41.理解できない相手
それは、予想していたよりも若干斜め上のような、理解に苦しむ言葉だった。
「ええ、と? 私の、なに?」
「だから、先生の特別な存在になりたいんです」
彼はリディアの目の前にグイグイ迫る、リディアが下がると更に距離をつめる。
腰はすぐに後ろの演台に当たってしまう。
逃げても仕方がない。リディアは彼と改めて、向き合うことにした。
彼の目はまっすぐにリディアを見ているが、リディアが見返しても何の反応もない。
ただじっと見つめてくる眼差しは、リディアではなく、そうしている自分が好きです、みたいな感じがする。
リディアの特別になりたいという独占欲丸出しの言葉のわりに、熱が感じられないというか、演技をし
ているだけのような気がする。
「特別ってどういうこと?」
そう聞くとケイは目を瞬かせ、ふわりと笑う。
かっこよさより、可愛らしさで売る俳優の作ったような笑みは、女子が一目で恋に落ちてしまいそうのものだ。
「特別って、一番の存在ってことです。一番思って、一番大事にしてくれる、僕のこと一番好きになってほしいんですよね」
「一番……?」
「そう一番」
彼は、リディアに手を伸ばす。顎に手を触れて、少し首を傾げて近づいてくる。
会話をしてみたけれど……全然、わからない。
話の内容も、ケイという人間も、何だかよくわからない。
「どうして、私?」
ケイは、恐らくキスをしようとしていたのだろう。
動きを止めて、きょとんと眼を瞬いてから、にっこり笑う。
「どうしてって、先生が可愛いから。小さくてお人形さんみたいで」
小さくて、かわいい、お人形さんみたい。
これって、ケヴィンがミユにあげた賛辞だ。女の子は言われて喜ぶのだろうか。
「私に好きになってというけれど、あなたはどうなの、ベーカー?」
愛を求めるけれど、自分は愛を告げない。上手に隠して、相手からの愛だけを搾取しているのだろうか。
「僕? もちろん好きだよ。さっき言ったよね」
(……何を企んでいるのか、全然わからない)
話を聞き出すのは、これ以上は無理みたいだ。
「――悪いけれど。一番の生徒は作らないの」
リディアはケイの手をそのままに告げた。
きれいな宝石のような瞳だけど、よく見るとガラス玉のようだ。
「どの生徒も平等に接する。最初に告げた通りよ」
そしてケイの腕をつかんで、下させる。
ケイの変化は緩徐でありながらも、顕著だった。
「ふーん」
冷ややかと表すのが、ぴったりの声音と、無表情。
そしてリディアからわずかに目線をずらして、苛立つように険しく目を尖らせる。
この怒りは、リディアに向けてのものだろうか。
リディアは彼の様子を伺い、彼の突然の豹変にも対応をできるように、密かに幾つかの対処法を考える、そんな雰囲気の中だった。
突然、出入り口のドアノブが、ガチャガチャと音を立てる。外部からノブを回そうとしていて動かないため、左右に繰り返し回す乱暴な音だ。
リディアは、ケイに続いて次は誰が来たのかと嫌な予感に身を竦め、ケイは邪魔が来たとばかりに、不機嫌そうにそちらに目を向ける。
動かないケイ。リディアは足を一歩動かし、そちらに半身を向ける。
ついでせわしなくドアを叩く音が響く、そして聞きなれた声が響いた。
『先生、いらっしゃいますか? キーファ・コリンズです』




