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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
1章 大学授業編
73/330

67.混乱

 ケイが舌打ちして、リディアを押しやる。

 リディアは離れた手に、ようやく大きく息をつく。


「何?」

「何って、手だすなよってこと」


 リディアが振り返ると、戸口に立つのはケヴィンだった。彼がドアを乱暴に開け放ったらしい。


「……ボス」


 リディアが掠れた声で名を呼ぶと、ケヴィンはちらりと目をやって、それから入ってきた。


「誰だか知らないけど、君のいうことなんてきかないよ」

「俺? 俺はケヴィン。ケヴィン・ボス。リディアの彼氏」

「はあ? そんなの聞いたことない!」


「じゃあ、みんなに言いふらしておけよ。これまでみたいに、ついでに外にいるお前の女にも」

「はあ? あんなの、僕の女じゃないよ!」

「ふーん。なら俺はお前がリディアを襲っていたって言いふらすけど? そんでフラれたってな」

「そんなの誰も信じないよ!」

「そうか? 意外な話ほどみんなが面白がって広めるけどな」


ケイはもうリディアのことは忘れたかのように、ケヴィンだけに集中している。


「――覚えてろよ!!」


 気がつくとリディアはボーっとしていた。だめだ集中できない。


「それは、こっちの台詞だっつーの」


 リディアはぼんやりとしていたが、ケヴィンが舌打ちしてケイを見送る。

 と、振り向いた彼に腕を取られ、いきなり抱きしめられて、慌てて拘束を外そうと暴れた。


(や、なに?)


「――しばらくそのままで」


 ケヴィンの低く言いきかせる言葉に、リディアは動きを止めた。

 なんだろう、聞かなきゃいけないような気がしてくる。


「……ボス?」

「ケヴィンだろ、リディア」

「……ケヴィン?」


 言われるままにその名を繰り返し、違和感に眉をひそめる。変だ、そんなふうに呼んでいただろうか。


「ウィルとキーファがずっと残ってただろ、今も体育館で何かしているし。変だなーと思ったんだよね。そしたら教室、電気付いてるし。案の定、リディアがいたからか」


(なんの話……変)


 リディアはケヴィンに抱きしめられたまま、頭を何度も振って意識を鮮明にしようと試みる。


「なあ、暴れんなよ」


(なんで? なんで?)


「女が見てるんだ。廊下から」そう耳元で囁くと、ケヴィンは不意に声を張り上げた。


「なあ、覗いているやつ! いいか? よく聞けよ、リディアは俺の彼女だからな」


(なんのはなし? なんのはなし?)


 リディアはいやいやと、頭を振る。

 そうすると扱いかねたのか、ケヴィンがようやく拘束を外す。


「平気? なんかマジおかしくね? なんつってたっけ? なんかの魔法?」


 リディアは首を振る。

 そうだ、たしかケイは“魅了チャーム”と言っていた。


 リディアは息をついて、再度頭をふる、いやだ、全然頭の中のもやもやが晴れない。


「そんな……魔法はない」

「キスされてイっちゃった、って感じでもないし」

 

 リディアはぼんやりとケヴィンを見返す。何を言われたのだろう。


「一体……何? あなた、ミユとは……どうしたの」


 ケヴィンはリディアをじっと見つめて、それから向かいの椅子に腰をかけた。


「俺、ふられたんだよね……アイツのせいで」


 軽く言ってるけれど、結構重症そう。

 リディアは手の甲に爪を立てて、痛みで意識を戻そうとする。


「それって、ベイカーのせい?」

 

 ケヴィンは同意しつつも、お手上げというように両手を上げた。


「……だから、今度は私と、……うわさになろうとしたの?」


 だめだ、すぐに頭に霞がかかる。リディアは、手に爪を立てる。


「もしミユが、この話を聞いたら――私のとこに、乗り込んでくる?」


 彼女は関心をケヴィンに戻す? 

 

 ――それはどうだろう? ケヴィンの狙いは難しいかもしれない。


 ミユは騒ぐだろう、でも彼女が本当に欲しいのは、彼氏じゃない。自分という存在を、まるごと受け入れてくれる場所。

 本来は親が与えてくれる筈の、ただ存在すること、生きていることを受け入れてくれる人たち。


(私と同じ……)


 リディアも得られなかったものだ。

 そう思いながらも、思考がどんどん埋もれていく。


 何を考えていたんだけっけ?

 自分の考えも気持ちも留めていられなくなる。


 ケイは、何を求めていたの?


(私に、何を求めているの?)



 虚脱感に襲われる。冷や汗が気持ち悪い。身体症状に焦る。やばい、あまりよくない。


「まあそれもいいけどさ。リディア、俺と付き合わない?」

 

 リディアはぼんやりと考えて、そのまま何を聞かれたのかわからなくなる。


(ええと、何を話していたの?)


「リディア?」

「……なあに?」

「俺と付き合わない?」

「……なぜ?」

「なんでって、そうだな。俺の好みだし、色々したいし、リディアとつきあったらきっとウィルが悔しがるかもな」

「つきあって何するの……」


 リディアは、ぼんやりと首を傾げる。まぶたが重くなる、舌が回らない。


「え、聞いちゃう? ……もしかして、処女? 彼氏いたことない?」


 リディアはゆるゆると首をふる。駄目だ、身体が重い。


「つきあったことないから……なにするか……わからない」

「マジ!? なあ、ほんと俺と――」


 リディアは手を机に突いて、立ち上がる。


(――駄目だ、帰らなきゃ)


 身体が揺れる、視界が揺れる。


「なあ先生、おかしいぜ? 誰か呼んでこようか?」

「へいき……はなして」


 床がぐにゃぐにゃ揺れている。歩けない、帰れない、かえらなきゃ。甘い息が気持ち悪い。


「ケヴィン。つきあえないけど……話、聞くことはできるから」

「リディア?」

「でも、きょうはむり。またこんど」


 ケヴィンの腕を振り払う。

 化粧室になんとか足を運んで、洗面台にかがむ。


(やばい……なにか、たぶん)


 ――入れられた。飲まされた。


 嘔吐くが、何もでてこない。

 リディアはギュッと目を閉じる。


 ぐるぐると視界が回っている。

 油断した、自分のミスだ。いつも自分は判断ミスをする、甘く見てばかり。


「げほっ、ごほっ」


 目を開けて鏡を見る。


「しっかり、して」


 何の薬かはわからない。ただ、自分は効きすぎる。


 自分の魔力と、化学的な薬剤は相性が悪い。下手に知らない薬を飲むと悪酔いのような状態になる。この状態は、そのせいなのか、飲まされた薬本来のせいかはわからない。

 

 キーファに言われたのに。甘く見るなって、二人きりになるなって。

 でも自分が甘く見たから。


(ごめん、キーファ。あなたが正しかった)


 後悔に襲われる。でも後悔している場合じゃない。


「しっかり、しろ」


 真っ白い顔。リディアは手を壁について起き上がり、なんとか足を踏み出す。

 荷物はいい、帰らなきゃ。自分の荒い息がうるさい。吐く息が甘い、気持ち悪い。


 ――倒れるのは家に帰ってからだ。


「……タクシー」


 大学を出て、大通りに出れば、タクシーがある。


 ――でもなんて遠い。


 明かりの消された廊下を壁に手をついてなんとか歩く。

 まるで地震のように波打つ地面、一歩が重い。

 

 そして階段。

 

 リディアは目の前に広がる地面へと続く階段を見て、手すりにつかまったままずるずると腰を下ろした。

 

 ぐにゃぐにゃに揺れる階段、どうやって降りたらいいのかわからない。

 足を伸ばしてみるが、どこに足をついていいのかわからない。



(怖い――こわい)


「……こわい、よ」


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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