軍最高とも言われていた俺たちだ。


「操舵手、アレは当然できるな?」


「もちろんであります、艦長殿。実戦で使うのは初めてですが、心が躍ります!」


「年甲斐もないことを言いおって、心臓発作を起こしてくれるなよ」


「吾輩が死ぬのは敵に撃たれた時だけと決めております!ご安心ください!」


操舵手の心強い返答が返ってくる。

定年寸前だというのに、こんな事態に引っ張り出されるとはつくづく運のない奴だ。

いや、それは俺もか。一人で思って一人で笑う。


「本隊の到着する5分前まででいい、時間稼ぎに徹するぞ」





エレベーターが開くと同時に艦長席へ走る。


「副長、今戻りました!」


来るまでの間に、発砲許可は出してある。砲雷長は先ほどから操作席にかじりついている。


「艦長、敵艦は未だ健在です。先ほどから射撃を継続していますが…」


副長がこちらを向いて簡易的な敬礼をする。

砲雷長に状況を尋ねてみる。


「敵は岩石帯の中をとんでもない速さで移動してるよ。自動照準じゃ当たりそうもないなー」


先ほどから艦橋を発射された陽子砲が照らすが、センサーの反応は消える気配がない。

敵の航路を見てみると、確かにとてつもない速さで航行している。

しかもそれだけではない、航行経路は滅茶苦茶で不規則。なるほどこれでは当たらない。


「あの艦に構わず、今は離脱を優先しましょう。補給課の子たちは?」


「ちょっと待ってください…補給課長、そっちの状況はどうですか?」


情報長が通信をつないで呼び掛ける。

艦に戻るようにはすでに伝えてあるはずだが。


「こちら補給課長、さっきの魚雷で道が塞がれました」


「脱出できますか?」


「はい、少し遠回りになりますが艦橋から離脱します。あともう少し待ってください」


彼女らが戻るまで、この宙域を離れるわけにはいかない。

よって艦も動かすことはできない。あの艦が何もしてこなければよいが。


それにあの艦は何かが変だ。

見つかったならすぐに緊急レーン突入なりして離脱すればいいのに、あの艦は

回避運動こそとっているが離脱する気配はない。


そして連絡にあった不審な発光…もしや。


「あのコルベットは…何かを待っている?」


ふいに口にした疑問は、考えれば考えるほど確信に変わっていく。

それにあのヴィットリオ・ヴェネトも…撃沈の原因となったのは魚雷ではなく陽子砲だ。

コルベットは魚雷がメイン、陽子砲で撃沈などできるはずがない。


「副長!推測ですが、あのコルベットはおそらく別の部隊を待っています。たぶん、その部隊こそがヴィットリオ・ヴェネトを撃沈した部隊です」


「では、一刻も早く離脱しなければ…」


「だが、艦を動かしてもあいつが付いてきたら位置を報告されるぞ」


航海長の言うとおりである。

ともすれば撃沈するしかない。だがどうやって?


「艦長、敵が進む方向さえわかれば、主砲を当てられるよ」


砲雷長が発言する。

その言葉には確固たる自信が感じられた。

彼女を…信じよう。


問題は敵の動きをどう予想するかだが…

あのコルベットは、岩石帯を潜り抜けながらこちらに接近すると思いきや、引き返して

距離を取ったりなど。とにかく予想できない動きをしている。


何か策はないか?もう一度航海経路図を見てみる。



すると、あることに気が付いた。

これを利用して、アレを使えば…あの艦を撃沈できるかもしれない。


「みんな、私に考えがあります」


全員が一斉に注目する。

私は落ち着いて、考えたことを話した。


「敵艦の動きですが、不規則なように見えて実は不規則じゃないところがあります。

それがここです」


モニターに今までの航海経路図を出す。その動きは、すべて重ね合わせると

まるで麺のように複雑だった。

その中に一つだけ、必ず決まった動きをする場所がある。そこを拡大した。


「ここの、小惑星の裏を通ってこっち側に出てくる時。そこは必ず同じ場所から出てきてるんです」


「ここを狙うわけですか…でも、それだけで当たるのでしょうか?」


副長が疑問を口にする。

そう、それだけでは当たらないだろう。

小惑星を出た後、あの艦は主に3パターンの動きをする。上、下、そのまま真っ直ぐ…

当たる確率は3分の1、さらに大きく動くこともあれば小さいこともあり、当てるのは厳しい。


「そこで、魚雷を使います」


席の端末を操作し、経路図に魚雷を表示して爆発させる。

私が考えるポイントに表示される爆風。それは敵の予想経路に重なるが、少しだけ

爆風から逃れられる隙間がある。


「敵はおそらく、反射的に爆風を避けようとします。そこが狙い目です。こうすれば、敵の進路を一本化できるはず!」


魚雷だけでは、当たりどころが悪いと大した損害を与えることができない。

確実に仕留める必要がある以上、主砲を直撃させるしかない。そう考えた結果のこの作戦だ。


「砲雷長、魚雷の発射用意と主砲の照準を!」


「分かったけど、魚雷の誘導はちょっと誰かやってくれないかな!?」


「副長、お願いできますか?」


「お任せください。砲雷長、魚雷の操作をこっちに回して!」



「敵艦、予想される小惑星迂回コースに入りました!」


情報長からの報告が飛ぶ。

チャンスは一回、これに失敗すれば敵は警戒してもうこの戦法は使えなくなる。


「副長!」


「座標b4およびa1に魚雷…発射!」


発射管が開き、2発の魚雷が飛んでいく。


「敵は小惑星を旋回中!こちら側に出てくるまであと2秒!」


「砲雷長、お願いします!」


「まかせて!」


センサーから一時消えていた敵艦が映る。その少し後に魚雷が炸裂した。


敵艦の進路は―予想通り、爆風の間を通った。


「主砲、全門斉射っ!」


陽子の光が、敵艦に向かっていく。

着弾まで数秒…当たるかどうか。


敵艦はやっと爆風の間を抜けた。

進路は真っ直ぐ。だがその動きはもうわかっている。


魚雷の炸裂から数秒後、主砲は敵艦に直撃し――ここからでも目視できるほどの爆発が起こった。




艦橋にアラームが響き渡り、赤いライトが点滅する。

重力発生装置は壊れたのだろう。辺りに様々なものが浮かんでいる…俺の体もだ。


「各員、損害報告」


危機的な状況にありながら、俺はひどく落ち着いていた。


「船体中央に敵主砲が直撃!損害甚大!」


「機関、核融合炉停止!再起動は絶望的です!」


完全に、やられた。


なんという艦だ…鍛え上げられた反射神経は完全に逆手に取られた。

いや、俺たちは慢心していたのか。

今、本隊到着までは4分を切っている。離脱予定の5分は過ぎていた。

所詮は学生の艦と侮っていたんだ…まごうことなき敗北だ。


「総員、退艦急げ」


「…了解。脱出艇への移動を開始させます」


情報長が少し作業をした後、艦内に脱出を促すアナウンスが流れだした。


茫然と立ち尽くしていると、不意に写真が目に入った。

昔撮った家族の写真…俺と元妻、そして娘が写っている。


娘…美晴は元気にしてるだろうか?妻が亡くなり、仕事で忙しかった俺は

娘をプロキオンの親戚に預けた。

最近はプロキオン行きの船のチケットも取れず、もう数年は会えていない。

先日やっとプロキオンに入港できたと思ったら、会いに行く暇もなく出撃となった。


そういえば、軍学校に入ったとか聞いたな…もしかして、あの駆逐艦に乗っているのだろうか?

そうではないと信じたいが。



「艦長!早く脱出を!エンジンの温度が急上昇しています!」


副長の声に振り替える。

いつの間にか艦橋は俺一人になっていた。


さっきまではこの艦と運命を共にしようとでも思っていたが…急に、娘に会いたくなった。

なら、ここで死ぬわけにはいかない。


「ああ、今行く」


じゃあな、対馬。

俺は、長年乗ってきた相棒に別れを告げて艦橋を後にした。




「…敵艦、行動停止及び脱出艇の射出を確認。無力化したものと思われます」


情報長が分析する…なんとか撃沈することができた。


「砲雷長、ありがとうございます」


「いや、艦長の作戦がなかったら当てられなかったもん、こちらこそありがとーだよ」


緊張が解ける。

補給課の人たちも全員戻ったと先ほど連絡があったし、これで一件落着か。


「艦長、こうしている間にも敵の本隊が迫っているかもしれません。一刻も早く離脱を」


副長の一言で急に思い出した。

もうこれ以上、この宙域にとどまる必要はない。ならばすぐに離脱しよう。


「航海長、機関全速で現宙域より離脱してください」


「了解だ艦長。機関始動、最大出力まであと20秒」



「ん?なんだこれ…情報長、センサーに変なのが写ってますけどこれなんすか」


「はいはい、センサー映像受け取りました。これは…

 ルーベック粒子反応!何者かが、現宙域にレーンアウトしようとしています!」


遅かった…これはおそらく敵の本隊だ。

この位置だと間違いなく補足される。敵の詳細は不明だが、

戦艦を沈めるほどの戦力を有していることは間違いない。

少なくとも主力艦が1,2隻居ることは確実だろう。そしてそんな艦隊と真正面からぶつかって勝てるはずはない。


「艦長、緊急ハイパードライブが使えるが、どうする!」


悩んでいた私に航海長が助言する。

他に逃げる手段のない今、それしか有効策はない。


「では、それを使いましょう!緊急ドライブ用意!」


「用意了解!第2貯蔵庫より粒子供給開始、ルーベック粒子展開初め!」


緊急ドライブは、通常のものとは違い0.4光年ほどしか移動できない。

その名の通り緊急離脱用のものだ。


「敵艦隊、レーンアウト!」


センサーに巨大な影が映る。

これは巡洋艦…いや、それ以上の大きさだ。ヴィットリオ・ヴェネトとほとんど変わらない。

戦艦クラスであることは間違いないだろう。


「敵艦照合!巡洋戦艦リシュリュー及び護衛艦複数!」


予想通りの大艦隊だ。

距離は…敵戦艦の射程内。砲撃戦になればシールドでも1,2発防げるかどうかだろう


「敵艦、こちらに主砲塔を旋回中です!」


「いや、こっちの方が速い!ハイパーレーン、突入する!」


間一髪のところで準備が完了し

再び、艦橋が眩しい光に包まれた。




本艦がレーンアウトするとほぼ同時に、敵艦は緊急ドライブで離脱して行った。

まさに紙一重、別動隊との合流が数分遅れたのが原因か。


「惜しいところでしたなあ、あともう少しだったというのに」


艦長が唇をかむ。


「対馬はどうした?」


艦橋のクルーに尋ねる。

あの男が、駆逐艦一隻をみすみす逃すわけもないと思うが。


「周辺に識別信号なし…いや、右舷方向に対馬と思われる艦影確認!これは…撃沈されています」


対馬がか!これには私も驚いた。

あの男、杉菜艦長の艦が女学生の艦に撃沈されるとは。

なるほど今回の相手、かなりやるようだ。


いささか興奮しつつも、それを抑えて冷静を保つ。


「追跡はできるか」


「はっ、おおよそですが敵艦の移動方位は予測可能です」


「早速追撃しますか、エリー提督」


モニターの予測位置を見てみる。

追いつけない距離ではない。だが今はそれより優先すべきことがある。


「いや、追跡はまだだ。先に対馬の乗組員を回収しろ。

 彼らはまだ失うには惜しい」


「はっ、了解致しました!よーし、岩石帯に注意しつつ接近せよ!」


艦長がしゃがれた声で命令する。

敵を助けても何の得にもならないが、味方は失うべきではない。

それが熟練した乗組員であれば特にそうだ。


それにしてもあの艦、識別情報によるとサミュエル・B・ロバーツだったか。

所詮は学生の艦と思っていたが、なかなか骨がありそうだ。

脱出した艦船の追撃を命じられた時は、正直つまらん任務だと思ったが…

あの艦は楽しませてくれそうだ。


思わず口角が上がる。

戦場の中でしか感じられない、この感覚。

久しぶりだ。形容するならば「ワクワクする」と言ったところだろうか。

せいぜいこの女を楽しませてくれ、サミュエル・B・ロバーツ……

近いうちにまた会うだろう。それが楽しみだ。






西暦2111年 4月19日 16:43―アルファ・ケンタウリ星系内惑星「クレージュ」軌道上  

             地球政府宇宙軍 アルファケンタウリ方面軍総司令部 司令長官執務室



「もう一か月が経つというのに、未だロクな情報はなしか…」


淹れたての紅茶を片手に、モニターを見て頭を抱える。


プロキオンとシリウスが連絡を断ってからおよそ1か月。

情報部は内乱の可能性高しとの推測以外、何も情報をつかめていない。


そうなれば、あとはあの方法しかないワケだが…


「司令長官、失礼いたします。政府軍最高司令部からの重要司令です」


おっと、早速来てくれた。

我が頼りの副官、ドミニク・リエージュ中将だ。


「入ってくれ」


「失礼します、アントニー・マカロフ大将殿」


中将が扉を開け、敬礼したのでこちらも敬礼を返す。


「で、どうなんだ、俺の出した提案に司令部のお方たちはなんと?」


「はい、緊急の対応手段として承認する。とのことです」


よし!と心の中でガッツポーズをする。

お偉方は嫌いそうな提案だったが、もう1か月も何もわからん状況に

そうも言ってられなくなったようだ。

本星のマスメディアだの世論だのがなんて言ってるか…想像しただけで身が震える。


俺の出した提案。それは調査隊の派遣だ。

受け身で情報を探してても、これ以上の進展は見込めない。

ならばこちらから出る必要がある。


当然危険でリスクも高い。普段の最高司令部なら議題にも上がらず却下だったろう。

だが今は「普段」ではない。


「よし、では早速調査隊を編成しよう。規模は提案書にもある通り

巡洋艦2隻と駆逐艦4隻を1部隊とし、計3部隊派遣する」


「調査隊はどこから捻出しますか?」


「そうだな…まずトーチの第2艦隊は防衛戦力だから温存しておきたい。

今動かせるのは第3艦隊だけか」


「第3艦隊は現在、演習から帰投中です」


「では帰投後、第3艦隊の提督と各部隊の司令官を収集しておくように」


「了解しました」


「それとアルタイル方面の第4艦隊をこっちに回すよう頼んでおいてくれ、

今は少しでも戦力が欲しい」


「わかりました、掛け合ってみます」



俺が座ると中将は部屋から出て行った。

置いていた紅茶を手に取るが、もうすっかりぬるくなってしまっている。


まったくこの動乱は、いつ終わるのだろうか。






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