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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
2章 魔法実戦実習編
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13.それぞれの決意

 リディアから離れたキーファは、ウィルから声を掛けられる。


「見せておきたいものがある」

 

 ウィルは、腕に巻いたブレスレットを見せた。

 革を編み込んで中央には真紅の石を囲むように作られたもの。一見売り物かと思う精緻なものだが、これはアミュレットだ。魔石を利用し付属効果をつけた護り石。


「……手作り?」

「リディアからもらった。魔力制御のために」


 キーファは思わずウィルを見上げた。彼の太陽のような明るいトパーズ色の瞳は、今は暗く沈み琥珀色。沈んでいるんじゃない、強い思いがある。


 自分と同じだ、そう思いキーファは口を引き結んだ。


「キーファはリディアからもらった剣を見せただろ? 俺も見せないと公平じゃない」


 キーファは思わずこぶしを握り締めた。

 ウィルの意図、リディアの思い。魔法剣をもらって、魔法が使えると分かったときの嬉しさ、それ以上にリディアが考えていてくれたこと、自分の手になじんだ魔法剣を彼女がキーファに譲ってくれたこと。


 それらの複雑でいながら甘い痛みを伴うような嬉しさに、上書きされる新たな複雑感情。


「悪い。俺はこれがあるから剣はいいって言おうかと思ったけど、やっぱり譲らない。今はそれをお前に預けておく。でも今回のあとで、どちらが持つが決めるって言ったろ、それのった」


 ウィルは先日の試合の中断のあと「俺は魔法を使うから実習ではお前が持っておけ」とキーファに告げた。キーファは「どちらが持つにふさわしいか、実習後に改めて決めよう」と告げていた。


「リディアの持つもの、それは譲れない。全部俺が持ちたい」


 キーファはウィルの執着に驚いていた。

 一年の頃からウィルを見てきたキーファは、彼が恋愛にさほど執着していないのを知っていた。来るもの拒まず、去る者追わず、それなりに好みだったら付き合うし、離れていった相手を追いかけない。もてるから、だろう。 

 キーファは、ウィルに対して客観的な評価を持ち、特にそれを批判的な感情もなく受け入れていた。

 なのに今、ウィルはリディアに執着を見せ、リディアが他人に与えたものさえ譲れないという感情をむき出しにしている。


「今はいいのか」

「今は、いい。だってキーファには必要だろ」


 魔法剣は演習室にいくつかある。

 ウィルが今手にしているのは汎用型の普通の魔法剣。それでもセラミック製で、強度も高く、魔法術式も精密に描かれていた。

 こちらのほうが、リディアのものよりも強度が高いかもしれない。

 

 ただ、キーファが預かった剣はずっとリディアが愛用してきて、リディアの想いと魔力が詰まっている。

 そんなものをもらっていいのかとキーファが驚愕していたら、リディアはあっけなく「いいの」といい、譲ってくれた。

 

 武器は消耗品だ。ただし、魔法師がつかうほど年季が入り強度や魔法効果が上がっている魔道具もある。リディアの剣はそういうものだ。


「じゃあ、俺はこれを譲らない。この剣の持ち主にふさわしいと見せてやる」


 キーファが言うと、ウィルが驚いて、それからうん、とうなずく。

 キーファも感情をむき出しにするのはめったにない。自分で自分に驚いていたが、それでいいと思う。

 こうやって感情を露わに宣言するのは、なんて気分がいいのだろう。


 ――ウィルにもキーファにも惜しげなく与える、そんなリディアの行動を顧みる。

 

 彼女はマーレンにもロッドを与えていた。

 マーレンの場合は、彼がリディアのロッドを手放そうとしなかったのもあるが、その後彼が持つそれにはルーンが刻まれていた。智者と風のルーン、感情抑制を必要とするマーレンには最適なものだ。


 自分には魔法発現、ウィルには魔力抑制、そしてマーレンには感情コントロールの魔法具。

 それぞれに適した魔法具を与える彼女の行動は、好意を得ようとする狙ったものじゃない。


(まるで、幸福の王子だ)


 自分を顧みず、自分の持つものを少しずつ与えてしまい、最後は丸裸になってしまう童話に彼女を重ねる。

 自分の身を削いで他者に施し続けるリディアが、自分を顧みないのであれば、そのリスクを気にしないのであれば――。


 自分がそうさせない力を身につけたい。

 攻撃を命じる、全ての責任を持つ、そう宣言するリディアは孤高だった。

 横に立ちたい、彼女に自分の命を守らせるなんて、もう二度と言わせない。


 ――そうじゃない。キーファは首をわずかに振る。

 

 俺が彼女の前に立ち彼女の盾になり剣になる。背に庇う。





「マーレン様」


 マーレンは砂丘の影に立ち、背後から追ってきたヤンの気配を捉えた。だが振り返りはしない。


「止めても俺は実習に出る。母上にもそう伝えた」


 ヤンは故郷からの命を伝えてきた。このような場で時間を使い、王位争いの遅れを取ることを母はよしとはしない。


 マーレンも以前は同じ考えだった。

 魔力を持っている者は、三年間の魔法教育課程を受けること。それは連盟の魔法師規定であり、すべての国でどのような立場の者にも、勿論王族にも適用された。


 マーレンは、当初の予定では連盟の指定するこの大学で、最低限の教育を受けて最速で戻るつもりだったのだ。

 そして今、国の情勢が大きく揺らいでいる。母が遅れを取るなと再三帰国を促しているが、それを無視していた。


「殿下。実習に出席されなくても、成績に関しては私がこれまで通りに取り計らいますので」

「余計なことをするな!」


 兄弟間では王位継承権を巡っての争いは、どれも母親のほうが熱心だ。マーレンの母親もそうだった、とにかく早く国元に戻れという。


「このままで済ませられるか。――あの女を連れ帰る」

「――ハーネスト先生ですか?」

「この実習で驚かせて、認めさせる。それまでは帰らん」


 マーレンが握り拳を作っていると、斜め後ろにひざまずいたヤンが背後から数枚の紙片を差し出してくる。


「なんだこれは」

「その件に関しての調査です。あの女には関わらないほうが懸命です」


 マーレンは勝手なことを、と苛立たしげにヤンから報告書を受け取る。眺めて、どんどん機嫌が悪くなるのを、ヤンが無表情で眺める。

 そこにはいつもの気が弱そうな、人の良い少年の面影はない。


「不愉快だ。お前の調査はゴシップ専門か?」

「国民は善行より醜態を面白く感じ、それを信じます」


 マーレンはヤンの胸に紙片を叩きつける。


「ヤン。お前は俺の味方だろうな」

「――あなたが、私の上にある限りは」


 ヤンの微妙な言葉に、マーレンは鼻を鳴らす。

 宝石のような紫の瞳に憎しみと寂しさのような感情がちらりと過ぎるが、頭を下げるヤンは何も見えない。見ようとしない。


「お前は俺が失態をおかして順位を転げ落ちたら、俺を見限るのだろうな」

「そうならないように努力なさいませ」


 マーレンは思わず怒鳴るように口を開ける。だが言葉を飲みこみ、それから踵を返して砂山に足をめり込ませながら立ち去る。


 反対に暫く頭を下げ続けたヤンは、訪れた気配に顔を上げる。それまでの、年齢不相応の冷静で冷淡な眼差しはなく、キョトンとした顔で相手を見る。


「キーファさん、どうしたんですか?」

「いいや。出発だと告げに来た」

 

 そう言いながら、キーファはヤンが何かを燃やした様子に目を眇める。風が吹き空中に漂う白煙を消していく。


「すみません! すぐ殿下にも伝えてきます」

「――ヤン。待ってくれ」


 尋ねるすきがない。砂を大きく蹴散らして慌てたように砂山を登ろうとしたヤンは、いつもどおりのマーレン第一主義の人の良い従者だ。


 訝しく思いながらも、キーファはそれには触れず、本来の話題を投げかける。


「先ほども言ったけど。今回は、君はマーレンだけではなくて全員のため、きみのために動いて欲しい」

「――」

「もちろん、君の立場も事情もあるだろうけれど、今回はチームだから」


 ヤンは、驚いた顔から一変して、破顔する。


「勿論ですよ。僕も微力ながら、お手伝いさせていただきます」

「ありがとう」


 ところで、とヤンが顔を曇らせる。


「不足の事態のときに、どうやって衛星電話で先生に連絡を取るのですか? 例えばあなたも危機に陥り連絡が出来ない時は」

「ウィルにも予備機を渡してある」

「ですけど、二人に不測の自体が起こったときは? 皆に場所を周知して、誰もが使えるようにしたほうがいいのでは?」


 キーファが黙ると、ヤンは顔を赤らめた。


「すみません。僕は殿下の護衛をしているので、つい不測の事態を考えてしまうのです」


 キーファは、確かにとうなずいた。


「少し考えてみるよ」


 キーファの手が僅かに動く。その手が向かおうとしたのは、胸の左ポケット。だが何かに気がついたかのように、手は戻される。


 ヤンは背を向けていた。

 けれど確かに視線を感じたような気がして、キーファは気のせいかと、頭を振った。


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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