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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
2章 魔法実戦実習編
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2.第一魔法師団:ソード

 

 まだ闇が深い暁の頃。

 暗闇に沈むように佇む生徒を確認し、リディアは頷いてついてくるように促す。


 実習前の集合地点は、大学裏門前。細く開いた鉄門をくぐり、並木道を歩んでいくと、ゆるい下り坂になり開けた空間にたどり着く。


 そこは、水が枯れた人工的な噴水跡地。周囲の石畳の隙間を埋め尽くすように雑草が生い茂る空間は、幻想的と言うよりも廃墟感満載で虫に刺されそう。

 昼間でさえ生徒たちも近寄らないそこは、今夜リディアたちが近づくと、噴水の名残を見せる崩れた円形の石壁の中に、青白い光が浮かび上がる。

 

 それは、直径五メートルほどの円陣だった。

 時刻は午前四時、指定の時間ぴったりだ。


「転移陣よ、皆入って」


 わずかに躊躇いを見せた生徒達だが、すぐに興味深々で発光する円の中に入っていく。それは、完全体とはいえない閉じていない円だった。


 最後に足を踏み入れたリディアは、誓願詞を唱える。


“円を成せ、世界を繋げ。開かれた入口を閉ざし、新たなる出口に運べ”


 魔力を注げば、光を成す線が繋がり完全な円になる。そして地面から背を覆い隠すような光のカーテンが下から上に昇る。

 

 上昇するエレベーターに載ったときのような浮遊感に包まれると、直後に今度は下降するそれが地上に到着したときのような、軽い重みを身体に感じ、そして光が消えて視界が開ける。

 

 そこは、鬱蒼と生い茂る森の中だった。


「ここが、魔法師団?」

「ええ。でもまだよ」


 なにもない空間にリディアが手のひらを当て魔力を注ぐと認証され、目の前の景色が揺らぐ。生徒たちを一度振り返り、ついてくるように促し進むと、透明なフィルターを通るように僅かな抵抗を感じる。


「ここ――」


 突如として、彼らの前には巨大な建造物がそびえ立っていた。


「え、え?」


 彼らが後ろを振り返ると、先程の森が黒々と広がっているが、また目を戻すと重厚な石造りの外壁に囲まれた砦がある。


 ここは、グレイスランド魔法師団の第一師団本部。

 王国を守る一翼である要塞は、常に移動していて位置は秘されていて、王族にも知らされない。

 団員たちはパスコードがあり、こちらへに来るルートを持っているが、リディアのように部外者は道を開けてもらうしかない。

 それが、あの移動陣だ。申請すると直前に場所と時間が指定され、限定魔法陣が開かれ迎え入れられるのだ。

 

 学生たちはもちろん魔法師団の存在は知っていたが、入るのは初めて。興味津々で浮足だっていたが、リディアを先頭に外壁の詰め所に寄ると、後ろからこわごわと伺う様子がある。

 

 上を見上げると外壁には、第一師団の紋章の『竜を貫く大剣』――初代団長が竜を倒したことから、この意匠になったらしい、がはめ込まれている。

 大剣を自身に照らすのはわかるが、このデザインでは悪役ヒールだ。彼等の性質を表していると言える。竜のつぶらな瞳が、いたましげに叫びを上げているような口が悲壮感を誘う。

 

 ていうか、魔法じゃなくて剣なの? とリディアはここを通るたびにいつも思う。


「あの竜は、四獣王のどれかですか?」


 隣のキーファがそれを見上げながら尋ねる。


「ええ、意匠の縁にある周囲の波は彼の吐き出す炎。炎獄王、アロガンスじゃないかと言われている」


 大戦で獄炎を撒き散らし、世界全てを焼き尽くそうとした炎獄王は、東の主の四聖獣のうちの赤竜。聖獣であり天の使いなのに、なぜ全てを滅ぼそうとしたのかはわからない。

 本当に、第一師団初代団長がアロガンスを倒したのかも、そうした理由も不明だ。


「剣で倒したのは意味があるのでしょうか?」

「倒した方法は伝わっていないけれど……魔法剣なのかしら?」


 リディアと同じ疑問をキーファは持ったらしい。団長のディアンは「さあな」とどうでも良さそうに言っていたし、他の団員も興味なしだった。

 キーファが同じ疑問を持ってくれたことが少し嬉しい。他の生徒達はあくびをしたりして無関心だ。紋章を見てもいない、それが通常の反応。

 

 リディアは外壁の小窓を叩き訪問を告げ、示された黒いパネルに手を当てて魔力派スキャンを受ける。するとブン重みのある音がして、今まで石壁だった場所が縦に長い長方形の形にポッカリ空いて、入口を成した。


 リディアは全員揃っているのを確認しついてくるよう促す。その中は、十メートルにも及ぶ隧道のよう。途中、二重の落とし格子のある天上の高い空間を抜けて、ようやく外へでる。


 冷ややかな夜気に肌が触れる、夜の匂いがする。

 魔法灯の炎に似た明りがゆらぎ、歩哨が直立する中庭を通り抜ける。細い石廊下、数百年も前から王都を守る第一の砦だった建物は、補修はされていても、基本的に作りは直されていない。


「今通った入口で、あなた達の魔力波と生体データーがスキャンされて記録されたから」


 リディアは振り返り告げる。困惑の視線に、実習前に同意書にサインしたでしょ、と念を押す。


「この中を通るすべての人間は、魔力波と生体データーを一生記録されるの。もしこの内部で何か問題を起こせば、即時に緊縛魔法が施行されるし、ここを出たあとに何らかの工作を施していたことがばれたら、世界の果てまでも追われるから」

 

 王族のマーレンも従者のヤンも、個人情報を取られることと追われるという説明に微妙な顔だが、我慢してもらうしかない。


「何も問題を起こさなければ、何もしないわ。そしてあなた達の個人情報は一切外部に漏れないから」


 この魔法師団の内部は治外法権。あらゆる王国でさえもちょっかいを出せない、どこよりも強力な王国なのだ。


 学生を十分に脅してそのまま薄暗い石廊を進むと、いきなり意表をつくように、広い空間に出る。人工的でいながら、トーンを落とした証明、つるりとした継ぎ目のない白壁、薄白く発光する床一面の魔法陣。

 近代的な内装に驚かされて見落としがちだが、この魔法陣には、高度な魔法が施されている。


「この魔方陣はどういう効果なんですか?」


 キーファが組まれた術を読みながら問う。一目で読み取れるようにはできていない。複雑な魔法術式が、装飾のように描かれていて美しい。


「魔法の無効化。侵入者が使えないように、そしてやたらと血気盛んな団員が騒動を起こさないように」

「――自分達も、ここでは魔法を使えなくしてあるんですか?」


 キーファの驚きの声に頷く。


 攻撃されたときに迎撃できないではないかと思われがちだが、彼等はいざとなれば、なんとでもできる。魔法陣なんて吹っ飛ばせる人たちが殆どだけど、喧嘩程度でふっ飛ばしたら厳罰が待っている。

 

 ただ、ここに入ると自分の魔力に干渉される感触には、いつも一瞬だが不安を呼び起こされる。


「あとは、精神の沈静化もあるかな」

「へえ、どうりでなんつーか、気力が萎えるつーか」


 マーレンに、「あなたはここにずっといたほういいかもね」、と言いたくなるのをこらえる。駄目だ、教師はそんなことを言ってはいけない。


「あと、消臭効果」

「へ、へえ」


 魔法師のくせに、めちゃくちゃ血気盛んな筋肉戦闘集団。野郎ばかりで構成されていれば、臭うからね。

 

 そしてこの精神の沈静化――怒りとか欲望とかいろんなのを治めてくれる効果は重要だ。

 リディア自身は実感がないが、戦闘というのは闘争本能を極限まで高めて臨むから、当然男性ホルモンが出まくりだ。そして任務後は、その興奮が冷めやらない。はっきり言って、一緒の任務後は怖い時がある。そんなのが集団で帰ってくると、基地は怖いくらいギラギラした眼差しの欲望に満ちた彼等の身体から放たれる気で、視界が曇るほど。

 それを浄化して沈める効果の魔法陣は、必須だ。

 

 設置当初は、過干渉だと反対意見も多かったらしいが、ややクールダウンされることで、ここでも街中でも揉め事が減ったから、上層部はやめる気はないだろう。

 

 とはいえ、そんな内情を学生に自慢げに説明する気はない。

 

 左右には幾つかの通路と扉があり、夜明け前にも関わらず少なくない数の魔法師が行き交っていた。奥の扉は司令部で、当然最高ランクのセキュリティが完備されている。

 

 ここは常に不夜城。

 そして魔法と科学が混在する空間は、異界じみていて黙り込む生徒をそのままに、リディアは一つの部屋に進もうとして、後から首に手を回され身体を強張らせた。


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
― 新着の感想 ―
[良い点] おおー。 男臭い武闘派集団だー。 任務明けは、夜勤明けみたいなものですかね。疲れてるのに、ギラギラしてる感じが。 隊舎で自動的に鎮めてくれるなんて、素晴らしいですね…… 確かに女性は危ない…
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