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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
2章 魔法実戦実習編

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3.恥じらいと男心

「よう、リディ! 久しぶりじゃねえか」

「シリル」


 いつもながら、首を絞めているんじゃないかってくらいの怪力だ。首と腰に回された手は筋骨隆隆、背中越しに感じる逞しい胸。


「マイハニー。会いたかったぜ、畜生」

「ごめんね、ご無沙汰で」


 頬へ触れてくるキスは、本気だ。リディアへの過剰な愛情表現は少々扱いに困るが、親愛の情として受け入れると以前に約束したのだ。それ以来関係はこんな感じ。


 いい仲間だ。“彼女”はいざという時、本気で頼りになる。


「覚悟してきたんだろうな、こっちは何十年分の愛が溜まりまくってんだぜ? 今日はゆっくりできんだろ」


 魔法師団を抜けたのは、二年前だ、“何十年分の恨みつらみ”に聞こえる。けれど、こうやって変わりなく接してくれて、緊張が解れてくる。

 通りすがりの知り合いが、ウィンクしたり、意味ありげにニヤリと笑いかけてくるから、正直安堵する。


「今日は、無理よ。学生引率だから後日改めて――」

「おい、そんな適当な理由で逃げんのか? ああん?」


 ドスの聞いた声。まじで顔が怖い。本気で脅されている気がする。

 とは言え、引き際はさすが。パっと腕を離して、呆然とする生徒たちに恐ろしい笑みを向ける。


「で、こちらがアンタのベビー達か? まさか本当に浮気してんじゃねえだろうな」

「生徒だから。今は、セクハラもパワハラも煩いからそういうのやめて」


 ちっと舌打ちをして去っていく彼女は、戦士だ。岩のような腰も太腿も男にしか見えない、がに股の歩き方も。


「先生? 今の――恋人、とか」

「シリル・カー。多分あなた達の指導担当。彼女は頼りになるから安心して」


 “彼女”という代名詞にあがった背後のどよめきは無視して、手前のドアを開ける。ずらりとポールに掛けられた並ぶ衣装まで近づき、彼らを振り返る。


「事前通告通り、今回は砂漠での実習です。ボディスーツ、強化素材ジャケット、防塵マスク、ゴーグル、耐魔仕様防護マント着用、一分で支度して」

「え」

「早く!」

「ここで、今?」

「そう、早く」


 リディアは、一つ一つ指し示す。困惑の雰囲気の中、彼らから一歩引いて、硬い表情のままその場でスーツのジャケットを脱ぎ、白シャツのボタンを外し始める。


「え」

「は、おまっ!? お前っ」


 流石に予想外の事態だったのか、生徒が慌てだす。


「ちょっと先生っ、待ってください!」

「お前、恥じらいないのか!?」


 キーファの叫ぶような制止の声が響く。彼は礼儀正しく顔を逸していて、マーレンはリディアの腕を掴んでくる。ウィルは顔を引きつらせて同じく手を伸ばそうとしていた。


 が、この二人の視線の先は、ボタンを外しかけたリディアの胸元。そこを凝視しながら制止してもね、と思うが別に煽ったわけでもない。

 チャスはぽかんと見ているし、バーナビーはリディアと目が合うと笑う。


「下にはボディスーツを着ています。あなた達も早く着替えて!」

「え、ボディスーツ!?」

「早く!」


 女性の更衣室は奥にあるけれど、行く暇なんてない。だいたい男性更衣室を通った先にあるって、セクハラじゃないのかと今は思う、あの頃は気づきもしなかったけれど。


 スーツのファスナーを下ろすと、誰かがつばを飲み込む音がしたけれど、リディアは強気にその視線をはねのけてそれを脱ぐ。微妙な緊張は、すぐにため息に変わる。


「な、なんだよ、着てるじゃんか!」

「期待させやがって」

「なんの罰ゲームだよっ、これ!」


 スーツの下に着ていたのは黒のボディスーツ。身体もピッタリと密着するそれはスタイルが丸わかりでかなり恥ずかしいが、強化ナノセラミックポリマー素材で、魔獣の牙も通さない。

 伸縮性に乏しく着用には時間がかかるが、装着し体温にふれると身体に皮膚のように密着する。なによりも魔法術式が組まれていて、体温と発汗量、外気温を感知して人の活動において最適な体温と湿度を保ってくれる優れものだ。

 

 このスーツによって、砂漠でも氷河地帯でも、保護魔法なしでも活動ができるようになった。


「着用方法をよく見てね」


 彼らの興味と罪悪感が入り交じる視線を感じながら、リディアは素早く黒の裾が窄まったジャケットを上に着てファスナーをあげる。黒色のパンツも履いてベルトを締める。

 こちらには、いくつかの銃器と弾倉、ナイフを入れるポケットがついているが、彼らは今回銃器の装備はない。


 さらに、上から耐魔防塵、外界刺激処理魔法が施された特殊効果外套を羽織れば支度完了。


「ちなみに、ボディスーツの下は何もつけないでね」と言うと、ぎょっとした顔が返ってくる。

「余計な繊維があると、肌に密着しないから」

「センセもブラなし? ノーパン?」

「そう」

「まじかよ!」


 喜色混じりの声を上げるチャス。目を見開いてリディアを凝視した後、目を泳がせたウィル、顔を赤くして顔を逸らすキーファ。

 反応してくれているけれど、裸じゃないよ、ボディスーツの話。何がそんなに嬉しいのか。

 マーレンはまじまじとリディアを見て、近寄ってなぜか外套に手を伸ばしてくる。


「何、マーレン?」

「さっきよく見なかった。それ脱げ」


 リディアは彼の手を払い除けて距離を取り、皆に向かい顎をあげる。まだ装備をあちこちひっくり返したりして、着用しているものは誰もいない。


「あなた達もだって言ってるでしょ、早く着替えて」

「え、俺らもパンツなし?」

「なし」


 リディアが言い切ると、ギョッとした気配が満ちる。


「マジ?」

「マジです」

「フルチンになるの!? ここで!?」

「そうね」

「これ、洗濯済み? ていうか共有? ていうか男用?」

「全部イエス」


 嫌そうな顔にリディアは釘を刺す。


「ある程度綺麗よ、ほら早く!!」

「やだ、共有とか嫌だ!!」

「早くしろってんの!」


 チャスがすかさず手を挙げ真顔で言う「センセ、出てって」


「言われなくても見ないわよ」


 リディアは肩を竦めて後ろを向いた。ちなみに、リディアのボディスーツは自宅にあった自分専用。二年前からサイズが変わっていないって悲しい。身長も胸も成長は止まってしまったのだろうか。


 成長期終了なのだろうか、成長していないのに。


「一分で着替えて。一分経ったら振り向くから」


 あたふたと着替え始める彼らの気配を感じながら、リディアは彼らから離れて別の棚に向かい学生の装備のリュックの中身を確認する。


 酸素タブレット、固形栄養バー、保水カプセル、魔獣探査機に救難信号装置、傷パッチにコンパス。


 リディア支度を終え、彼らを待つ。当たり前だが、一分で着替えられるはずがない。とはいえ、学生気分はここで捨ててもらわないと。


 ある程度時間を取り振り向くと、一切着替えていないケイの怒りに満ちた表情に出くわす。


「個室じゃないと僕は着替えないよ!」


 リディアは何かを言いかけてやめた。言っても無駄、ここで言い争いをしている暇はない。

 奥のシャワールームを指差す。


「一分で着替えてきなさい」


 ケイはふてくされた子供の顔でリディアの横をすり抜ける。前途多難だ、彼は問題を起こしそうな気がする。


 そして、一番に着替えが終了したのはキーファだ。皮膚とスーツの間に空気が入り込んで密着を妨げていないか、防魔・耐魔効果は有効か、体温・気密調節機能が正常に作動しているか、衣装に穴があいていないかなど、すばやく彼の身体に触れて確認する。

 すべての機能効果がクリアだというグリーンサインを確認し、彼の腰のベルトを締め直す。


 キーファの顔は強張っていたが、リディアも意識しては余計に気詰まりだ。何も気づいていないふりで進める。


「センセ、大胆! 俺も触ってくれんの?」

「貴様、調子に乗るな! お前は引っ込んでいろ、リディア――他の男に触るな!」

「――はい次!」


 リディアは、ことさら厳しい声で彼らの興奮を切り裂く。チャスはふざけていて、マーレンは本気で言っているらしいが、そんな場合じゃない。


「私の確認を受けた者から、隣室の転送室に行き転移陣に入りなさい」


 こちらを見ないウィルの身体に触れる時も、リディアは義務的に確認を済ます。

 ウィルの筋肉質で硬い胸板を手の平が叩くと、彼はギュッと唇を噛む。何か言いかけた唇をリディアは読もうとしたが、ウィルは顔を背けて行ってしまう。


 同じくマーレンも、それまではうるさく騒いでいたのに、リディアが触れると途端に黙り込んで、何かを堪える顔をしている。


「――おい、リディ」


 自動ドアが開いて、顔を覗かせたのはシリルだった。


「本当に武器はいらねーのか? 持ってけばいいだろ」


 リディアは、首を振るが生徒達は色めき立つ。


「実習では銃器は禁止されているのよ」

「他のもんもあるぜ」


 シリルに促されて、全員で武器庫に案内される。魔法師とはいえ、武器も利用しないわけではない。けれど、普通の武器と違うのは、魔法術式を組み込んであること。それにより、理論的には不可能な作用が付加できるのだ。


「魔法銃、魔法剣、クロスボウ、錫杖に棍棒、鎌に槍、まあ色々だな」


 はしゃいで色々触ろうとする彼らに、リディアは鋭い声で静止する。


「武器は不用意に触らない!!」

「これらはロックされてるけどな。気に入らねーやつに触れられると、すねて暴走する武器もあるからな」 

 

 途端に生徒達は引きつった顔で距離を取る。


「これは?」


 キーファが一角に並べられている物に、目を留める。


「アーチェリーだ。経験者か?」


 キーファの食い入るような眼差しに、持ってみろとシリルは促す。

 彼が手にしたのは、かなり大きな弓だ。


「四十ポンド、リカーブボウのボウレングス七十。かなり本格的にやっていたのか?」


 リカーブボウは昔ながらの洋弓。ボウレングスは弓の長さで、キーファは長身だから問題ないだろうが、四十ポンド(十八キロ)を指三本で引くのだから、かなりの経験者だ。


「サークルで去年まで。趣味程度でしたが」

「隣に射場がある、射ってみるか?」


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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