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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
2章 魔法実戦実習編

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11.リディアとキーファ

 リディアは、最後の演習を思い出していた。


 これまで魔獣と戦ったことがない人間が、いきなり平均二メートル以上の異形を見て、落ちついて魔法を繰り出せるか。


 ――絶対無理。


 砂漠を通り制限時間内に目的地につく、それだけで精一杯だ。


 でも、やらせなきゃいけない。


 本当は事前に、対魔獣のシュミレーションをしたかったのだけど、そんな装置は大学にない。魔法師団に個人的に頼めばなんとかなりそうだけど、大学にばれる。

 そして組織から組織へと正式なルートで頼み事をするのは、多大な手続きという労力がいる。その上、許可がおりないという結果になる可能性が高い。

 

 だからシュミレーション装置ではなく、リディアの幻覚魔法で魔獣を出現させて、全員で対戦をさせてみた。


 ――結果は――微妙。一応、一部の生徒が魔法を放つことができるようにはなったが、命中率も、そもそも魔法の選択も悩ましい。

 

 体長五メートルの異形、幻影だとわかっていても、中々彼らの体は動かず攻撃には及ばない。練習を重ねるにつれ多少慣れたが、本番でどこまで動けるかというとそれを望むのはかなり難しい。


(でも、ウィルとキーファの動きは予想以上にいい)


 ウィルは身体能力が高い。昔から、色々なスポーツをやっていたらしいが、本気で続けているものは、ないらしい。けれど、何でもそつなくこなすとキーファから聞いていた。 

 武術の経験はないらしいが、キーファと共にすでに剣の扱いも危なげなくこなす。


 そしてキーファは、学業に秀でているのに、身体能力も高く、ウィルと二人ではいい勝負をしている。

 幻覚相手とはいえ、二人共身軽に動き、よく周りを見て仲間に指示を出し冷静に対処できていた。

 

 魔法剣に関しては、二人共瞬時に剣に魔法効果を付加できる。彼らは魔法術式を完璧に覚えているし、応用も問題ない。


 それに、キーファはアーチェリーという武器も扱える。

 競技でしかやっていなくても、あの腕ならば十分に戦力になる。

 キーファには驚かされてばかりだ。負けず嫌いなのだろう。けれど彼は自然になんでもできるようになったわけじゃない。努力して出来るようになった人だ。

 

 そんなキーファでも、ウィルを気にかけていた。


(……ウィルも、アーチェリーの経験者なのかもしれない)


 二人は様々な力を秘めている。けれど、もっと準備時間が欲しかった。魔法剣にアーチェリー、それらで補っても、主力魔法を使える生徒がいない。


 対魔獣戦で、効果的な攻撃方法を彼らが持たないのが不安だ。



 ――最後に、リディアは二人に告げていた。


「多分、みんな本番は動けない。あなた達は一番身体能力が高く、反射神経が優れていて、とっさの時も冷静に判断できる。皆に対して、あなた達がフォローすることになる。『敵を倒せ、刃物を持て』、なんて大学では命じていない。けれどあなた達に託すから、攻撃することに躊躇しないで」


 大学は軍人養成機関ではない。けれど、このチーム編成で、魔獣の跋扈する砂漠を越えなくてはいけない。リディアは生徒たちに託したのだ、彼らの力を信じるしかない。






 リディアは、出発に備えるキーファを呼び出した。

 先程のリディアの通達を、彼はどんな思いで聞いたのだろう。

 想像はしていたが、きっと彼のプライドを傷つけただろう。彼の存在をないがしろにしたと思われても仕方がない。

 

 彼は責任感が強く、それを担える実力もある。

 自身が立てた計画の責任をとらせないのは、彼の能力を疑うこと。


 なのに、リディアは彼の能力や思いを押しのけたのだ。教員は本人の能力を信じて、導かなきゃいけないのに、そうせずキーファの権利と機会を奪ったのだ。


 あの時のキーファの視線を、リディアは痛いほど感じていた。

 最初は驚き、それから口元をギュッと引き結んで、リディアをじっと見つめる視線は思いを含んでいた。


「――先ほど、皆をよくまとめていたと思う」

「多少目立ちたいやつらですが、危機感は持っていますよ」


 リディアが切り出すと、キーファは淡々と応える。


「でも、あなたが信頼されていたから、説得できたのよ」


 彼は何かをいいたげにリディアを見つめる。


「あなたの計画はあなたのもの。でも責任を取るのは私だから、あなたは生徒の命や危険を背負う必要はないから。それを気にせずに、役割を果たしてほしいの」


 時折リディアを見つめるキーファの眼差しには、何かを訴えるような強い感情が含んでるいる時がある。

 

 今もそうだ、それを見るとリディアは心がざわめく。自分が頼りない少女になって、何かを間違えているような、それを案じられているような落ち着かなさ。


「コリンズ?」

「なんですか?」

「あなたを信じていないわけじゃないの。――これは私の役割だから」

「わかっています」


 キーファは何も言わない、今も普通の表情だ。

 彼の本音が垣間見えたのは、あの瞬間、リディアが皆に宣告した時だけ。


 そして、『信頼していないのか』と詰め寄っても来ない。

 教師の言うことを受け入れる優等生の気質というよりも、リディアの立場をも鑑みる広い視野と受け入れられる寛容さからだろう。


 彼は人をまとめ上げる能力がある。人望もあるし、頭の回転も早く、頼れるリーダーになる。


 今はまだ魔法が発現できていないが、その障害を取り除いた時、どの施設に所属するにしろ、数年でリディアよりも強い魔法師になっているだろう。


(だから、――これが、あなたを守れる最後)


 彼はリディアに守って貰うどころか、すぐにリディアの手の届かないすごい魔法師になる。

 彼は、一年後にはもう、リディアのことを忘れているだろう。


 そんな教員もいたと、記憶にかすめる程度の存在になる。

 

 魔法師団で新人教育をしていた時がそうだった。

 彼らは、あの怖い集団の中で初めて会ったリディアに――甘そうな存在に、頼りがちになる。


 けれど、次の年にはもうリディアの存在は忘れる。

 リディアが彼らが目指す高みに、いないからだ。


 彼らの眼中に入れる存在に、リディアはなることがない、いつまでも。


 リディアがキーファを守り、全ての責任を被れるのは最後の機会だ。


 彼が思うように振る舞って欲しい。そうなるように道をつくってあげたい。



あまり変化のない話ですみません。長いので分けました、次回更新は早くに。

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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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