表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
1章 大学授業編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/330

69.嗜好

 目覚めたら、朝だった。自分の部屋だ、朝日が差し込んでいた。

 リディアはベッドの上でボーっとしたあと、自分の格好を見てぎょっとする。

 ブラウスもスカートもしわだらけ。化粧も落としていない、たぶん。


「何で――」


 リディアは顔をこわばらせて、慌てて左腕、そして左胸を見る。そして息を安堵で吐き出した。

 

 呪いは――変わっていない。無くなってもいないが、広がってもいない。腕に刻まれた痣も、それを抑える魔法も健在だ。


「やっぱり夢――だった」


 でもその前に昨晩のことを思い出してくる。

 確か――ケイと面談の最中に意識がおかしくなって、何を話したのか記憶がうろ覚えだ。


(やだ。変なことは口走っていないと思うけれど……)


 リディアは、唇をなぞる。生々しい感触を思い出すと震えが走り、思わず腕で身体を抱いた。


(……)


 首を振る。口を手で覆って、大きく息を吐く。


(やられた……)


 ――平気、気にしない。大したことじゃない。自分に言い聞かせる。


(ケイには、何か目的があった……)


 性的な接触ではない、彼はそんなことを目的にしていない。何かのためにリディアにあんなことをした。気にしなきゃいけないのは、彼の得体の知れない意図だ。


魅了チャームね……)

 

 彼は、本当に自分に魅了チャームの魔法があると思っているのだろうか。一体何を考えているのだろう。


(それに、なにか――夢を見た気がする)


 部屋の中を確かめるように左右に首を巡らせた時、サイドテーブルに載ったコップに目を留めた。


「どうして――」


 手に取り匂いをかいで、それから指につけてなめてみる。


 コップに半分ほど入っていた液体は水だった。 


 ――ベッドサイドにコップを置いたことなど、一度もない。つまり、誰かがリディアのために置いてくれた、ということ?


(誰かがいた――)


「誰?」


 リディアは顔を強張らせて、記憶を手繰るが思い出せない。


(夢の中で誰かに慰められたのは、――夢じゃないの?)


 不安げに顔を曇らせて、ベッドから降りて鏡の前に立つ。あまりいい夢だった記憶はないが、意外にもすっきりした顔をしている。化粧も落としているみたいだ。


(全然記憶が無いけど……)


 昨日の服を脱ぎおろして迷う。このままシャワーを浴びるなら着ないでもいいかと、下着姿のまま部屋を出る。

 素足に触れる床の冷たさが心地いい。


 身体を締め付ける感覚がいやで、ブラジャーのホックに手をかけて脱ぎかけながら、部屋を出たところで、違和感に目を瞬いた。


 ひとだ、人がいる――。


「――っ、ひっ」


 だが、喉は引きっつた声を上げただけ。情けないことに頭がまだ働かない。

 その存在が知っている魔力を持つものだと気づいたのは遅れてだ。 


 リディアの部屋は二間だ。論文を集中して書くために、手狭の部屋にベッドと机を置いている。もう片方は、キッチンつきのリビングにしているのだけれど。


「あ、リディア! ……起き……た?」 


 そのリビングでは、壁に背を預けて部屋の様子をなんともなしに眺めていた男性――ウィルがいた。彼はこちらを見て、そして――固まった。

 

 ウィルの顔は、ゆっくりとリディアの胸をみて、足まで下りて、また胸に戻る。そして、リディアの顔を見て、手をあげる。


「よ……お、おはよう」


 赤い顔、困ったような作ったような引きつった笑み。でも、その目線はリディアの胸に向けられて、そこを凝視している。

 リディアは、悲鳴のように喉を鳴らして、それからくるりと背を向けて慌てて寝室に駆け込んだ。


「――リディア!!」


 追いかけてくる声、掴まる前にリディアは彼の鼻先でドアを閉める。


『なあ、平気!? 具合はどう?』


(なんで、なんで!?)


『あ、その、今のは……見るつもりじゃなかったと言うか……』


 ウィルの声がドア越しに聞こえる。


(なんでなんでなんで!?)


「み、みたの?」

『見てない、えーと見てません!』

 

 嘘だ、見てたよね!


『嘘です。ごめん、見えた。でも下着しかみてない』


 ひいっとリディアは声にならない叫びを上げた。


『黒って意外だったけど、悪くないつーか――うん、好み、かも』


 なんか言ってる。ドアの外でつぶやいている。


(なんなのなんなのなんなの!?)


 リディアは口を手で抑えながら、心中で叫ぶ。


『――だから! その……いいって言いたくて、だから隠さなくていいってばって、いっ……てぇ!』

 

 ガンって言う音がして、ウィルの悲鳴が聞こえた。ズルズルとドアに重いものが寄りかかる気配、何が起きているの?


『――先生、すみません。ウィルを黙らせました』 


 ウィルの声じゃない、別の声が響いた。キーファだ、キーファの声が聞こえる。リディアはまた悲鳴を喉の奥であげた。


『ヤツには見た全てを忘れさせます。二度と言わせませんから』


(――もういい、もういいよ!)


 それより、もうその話やめて。

 そんなことより、なんでキーファが? 私は一体、昨夜は何をしたの?


 ドアを背で押さえて、自分の格好を見下ろす。前後を紐で結ぶパンティ。ブラジャーは、背中でストラップ代わりの三本の紐が食い込む形。下着のデザインは好きだ。

 そして昨日の下着のままだ。


 脱いでいないはず、そう信じたい。


 でも――わからない。


「わた、わたし、昨日――なにしたの?」


 上ずった声で尋ねるとノックの音がやむ。考え込むような沈黙。リディアが息を呑んでいると、キーファの落ち着かせるような声音が響く。


「先生、勝手に上がりこんですみません。昨晩、先生の様子がおかしかったので二人で付き添ってタクシーで帰りました。心配だったのでそのままこちらの部屋で待機していただけです、先生とは何もありませんので安心してください」


 リディアは、昨日、と呟いた。リディアの知りたいことを全部キーファは説明してくれた。


 リディアは部屋着のTシャツを被り、ショートパンツをはいて、ドアを開けた。そして、目の前に佇む男二人を不安げに見上げた。


「私、えーと」


 二人並ぶと、壁みたい。長身の男性が二人、リディアを見下ろしている。心配げな顔に自分が小さな子どもになったような気分になる。


 何を聞こう、彼らはリディアに危害を加えていない、それは十分わかる。でも、自分は彼らに何をした? どれほど迷惑をかけた?


「あの、私、タクシー代払った……?」


 ぐるぐると渦巻く思考の中、リディアの口から出たのはまずそれだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ