Log2.定まった針
西暦2111年 3月29日 10:30―プロキオン星系基地より、2.08光年の地点
「それでは、会議を始めます。まずは通信長兼情報長からどうぞ」
昨日、敵の襲撃を受けつつも、なんとかプロキオン基地を離脱した私たち。
一夜明けた今日、艦長の私は、今後の方針等を決めるためにひとまず会議を開くことにした。
司会の南副長の指名で、メイリン通信長が話を始める。
「はい、それではまず、現状確認を行おうと思います」
通信長が携帯端末を操作すると、中央の机に星図が浮かび上がる。
「いま私たちがいるのはここ、プロキオン基地から2.08光年の地点です。
先日、基地を離脱する際に戦闘がありましたが、特に損害等はありません。
現在は機関出力60%にて航行中です。食料、医療品などの各種物資は6か月分が
備蓄されています」
「あ、はいはーい。質問質問」
ルッキーニ砲雷長が手を振って質問する。
「はい、砲雷長」
「あたしたちの航海って1年のはずだよね?なんで6か月分しかないの?」
「…さすがに、実習生に地球まで丸1年艦に缶詰は酷すぎるでしょう。途中のトーチ補給基地、
アルファケンタウリ基地などで補給すること前提なんですよ、この物資量は。
それにトーチ補給基地までは5か月なんですから余裕のある方です」
「へー、なるほどなるほど…」
副長が指名し、答える通信長。
この2人はまさに委員長と副委員長といった感じだ。
「それと現在、プロキオン基地より電波妨害がされています。そのため遠距離通信は一切通じません。アルファケンタウリの艦隊司令部にもつながりませんでした。現状報告は以上です」
「では次に…プロキオン基地を襲った敵、そして脱出時に攻撃してきた所属不明機について。現時点での情報をまとめておきました」
今回の会議の本題の一つに入った。
私たちが逃げてきた敵…それはいったい何なのだろうか?人間?敵性宇宙人?何もかもが謎である。
「まず、プロキオン基地を襲った存在についてですが…
この音声を聞いてください。これはプロキオン艦隊司令部に残っていた音声ログです…あ、ちょっとショッキングかもなので耐性のない人は気を付けて」
情報長が音声を再生する…
突然、乾いた銃声が数発、会議室に響いた。
「うひゃあ!?」
砲雷長が驚く。だが、これは本艦が襲撃を受けたとかではなく流れている音声ログのものだ。
「司令部抑えました!」
聞こえたのは…明らかに人間、男性の声だ。
「よし、次はコントロール…」
もう一人の男が言いかけたところで音声が途切れる
「これ以降は削除されていて聞くことができませんでした。
この情報から推測してみたのですが…まず、基地を襲撃したのは私たちと同じ人類である確率が高いこと。そしてこのログが削除されかけていたことから、基地内の設備、装置にも精通している…ということです。
まあ、ところどころ怪しい部分もありますが、そこは情報不足なので致し方ありません」
なるほど…敵の正体に、一気に近づいたような気がする。
だが気になることが一つ。
「…情報長は、この音声ログをどうやって入手したんですか?」
「え?ああ、実は艦長が来る前、アラームはなったものの何が起こっているかわかりませんでしたので、ちょっと艦隊司令部のシステムにアクセスして各種情報をダウンロードしてたんです。コントロールセンターにもアクセスするつもりだったんですが…その前に、外部接続を切られてしまいました」
恐ろしくサラっとハッキング行為を打ち明けられる。バレたら一発で退学モノだ。
「…緊急時のやむを得ない行動と判断して、今回は学校に報告したりはしませんが…それ、犯罪ですからね」
「すみません、私、知りたいものがあると、なんというか…なんでもやってしまうので」
つまりは知的好奇心の塊ということか。
意外というかなんというか、思いもよらぬ一面である。
「えーでは気を取り直して…次に、攻撃を行ってきた所属不明機についてです」
昨日、出港時に遭遇した3機の航宙機のことだ。
所属不明機は攻撃を行ってきたため、やむを得ず敵機として認定。対空砲火により2機を撃墜、1機を撤退させた。
「画像認証の結果、あの機体はすべてプロキオン基地所属の第291航宙機隊機であると判明しました。また、撃墜した機は2機とも有人機でした」
「じゃあ、なんで攻撃してきたんすかねあいつら。AIの暴走とかじゃないんなら、こっちが政府軍所属艦ってわかってるはずなんじゃないっすかね」
メリー電機長が疑問を口にする。
ヘッドフォンをしているから最初は聞いていないかと思っていたが、そうでもないようだ。
「現状で一番考えられるのは、反乱というケースですが…断定するにはまだまだ情報が足りません」
情報長がお手上げといった感じのジェスチャーをする。
「情報長からは、これで以上です。副長、次の議題を」
「はい、それでは、今後の方針についてですが…
私、副長としては、吉川教官長の命令に従うべきである。と考えます」
吉川教官長からの命令、それはトーチ補給基地へ向かえというものだった。
「副長、その命令のトーチ補給基地の場所を出してもらえますか?」
「はい…これですね」
副長が端末を操作し、机に星図が表示された。その中でマークされた地点…これがトーチ補給基地だろう。
「トーチ補給基地は、アルファケンタウリ及び地球とプロキオンとの間にある補給基地です。現在地からはおよそ10光年ほどですね」
「しかし…なんでここにしたんだ?味方と合流するってなら、すぐ近くのシリウスに向かえばいいはずだ」
航海長の言うとおりだ。
プロキオンからシリウスまでは3光年ほど、トーチへ向かうよりも遥かに速い。
「そこはほら、通信妨害がされていることを知っていたとか…いや、それでも説明しきれないな………うーん、分かりません!」
情報長が分析する…も、よくわからないようだ。
うーん、私が思うには…
「シリウスも襲撃を受けていることを危惧して…とか?」
「それならまあ筋が通らないこともない…レーンアウトしたら敵のド真ん中だったとかは勘弁だからな」
「現在、物資にも余裕はありますし、可能な限りリスクは避けたいところですよね」
と情報長。
航海長も一応は納得したようだ。
「では、そろそろ多数決を取りたいと思いますが、他に意見のある人は?」
意見がだいたい出揃ってきたと見た副長が、みんなに確認を取る。
全員言いたいことは言ったようで、特に意見を口にする人はいなかった。
「では決を採ります。吉川教官長の命令に従い、トーチへ向かうことに同意する人は?」
「同意します」
「どーいー」
「同意でーす」
「同意だ」
これで満場一致となる。艦の決定は、ほとんどの場合満場一致が原則だ。
「全員同意ですね。では、本艦はこれよりトーチ補給基地へと向かい、
地球政府との連絡と宇宙軍への合流を目的とします。
航海長は後で航行計画の設定と提出を。
では、これにて会議を終了します」
会議が終わり、続々と艦橋員が会議室を去っていく中、私は副長に声をかける。
「ありがとう南さん。まとめてもらって…」
「いえいえ、艦長の補佐こそ副長の仕事ですから。これぐらいは当然です
それよりも、補給課等の各部長とはもう顔合わせをしましたか?」
そういえば、艦橋員以外とはまだ会っていない…艦長としてあるまじきことだ。
「まだ…ですね」
「なら、今のうちに会っておいた方がいいかもしれません。当直は私がやっておきますので、艦長は船内巡りもかねて各部長と挨拶を」
「あ、ありがとう南さん。じゃあちょっと行ってきますね」
艦橋からエレベーターに乗り、船体部へと向かう。
乗っている間に、エレベーター内の艦内見取り図でどこにどの課がいるのかをチェックしておく。
ポーンという音が鳴り、エレベーターが開く…ここは艦の中央部。たしかこの辺に整備課詰め所があったはず…ここか
ドアをノックし、「どうぞー」という声が聞こえたのでドアを開ける
中にいたのは、作業服を着ている女生徒だ。休憩中なのか、パックタイプのジュースを飲んでいる。
「失礼します。艦長の杉菜美晴です。整備長はいますか?」
「あー、整備長はたぶん今右舷対空砲の整備中ですね。ぜひ行ってやって下さい、整備長、
艦長に会いたいって言ってましたよ」
「わかりました。ありがとう」
ドアから離れて、再びエレベーターに向かう。
私に会いたい…かあ、もしかして、何か言いたいことがあるのだろうか?
そう考えるとちょっと不安になってくる。
エレベーターを降り、端末の艦内図を見ながら対空砲部へ向かう
すると、整備課の人たちが整備を行っている真っ最中だった。
「すみません、艦長の杉菜美晴です。整備長は―」
「お、アンタが艦長!?」
私の言葉を遮ると同時に、褐色の女生徒が一人天井からひょっこりと顔を出した。
「はい、そうですけど…」
その作業服の女生徒は天井から出るとこちらへ向かってくる…この人が整備長だろうか?
「会えて嬉しいよ!アタシは整備課長の西村 七葉。よろしく艦長」
整備長から手が差し伸べられる。
もちろん私は手を出して握手に答えた。
「どんな奴かと思ってみれば、まさか航宙機を2機も落とすなんてね!なかなか
骨のある奴だと思って会いたかったんだよ!」
はっはっはっはと笑いながら、握った手をぶんぶんと振る整備長。
ここは無重力ということもあって振り回されてしまいそうだ。
「あ、ゴメンゴメン、ちょっと振りすぎちゃったね。
ともかく、兵装とかの整備はあたしらに任せてくれ。艦長は思う存分艦を動かしてくれよな」
じゃあね、と整備長は次の砲の整備に行ってしまった。
特に不満を抱いているというわけではなさそうで、ひとまずは安心したが…まあ、なんというか元気な人だった。
整備長と別れ、再びエレベーターに乗った私は次に艦底部後方の物資格納庫へ。
ここには補給課の人がいるとのことだったので会いに向かう。
格納庫、とは言っても何も空母のようにとても大きいわけではない。
主に食料や各種消耗品、水などを保管しておく場所であり、魚雷などの各種弾薬等はそれぞれ別の場所に保管されている。
恐らく今頃は…物資量の再確認でもしているのだろうか。
物資の搬入のために少し大きくなっているエレベーターに乗り換えて、私は格納庫に入った。
格納庫内では、オレンジの作業服を着た生徒がせわしなく働いている。
補給長はどこだろうか…と辺りを見回していると、一人の生徒に声を掛けられた。
「貴方、杉菜美晴艦長ですよね?」
「はい、そうですが…」
私が答えると、その生徒はサッと背筋を伸ばして敬礼をした。
「補給課長、アンナ・リエージュです。お会いできてうれしいです、艦長!ぜひ握手を!」
また握手を求められてしまったのでそれに応じる。
差し出した手を両手でしっかりと握ってくれた。
金髪と白い肌が目を引く彼女だが、性格は真面目そうに見える。
まあ補給課は細かい物資管理が大事なので、真面目な人でないと務まらないのだが。
「よろしくお願いします。補給長」
「はい!物資の管理なら私たちにお任せください!」
と、そこへ他の補給課員からヘルプが飛んでくる
「補給長、ここ合ってるかチェックして貰えますか?」
「今行くわ!艦長、すみませんがこれで…」
「ああ、大丈夫です。これからもよろしくお願いします」
アンナ補給長の後姿を尻目に、エレベーターに乗り込む…とその時
「ちょっと、何なんですかこれ!数値が全然違うじゃないですか!」
「いや、誤差に入りませんかね…?」
「これは誤差とは言いません!計測1からやり直し!急いで!」
どうも彼女は真面目で…そして厳しい人でもあるようだ。
次に向かったのは機関室。
機関部員は専門的な知識を必要とするので、校舎も別だったこともあり、ほとんど顔も見たことのない人ばかりだろう…
ここは艦長として、打ち解けられるようにせねば。
機関室のドアをノックすると、これまた作業服を着た小さな女の子が出てきた。
「あの、私は杉菜美晴艦長候補生ですけど…機関長はいますか?」
「機関部長?なら私ですよ」
そう答えたのは…出てきた小さな女の子、いや生徒か。
「機関部長、シャルロ・ダルランです。みんなからは、シャルって呼ばれてますっ。艦長、どうぞよろしくお願いします」
身長と眼鏡とベージュのボブっぽい髪型の見た目もあるが、舌足らずな話し方もあってどうも子供っぽい印象を受ける。
何しろ私の胸元ほどの身長である。いや、たぶん機関課は細かい作業が必要だし彼女のように小柄な方がよいのだろう…
「よろしくね、機関部長」
話し方もついつい年下の子に話すようになってしまった。
気にしてない…だろうか?
「艦長、昨日の離脱の判断はよかったと思います。でもっ、操舵手の人にはもうちょっと丁寧な話し方をするように言っておいてくださいねっ」
気にはしていないようだ。うん、良かった。
それにしてもまあ…昨日の操舵手、もとい航海長は荒かったからなあ。ちゃんと言っておこう。
「わかりました。これからもお願いしますね、機関長」
そう言って私は機関室を後にする。
去り際に手を振ってくれた機関長が可愛かった。
次は主計課か…と思い、食堂に向かっていると、あるものが目に留まった。
金属でできた、レリーフのようなもの…壁に掛けられた厚い木の上に、「レーベレヒト級 10番艦 サミュエル・B・ロバーツ」と、英語で書かれた、金属の文字が埋まっている。
綺麗な装飾だ。そしてその下には標語のようなある言葉が書いてある。
「Confront all enemies」…すべての敵に立ち向かう、といった意味だろうか。
そのまた下の、壁に埋まったガラスの中には艦船の模型が置かれている。
航宙艦ではない、これは…全宇宙時代の、しかも相当古い海上艦だ。たぶん20世紀ごろの艦だろう。
この模型は一体?と思っているところに
「あ、艦長。もう顔合わせは済ませました?」
副長が通りがかった。
「いえ、まだ途中です」
そういえば、副長は艦船に詳しいと言っていたのでちょっと聞いてみる。
「副長、この模型の艦なんですけど…」
「ああ、それは初代のサミュエル・B・ロバーツです」
「初代?」
「はい、このレーベレヒト級のサミュエル・B・ロバーツの名前は4代目。最初に名前が使われたのは、その模型のジョン・C・バトラー級のサミュエル・B・ロバーツなんです」
ジョン・C…?初めて聞く艦名だ。
「へえ…初代って、どんな艦だったんですか?」
副長の目が輝き、よくぞ聞いてくれました!と言わんばかりの様子で話し始める。
「はい!初代サミュエル・B・ロバーツは『戦艦のごとく戦った』と言われるぐらいの勇敢な艦だったんです!
時は第2次世界大戦中の太平洋方面、アメリカ海軍に所属し、空母部隊を護衛していたサミュエルでしたが、そこへなんと日本海軍の主力部隊が出現!こちらは駆逐艦数隻と護衛空母6隻。対して日本軍はあの戦艦大和を含む戦艦4、重巡6、その他補助艦13!
鎧袖一触と思われましたが、初代サミュエル・B・ロバーツ含む駆逐隊並びに護衛空母の航空隊の奮戦により、なんとか艦隊全滅は避けられたんです!その中でも、特にサミュエルはあの戦艦金剛や歴戦の重巡相手に勇猛果敢に戦い…
あ、そうそう!勇敢といえば2代目のミサイルフリゲートのサミュエルや3代目のイージス駆逐艦も有名で…」
「な、なるほど!よくわかりました、副長!」
このままではいつ話が終わるかわからないぐらいの剣幕だったので、申し訳ないけど話を遮らせてもらう。
「…あ、すみません艦長、つい語っちゃいました」
とりあえず、副長の話で初代がいかに勇敢であったかはよく分かった。
そしてこの標語は、そのエピソードから来たものだろう。
「とにかく、凄い艦だったんですね。この艦もそんな風に活躍…する機会がないといいですけど」
「そうですねえ。初代も奮戦の末撃沈されていますし…平穏無事な航海だとよいのですが」
などと副長と雑談をしていたさなか、艦内放送が入った。
「まもなく昼食時間です。食堂を開放するので、各部長に確認の上、手の空いた人から昼食をとってください」
聞いたことのない落ち着いた声。これは主計課長の声だろうか。
そういえば、この艦で食事をとるのは初めてだ。
昨日は結局、まだ準備ができていないとかで夕食に保存食が出ただけであった。
この艦で作られた料理…うん、楽しみだ。
「今の時間は…当直時間外ですね。艦長、一緒に行きませんか?」
「はい、主計課長に挨拶もしておきたいですしね」
食堂に入ると、ずらりと机と椅子が並んでいる…まあこれは昨日も同じだったが。
違うところといえば、奥の調理室、カウンターが開いていることと、調味料の香ばしい香りが鼻をくすぐることだろう。
ちなみに艦内は一部重力がかかっているが、食堂はその一つである。
なので椅子が宙を舞うことはない。
どうも私たちが一番乗りのようで、他にはまだだれも来ていなかった。
その一番乗りの特権を無駄にしないよう、早く料理を取ってしまおう。
トレーを持ってカウンターに近づき、料理をよそってもらう。
今日の献立は…肉の野菜炒めにマッシュポテト、色鮮やかなサラダ。そしてジャム付きの食パンだ。
野菜炒めがいい匂い、さっそく食べよう…とその前に、主計課長に挨拶しなくては。
ぱっと見た感じでは見当たらないので、カウンターで盛り付けてくれた生徒に声をかける。
「あの、主計課長はいますか?」
「あ、はーい。アリスさん、艦長がお呼びでーす」
まるで料理屋の注文のように呼び出される主計課長…
すると奥の方から、頭巾とエプロンをした生徒が出てきた。
彼女の袖を見てみる…
袖口の襟に引かれた2本線は各部長を表しているので、その装飾のある彼女が主計課長なんだろう。
「あなたが艦長ですか。私はアリス・ヘイスティングス、主計課長です。以後お見知りおきを」
先ほどのアナウンスと同じ、落ち着いた声で彼女は自己紹介をした。
「昨日と今朝は料理を用意できずすみません。代わりに昼食はよりを入れましたので。では」
そう言うと主計課長は行ってしまった…丁寧だが、無口な人という印象だった。
横を見ると、生徒が何人か並びだしていたので、邪魔にならないようそそくさと席に座る。
適当なところに座ると、私の正面に副長が座って向かい合う配置になる。
手を合わせて「いただきます」と言ってから、まずは野菜炒めに手を付ける。
うん、おいしい。肉に調味料が染み込んでいてしっかりとした味わいだ。キャベツの歯ごたえもあって自然と箸が伸びてしまう。これで白米があれば完壁だったのだが。
マッシュポテト、サラダも美味しかった。
最後に食パンにジャムを塗って、デザートとして食べる。ジャムは私の好きなイチゴ味だった。
「ごちそうさまでした…っと」
朝食を食べていないこともあり、昼食はとてもおいしく感じられた。
こんなご飯が毎日食べられるなら、艦内生活もそれほど苦にはならなさそうだ、などと能天気な発想が出てくる程度には美味しかった。
「美味しかったですね、副長」
「はい、よい料理でしたね。私は特にサラダが気に入りました、あのドレッシングの風味が絶妙で…」
主計課長は無口な人だが、腕前は確かなようだ。
満足感で膨れた腹を抱えつつ、食器をカウンターに返して私たちは艦橋に戻ることにした。
「只今戻りましたー」
艦橋に入ると、航海長と、電機長ではない別の電機科の子がいた。
「おっ、帰ってきたか」
「当直は私たちが引き継ぎますので、お二人は食事を採ってきてくださいね」
「わかりましたー、副長」
後ろでドアが開いて閉じる音がして、艦橋は私たち2人だけになる。
じきにセンサー見張りの電機課の子と航海課の子が来ることだろう…と思いながら椅子に腰かけていると、途端に眠くなってきた。
そういえば、昨日はずっと艦橋にいたせいで2、3時間ぐらいしか寝ていない。
副長は…端末をいじっている。
「副長」
「はい、どうしました?」
「ちょっと寝てもいいですか?」
少し考えた後、副長は
「…ちょっとだけですよ」
と、横目でこっちを見ながらもOKを出してくれたので、私は椅子に深く寄りかかって目を閉じた。
艦長席は結構良い素材でできていたので、ぐっすりとまではいかないがよく眠ることができた。
目を覚ますと、すでに電機長が席に座ってセンサーをチェックしている。航海長も居た。
そして副長は…端末を手に寝てしまっている。
副長も疲れているだろうし、少し休ませてあげよう。
そう思った矢先、艦橋にアラームが響く。
副長が飛び起きるのと同時に、私も艦長席に向き直った。
「センサーに反応!左舷より高速で接近する物体あり!」
よもやまた敵の襲撃か。
艦内放送の電源を入れ、命令を叫ぶ。
「総員戦闘配置!全艦橋員は艦橋へ!」
5分としないうちに、エレベーターから各部員が出てきて配置に着く。
「電機長、物体の詳細は?」
「センサーじゃイマイチよくわかんないです。直径は本艦とほぼ同じぐらいの円形物体ってことはわかるんすけど…」
「艦長、おそらく接近中の物体は小惑星だと思われます。識別装置に一切の反応がないほか、いかなる熱源も感知できません」
艦船である以上、熱源がないというのはまずあり得ない。ここはやはり、情報長の言う通り小惑星だろう。
「了解、これより接近中の物体を小惑星と認定します。情報長、本艦との衝突の危険性は?」
「あと40秒で接触!衝突コースです!」
小惑星のサイズと速度からして…もし衝突すれば、おそらくシールドを張っていても重篤な損害は避けられないだろう。
「航海長、回避急いで!」
「了解!取舵一杯、艦首下げ角!」
モニターに予想進路が表示される。今取っているのは、小惑星の後ろをすり抜けるコースだ。
「またセンサーに反応!これも小惑星っす!サイズはさっきのと同じ!」
「まだ来んのかよ!」
航海長が大声で愚痴るが無理もない。
「航海長、回避を!」
「分かってる!」
今度は艦首を上げて上をすり抜けるコースに入る。
「まだ来ます!っていうか、反応増加中!ドンドン来てるっすよ!」
モニターにかなりの数の小惑星群が表示される…これは、まさか。
「副長、これって…」
「ええ、たぶん私たちは…流星群の中にいます」
流星群とは、主に太陽系近郊で起こる現象のことを指すが、宇宙に進出して以降、惑星の爆発や衝突などで発生し、多数同時に移動している小惑星などのことも流星群と呼ぶようになっている。
「あーもう!こんな旧式のセンサーじゃなきゃもっと早く探知できたのに!」
電機長が文句を言うが今はそれどころではない。
「航海長、回避しきれる!?」
「航路計算だと全部は無理だ!」
「了解、念のためシールド展開急いで!」
モニターの予想進路がせわしなく動き続ける。
衝突する小惑星をなんとかできる方法はないのだろうか?
「艦長!えーっと、意見具申!」
ルッキーニ砲雷長が手を上げる
「主砲じゃこのサイズは無理だけど、魚雷なら壊せるんじゃないかな!?」
そうか、魚雷だ!この艦は駆逐艦、なら当然航宙魚雷が多数搭載されている。
「では、魚雷発射用意!副長、航路計算で避けられなさそうなのは?」
いつの間にか小惑星はかなり接近している。その証拠にさっきから外を小惑星が勢いよく通っていくが、なんとかギリギリのところで衝突は避けている。
まさに流星群を潜り抜けているような状況だ。
「左前方より接近中のアルファ11が衝突コース!サイズは本艦のおよそ1.2倍!」
当たればひとたまりもない規模だ。
「砲雷長、発射タイミング任せます!」
すると航海長が砲雷長に呼び掛ける。
「こいつを避けたら艦を安定させる!その隙に魚雷を叩きこんでやれ!」
「りょーかい航海長!発射管装填、発射準備完了!」
小惑星の下を回転しつつ潜り抜けたところで、艦のローリングが止まり、艦が安定する…そして砲雷長が叫んだ。
「目標、前方の小惑星アルファ11!左舷、魚雷発射!」
左舷、艦体側面の発射管全10門が開き、推進剤の白い尾を引いて魚雷が小惑星に向かっていく。
「弾着まで、残り8…7…6…」
情報長のカウントダウンに、全員が息を呑む。
「3…2…1…弾着、今!」
その瞬間、左から光が差し込む―爆発の光だ。
「魚雷、全弾命中を確認!ですが、アルファ11は依然として存在!」
ということは、衝突は避けられない?
体が反射的に叫ぶ。
「総員、衝撃に―」
「いや、アルファ11、動いてないっす!停止してます!」
電機長の言葉に、私もモニターを確認する。
「…あ、本当だ!アルファ11、静止してます!…す、すみません。
おそらく、魚雷の爆発で停止したのではないかと」
「もう周辺に小惑星の反応、及び接近中の物体ないっすね。いやー疲れた」
ということは、これで流星群の中を抜けられたということか。
緊張がゆるみ、全身の力が一気に抜ける。
「では艦長、状況を終了してよろしいですか?」
副長から確認される。
「はい、大丈夫です」
「では状況終了、総員通常配置に戻ってください」
流星群を抜けてから3時間ぐらいした後、情報長とその他交代要員が艦橋に入ってきた。
「艦長、当直交代の時間です」
「あれ、私の当直はあと1時間残ってますけど…」
「艦長、昨日は部屋に戻ってないでしょう?ですから一度ぐっすり休んでください。…副長も連れて」
副長に目を向けると…椅子にもたれかかって寝ている。
そういえば、昨日も資料制作をしてたとかで寝てないと言っていた。
「じゃあお言葉に甘えて…すみません、みなさん」
「艦長が体を壊しては困りますからね、しっかり休んでください」
情報長の言葉がありがたい。
私は寝ている副長を起こそうとする。
「副長、副長…」
「んぅ………あっ!すみません、また寝てました!?」
「はい、それよりも交代の人たちが早く来てくれました。一旦部屋に戻って少し休ませてもらいましょう?」
「いやあ…そうですね…ははは…」
交代の人たちにペコペコする副長と一緒に艦橋を去り、居住区へ入る。ちなみに居住区も重力がかかっていた。
「えっと、艦長はそこの第1号室ですね、私はその隣です」
私のは艦長用の一人部屋だ。副長と別れて部屋に入る。
広々としていて、ゆっくりと羽を伸ばせそうだ。
部屋に入ってすぐにベットに横たわる。全身の疲れが抜けていく気分だ。
いや、さすがにこのまま寝るのはまずい。やるべきことをやらないと…
まずは歯を磨いて…次にお風呂にも入って……それで………
横になっているうちに、私の意識は次第に遠のいていった。
昼食を食べ終わり、執務室で食後の一杯として紅茶を頂く。
今日のハンバーグはなかなかの味だった。毎日の飯がうまいのはこの職に就いて良かったことの一つだ。
さて、そろそろ残りの仕事に手を付けようか…と思う頃、ドアをノックする音が聞こえる。
「ドミニク・リエージュ中将です。緊急の連絡があって参りました」
ドミニク中将…自分の副官がなにやらあわただしい様子で入ろうとしている。
何かあったのか?いや、何もなければ来ないか。
「入ってくれ」
「はっ、失礼します。アントニー・マカロフ司令長官」
士官連中はどうしてこうもいちいちフルネームで呼ぶのだろうか。長ったらしくて面倒くさいというのに…
まあ、今に始まったことではないので気にしないでおく。
「それで中将、緊急の連絡とは?」
「はい、それなのですが…」
「プロキオンと連絡が取れない?」
中将からの報告に自分は目を丸くする。
「はい、司令長官。プロキオン並びにシリウスの両星系基地と昨日より連絡が取れなくなっております」
「通信機器の故障ではないのか」
「その可能性はかなり薄いと見ています。こちらをご覧ください」
中将の端末から、自分のコンピュータに画像が送られる。
「これは…電波妨害か?」
「はい、プロキオン基地より広範囲に妨害電波が発信されております」
「何時からだ」
「昨日の午前9時56分からです」
「ふーむ…」
大体昨日の10時ごろからか…そういえば、女学生の実習艦が出るのもその時間だと聞いた記憶がある。
「女学生の艦、およびプロキオン、シリウス駐留の艦隊とも連絡できないのか」
「はい、長距離通信はすべて通じません。なので今、両基地で何が起こっているのかは完全に不明です」
「どっかのテロリストが犯行声明を出したとか、異星人が宣戦布告文を送ってきたとか、誰がやったのか分かりそうなものは?」
「すべてありません」
髪をかき上げ、肘をつく。
厄介なことになった…何もわからないのでは、いかなる対抗策も打てないではないか。
「情報部に原因を調査させろ、インターネットでもなんでもいい、とにかく誰がなぜやったのか分析できるものを探させるんだ。地球の総司令部にも連絡を入れておけ」
「了解しました」
そこでコンピュータに向き直り、先ほどの画像をもう一度確認する。
「それで…プロキオンに最も近く、電波妨害範囲外のトーチ基地に第2艦隊を移動させろ」
「了解です…しかし、政府の許可なしに艦隊を動かしてもよろしいのですか?」
「仮にだが、今電波妨害をしているのが敵性勢力だったとして、トーチまで落ちたら大変マズイことになる。トーチは基地とは言っても補給基地、艦隊がなけりゃすぐに落ちる。本星には配置転換と言っておけ。
続報があったらすぐに知らせるように」
「了解です。失礼しました!」
中将が出ていき、執務室は再び自分だけになる。
まったく…大将になってからは面倒なことばかり起きる。下手をすれば、また司令部の連中にこれだから若いのはとか言われそうだ。
そもそも若いとは言っても自分は30半ばである。宇宙軍の大将で最年少とは言ってももう立派なオッサンだ。
「…これが、アルファケンタウリ方面軍最大の危機、とかになったりしなきゃいいんだが」
できれば杞憂であってほしい不安を抱えつつ、ため息をついてからすっかり冷めた紅茶を一気に飲み干した。