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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
2章 魔法実戦実習編

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6.初印象

 がたがたと揺れる車の乗り心地は悪い。皆が黙り込んでいる。

 団員が纏うのは年季の入った衣装――魔法衣じゃなくて戦闘服だ。そして彼らの手元には銃器がある。


 魔法師団? 俺ら軍隊に来ちゃったの? 皆が怯えているのがリディアには感じられた。


「――全員。装備の最終確認」


 ディアンの声。それは、目的地に着く前の上官からの呼びかけ。

 団員が寡黙に銃器のチェックをし始めるのを見て、生徒はうろたえる。

 俺たちは何すんの? という顔。


 リディアは揺れる車内で立ちあがり、ウィルの横に座った。そしてわざと身を乗り出して気安い雰囲気で顔を覗き込む。


「緊張してる?」

「え、あ、うん」


 いつもは軽い口調が今日は硬い。当たり前か。だがリディアの砕けた口調にか、少しウィルの頬に血の気が戻る。


「緊張しているのはいいことだ。それを緩めるのは、任務が完了したあとだ」


 ガロが言う。任務とか完了とか言わないで。でも、生徒達は自分たちが言われたとは気づいていない。キーファだけが顔を上げて困惑を見せる。


「――リディア、状態確認」


 ディアンが低いながらも通る声で唐突に命令を下す。リディアは肩を小さく揺らした。当たり前のように、過去と同じ命令だ。「え」、と思うがディアンの出す命令に撤回も間違えもない。

 

 もうメンバーじゃないとか、そんな疑問は挟まない。

 これは、テストだ。学生の実習じゃない。リディアが試されている、腕はなまっていないだろうな、という彼からの無言の圧力だ。

 

 リディアは目を閉じる。久々すぎて、彼らと魔力の同調がしにくい。それでも、深く息を吐き、瞑想に近い一歩手前で意識を保つ。

 

 ――魔力派の同調。意識を別次元でつなぐのは、二つの目以外のもので見て感じる行為だ。

 脳裏に浮かび上がる波動、色彩としてリディアには見えるそれを一つ一つチューニングして、情報化する。

 こめかみがうずく、過多情報に目の奥が痛む。

 息を吐ききる。そして、溢れ出さんばかりの情報を、吐き出す準備をする。


 リディアは口を開いた。


「――M派感知、コンディションチェック開始。ディアン・マクウェル、α派・β派・θ派ノーマル、フィジカルノーマル、P値ノーマル。ディック・リトラ、β派活性傾向、他ノーマル、右手拇指及び手根に体温上昇ゼロコンマ五度確認、筋肉疲労の熱反応と推測、オブザベーション、P値ノーマル。ガロ・オルデガ、α、β、θフルノーマル、右肝臓右葉軽度炎症反応あり、前夜の飲酒の影響とみなす、オブザベーション、P値、ノーマル。シリル・カー、β派過反応傾向あり、他ノーマル、フィジカル値ノーマル、P値ノーマル――』


 色や波動で読み取った彼らの魔力派とコンディション。

 それをリディア自身の経験で判断して、ノーマルか、異常か、経過観察オブザベーションか、影響要因は何か、診断してディアンと仲間に伝えていく。

 

 自身のコンディションを晒すのは誰もが嫌だろう、けれどその要因がチームの仲間の生死に繋がる場合がある。リディアの役目は、任務に支障をきたす要因を持つものがいないかを、ディアンやチームに伝えること。

 

 まるで情報を印字する器械のように、よどみ無く規則的に整理して伝える。

 

 そして二十人分全員を吐き出して、大きく息をついた。

 汗が床に伝い落ちた、肩を上下に大きく揺らして息を整える。視界に白い星が散っていたが、しだいに収まる。

 見慣れぬ団員の誰かが「二十人フルスキャンとか、正気かよ」と呟いた。


「――ディック、お前、昨夜何してたんだよ。女紹介してやろうか?」

「おい、馬鹿いうなよ。俺は不自由してねーつの」


 団員たちの軽口が耳に入ってくる。

 揶揄を飛ばす男に、ディックが鼻を鳴らす。腕に抱えた前よりも更に厚みを増した刀身を鞘の上から愛しげに撫でる。


「それより、見ろよ、この俺のディオニソス。強度耐性をどこまであげるか苦労したんだ。やっぱ柔らかみも大事だろ。このバランス見ろよ。術式何個入れたと思うよ。最高傑作だね」

「んで、一晩中ふるってたのか、馬鹿か」


 ディオニソスって、酒の神様の名前だ。以前は雷神の名前をつけていたはず。

 リディアは自分の息を整えながら、うつむき加減でちらりと視線を巡らす。女神の名前をつけないのは、女を利用できるかよ、との言い分。彼は意外にフェミニストなのだ。


 しかし、彼の持つ大剣は最高傑作という自賛が大げさではないほど、清浄で苛烈な気配を放っている。 無機物の金属でそこまでの圧を周囲に与えるというのは、伝説の宝剣レベルだ。

 相変わらず魔剣に対する凝りようが半端ない。


「……リディア」


 呼びかける声に目を開けると、ウィルが近い距離でリディアの顔を覗き込んでいた。彼の指が伸ばされて、リディアの額の汗を拭う。


 親しい仕草に驚くが、彼の案じる顔は、本気で心配しているのだろう。 

 リディアは安心させるように笑いかける。驚かせてしまったみたいだ。


 以前は毎回出動前にメンバー全員のコンデションのフルスキャンをしていたのだが、久々すぎて息があがる。おまけに見知らぬ新顔の団員と魔力を同調するのは苦痛だった、ちょっと胸が痛い。


「平気?」


 こくりと頷いた。これぐらいで息が上がるなんて、なまった。


「平気よ、ありがとう。それ、よりも“先生”、ね」


 最近はリディアも煩く言わなくなったけれど、実習だから軽々しい呼び捨ては駄目。けれどウィルはふてぶてしく肩をすくめるだけ。全然、聞き入れる様子なし。こいつめ。


 けれど、そのやり取りでリディアも回復することができた。

 顔を上げると、ディックがこちらを見て顔をしかめて無言で首をふっていた。


(――何?)


 誰かと念話でもしているのだろうか、リディアには手を左右に振って何か言っている。


(――“離れろ”、って何よ?)


 その答えが分かる前に、シリルの声が響く。


「――よし。チームX。リーダー、目的地、目標時刻、目的を言え」


 シリルの声は、男にしては高く女にしてはどすがきいている。学生の気を引き締めるには、十分に効果的だ。


 チームXは、学生のチーム名。呼ばれた生徒たちは、背を引き伸ばした。

 Xなんてカッコイーと彼らは言っていたが、Xは不確定要素。何をしでかすかわからない、という意味だ。


「はい。我々は、〇五〇〇(マルゴマルマル)より出発、ルート十三における中級魔獣を討伐し、一一〇〇(イチイチマルマル)にターゲットポイント地点に到着、本隊と合流します」


 キーファが予め提示された指令を復唱する。慣れない言い回しを、よどみ無く答えるのはさすがだ。


「よし。各自装備を確認しろ。計器の作動、生体維持装置、備品。全てが確認し終えたら、それぞれの神様とやらに祈れよ。家族に別れは済ませてきたな、死んだ気で行ってこい」

 

 学生たちは愕然としている。なんと返事をしていいのか、とキーファも無表情ながらも戸惑いを見せている。

 リディアは、シリルの背をつついた。


「それ言わなくていい」

「なんでだよ?」

「いいから!」


 最悪の事態を想定しておけ、というのが現在のソードの特徴。最悪の事態想定で、死亡フラグが立つのを回避している、ただのゲン担ぎだ。

 でもこれ、生徒をびびらせるだけだからね。


「――お前らは、生きて目的地に着けばいい。魔獣はお前らを殺りに勝手にやってくる。生き残りたかったら、倒すか逃げろ。それだけだ」


 ディアンが冷ややかにつげる。なんだかいつもよりも口調が辛い。案の定、生徒たちはディアンに敵対心を抱いたようだ。


「あんた、それで指導終わりかよ」


 ああ、ウィルが噛み付いた。

 ディアンが、ちらりと眼差しを向ける。ドラゴンが巣に飛び込んできた人間をちらりと見る目だ。関心なさそうに見えるが、目を向けたのは珍しい。何、何か気に食わないことでもあった?


「そうだが?」

「助言ないわけ?」


 ディアンが口をゆがめる。馬鹿にはしていないのはわかるけどね、機嫌悪いの?


「奴らとの生存競争だ。魔獣に会う前に、助言もなにもない。生きるか死ぬか、自分の命だ、自分で守るのは当然だ」

 

 だから悪役はやめて。リディアは呆れたようにディアンを見返したが、彼は腕を組み、あとは無関心振りを貫く。


 ガロが苦笑をしてリディアをもの言いたげに見る、何かを知っているふうだ。何?


「死にはしないわ。私が死なせないから」


 リディアが睨みつければ、ディアンはリディアを一瞥して肩をすくめた。冷笑するかと思えば、「そうか」と一言。これはお前に任せてやる、と言う意味だ。


 生徒は非常に彼に悪印象を持ったようだが、ディアンが頷いたのはリディアも含めてフォローしてくれる、と言う意味だ。

 彼が許可を出した以上、絶対に第一師団は見捨てない。

 

 それにしても、ディアンの態度はいつにもまして、悪役だ。

 ウィルは、すでにもう噛み付きたそうな目で睨んでいるし、どんなに嫌な教員でもさらっとかわすのに、妙に敵対心を燃やしている。


 ディアンとウィルは相性が悪いのかもしれない。リディアはそう思った。


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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