39.ささやかな発端
「よぉ、ウィル」
ウィルは目の前を歩いてきた相手に顔を強張らせた。
そのまま無視して横をすり抜けようとしたら「待てよ」と腕をつかまれる。
「なんだよ」
「お前、今年になってから、サークル全然顔見せねーじゃん。気にしてんの?」
「別に」
「そんなにミユが俺を選んだこと気にしてんの? まさかお前マジだったの?」
「しつけーな!!」
ウィルが怒鳴ると、ケヴィンは気圧されたように、「な、なんだよ」といって腕を放す。
「お前が、こねーからライブも客もこねーんだよ」
「もともと聴かせられるようなレベルの音じゃねーだろ」
軽音サークルは頼まれて参加していただけだ。まともに音楽ができる奴なんて、自分を含めて誰もいない。「もうやめたから」と言ってそのまま去ろうとする。
「――おまえんとこ、助手がいるだろ!」
はあ? と言ってウィルは振り返る。助手って何の話だ、と思いながらも若干の予感に備える。だいぶ前から話していないのにいきなり絡んでくるのは、挑発目的としか思えない。
「リディアっつー、小柄な可愛い子。歳聞いた? 二十だってな、若くね?」
ウィルは、思わず舌打ちしていた。
歳は何度聞いても本人に教えてもらえなかった。それを先に知られたことよりも、こいつのこの言い様に苛立ちしかない。
「先生だろ? だからなんだっていうんだよ」
無関心を装うがどこまで装えていたか。いやな予感はますます高まる。
――ケヴィンは、年下好みだ。いつも後輩に手を出してた。
だからミユと付き合ったことは意外だったけれど、それで落ち着いたわけじゃないのかよ。
「授業でさ、俺じっくり教えてもらったんだよね。火球出すのに、手握ってきてさ、体くっつけてさ」
「――っ、だからなん」
「胸がさ、当たったんだよね、俺の腕に。小柄だけど、胸は大きくね? あれわざとじゃねーかな、俺に気があるのかも――って」
気がついたら、殴っていた。
「な、にすんだよ!!」
「うるせーっんだよ!」
リディアがお前に、そんな気あるわけねーだろ!
その言葉を飲み込む。頬を押さえて地面に尻をつけて言い返すケヴィンは、まだ喋ろうとする。
「んだよ、お前。今度はあっちに乗り換えたの? じゃ、また俺がとっちまおうかなー」
「黙れ!」
ウィルがもう一度殴りかかろうとした時、エレベーターが開いて下りてきた通りすがりの知らない女二人組が叫び声をあげる。
「ちょっと、ウィル! 何してんの!! やめてっ」
そして、ミユがいつの間にかウィルとケヴィンの間に、大きな声を出して割って入る。
「ウィル、どうしてこんなことするの? ミユのせい?」
「……そんなんじゃ」
「ミユがケヴィンを選んだのが気に入らないなら、ミユに言えばいいでしょ! そんなんだから――」
ミユが言いかけて黙る。ウィルはミユをみて、口を開く。
「そんなんだから、何?」
「――怒らないでよ!」
「怒ってねーよ」
「怒ってる」
「もうやめろ、ミユ、俺はいいから」
ケヴィンが言って、ミユの腕に手をかける。
「良くない、ミユはよくない。私が怒られたんだよ」
「お前はかんけーねーよ!!」
「そんなんだから!」
ミユはウィルの言葉に重ねるように叫んだ。
「――だから魔法が使えないんだよ!」
「うるせー!」
ウィルも重ねて怒鳴ると、ミユは黙る。
「ケヴィン、保健室いこう。ウィル、先生に言うからね!」